Severance





「今」が凄くまどろっこしい。
今、私は動けない。時が来るまで動けない。動いちゃいけない。
けど、もうそろそろ…
耐えられないよ……。

今をすっ飛ばして、未来になっちゃえばいいのに。















「はぁ。」
今日もあたしは溜息ついた。
毎日毎日同じ朝が来る。けど同じようでチョット違う。
特に、今日は。
「はぁぁ……。」
もっかい溜息。ショージキな話、学校には行きたいと…思う。
けど、学校は楽しくて、楽しくて、切ない。
だから、今日みたいに…あの人に会える日は……溜息、出ちゃうよ。
あ〜〜〜〜。ほんと、あの人が振り向いてさえくれれば幸せなのにっ!!

「起きたらどう?」
結局布団の中でぐだぐだしてたら母さんにそう言われた。
嫌味ったらしい口調。これだからこの人は嫌い。普通に話せばいいのに、わざわざいらつくことを言う。
「…わかったよ…。」
毎日これの繰り返し。でも学校に行けばあの人に会える…。
それだけ、それだけで私は起き出す。

だけど、だけどね…


何の進展もないのに毎日貴方に会うのが…
他の女の子に楽しそうに喋りかける貴方を見るのが…

苦痛、でもあるんだよ……。


いつまでも一緒にいたいのに、それすら叶わない。
未来を考えるのは苦痛だけど、今のままでもいたくないんだ…。


時間が早く過ぎればいい。未来をこの目で見たい…。

そんな馬鹿なことを考えながら、家を出て……




そして結局あたしはその日の夕方も、とぼとぼと1人で歩いていた。
貴方とは、今日も喋った。

もう……たくさんのことに疲れてしまった……


貴方はどうして教師なんだろう?
貴方にとっては私は所詮1500人もの生徒の中の1人で……
分け隔てのない、感情を……与えてくれるだけなんだ………。


悲しさも、切なさも、全て貴方のせい。
あたしが笑うのも、全て貴方のせい。




友達がいないわけじゃない。たくさんの子があたしの周りにいる。
だけど、違うの……。

貴方とは、存在そのものが違うの……。



好きなのに…………どうして想いは…………通じない………?




寒くなってきた11月下旬。
吐く息も白かった。



  ◇



「おはよ〜〜〜」
ぼーっとしながら、2階の自分の部屋からダイニングに下りていく。
また、朝がやってきた。今日は嫌味も言われず、自分で起きた。
眠い目を擦りながら台所をのぞく。

あれ………?誰も、いない……………?

いつもなら、母さんが私の方をちらりとも見ず、朝ごはんを作ってるのに。
ダイニングの机の上にも何もない。
朝からの仕事だったとしても、書置きしていくのに………。

「何なの………。」
朝から、何だか異常に不機嫌。家にいないんだったら出てくときに一言ぐらい声かければいいのに。
こういう小さな嫌がらせのようなことするの好きなんだから。

適当に食パンを取り出して、トースターに放り込む。
って…トースター、買ったばっかりのはずなのに、もう汚くなってるじゃない。
何してるのよ………。

いつもより15分も準備に時間が掛かった。
早めに起きて助かったけど、朝の15分なんて痛いのに……。
何か、やりにくい。


「行ってきます…………。」
あたしの呟きは誰もいない部屋に木霊した。









『次は〜〜〜四街〜〜〜』

「…………えぇえええっ!?」

思わずそのアナウンスに飛び起きた。って私眠ってたの!?
駄目じゃないっ……こ、この電車って……
「8時22分の……急行………。」
そう、学校に間に合うには最後の電車。
ちなみに降りなきゃいけない駅は、“四街”の1つ手前の駅。
これって………
「遅刻…。」
がっくり項垂れた。

あ〜もう!誰か起こしてくれればいいのに!!!


そんな馬鹿なことを思っている暇もなく、電車は四街に着く。
溜息をつきながら、電車を降りた。
あぁ、この前英検で来たばっかりのこの駅……。
1駅乗り過ごしただけで、200円の乗り越し賃。
腹が立つったら、ない。

駅員さんに乗り越し賃の清算をする。あぁ往復で400円か……
月3000円の小遣いの中から400円は、つらい。
今月これでCDも自制しなきゃいけなくなった……。



「………え!?近藤…?」


その時だった。その声が聞こえたのは……。
近藤。近藤菜雪。それが私の名前。
あたしのことを近藤と呼ぶその声。その声が、今この場所で聞こえることなんてないはずだった。
あたしは、高鳴る心臓を抑えながら振り向いた………。


振り向いた先にいたのは、いつものYシャツにネクタイの姿じゃなくて、スーツをビシッと着てる、よく知った姿。
心なしか昨日見たときより疲れてる気がするけど……。
あたしの声は、震えてた。

「……………鷹多…先生…………?」

あたしの、想い人。



こんなとこで会えるなんて…!!
あたしは必死になって鼓動を抑えた。たぶん顔は真っ赤だった。

「近藤……何でここに…?しかもそんな格好で…。」
心なしか鷹多先生は慌てているようだった。まぁ、あたしの慌て具合に比べれば全然マシだったと思うけど。そしてあたしも大慌てで口を開く。
「せ、先生こそっ!」
「僕は、今日は出張だから…。」
って…え!?
「今日、地理ありますよね!?」
鷹多蓮(たかだれん)先生は…あたしの地理の先生。そして、担任。
だって、今日普通に地理あったはずだよね…?先生が出張だったら、授業は…?
「……今日は、ないよ。」
「え!?」
いや、あったはず。だって地理…先生の授業の日を間違えるわけがないの…。
「僕より、お前が何やってるんだ?学校は……?」
あたしがさらに質問を掛ける前に、先生にそう問われた。あたしは頭をポリポリと掻いたあと、少し笑って言った。
「あ、あたし、電車降り過ごしちゃってっ」
鷹多先生の表情が曇った。
「…冗談言うなよ。」
「冗談じゃないです!」

何だか先生の様子が変だった。
いつもは、もっとずっと気さくな先生なのに。
今日は、何だか…こわい……。

「……学校、つまらないのか?」
「そんなわけない!」
「なら、どうして此処にいるんだ。」
「だから……電車を……」
「そんな嘘はつかなくていいよ。…どうした?」
………?
口調は優しいの。優しいのに………

「……先生?」
「近藤、……話しにくいのは、わかるけど。」
「……先生…?」
鷹多先生は優しくあたしの頭を撫でた。
「…どっか、店、入るか?」
「でも先生出張……」
そして、あたしも学校……
「お前を放っていけるわけないだろう?」

そんな甘い言葉……
たぶん、いつものあたしなら飛び上がって喜んだと思う。
けど…今日の先生は何かが変。
あたしは不安だった…不安だったけど、先生についていった…。




「ホット。」
先生はこっちを見ている。あたしがもごもごしていると、優しく言った。
「…お前も頼んでいいよ。」
…やさしい。
あたしはメニューにさっと目を落とすと、最初に目についたアイスレモンティーを注文した。
「…お前、寒くないのかよ…」
「さ、寒ければ寒いほど冷たいものが欲しくなるんですっ!」
…と意味不明の返答。ああ自分がテンパッてるのがわかるなァ。

だってだってだって!
自分の好きな人が…理由はわかんないけど、お茶に誘ってくれたんだよ!?
とにかくテンション上がるに決まってるじゃない!!!

「どしたんだ?近藤。」
「な、何でもないですっ!」
先生ははぁと溜息をついた。
「何でもないことないだろ…?」


…どうしてそんなに疲れた声出すの?
いくらあたしでも浮かれてばかりじゃいられなくなっちゃうじゃんか…。

「…僕じゃ話せない…か?」
先生は遠慮がちに続けた。
「話しにくいのはわかるけど…頼ってくれていいから…。」

あたしは、少し微笑んだ。こういう先生だから好きなんだ。生徒を想うと一直線だから。
「…鷹多先生?」
先生はにっこり微笑む。…その笑顔にどこか影がある気がしたけどなかったことにした。
「本当〜に、電車降り過ごしただけなんです。心配しないでください。…ありがとう、ございます。」

…それで、先生が笑って終るはずだった。

それなのに、先生は再び溜息。
「…だから、つくんならもっとマシな嘘つけって…」
「え?」
「…降り過ごしたって……何駅だよ。」

???
「急行で一駅…ですよ?」
「…お前、本気で言ってるのか?」
何度目だろう、先生の溜息は。
「何があったんだよ。」
あたしは少し語調を荒くした。
「何もないですって!…学校戻りますから………そんなに心配してくれなくても…」
先生は少し淋しそうな瞳をした。
「わかった。僕には話せないんだよな…?」
「えっ!?いや、そうじゃなくて…」
本当に何もないんです。
「いや、責めてるわけじゃないんだ。何も言わなくていい。」
だけど、先生の表情はあたしを突き放したようなものだった。
“こいつなんて、もう知らん。”


………?
先生の思考が何もわからない。
あたしは、今、誰といる?

あたしが口を開こうとした時、ウェイトレスさんがホットコーヒーとアイスレモンティーを持ってきた。
あたしはタイミングを失って、2人の間に沈黙だけが流れる。
何をどう言ったらいい?
話が噛み合わないなんてもんじゃない。先生はあたしの話を何も聞かない。
あたし、好きな人の前にいるのに違う意味でドキドキしてる。

―――――こわい。

あなたは本当に鷹多先生?
あたしの好きな、先生?


“あなたは一体だれですか。”


本気でそんなことを聞こうかと思った。
だけど、あたしの声より先に………
その質問の答えになりえるぐらいの衝撃的な言葉を、先生は、放った。


「…お前も、もう高校生じゃないし…。」

………。

「は!?高校生ですけど!?」

………。

「え?近藤…何言ってんだよ。そんなに僕を騙したいか?」
「何言ってんですか!?先生の担任してる2−Eの生徒ですよ…?」
先生を見つめていられなくて下を向いた。

なんで?

しかし不安になるあたしは、決定的な事実に気が付いた。

「ほら、制服!」


…。
だけど、ふと思い出した。
今朝なぜか制服がクローゼットの奥にあったことを。
用意されてないあたしの食事。
新品のはずなのに汚れてるオーブントースター。
先生との噛み合わない会話。
そして、知らない人のような先生。


……………あたし…。まさか………。

…そんなのってあるわけない。
あたしは大きく首を振った。
あたしにはその時間が途方もなく長く感じた。けど、本当は一瞬だった。

「…僕もそれは聞きたかった。」
そういえば、先生は最初にあたしの格好を咎めたっけ。
「けど、あまりにも近藤があの頃とダブッて見えたから。」


…え?


先生はゆっくり笑った。
「髪、切ったんだな。」
あたしは高校入学してから2年の秋である今までずっとショートです。
「傷も…残ってないし。」
生まれてこの方擦り傷ぐらいしか負ったことありません。
「あのまま、一生無視されるかと思った。」
先生と喋れる機会があって喋らなかったことなんてないです。
「でも、教師と生徒っていう関係には……もう戻れないか…」


どん。

あたしはわざと大きな音を立てて膝の上に置いていたカバンを降ろした。
いつも前日の夜に時間割変更するから中チェックしなかったけど…なんだか、いつもより重いね。
本当に笑えるよ。
「近藤?」
「…先生、今、おいくつですか?」

あたしの知ってる先生は、26歳。

「…29だけど?」
先生は意味がわからない、といったような顔をした。
「そう、…29歳ですか。」


これで、決まった。

あたしが今いる此処は、あたしにとっての『今』じゃない。
少なくとも、3年以上の月日が流れてる。
だから、あたしは………ここでは、20歳なんだ。


よく漫画とかであるように、未来に飛んできたの?
それとも、あたしの記憶が3年以上抜けているの?



「近藤……?」
「鷹多先生、結婚されてますか?」
先生は、一瞬硬直した後、首を振った。
「付き合ってる人は?」
こんなこと、『今』までのあたしは絶対に聞けなかったのに。ポンポン言葉が浮かんでくる。
「いない。」

あたしは笑った。
「…………近藤?」
訝しげな顔の先生。

先生の話から推測すると、あたしはきっと先生に告白して、……。
きっと、そうだろう。
あたしの大学は何処かな?それとももう働いてる?
少なくとも、この近辺ではないようだ。

「先生。」
「何だ?」

「………あたし、どうしよう?」





笑えて、笑えて、笑えて、涙が出た。
望んでいた事は叶えられてはいけないんだ。



『時間が早く過ぎればいい。未来をこの目で見たい…。』





あたし、どうしよう?
どうやって生きていこう?








先生………。
2004.12.06.
今をすっ飛ばして未来になっちゃえばいいと思う人々へ。








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