奇跡を起こせキリストよ。





奇跡なんて起きやしない。
僕は、そのみどりの壁に自分の拳を叩き付けた。
奇跡なんて起きやしない。奇跡なんてあるわけない。何がクリスマス、何が奇跡の日。
もし、今日が本当に奇跡の日なら――…

君の顔がこんなに白いわけがない。



「ねぇ……先生………」
君のくちびるから零れ落ちることば。
「雪……降ってるね…」
僕は君の顔をそっと両手で包み込んだ。
「そうだな…」
「私……寒いの嫌いだけど…」
へへ、と恥ずかしそうに笑いながらペロッと舌を出す。
「でも……雪好きだよ…」
そして僕の方を見てさらに笑った。
「先生のギャグもね…。」
ん?
寒いの嫌いだけど、って前置きした。
「それって面白くないってことか!?」
「あはは…ごめんなさい……」
弱々しい君の笑顔に、僕は何も言えなくなった。
「……頼むよ……」

ずっと元気に笑っててくれ。
それ以外は、本当に何も望まないから。
君の笑顔だけが僕の奇跡。
今日が本当に12月25日なら、奇跡を起こせキリストよ。

「ねぇ……先生………」
また弱々しく話し掛ける君。僕は今度は君の手を握り締める。
「何だ?」
「雪、強くなってきたね………」
僕はにっこり笑った。
「そうだな。」

…カーテンは開いてないし、外は快晴である。
けれど、僕は頷いた。
君の頭の中の雪国のために。
「先生………」
君も、僕の手を握り返した。…弱々しくではあるけれど。
「先生…一緒にいてくれて、ありがとう…」
君の瞳から、涙が一筋流れ落ちた。涙の跡が、嫌に白く光っていて、見たくなかった。

君の瞳は、もう見えていない。
何も見えていない。


だから―――――…



“僕は先生じゃないんだ。”
何度も喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
君の瞳に映るのは、もう彼だけ。
君は、肉体の前に精神が遠い世界の人になってしまった。

君はもう戻ってこない。


「先生……先生…」
うわ言のように呟いて、僕に縋りついてくる君。
あぁどうか今日が12月25日だというのなら。
全ての人間が幸せになれるというのなら。
どうかどうか、奇跡を起こせキリストよ。
君が起き上がって笑えるように。
君の瞳が見えるように。


君が僕の名前を呼ぶように。
2004.12.18.
奇跡を起こせ、なんてクリスチャンでもないくせに、ね。








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