君は どうしてそんなに優しい笑顔を僕に向けてくれたんだ?

















マネージャーと、部員。
僕とめぐみの関係はそれだった。
いつも笑いながらタオル持ってきてくれてて。
僕の心の支えだった。

あの日も蒸し暑い日だった。
梅雨・・・だったかな。連日しとしと雨が降ってた。
屋内プールが、体育の授業の補習とかあって、混雑しててチョットやだった。
でも、おかげで君と知り合った。

「あなた、泳ぐの速いのね。」
「えっと・・・」
「神楽めぐみ、よ。同じクラスじゃない。」
「ごめん、神楽さん。」
「ううん。・・・にしても、泳ぐの速いのね。」
「・・・これでも幼稚園からやってるから。」

最初は僕は「鬱陶しいと思った。」

「凄いね。私、泳げないからなぁ・・・。尊敬する。」
「尊敬?」
「だって、幼稚園からずっと練習してきてるんでしょ?凄いね。」
「えっ・・・」
「私にはそんな努力は出来ないや・・・。」

にこっと、笑った。

初めてそんなことを言われた。

『才能あるヤツはいいよな。』

全国大会でいつもメダル常連の僕には、そんな声しかかからなかった。
誰も僕の努力なんて認めてくれなかった。
確かに、僕には才能があった。
初めて泳いだ時から、同年代なら誰よりも負けなかったのだから。
小学校6年の時は、同じスイミングスクールの人なら先生よりも速かった。
誰よりも速く泳げた。

「あなたの泳ぐ姿、もっと見たいの。」
「なら、水泳部、来ないか。」

女嫌い。
僕はまさにそれだった。
出来る限り女と関わりたくない。
そう思っていた。
なのに。
僕は、めぐみを誘ったんだ。

「でも、私は泳げないの。」
「別に、初心者もいる。」

めぐみは首を振った。

「ううん、違うの。・・・病気なの。」

めぐみは笑った。
僕は唇を噛み締めた。よく考えてなかった自分を呪った。

「なら。」
「なら?」
「マネージャーは。」

めぐみは笑った。



その日の夕方、気がついたら一緒に歩いてた。
めぐみは傘を忘れたと言っていて、僕が入れていた。
肩がぬれるから、と友達でさえ自分の傘に入れたことはなかったのに。
僕はめぐみに「入れて」と言われたとき何も抵抗を見せず、入れた。

「ねぇ。」
「?」
「あなたに、一目ぼれしちゃったみたい。」


恋が始まるのは簡単だった。
























確か、あれは。
夏の・・・蒸し暑い日だった。
100mを泳ぎきった僕の目の前で。
君は、にこにこ笑ってた。

「お疲れ様。」


その頃僕は調子が良かった。
誰より調子がよかった。
多分、めぐみのおかげだった。

めぐみが差し出すタオルは、いつも柔らかくて気持ちが良かった。
「ありがとう。」
僕が礼を言うと、めぐみは嬉しそうに笑った。


「ね。」
「うん?」

「暑いね。」


プールから上がった僕の隣で、めぐみはそう呟いた。


「そうだな・・・」
僕はプールサイドを見つめた。その向こうに見えるグラウンドは、暑さで地面が揺らいで見えた。
「大丈夫か?」

めぐみは無言で笑った。



帰り道。
めぐみは笑ってた。
ずっと、笑ってた。
「大丈夫か?」
めぐみは、笑ってた。
「暑いね。」
「あぁ。」
めぐみは、笑ってた。
「暑いね。」
「・・・めぐみ?」
めぐみは、笑ってた。



熱の揺らぎと一緒に、めぐみは消えた。





「めぐみ?」


「めぐみ?」
「めぐみ?」
「めぐみ???」



いなくなった。

僕は半狂乱で学校に戻った。
プール内には誰も居なかった。
何よりも先生に堅く禁じられていたこと。
施錠されたプール内に入ること。
僕は柵を乗り越えて、プールの中に飛び込んだ。
プールサイドに顔を出しても、
そこにめぐみはいなかった。

先生に見つかって、
僕はしばらく部活動停止になった。
全国大会もそこにちょうど被って・・・
僕は出場できなかった。


けどどうでもよかった。
どうせ、めぐみがいないんなら泳げない。


























クラスのヤツに聞いた。
「な、めぐみ知らないか?」

「え?めぐみって誰?」
「隣のクラスの伊藤芽久美?」
「んー?違うの?えっ・・・神楽めぐみ??」

「誰それ?」


























何で誰もめぐみを知らない?
確かにいたんだ。
確かにいたんだ。
僕と一緒に笑い合って、僕と一緒に生きてきた。
確かにいたんだ。
僕と一緒にいたんだ。
何を言っているんだ?


まさか。

君は天使だったのか?
僕のために舞い降りた?
僕に、『泳ぐ力』を与えるために。
僕のために舞い降りた?


めぐみ。
めぐみ。
僕のめぐみ。


僕の調子が良くなったから、消えたのか?
そうなのか?
























「おい。」
「おい。」
「大丈夫か。」
「何処を見つめてるんだ。」
「ほら、タオル。」
「成績はあがってるけど。」
「お前、最近どっかおかしくないか?」
「毎日泳ぎ詰めてても、身体に悪いぞ。」
「えっ?」
「マネージャー?」
「そんなの、ここ数年いないじゃねーか。」
























めぐみ。
めぐみ。
めぐみ。
























「この前、知ってるか?」
「何を。」
「あいつ、ひとりで傘さしながらブツブツ呟いてたんだってさ。」
「何だそりゃ。」
「妄想とかじゃねーの?」
「あいつ、彼女欲しがってたもんなぁ。」
「そいえば。」
「え?」
「あいつ、小学校の時、好きな子いてさ。」
「へぇ?」
「その子が、言ったんだ。『あなたの泳ぐ姿、もっと見たいよ』って。」
「ほぉ。」
「そしたらグングンタイムあがって。」
「すげぇ。」
「小6のときは、恐怖なほど速かったらしい。」
「え、じゃあその子は。」
「『あなたの身体筋肉だらけで気持ち悪い』ってさ。」
「ひでぇ。」
「大丈夫。あいつには言ってないから。」
「じゃあ、あいつは?」
「ただ、速くなっただけ。好きな子は無言で離れて行った。」
「それもまた。」
「えっと、確か、名前は。」


























この前、夢を見た。
自転車に乗ってた。


























「おい、覚えてるか?」

「何を。」

「小学校の同級生。」

「うん?」

「お前に、夢を持たせた女。」

「あぁ。覚えてる。」

「あいつ、死んだんだって!!」

「何で!?」

「わからんけど、壁に激突してたとか何とか・・・」


























雨の日。
下り坂。
滑りに滑って。
ブレーキなんか効かなくて。
そいえば。
自転車でも打ち所が悪ければ、
交通事故で、
人殺せるって、
聞いたこと、あった。

見覚えのある顔。
えっと、誰だっけ。

ブレーキ、効かない。


あ、君。
あのとき。
小学生の時。
僕のことを、褒めてくれた女。
あ、君。
名前、なんだっけ。


























熱が強すぎると、脳の働きは鈍る。
熱が強すぎると、逆に妄想は消える。
























名前、なんだっけ。
名前、なんだっけ。

「神楽めぐみ。」

名前、なんだっけ。


























君と出会ったのは6月。
君が消えたのは8月。


あれ?
君を殺したのは何月だっけ。
























2004.04.01.――11111GET大岸柚烙様に捧ぐ。







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