2.
だ〜〜〜〜っ!!!
オレは1人、大きく伸びをした。ま、こーゆー人気の無い道でいきなり大声なんぞ上げた日にゃ、おもっきり捕まるだろーから心の中でしか叫んでねぇけど。
こうやって毎日疲れるのにもワケがある。例によって学校帰りに劇団に寄ってるわけだが…。やっぱ、スターってもんはやっかみがあるもんで。オレほどかっこよけりゃそう思うのもしゃーないとは思うけど、流石に疲れるかんなぁ。
でも、おかげさまで爽やか笑顔の演技なら誰にも負けねぇ♪
こんなとき、彼女の1人や2人でもいりゃ癒されるんだろうなァ。
ま、もしメジャーデビューできた暁には女の影なんかあったらぶっ殺されるんだろうけどさ。
いつも思うけど、こう…優しげな笑顔浮かべたコがさー、側にいて笑ってくれたら。
普段はただのふわふわした奴なのに、オレがきゅって抱き締めるとやたらと女らしくなるような…オレがキスしようとすると顔赤らめるくせに、帰り際には「帰りたくない…」って鎖骨あたりを撫でてくれて。綺麗な白い指に気をとられていたら必要以上に上目遣いなそいつがオレの真下に☆☆もちろんオレの理性なんて暴走するバイクにとっての警察ぐらい意味ねぇの♪
……。
オレって…やばいんだろーか…。
淋しい男?
いや、顔さえよければ全てよしだろ!
そうだろ、この世の中ッ!!!!!
そう、1人で拳握り締め天を仰いでいた。
端から見たら…そう、激烈に怪しいような…
急に我に返るまで、変だなんて――考えもしなかったんだけど。
「ってオレ何してんだ!?」
思わず声に出てしまってから辺りを見回した。え、ええ、誰も、い な い よ な…!?
ばっ、ばっ、ばっ、と3方向を見て安堵しようとした矢先、背筋も凍る音がした。
「くす くす くす ・・・」
笑われてる!?
しかも、女の子に!?
“劇団『ノリア』の「ナオ」、1人で怪しい行動してたらしいよ…”
そんな噂1つでぶっとぶ人気。言ったろ?ヒーローは常に爽やかじゃなきゃいかんと何度も…!!
オレは声の主の方をばっと見た。
さっきも見た方向…そう、オレの真ん前だったのに、さっきは全く目にすら入らなかったんだ。
彼女は、オレと目が合うとさらにもう一度笑った。
そう、笑った。
世界ってさ。
ほんと。
絶世の美女が笑うと……きれーな色になるんだなー……
淡いオレンジのウェーブした髪の毛をふわっと揺らしながら、可笑しそうに口元に手を当てて小さく笑ってる。雪のように白い肌、瞳はパッチリしていてまるで吸い込まれるような深い茶。くすくす、漏れる笑い声はまるで鈴が鳴るような安らぎ。服は白いワンピースに黒いカーディガンを羽織っている。服に色がないせいか、余計に顔の華やかさが際立ってる。持ってる大きなバスケットもまるで絵に描いたような女で、ほんと、ツボ。
オレはぱぱっと彼女に近寄ると、オレの持てる限りの爽やかスマイルで笑いかけた。
「ごめん、変なトコ見せて。」
そういうと、彼女はオレの方を見た。う、うわ、笑うために少し顔を伏せていたからこのアングルは『上目遣い』!!!
睫毛長ッ!顔整いすぎ!!!しかもこの感じは胸もある程度あるし、んん、腰の括れも100点満点。ワンピースから見えてる足もしなやかですらっとしてて煽られる…
つか、表情超色っぽいが!この感じはおそらく年上か。しかしなんて少女らしさと大人の美を兼ねそろえた女なんだ。肩先まである髪の毛も、柔らかそうで触り心地よさそう☆
「ううん、面白かったからいいわ。」
にこ、とさらに笑いかける。
この女を今ここで口説かなかったら男じゃねぇ。
「いい、とか言わないで…変なもの見せたお詫びに、お茶でも奢るから。」
自慢じゃないがオレは声もひたすらいい。(つか、自慢か。)声優になったら絶対すんごいかっこいいクールな男が出来るようなタイプ。深みがある。だからオレがちょっとやさしめの声で話し掛ければ女は皆…
「お茶!?本当??」
ホラ見ろ♪
「あ……でも、今日は駄目なんだわ…」
「何か用事でもあるの?」
ナンパの鉄則、そのときに約束を必ず取り付けろ!!!あとで、なんて言ってたら「あと」は一生来ない。
「うん。どうしても家に帰らなきゃいけなくて。」
残念そうに女は笑う。オレも残念そうに笑う。
「そうか…。…でもオレ、君に必ずもう一度会いたい。」
『必ず』、これ大事。
「えっ、本当?」
女は頬を赤らめた。ま、オレに掛かっちゃ全ての女なんてこうやって軽く落とせるもんで♪
「君が、オレに会う気があるんなら、ね。」
「ね。」を意味ありげに言えばもうオレのもの。オレはいつでも君と会いたいよvなんつて。
「ふふ……お願い聞いてくれたら、かな。」
女は楽しそうに笑った。もう君の頼みならなんでも、なんて鼻の下を伸ばしそうになったがオレはそんなこと微塵も見せない。
そして彼女は、いきなりバスケットの中に手を突っ込んで何かを探し始める。
「えーっと……この辺にあったかと思ったんだけど…」
「?」
オレは不思議そうに彼女の瞳を見つめる。こうやって『瞳を見つめる』攻撃は、美形にとっての必勝法。
“不思議そうな顔”も大ポイント。わかってるよ、何を取り出そうとしてるかなんて。携帯か何かだろ?オレと連絡を取れるもの♪けど、そこをわからないようにとぼけるのが本当の男ってもんだから☆
が、予想は裏切られた。バスケットから出てきたのは手の平より少し大きめの箱。
「何?」
「あのね…、私実はこの辺で商売してるんだけど。」
そう言いながらバスケットを右脇に挟んで箱を開けようとする。…が、開かない。うぅ〜んとか唸っちゃうなんてなんつぅ可愛い行動なんだぁあああっ!!
オレは一瞬理性を吹き飛ばして踏み潰して抱きつきそうになったけど、必死に抑えて爽やかスマイルで彼女のバスケットを持った。彼女は嬉しそうに笑った。そしてその瞬間、箱の蓋が開いた。
「ほら、見て……!」
中から出てきたのは、水色の………きれーな、砂時計。
「うっわー…こんなに綺麗な砂時計、初めて見た。」
オレが瞳を丸くして言うと、女は嬉しそうに笑った。
「でしょう?貴方ならそう言ってくれると思った。」
えへへ、と笑う彼女をもう一度抱き締めたい症状にかられるがここはぐっと我慢。
「本当はね、売り物なんだけど……特別に貴方にあげるわ。」
にこ、と笑っていきなりオレにそれを渡す女。オレは一瞬驚いたけれど…すぐに平静を取り戻し、(オレの罠に嵌めることに成功したことを確信し、)ポケットの中を探った。
あったのは、500円玉。
「…じゃあ、オレはこれを。」
そしてその500円玉を渡す。
「えっ?だからお代なんていらないって…」
「そうじゃなくて、それは今のオレの『全財産』なの。」
「???」
女はわけがわからない、と首を捻る。
オレは女の耳元にそっと口を近づけて言葉を紡ぐ。
「オレの全ては君のもの、っていうことだよ。」
ついでに耳の後ろ辺りにキス、と。
女は顔を真っ赤にしていた。目は完全にとろ〜んとオレを見つめている。
ふっ、流石オレ。こんなに可愛いコを虜にしちゃうなんてな♪
「君、名前は?」
「え、私……私は、マイ……貴方は…?」
もう完全にどもりまくり。はは、オレのこと『大好き』だろう?
「オレは、ナオ。」
「ナオ…」
マイは小さく呟いたあと、笑った。
「ナオ、……また、ね!!!」
えーーーーーーーっ!?
いきなり背を向けて走っていくマイを見て思わず声が出そうになった。
ちょ、これからじゃねーの!?おいおい、連絡先は!?えぇええええええっ!?????
結局……ナンパ失敗?
オレは独りがっく〜と項垂れた。手の中にはあの砂時計だけがある。あ〜〜ここまでいい感じにきといて、それはないよなぁ…
意味がわかんねぇよぉおおおお。
そう、わかってなかった。
もし、あのときのマイの笑顔に少しでも疑いを感じてさえいれば……
あんなことにはならなかっただろうに。
よーするに、オレは色んな意味で馬鹿だった。
あ〜あ。
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