6永遠にさよなら
--------------------------------------------------------------------------------
空が、蒼い。
私がどれだけ哀しんでいても世界は回って「明日」が「今日」になる。
これは、きっと永遠に続いているんだろうなぁ。
そう考えると、私は急に涙が出てきた。
永遠に続く世界。そして年を取らない私。
もし、このまま永遠に生き続けることになるのなら・・・。
兄さんがいなくなっても生き続けることになるのなら・・・。
それほどつらいことはないかもしれない。
私の体が、震えて、また、涙が出た。
私の名前―――――「哀」という名前―――――
「あい」っていう名前のコはよく見かける。だけど、みんな「愛」とか「藍」とか。
「哀」なんて。「哀しみ」「哀れみ」そんな字なのに。
もしかしたら、こうなることを予想して付けられたんじゃないの―――――?
「哀?どしたの?なんか、最近暗くない?」
私にそう聞いてきたのは、親友の加奈。
私を覗き込むその顔はしなやかで綺麗だった。
そう・・・兄さんの、今の恋人。
いまの、こいびと。
「私でよければ、何でも聞くからね?言いたくなければ、いいけど。」
ううん、加奈は兄さんの恋人である以前に私の親友。
心配そうな笑顔で私に笑いかけてくれた。
少しでも憎悪を抱いてしまった自分が、情けなくなった。
「ごめんね、加奈。」
「???」
いきなり謝った私に、加奈はきょとんとした顔をする。
「ごめんね、加奈。」
ごめんね、加奈。
気持ちは嬉しいけど・・・言えないよ。
加奈にだけは言えないよ。
兄さんが、好きだなんて。
そしてその気持ちが創られたものだなんて。
「なにー?哀、気になるよぉ!!!」
加奈がぽかぽか私を叩いてくる。
今までだったら、特になんとも思わない、平和な光景。
今では、自分がその光景の中にいるのにも関わらず、
なんだか遠くの光景に思えてくる。
愛しくて、懐かしい光景。現在なのに。現在なのに。
私は思わず、顔を手で覆った。
「・・・哀?」
加奈は、私の異変に気付いたのか手を止めた。
私は、もう何だかやけに悲しくて切なくて何も言えなかった。
加奈もそれ以上は何も聞いてこなかった。
だけど、私には涙は出なかった。
このときには自覚してなくても、もう、私には、わかっていたのかもしれない。
「ただいま・・・」
「よう。」
家に帰ると、私は昴に迎えられた。
うちのシェフ(笑)に昴がなってから、昴は兄さんと仲良くなって、ご飯の時以外にも、よく家に来るようになっていた。
私は、玄関の前に昴に立たれて、上に上がることも出来なくなってしまった。
不意に、昨日の夢を思い出した。
昴は・・・私が大きくならないことを、何で誰にも言わないのかな・・・?
でも、今それを聞く勇気と元気は、私にはなかった。
「兄さんは?」
「出かけたよ。」
昴は、私と兄さんの間に何があったかなんて知らない。
まさか私の体が私じゃないなんてことも。
「な、如月。お前さぁ・・・」
昴が、何かを言いかけて止める。
こいつがこういう態度を取るときは、ろくなことがない。・・・ということがようやく最近わかった。
「・・・何?もうやめてよ・・・」
まだ昴が何も言っていないのに、私はウンザリしたような声をあげる。
そしてやっぱりろくなことがないことを聞いてきた。
「如月って・・・お兄さんが好きなのか?」
いきなりこいつはもうやっぱり駄目だよなんだよもうわけわかんないよ!
取り敢えず、私は混乱した。
何でどうして昴がそんなことをっ!?
「な・・・ん・・で・・・?」
私からなんとか搾り出したのは動揺で震える声。
こんなんじゃ、認めたも同じだ。
「やっぱり、そうか・・・。だって、前、お兄さんがさぁ、俺と家の中でだけなら付き合っていい、って言ったとき、『逆の方がいい』って言ってたよな〜?」
兄さんにはかけらもばれてなかったのに。
何でもう昴にはばれるわけ?
本当に、なんか嫌になってきた・・・。
昴は、しゃがみ込んで私から視線を外すとこう呟いた。
「でも、如月ってお兄さんとは、別に血が繋がってない、とかじゃないんだよな?」
私が、どんな気持ちでいるか、昴にはわかっていないんだろう。
昴は、側にあった靴の埃を払いながら、もう一度、顔をあげた。
私は、昴の真っ直ぐな瞳に見据えられて、動けなかった。
「で、お兄さんって加奈さんと付き合ってるんだよな?」
色々、言われてボロボロになっていたところに、
とどめを刺される、っていうのはこういうことを言うのかもしれない。
私の胃の上のあたりに、ぐさっと何かが刺さったような感触。
涙を流す、というよりかは、私にあったのは・・・笑顔だった。
「ええ、そうよ。」
だから何?とも後に続きそうな口調で私は答えた。
開き直ったわけじゃない。その2つの事実を受け入れれたわけじゃない。
そして、もう1つの大きな事実も受け入れたわけじゃない。
けれど、私の口から出たのはとんでもない言葉だった。
「私は、陵を愛しているし、陵も私を愛してくれているの。」
余裕の笑み、そんな感じのものが私の顔に浮かぶ。
なぜ?
―――――これは、私じゃない。
私なんて、口が裂けてもこんなことは言えない。
「私は、陵を愛しているの。」
『私は、陵を愛しているの。』
私が口から放った言葉が、頭の中に重く、低く響く。
―――――あなたは―――――
私は、ふっと笑った。今度は、「私」の笑顔だった。
「昴・・・」
「・・・・・・・・・な。」
昴が何かを言ったが、口の中でぼそぼそと言っていて、うまく聞き取れなかった。
「え?」
「俺は、ずっと待っているからな!!!独りになったら、いつでも、いつでもいいから・・・俺は、ずっと待っているから・・・」
だんだん恥ずかしくなったのか、最後の方は声が小さくなっていた。
ありがとう。
ありがとね、昴。
だけど、だけど、もう私は――――――――――
「ありがとう。」
私はそれだけ言うと、結局家に上がらないまま、身を翻した。
さよなら、さよなら昴。
家を出て暫らく歩いても、私の瞳からは涙は一滴も出なかった。
もう、全てを自覚していた。
これから私がどうするべきかも。
「陵・・・」
陵の居場所は、すぐわかった。
それは、『私』が死んだ場所。
「愛・・・」
陵が、『私』の名前を呼んだ。
そう、『私』は、愛。
陵の恋人。今までもずっと。これからもずっと。
「私、やっと私の心で陵と話せるのね・・・」
「愛・・・。」
陵が、複雑な表情で私の方を向いた。
その川原は、大きな川の川原だった。
上にはこの町で一番大きな橋がかかっている。
その橋の足の部分の付け根に、未だ取れていない血痕があった。
「もう、あれから15年近くかな・・・。」
私はふわっと笑った。
陵は、私の顔を見ようとしない。
「クローンの方は、すぐに私の意志で行動できるようになったけど・・・やっぱり、自我がある脳は、なかなか私の意志が乗っ取ることは難しかったわ。」
空が、蒼い。
「でも、陵への想いだけは消えなかったから・・・。ま、結局その想いのせいであの子の自我は壊れちゃったんだけどね。」
雲ひとつない。
「でも、これで幸せに過ごせるわね。」
こんな天気を何て言うんだっけ・・・?
『快晴よ。』
ぽーっと空を見上げていた私の脳裏に突然降りかかってきた声。
私は、心の底から驚いた。
「な・・・あんた、自我は壊れたんじゃなかったの・・・!?」
『壊れるわけないじゃない。私が仮にも9年間暮らしてきた体なんだから・・・!!!』
頭に響く声は、どんどん大きくなってくる。
嫌。
嫌。
もう二度と、もう二度と、陵とは離れたくない。
もう二度と、あんな想いはしたくない。
もう二度と―――――
そして、私の意識が途切れる瞬間・・・
陵が、私の名前を呼んだ。
「愛ぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!!!!!!!!」
「にい、さん・・・」
私は、見たこともない兄さんの行動に、少し動揺していた。
そんなにも、愛した人だったの?
兄さんは、四つん這いになって倒れこんでしまった。
手だけが川の中に入っている。
私・・・そう、「わたし」。
“愛”さんから意識を取り戻した。
兄さんから、離れたくない。そうおもったから。
そして、私を終わらせなきゃいけない。そうおもったから。
それは、加奈と喋ったとき、昴と喋ったときからそう思っていた。
私の、使命のようなもの。
「哀か・・・?」
「うん。たった一人の妹の、哀だよ。」
だいすきだよ、兄さん。
私は、哀しげな笑顔になった。
「ね、兄さん。私ってさ、何で『哀』っていう名前なの?」
兄さんは、私の方をじっと見ていたが、そっと目を瞑った。
兄さんの恋人の名前は『愛』だった。
兄さんの恋人は15年前に死んだ。
そして私は、今15歳だ。
それから導き出される答えは一つしかない―――――。
それでも、私は兄さんからそれを聞きたかった。
「聞かない方がいい・・・」
「ううん、聞きたい。」
私は、静かに、できるだけ穏やかな瞳で兄さんを見つめた。
兄さんの端正な横顔が、見えた。
すき・・・
やっぱり、この気持ちは“愛”さんのものじゃ無い。
私のもの。
兄さんは、そっと目を開けた。
「愛が死んで・・・その代わりに、その哀しみに、お前の名前を・・・」
兄さんからは途切れ途切れの返事が来た。
はっきり言って、答えになってなかった。
でも、私にはそれで十分だった。
私は、ふと自分の手を見た。
31年間生きてきた体。
それなのに、見た目は16歳。
まだまだ綺麗なしなやかな、手。
それは、兄さんも一緒だった。
兄さんの年なんて考えたこともなかったけど。
そう、よく考えてみればもう今年で31なのよね。
どっからどう見ても高校生。
それは、つまり・・・
「兄さんも、私の体も、永遠に年を取らないの?」
「・・・・・・」
「兄さんは、“愛”さんと一緒にいたい?」
「・・・・・・」
何を聞いても、無言の兄さん。
兄さんの無言の答えは、肯定と受け取っていいだろう。
そっと私は上を向いた。
空が、蒼い。
快晴だよ―――――。
「兄さん。永遠に年を取らないってことは、不死ってことでもあるの?」
無言で返してくるかと思ったら、兄さんは意外にも即答した。
「それは・・・ない。不老には出来ても、不死にはできない。怪我をすれば死ぬし、100年近くになれば嫌でも死ぬ。」
まるで、研究の成果を発表するかのように、兄さんは淡々と言っていた。
「もし、愛の意識が蘇ったとき、愛が年寄りのよぼよぼになってたらどうする?何のために生き返ったんだ?そうだろ?そして、愛が16歳のままなのに、俺がじーさんになってたらどうする?2人でいられないじゃないか。」
だんだん、気持ちが高ぶってきたらしく、言葉の終わりのほうは、殆ど吐き捨てるように言った。
兄さんが、急に愛しくて、そして悲しく、見えた。
「そうだね。兄さん。ごめんね。兄さん。」
私はそれだけを繰り返した。
兄さんは、じっと水面(みなも)を見つめていた。
魚が一匹、跳ねた。
平和だなぁ・・・。こんなときが、永遠に続いて欲しかった。
そして私は目を瞑った。
「兄さん、“愛”さんと幸せに過ごしてね。永遠に。100年なんて言っちゃ駄目だよ。不老にすることが出来たなら、きっと不死にもできるよ。」
私がそっと目を開けると、兄さんは、さして驚いた顔もせず、無表情でじっと私を見つめていた。
「さっき、“愛”さんが出てきた時だって、本当は抱きしめたかったでしょう?でも、私がわけもわからぬまま“愛”さんに意識を乗っ取られた、ってことを知ってたんだよね。だから、複雑な心境だったんだよね。」
なんだか私は饒舌になっていた。
ぱしゃん
また、魚が跳ねた。
橋の足の付け根にある血痕が、だんだん薄くなってきたように、私の目には見えた。
「加奈には、全てを説明してあげてね。できれば、昴にも。」
そして私は大きく伸びをした。
空が、蒼かった。
ひとすじ、私の目から雫が落ちた。
「でも、私が“愛”さんと入れ替わっても・・・私はずっとこの中にいるから。ずっとずっと・・・永遠に。」
私はゆっくり目を閉じた。
本当は、この体ごと死のうと思った。
だけど、兄さんがどれだけ“愛”さんを愛しているかを知ってしまったから、
それはできなくなってしまった。
だから、せめて。
2人を幸せにしてあげよう。
クローンの脳のときに、6年間、2人は想いあってたとしても。
9年間、2人の想いは止まっていたことになる。
その分の9年間、私は兄さんを愛したんだ。
それで、それだけで。
もういいから―――――。
「さよなら」
そして、「如月哀」という人格は、この世からは永遠に抹消されることになった。
彼女が望んだ『永遠』は―――――
こういう事になってしまうと―――――
最初から知っていて―――――
彼女は―――――
抹消した―――――
自らを―――――
永遠に―――――――――――――――
「永遠に、お幸せに・・・」
*******************完********************
コメント:
2002.09.09.製作です・・・。
はぁぁぁぁ・・・ついに、終わりました。
「永遠」純粋な少女、哀ちゃんの禁断のLOVEvストーリーだったはずなんですけど。
いやぁ、どっからこんなお話になったんでしょうかねー。(オイ)
でも、実はこの話は、このHPに引っ越してくる前から書いていて、本当に、1年以上前から書いていたものなんです★
最初とは、かなり路線がずれて来ましたが、あそこまでまとまりなくしてしまった話を、なんとか(展開が激早だった気もしますが)終わらすことができて、よかったです。
後味は、いいのか悪いのかわかりませんが。
哀は、きっと幸せだったと思います。?
陵も、愛も幸せに過ごしていくと思います。
結局、哀は「永遠にこの世から抹消される」ということで、『永遠』というテーマに絡みました。
永遠に生きていくのは、きっと陵と愛でしょう。
そして、人の無常(仏教かい)を踏みしめるのは、昴や加奈だと思われます。
でも、ある人の言葉を借りれば、人が死ぬのは、誰からも忘れさられた時らしいので・・・
哀は、陵や愛が生きている限り、“死ぬ”ということにはならないんじゃないでしょうか?
ってこれは私の独断と偏見ですがネ。(汗)
でわ、なんか碌でもないことをつらつらと書いてしまいましたが!
ここまで読んでくださった皆さん!!!本当にありがとうございます!
読んでくださってると思うと、私も書く気力が沸いて来ます。
本当に、本当にありがとうございました!!!
では・・・
2002.09.09.PM23:11 稲葉似卯
□ Home □ Story-Top □ 完結小説Top □