double kiss

「もし・・・もし、だよ。」
「ん?」
「私が、『ゆうこ』だったらどうする?」
「は?何言ってんだよ。お前は、『ようこ』だろ?」
「そうだよ。でも、もし、私は本当は『ゆうこ』だったら。」
「要するに、俺がずっと『ようこ』だと思ってたお前が『ゆうこ』だったら、ってコト?」
「うん。」
「じゃあ、『ゆうこ』が『ようこ』なん?俺はずっと間違えてたって?」
「もし、そうだとしたら・・・どうする?」
「・・・・・・・・・俺は・・・」
ようこ。
葉桜(はざくら)ようこ。俺の彼女。
小さい頃からずっと側にいて、まー要するに幼馴染ってヤツだった。
気がついたときには、好きで好きでたまらなかった。気付いた時には付き合ってた。
手も繋いだ。キスもした。
ようこは柔らかくて温かかった。
はにかんで笑うときに見える八重歯が好きだった。

ようこには妹がいた。
妹の名前は、ゆうこ。
ゆうことようこは誕生日が一緒だ。生まれた年も一緒だ。
ま、つまりは双子。
一卵性双生児ってやつで、恐ろしく似てる。
よく、親ですらわかんなくなるらしいケド…
ようこは俺の彼女で、ゆうこはその妹。
俺にとってはその差は歴然だった。


「タクちゃん。」
「あ?あー、ゆうこか。」
「今日ね、ようちゃん委員会あるから一緒に帰れないって。」
「その委員会って何時まであるんだよ。」
「んー、多分6時ぐらいじゃない?」
「今、4時か・・・。ようこに図書館にいるからって言っといてくれるか?」
「えぇ〜?ったく、タクちゃんといいようちゃんといい。ケータイで連絡してよっ。」
「ようこが家に置いてきたんだよ。だからようこもお前に伝言頼んだんだろーが。」
「あ、そうだった。」
ペロっと舌を出すゆうこ。
こういう行動、ようことソックリだ。
「んー、じゃあ、伝える代わりに交換条件飲んでもらいたいなっ。」
「あ?」
「ねぇ、タクちゃん。」
ゆうこが俺を見つめる。
「ンだよ・・・」
「キスして。」
ゆうこが俺を見つめる。
「・・・は?」
「だから、キスして。」
ようこと同じ顔で。
そんな切なそうな顔して。
俺にそう頼んでくる。
「何言ってんだ?」
「あたし、まだキスしたことないの。」
「高2にもなって?・・・っていや、なんでもない。」
「うぅん、いい。・・・ね?でも可哀想でしょ?高2にもなって。」
「そりゃー、な。17にもなって流石になァ。」
「でも、彼氏がいたことだってないんだよ?キスなんて絶対無理。」
「ま、そりゃそーか。」
「だから、お願い。あたし、キスしなきゃ。」
「アホか。他の男に頼め。」
「何で。」
「俺は相手がいるだろーが。相手のいない男子に頼みゃすぐにしてくれんで。」
ゆうこは首を振った。
「嫌。」
「あ?」
「嫌なの。あたし、タクちゃんにして欲しい。」
「俺は無理。」
「何で。」
「何でって・・・理由はひとつしかないだろーが。」
「何。」
「お前は『ゆうこ』で『ようこ』じゃないから。」
もし、お前がお前じゃなかったら。
俺が今まで名前を呼び続けてきたのは。
欲しいと思って夜も眠れず、メールしたのは。
一体誰だったと言うんだろう。
切なくて苦しかったあの気持ちは。
一体誰に向かったモノだと言うんだろう。
「あたしは、ようこだよ。」
「嘘こけ。」
「嘘なんてついてない。あたしは、ようこだよ。」
「黙れ、ゆうこ。」
どうして心臓が蠢くのだろう。
「ねぇ、お願い。タクちゃん・・・うぅん、拓也。気づいてよ。あたし、ようこなのに。」
「帰れ、帰れ。」
俺は立ち上がった。
「お前にゃ付き合ってらんねぇよ。俺は図書館に行く。」
「待ってよ。」
制服の・・・裾を掴む、ゆうこ・・・。
「どうして気付いてくれないの?だって・・・5年。5年間一緒にいたのに。」
俺はゆうこの方を振り向いた。
髪の毛の長さ。睫毛の本数。全てがようこのように思える。
・・・でも。
「5年間一緒にいたから、だからわかるんだ。お前は、ゆうこだ。」
「やっぱり所詮外見なの?」
「は?」
「やっぱり拓也も外見だけで人間を見分けるの?」
「ちょ、ゆうこ?」
「あたしはゆうこじゃない。あたしは、ようこ。」
「嘘つくなって。」
「ついてなんかないよ。あたしは――ようこだもん。」
俺は裾を握っている手を払った。
「拓也!!」
「じゃあな。また明日。」
冷たい視線で見下ろすと、ゆうこは痺れたように動けなくなっていた。
どうしてゆうこはキスがしたかったんだろう。
俺とようこの初めてのキスはいつだっただろうか。
ようこの笑顔に会いたい。
ようこの唇に口付けたい。

ゆうこの淋しそうな表情。
少し、悪いことをした。
「――その内、謝っとこっと。」

「キスしてよ。」
「何で。」
「キスしてよ。」
「何で。」
「何でキスしてくれないの。」
「お前が『ゆうこ』だから。」
「じゃあ、私が『ようこ』だったら?」
「抱き締めてやる。」
「キスするの?」
「お前が『ようこ』なら。」
「私が『ようこ』ならキスするの?」
「だって、『ゆうこ』じゃないんだろ?」
「じゃあ、『ようこ』が『ゆうこ』だったら?」
「は?」
「拓也が今まで『ようこ』だって信じ込んできたのが『ゆうこ』だったら?」
「それってどうゆー…」
「意味がわからないんなら、それでいい。」
「ちょ、ゆうこ!」
「私をまだ『ゆうこ』って呼ぶの。」
「だって、お前はゆうこだろ?」
「何でわかんないの。」
「わかってねぇのはお前だよ。」
「何でわかんないの、拓也。」

「おはよう、拓也。寝不足?」
「嫌な夢、見た。」
目の前にいるのは――『ようこ』だ。
「そう。…どんな夢?」
「どんなって言われると困るけど――ゆうことお前の夢だ。」
「そう。」
ん?
なんか、今日のようこは素っ気ない気がする。
「ようこ?」
「なら。」
「なら?」

「夢の続きをしてあげましょうか?」



「ようこ?」
「ねぇ、もし。」
「ようこ?」
「私が『ゆうこ』だったら。」
「ようこ?」
「ねぇ、拓也。」
「ようこ?」
「『ゆうこ』だったら、どうするの?」
「ようこ?」
「ねぇ、どうするの?」
「ようこ?」
「ねぇ、どうするの―――――?」


今までにない迫力。何があったんだ、『ようこ』と『ゆうこ』に。



「お前が『ようこ』じゃなかったら?」
「そう。私が『ゆうこ』だったら。」
「例えば、どんな状態なんだ、それは。」
それが昨日からわかんないんだ。
「どう説明したらいいのかわからない。」
ようこは俯いた。
「でも。」
でも?
「私は、貴方の側にいる。貴方の側にいるのが『ようこ』なのか『ゆうこ』なのかって話。」
「・・・・・・・・・意味がわからん。」
「そうかもね。」
「何なんだ・・・」
ようこはふっと笑う。
「拓也は、私が『ようこ』だから付き合ってる?もし、私が『ゆうこ』だったらどうする?」
ようこ?
「『ゆうこ』だったら?」
「そう。もし、私が『ゆうこ』だったら?」
「お前は『ようこ』だろう。」
「その根拠は?」
「え?」
「私が『ようこ』だっていう根拠は?」
そんなの。
「わかんないわよね。わかるわけないわよね。」
「ようこ・・・?」
「拓也、いいよ。眠って。今日は学校ないんだから。」

「ようこ?」

「いいよ、眠って。」



「眠れない。」
「眠ってよ。」
「眠れないから。」
「どうして。」
どうしてって。
「お前がようこだから。」
ようこは俺をぎゅっと抱き締めた。
「ねぇ、拓也。」
ようこは俺を離さない。
「私が『ゆうこ』だったらどうする?」


俺が恋焦がれていたのは


「俺の中では『ようこ』だから。」
「え?」
「俺の中では・・・」


俺が恋焦がれていた女は


「誰がようこで誰がゆうこかなんて関係ない」
関係ないのか?
「俺が好きなのは、目の前にいる女。」
本当に?
「俺の好きな女の名前が、『ようこ』。」
だから。
「俺の中では、お前は永遠に『ようこ』だ。」
永遠に?
「たとえ、『ゆうこ』だとしても。」


俺が恋焦がれていた女は、この女。
それが俺の導き出した答えだった。
俺は自分の答えに満足していたし、
きっと『ようこ』もこういう答えを望んでいたのだと思った。





なのに。






「じゃあ、どうするの?」
「何が。」
「昨日は拓也に愛されたのが『ゆうこ』で、今日は『ようこ』だとしたら。」
じゃあ、どうするの。
「そんなことあり得ない。」
「でも、事実、そうだよ。私と『ゆうこ』は、拓也に2人とも愛されてたから。」
そんなことあり得ない。
「拓也の前では2人とも『ようこ』だったもの。」
ふざけるな。

「俺は名前で見分けたわけじゃない。」
全て。
「全てで、見分けた。俺の血が騒いだから、それはようこだったんだ。」
嘘だ。
「嘘吐き。」
見通されてる。
「貴方は現に『ゆうこ』にも血が騒いでる。」

「それは・・・」




だって、何もかも同じなんだから、しょうがないじゃないか。

「お前は誰だ?」
「なにが?」
「今日のお前は誰だ?」
「『ようこ』だよ。」
「誰だ?」
「『ようこ』だってば。」
「本当に、本当に、ようこなのか?」
「・・・そうだよ。」

「だって、貴方の前では愛されれば『ようこ』になれるんでしょ?」

「拓也。」
「お前は誰だ。」
「私は『ようこ』。」
「本当に?」
「だって、今、貴方の血は騒いでいる。」

五月蝿い。

「騒いでない。」
「拓也、嘘吐かなくてもいい。貴方は私にドキドキしてる。」

黙れ。

「お前は、誰だ?」
「私は『ゆうこ』。」
「どっちだ。」
「私は『ようこ』。」
「頼むから、真実を。」
「私は『ゆうこ』。」
頼むから。
「私は『ようこ』。」
頼むから。
「私は『ゆうこ』。」
「私は『ようこ』。」
「私は『ゆうこ』。」
「私は『ようこ』。」
「私は『ゆうこ』。」
「私は『ようこ』。」
「私は、だあれ?」
「血が騒いでる。」
「私のこと、好き?」
「好きだ。血が騒いでるから。」
「じゃーあ、私は『ようこ』。」
「誰だ。」

「私は『ゆうこ』。」
「1人に、なってくれ・・・」
その女は、ふわっと笑った。
どっちの笑顔?

「 私は、『ようこ』であり『ゆうこ』だよ。



      1人であり、2人なの。私たち、血が変に混じっちゃったみたいでネ。
      しょっちゅう自我が入れ替わっちゃうんだ。あはは。  ごめんね。 」
その女は、優しく俺にキスをした。
俺は、女の唇の感触が気持ちよくて、1人、瞳を閉じた。
2004.09.12.
11000GETヒナジロウ様へ捧ぐ。








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