VAIO04


「・・・・・」
あれから3時間・・・外もそろそろ暗くなってきた。
女はまだ口を開かない。
他のの12人にはもう中に入ってもらった。
この女だけは、管理人室で、ソファーに座ってもらってる。
多分・・・同じ経験をした「VAIO」感染者と一緒に生活した方が 喋るようになると思うが、俺としてはそれは非常にやりにくい。
俺がここの管理人である以上、俺にも喋ってもらわなければいけない。
だが、それは決して強制しない。
ここに来た「VAIO」感染者が一体どういう想いで来たかは俺は知らないから。
知ろうとも・・・思わない。
でも、精神が崩壊した状態でここにいられるのだけは困る。
だから俺は女に喋る事を強制しない。
喋るまで、俺も無言だ。
コンコンッ
「悠〜っ!!!」
「・・・」
この声は・・・穂(ミノル)か?
「開けろ、悠ぁっ!!!」
はぁ・・・
俺は大きなため息をついて、ドアを開けた。
「何だよ?」
「ちょっと・・・悠と話そうと思って・・・って、もしかして・・・取り込み中?」
管理人室の中を見渡して、女の姿を見つけると、穂はおずおずとそう聞いてきた。
「ニュアンスは気になるけど、取り込み中であることには間違いはない。」
「???・・・あぁ、新入りか。名前は?」
「知らん。」
それを聞くと、穂は「あー、あれか」というような顔付きになった。
「今、話すとまずいか?」
「別に・・・話の内容にもよるけど。」
「いや、世間話だから。」
「ならいいんじゃないか?」
だめだ・・・。穂と喋っていると、どうしても変になる。
昔の・・・俺に戻る。
そして、穂は管理人室に入ってきた。
「お邪魔しま〜すっ。ってねぇ、君、いくつ?」
入るといきなり女にモーションを掛け始めやがった。
「穂、やめろ。」
「いくつ?25以上だったら俺でもどぉ?」
「穂。」
「何で喋らないの?きついことがあったから?」
「おい。」
「誰を殺したの?」
だっ
女は口元を押さえながら管理人室を飛び出した。
「穂!!!」
「・・・たぶん、あの女、彼氏を殺したな。」
「穂?」
「俺が、『俺でもどぉ?』って言った瞬間、顔に少し生気が戻った。」
「・・・どういうことだ?」
「思い出したんだろ、彼氏との付き合い始めを。あーゆぅふうにナンパされたんじゃねぇか?」
「ナンパ・・・。穂は、それでいいのか?」
思わず入れてしまった俺の突っ込みにも穂はたじろがない。
「いいよ。」
そして、穂は1人で笑った。
「っつぅか悠、2人しかいないときぐらい、穂って呼ぶなよ。」
「名前で呼ぼうって決めたのは穂だろ?俺の名前まで教えやがって・・・」
「2人でいるときぐらい、兄貴って呼んだっていいじゃねぇか・・・」
「俺は穂を『兄貴』とは呼ばない。あの時に、そう言っただろ?。」
「たった一人の家族だってのに・・・。」
少し、沈黙が流れた。
たった一人の家族。
俺と、血が繋がっている家族は・・・今、穂しかいない。
母も父も弟も、皆死んだ。
「VAIO」が出回っているこの世の中。
俺みたいな人間だって、決して少ないわけじゃない。
ふと思い出したように穂が口を開いた。
「あの女・・・大丈夫かね?」
「恋人を殺したんだったらしばらく経たないと無理だろう。」
「まぁ、時が経てば大丈夫にはなるけどな・・・。っていうか、悠は大丈夫なのか?」
「何が?」
「悠だって、彼女が死・・・」
「帰れ。」
穂の言葉を途中で遮って俺は言った。
「早く帰れ。この空間から出て行け。」
「まさか、悠、まだ、なのか?」
「早く帰れ!」
思わず怒鳴ってしまった俺の声に、穂は管理人室から出て行った。
怒鳴ったのなんて・・・いつぶりかわからない。
だが、無性に腹が立った。
「『まだ』って・・・大丈夫になる日なんか・・・来るわけないだろ・・・?」

俺があいつの手を取ったとき、あいつはまだ温かかった。
「苦しいよ、くる・・・しい・・・よ・・・」
「喋るな、すぐ良くなるから!!!」
どんどん生気を失っていく表情の中、あいつは必死に声を絞り出した。
親友が死んだ・・・たった1週間後。
仕事の合間に会っていた。
今からどっかの店でも入ってお茶でもしようかと喋りながら歩いていたとき。
道を歩く人の中に・・・「VAIO」感染者がいた。
その道にいた人は皆・・・倒れていった。
あいつも倒れた。
俺は大慌てで近くの公園のベンチに寝かせようとしたが、
公園は人でいっぱいだった。
全員、「VAIO」にやられていた。
俺はあいつをその辺の芝に寝かせた。
親友の時と全く一緒だった。
顔色は青いと言うよりはどんどん白くなっていき、今にも死ぬということが目に見えてわかった。
すぐ良くなるから・・・とかいう出任せは、あいつに言っているよりは自分に対して言っていた。
「悠・・・私、死にたくないよ・・・」
「死なせない・・・。絶対、死なせないからな!」
俺はそう叫んだ。
あいつは苦しそうな中から、そっと微笑んだ。
ふと・・・隣のベンチが空いた。
たった今までそこで寝ていた人がどこに行ったかは知らない。
知らないが・・・芝みたいな虫がいるところで寝かせるよりはいいだろう、
と思った俺はそこにあいつを運んだ。
「・・・ごめんね、ごめん・・・ね・・・」
あいつはずっと謝っていた。
ついさっきまで死の影なんかどこにも見えなかった人間が、
こんなに・・・こんなになるとは。
俺には信じられなかった。
あいつの体はどんどん冷たくなっていった。
「だめだ・・・もうだめみたい・・・ばいばい、はるか・・・」
「駄目だ!死ぬな!絶対に死ぬな!」
俺はそう叫んだ。
・・・が・・・
「幸せな時を・・・ありがとう・・・」
かたんっ
あいつの手が落ちた。
左手が俺の顔の近くまで伸びて・・・落ちた。
手には俺があげた指輪が光っている。
大切だった。
何より大切にした。
それを・・・こんなに簡単に失った。
予期もしない・・・こんなに一瞬で。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
俺は声が枯れるまで叫び続けた。
何よりも自分が許せなかった。
あいつをいとも簡単に死なせてしまった自分が。
俺はあいつを抱きしめた。
もう完璧に冷たくなってしまったあいつを。
そして俺は最期に唇を重ねた・・・。
俺の指輪を握り締めながら。
あいつの指輪を握り締めながら・・・。

あの時を・・・忘れる日なんて来るわけない。
大丈夫だと、笑って話せる日なんか来るわけない。
俺があいつを愛していれば愛しているほど。
この気持ちは・・・風化しない。
たとえ何があろうとも。





コメント:
2002.08.03.UP☆★☆
と、止まらない・・・。「VAIO」だけはどんどん話が浮かんでくる!
やっぱり主人公には悲しい過去が。(笑)
というわけでお兄ちゃんの穂君の登場ですっ!!!
穂の方は、悠と違ってひょうきんな奴です。(笑)
まぁ、やっぱり「兄弟」ってことがもう少し出るといいんですが・・・ねぇ・・・。(爆)




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