VAIO05


「悠。」
ノックもせずに俺の部屋に入ってきたのは・・・梓だった。
「ノックぐらいしろ・・・。用件は何だ?」
「相談したいことがある。」
「・・・こいつは、いてもいいか?」
そう言って、俺が見たのは口を開かない女。未だに何も喋らない。
俺の部屋から飛び出したものの、まだ部屋を作ってないのだから、行く場所もなく、戻ってきた。
「この人も・・・『VAIO』なんだろ?・・・なら、いい。」
梓はそう言うと俺と向かい側・・・女の隣に座った。
「僕は妹を殺したんだ・・・。・・・って知ってるのか?」
「知らん。」
おずおず聞いてきた梓に、俺は即答した。
「そうか・・・。書類とかに書いてあるのかと思ってたよ・・・。で、僕は、2,3年ぐらい前からグレてたんだ。」
一回一回、俺の言葉を待つ。
「俺の返事を待つな。聞いてるから、梓の言いたいことを先に全部言え。」
「あ、ああ。・・・で僕、VAIOに感染していないのに・・・家庭内暴力とか言われるヤツで・・・母さんと父さんを殺したんだ。」
そこで一旦言葉を切る。
俺の言葉を待っているわけでは無いようだ。
自分で高まってきた感情を抑えられなくなったのか、それとも気持ちを整理しているか、どちらかだろう。
たぶん前者だと思うが・・・。
「ガラスに頭をぶつけてやった。掃除機で滅多打ちにした。すぐ死んだよ。」
梓が、拳を握り締める。少し、彼の手に血が滲んだ。
「妹は・・・部活の合宿に行っていた。だから死ななかった。その時は。でも、すぐだったよ。
 俺がVAIOに感染して、あいつを殺すまでは。」
梓は大きなため息をついた。
「妹が生きていたのが、せめてもの救いだと思った。裁判とか待たないで、すぐに刑務所に入っとけばよかった。
あいつだけは、あいつだけは殺したくなかったんだ・・・。」
言いたいことを全部言ったのか、俺の方をじっと見つめた。
「母と父のことについては何とも言えない。梓の不注意だろう?
 だけど・・・VAIOについてなら何かいえるかも知れん。で、梓は一体どうやって感染した?」
「道を歩いてたら・・・落ちていた・・・。」
「で、避けて歩こうと思ったら飛び掛ってきたということか?」
「ああ・・・」
「・・・それは、お前の責任か?」
「え?」
「それは、お前がくよくよ後悔することか?って聞いてるんだ。」
「だって・・・僕が、あの道をあの時に歩かなければ・・・」
「そんなことを言い出したら、キリが無いだろ?」
「・・・」
「僕が、あの道を歩いていなければ・・・僕が、あの街に住んでいなければ・・・
 僕が、この国にいなければ・・・僕が、生まれてこなければ・・・」
「・・・・・・」
「キリが無いだろ?」
「・・・わかった。」
意外にも、すんなり梓は頷いた。
だが、その後に呟いた一言は、驚くべきものだった。
「悠も、そう思ったことが、あるんだな。」
「?」
そんなことを言ってきたのは梓が初めてだった。
「どういう意味だ?」
「悠も、誰か亡くしたんだろ?VAIOじゃなくても・・・VAIOでも。」
「・・・・・・」
「そして、そう思ったんだろ?・・・そうじゃなかったら、そんなにも僕の気持ちに的確に答えれる訳が無いよ。」
「・・・何が、言いたい?」
動悸が苦しい。胸が痛い。
あいつの顔が目の前をちらつく。
頭が、痛い。
俺のそんな状態には梓は気付かずに、ソファの後ろにぐたっともたれた。
そして小さなため息をついた。
「ここにいた人たちは・・・ほとんど、みんな・・・悠に救われたって言ってる。
 どうして、VAIOでもない悠にこんなにたくさんの人たちが悠に救われてるのか?
 僕はすごい疑問だったんだ。でも、わかった。
 心が読まれているように・・・言って欲しいことを言ってくれるんだ、悠は。
 僕たちは、待っているんだよ。悠のその言葉を。それを・・・的確に答えられるんだ悠は。」
「・・・・・・」
「でも、それには普通の人間じゃ駄目だ。だって僕達の気持ちがわかってないから。
 口では何て言おうとも、それはやっぱり口だけなんだよ。
 心から言ってるつもりでも、僕達から見たら、口先だけの慰めなんだ。
 でも、悠は違う・・・本当に思ったことを言ってくれてるって思える。」
梓はじっと俺を見つめる。
俺は、というと、さっきよりは状態が回復したものの、
いきなり話し出した梓の言葉に何て反応したらいいかわからず、黙りっぱなしだ。
「悠は、誰かを亡くしたんだろ?絶対そうだ。僕は言い切れる。
 そうじゃなかったら僕達の気持ちが分かるわけない。
 ・・・悠、誰を亡くしたんだ?それとも・・・殺したのか?」
梓は、じっと俺の瞳を見つめる。
俺の心を覗こうというのか?やめろ。やめろ!
「・・・死んじゃいない・・・。」
俺の口からなんとか搾り出した声は、掠れていたがおそらくはっきり聞き取れるものだっただろう。
「え?」
「・・・あいつは、死んでない。・・・梓、出て行ってくれ。」
俺は出来るだけ梓の方を見ないようにして呟いた。
梓は、怪訝そうな顔をしながらも、部屋を出て行った。
あいつは、死んでいないんだ。あいつは、死んでいないんだ。
俺は、ふっと壁にかかっている絵画を見た。
それは、雪の降る街の絵だった。
「・・・・・・雪・・・・・・」
あいつが、描いた絵だった。
あいつは雪の絵が大好きだった。
あいつの名前と一緒だから。
あいつの名前が、『雪』だから。
そんな理由で・・・あいつは、雪の絵を描くのが好きだった。
「・・・貴方も、誰か死んだの?」
いきなり声がかかったことに驚いた。
声を発したのは、ずっと口を開かなかった女。
「だから、死んでいないって言ってるだろう?」
俺は、驚きながらも、少し怒りながら女に答えた。
「そう・・・。」
女は、それだけ言って、また、黙ってしまった。
今、聞き出せなかったら一生聞き出せない。そんな気がした。
「・・・お前、名前は・・・?」
「・・・・・・結加。」
やっと聞けた、名前。
これで13人・・・全員が口を開いた。
「そうか。ありがとう。名前がわかれば、部屋を作ることができるから、明日から・・・」
俺が管理人の仕事を全うしようとしていた時。
俺の言葉を遮って、結加が口を開いた。
「待って。私、嫌。他の人と一緒にいるの嫌なの。・・・ここにいさせて・・・」
最後のほうは、殆ど聞き取れない。
涙声にもなりつつある。
「・・・・・・」
縋るような瞳で俺を見る、結加。
「私を・・・独りにしないで・・・もう二度と・・・」
この部屋に、俺以外の人間を住ますというのには、抵抗がある。
何かとやり辛くなるし・・・。
だが、きっとここで結加を無理に部屋に入れれば、絶対に政府からバッシングが来る。
・・・・・・しょうが、ないか。
「わかった。その代わり、出て行きたくなったら、すぐに部屋は作るから。」
「!!!ありがとう!!!」
結加は歓喜の表情で俺を見た。
だが、俺はそれに笑顔で応えることは出来なかった。






コメント:
2002.08.26.UP☆★☆
かなりの書き直しの末、出来上がった「VAIO」・・・。
私が一人で突っ走ってるような内容だったので。(汗)
やぁっと女の人が口を開いてくれました。
さてさて〜・・・これからどう転んでいくでしょーか?
乞う御期待!(笑)




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