キャベツの恋+6







やっぱり、誰もいないや。
私は、まだ7時前の学校に1人でいた。
昨日は勉強しようと思ってたのに、人間って駄目だよね。何か色々感情の変化があったからか、グッスリ寝ちゃって。朝、5時ごろ目が覚めて慌てて起きてお風呂入って。・・・で、早めに学校来て勉強しようと思ったから、6時ごろ家を出たんだ。
でもね〜、始業が8時40分だっていうのに、こんな時間にいる人はやっぱりいないや。ま、教室で勉強するか〜なんて思いながら、私のクラス1−Cを目指した。

1−Cの前まで来たら、話し声が、した。
「・・・ら、・・・・・・・・・・・・・だよ。」
誰?いるじゃん、こんな時間でも――ヒト。ぐらいにしか思ってなかったんだけど。
「でも、瑠那ってダメージ受けたんじゃないの?」
私の名前が出たからびっくりして、柱の陰に隠れてしまった。
「まー、そりゃ、自分の一番大切な人が麗菓に奪られたんだからねぇ。」
「奪られたって、・・・そんな大げさな。私は、ただ飯田君が気がありそうだったからモーションかけただけだし。」
「麗菓ちゃんは最初から瑠那ちゃん大嫌いだったもんね。まさか、飯田君が好きなわけじゃなくて、瑠那ちゃんへの嫌がらせなだけ?」
「あんたたちは言い方が悪いのよ。私は、彼女を欲しがってた飯田君を助けてあげただけなの。」
「まあ麗菓がそう言いたいんならそれでいいだろ。」
羅弥、璃舞、麗菓、絽亜。私のよく知ってる、4人が喋ってた。・・・しかも、話してる・・・内容・・・・・・?
「で、どーすんの?とりあえず瑠那と仲良くするでしょー、そのあと。」
「私は・・・取り敢えずこのままでもいいんじゃないかって思うけど。」
「え〜、何でよ、絽亜ぁ。」
「・・・飯田偉人と麗菓が付き合った時点で瑠那にはダメージが与えられてるから。これ以上やるのも・・・」
「駄目だよ、絽亜。やるからには徹底してやらなきゃ。誓ったじゃない、4人で。」
「私は誓いに参加したつもりは無い。」
絽亜はそう言って突っぱねた。残りの3人が顔を見合わせて笑う。
「絽亜ちゃんは優しいね。」
「・・・・・?」
「まっ、あんたが私らから外されてもそうそう応えないだろうってコトぐらいは流石にわかってっけどさ。」
絽亜は重いため息をついたあと、その切れ長の瞳で全員を見つめた。皆は顔を見合わせ肩をすくめる。羅弥が口を開いた。
「あんたを外す気はないよ。応えないやつ外しても面白くないから。」
「これは、ゲームの続きなんだよ、絽亜。」


胸が、痛い。苦しい。何か私の身体の一部じゃないものが出てきそう。眩暈がする。
今、この人たちは何を言った?よく、よく聞き取れなかった。
ゲームは、終わったんじゃないの?ねぇ、終わったって言ったじゃんか?

「・・・どゆこと・・・?」

廊下の柱の影から飛び出て、ドアの外から私は4人に声をかけた。
4人は驚きの表情でこっちを見る。
「ねぇ、どゆことなの!?」
顔を見合わせる4人。最初に口を開いたのは絽亜だった。絽亜は静かに、けれどはっきりとこう言い放った。
「ゲームは終わってなかったってことだ。」

ゲームは、終わってなかった。私の気持ちを引き裂いて、私の全てを奪ったゲームは。ただ、私以外の人間が楽しいがために終わってなかった。・・・ふざけないでよ。
「何、言ってるの・・・」
「しょうがないだろぉー?だって、私ら瑠那のこと嫌いなんだから。」
羅弥があっけらかんと言った調子でその紅い唇を横ににぃっと広げながら言った。その妖艶な笑みが、昨日の甘い声と重なり、吐き気がしそう。マスカラをつけてバシバシになっている睫毛にすら、途方もない憎しみを感じた。
「も少しばれないままでいたかったんだけど。」
麗菓のその一言に私はいきり立った。
「ちょっと・・・ヒデを本当は好きじゃないってホントなの!?」
「大好きよ?」
麗菓はにこりともしない。私のほうも見ない。だけど、零コンマ何秒も立たないほど、即その言葉を言った。
「死ぬほど好きよ?私、好きじゃない人と付き合うなんて真っ平ごめんだから。」
麗菓はそして、ふふっと笑った。何それ。何なの、それ!?死ぬほど好きなら、どうして・・・
「何が、したいの・・・」
「何も?」
羅弥がケラケラ笑っている。何が可笑しいの。何が可笑しいの。
「あ〜ぁ〜。でも、これでゲームもある意味ゲームオーバーか〜」
「そうだね。これから色々やろうと思ってたのにね。」
璃舞が可愛らしい声で・・・けれどガッカリした口調で羅弥の後を続けた。屈託なく笑う璃舞。なのに、言ってる内容は・・・。
「何なの・・・あんたたちは・・・」
「どうする?私が、今また『ゲームは終わった』って言ったら。」
「え?」
「だって、今度のゲームは、瑠那と仲直りしたフリをして、あとから痛めつけるって話だったんだもんよー。私らにとってはゲームオーバー。だから、やっぱり瑠那と仲良くするよ、って言ったらどうする?って言ってんの。」
私を見下ろすようなその態度。いくらなんでも・・・いくらなんでもっ!!
「ふざけないでよ!」
「ふざけてないよ。」
またケラケラ笑う羅弥。
何なのこれは!?私を何だと思ってるの・・・ふざけんなよもう。何がしたいんだこいつらは?クスクス笑う。私の耳にそれだけが残る。また今日から同じ生活が始まるだけ・・・それだけなのに、一度浮上した気持ちを落とされる悔しさは、計り知れない。
そう、悔しい。只管悔しい。握り締めた右手から、鋭い痛みが走った。そうだ、ツメ伸ばしてたんだった。痛い。痛いけど、こんなのより・・・
あいつらを見返してやりたい。絶対に嫌。何があっても許せない。こいつらに制裁を与えてこそ平等ってもんでしょ?でも叫んだってあいつらには何も届かない。応えない。でも、私は・・・あいつらに私と同じ痛みを食らわせてやりたい。どうすればいい?どうすればできる?あいつらが悲しいこと悔しいことその全てをやってしまいたい。この心の黒い部分が私の全てを支配してる――。
その私に・・・急に思い当たるものがあった。
そう、そうだよ。
昨日、私、何を見た?
「璃舞っ・・・」
「なぁに?」
きょとん、とする璃舞。よく今のこの状況でもそんな顔ができるもんだ。一番の悪魔は、彼女かもしれない。
「昨日、見たよ。」
「何を??」
璃舞は不思議そうに私の目を覗き込んだ。けれど、少しだけその目が動揺していたのに私は気付いた。
「あんたにあんな趣味があったなんてねー。」
璃舞の表情が少しずつ白くなってくる。よっぽど、まずい秘密だったのだろうか。・・・これは、ラッキー・・・。私はにやっと笑うと、さらに続けた。
「隣にいた人もパンクっぽかったし?」
「何の話。」
羅弥が不機嫌そうに口をはさんだ。私は羅弥をぎっと睨みつける。
「璃舞、羅弥に誘われた時は嫌そうな顔したくせに・・・」
「やめて!!」
璃舞が、叫んだ。
「何――・・・何なの。わかったわよ!!だから、やめて・・・。」
最後の方はもう消え入りそうになりながら、それでも璃舞は言葉を紡いだ。
「やめて欲しいんだったらゲームから抜けて、璃舞。」
いい交換条件すぎる。私は1人、笑えた。もうこいつらに未練があるわけじゃない。だけど、私が1人でないという盾が欲しい。こいつらをコントロールできるという有利さが欲しい。私は、私は、こいつらを許せない。
「何なんだよ。」
羅弥が拗ねた子どものような口調でそう言った。私は羅弥をちらりと見た後、璃舞に向き直った。
「璃舞、どうすんの?」
「・・・何それ・・・瑠那、最悪・・・」
私に向かって呟いた一言。私は少し顎を上げて、璃舞を見下ろした。
「本気で私をキレさせたいの?」
「あんたがキレても何も怖かねぇよ。」
羅弥がそう言ってケラケラと笑った。麗菓も一緒に笑っている。璃舞は、今にも泣きそうな顔で私を見た。
「どうしてそんなことするの?・・・ひどい・・・」
ひどい?今、ひどいって言った?私にしたことは何なの?何ふざけてるの?今何て言った?何を考えてるの!?
「じゃあ、ばらされてもいーんだ。」
「あんたなんか死んじゃえばいいのに・・・」
璃舞が下を向きながら呟いた。
「余計なことしないでよ・・・。邪魔なだけだよ・・・」
一言ひとことが、胸に突き刺さる嫌な言葉。
もういい。もういいよ。もう、私は、慣れた。
「邪魔で結構。別に璃舞に好かれようなんて思ってないから。」
「じゃあ何でゲームから抜けろなんて言うの?」
「あんたと羅弥達のつながりを切りたいから。」
私がひょうひょうと言ってのけると、璃舞は下唇を噛み締めた。しかし、羅弥は笑って言った。
「別にそんなことで璃舞と切れねぇよ?」
「でも、あんたたちが無視してる相手と璃舞は喋らなきゃいけない。無視したら、私は璃舞の大切な秘密をばらしちゃうんだからねーっ。」
羅弥がそんな私を見てさも嬉しそうにひゅうと口笛吹いた。
「大したタマになったじゃん、あんたも。」
「ありがとね、あんたには負けるけど。」
イジメぐらいで小さくなってたまるもんか。それだけが私の気持ちだった。たくさんの人がイジメで自殺してる。正直その気持ちもわかる。だけど、だけど、絶対に死んでやるもんか。絶対に泣いてやるもんか。私は私は私は絶対に、絶対に、こいつらを見返してやる。
何があっても屈するもんか。
「いいよ、璃舞、ちょっと考えてて。」
私は璃舞にざーとらしい笑顔で笑いかけると、笑顔を消して羅弥に向き直った。
「羅弥も、昨日見たわ。」
「は?」
羅弥は顔色一つ変えない。流石、と言うべきかもしれないけど、今からこの顔を豹変させることができると思うと、急に楽しくなってきた。
私は、笑った。
「昨日あんたを見たのよ。」
「どこで。」
「夜、公園で。」
それだけ言うと、羅弥はあぁ、と言った。何――?応えて、ない?あんな状況を人に見られたって言うのに?
「で、それで何?」
「いいの?ばらされても。」
「別にいいよ。それぐらい。私相手なんだからあの程度のことしてて当然でしょ。」
「あの程度のことって・・・あれが!?」
「巷の女子高生なら皆してんじゃない。兎に角金がいんの、金が。」
え―――――?
一瞬、私の思考が止まった。何、この言いよう。まさか、一緒にいた人は彼氏じゃなくて・・・お金貰って・・・
そんな・・・!!!
いくら羅弥でもそれはありえないと思ってた。プライドは誰よりも高いと思ってたから。絶対に自分がよしと決めた男以外は自分の身体に触らせないと思ってたから。
「あんた、身体を金にしたんだよ!?恥ずかしくないのっ?」
「別に?」
「何それ―――――・・・あんたの身体には、もう値段がついたんだよ!?」
羅弥は肩を竦めた。
「そこ。そこが嫌い。瑠那は何に関しても説教臭い。いいじゃんか、私のことはほっとけば。ばらすんならばらせば?藤田羅弥が援助交際してましたーって。」
麗菓、絽亜、璃舞がピクッと身体を震わせた。
「嘘だろ・・・?羅弥・・・。」
絽亜がポツリと呟いた。いつも話を振られない限り開口しない絽亜が、ポツリと。
「嘘じゃない。昨日も、一昨日も、3日前――・・はしてないけど、4日前はした。」
羅弥は絽亜の目をじっと見つめ返して何の悪びれもなく続ける。
どうして・・・どうして、身体を売った人間が、こんなに活き活きとした目をしていられるのだろうか。
どうして、人を虐める人間が、こうやって真っ直ぐな瞳をできるのだろうか。
「身体だけは、売るなよ―――――。」
絽亜がさらに続けた。絽亜がこれほどまで自分からしゃべることってなかなかない。だからか、羅弥も驚いた顔で返した。
「絽亜にンなこと言われるなんてね。何それ、経験談?」
絽亜は表情一つ崩さず、その黒い澄んだ瞳で羅弥を見つめ返した。
「心も身体もひとつしかないんだからな・・・」
「もう汚れきってますから?今更やめることなんてできないんよ。さっきも言ったけど、とにかく金がいるからね。」
羅弥はふっと笑った。
「だから、無駄遣いはできない。娯楽に飢えてんの。」
羅弥は璃舞の手を握って引き寄せる。
「こーやって、カワイイ璃舞ちゃんを抱き締めたり、麗菓とおしゃれトークしたり、絽亜は眺めてるだけで目の保養になるし・・・瑠那を甚振るのも私の娯楽。安心して、瑠那ちゃん。あんたを嫌いなんてこと、これっぽっちもないから。」
くすっ、と笑った。誰よりも誰よりも妖艶な美を醸し出す彼女。私は言葉を返すことも出来ず、ただ見惚れていた――。
「だけどね、人間誰しも虐めたくなるコがいるでしょー?それが、あ・ん・た。」
「私は瑠那が大嫌いだけどね。」
麗菓が付け加えた。
「あーも、人がせっかく丸く治めてやったのに麗菓は〜。」
「だって、これだけは言っときたかったんだもん。」
麗菓はぷいっと横を向いて言った。麗菓も・・・可愛い。だから?だからなの?だからこうやって人を陥れて笑えるの?自分がその人より優位でいられると♪思うから・・・?
「・・・あんたが、飯田君の隣にいる限り、私はあんたが大嫌い。」
麗菓の笑顔が、胸に突き刺さった―――――。璃舞の月並みな文句より、ずっと、ずっと。
いつか私の場所が奪われてしまう。いつかヒデの隣が奪われてしまう。
いや。それだけはいや。私の隣を奪わないで。私は、私は、私は、誰よりヒデと一緒にいなきゃ駄目なの・・・。

「じゃあ、私は一生麗菓に嫌われっぱなしだ。」

私はにっと笑った。麗菓は思いっきりむかついた顔をした。
「ふぅん?なら、私は力ずくでもあんたを飯田君の隣から追い出してやるから。」
「どうぞご自由に。」
心臓がばくんばくんと波打っている。嘘でしょう?嘘でしょう?やめて。お願いだからやめて。私からヒデを奪わないで――。


「あれ、なにやっとんのー?」
声に慌てて振り向くと、そこには赤根さんが立っていた。
「あ、赤根さんっ・・・」
「朝から密会ー?怪しーなー。」
赤根さんがケラケラ笑う。羅弥はそれに対して自分も笑いながら答えた。
「そっそ。眞保も一緒に話し合う?」
「何ー?何の話なん?」
「今日の数学のテストの話☆」
「いややわそんなん!」
あ。そうだ。そう・・・私、数学の勉強するつもりで・・
するつもりで・・・
「さ、私らもそろそろ勉強しますか?」
羅弥が笑いながら言った。
「そうだね。」
麗菓もそれに答えて、自分の席に戻って行く。
「私らも、戻るか。」
絽亜もふいっと後ろを向いた。
璃舞だけが下を向いている。
「璃舞・・・?」
羅弥が璃舞を抱き締めていた手をそっと離した。
「・・・・・・・で。」
「え?」
「瑠那ちゃん、絶対誰にも言わないで。」
「璃舞・・・?ほんとに・・・」
「お願いだから。私・・・私―――――・・・ゲームから、抜けるから・・・」


璃舞の手が、震えていた。
私・・・私、何やった?そして、璃舞は一体何を隠してる?

何もわからなかった。何も。
だけど―――――私の・・・私の、新しいゲームは、味方1人の状態から始まった・・・。






コメント:
2004.10.26.UP◇■
重いのか重くないのかよくわかんない話だぁな。
まぁこの話は重い内容を軽く書いてこうかと。(ダメダメじゃん)




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