VAIO07


「・・・何やってたの?」
俺が、簡易エレベーターから降りると、結加が目の前にいた。
こんなところに人が立っていたのは初めてだった。
俺は、かなり慌てたに違いない。
そうか、地下室へのドアを閉め忘れていたのか―――――!
「何でもない。早く出ろ。」
動揺を悟られまいと、俺は端的に言う。
結加は、頬を膨らませながら後ろを向いた。
その瞬間だった。
結加が、後ろを振り向くその瞬間。
髪の毛がふわっと揺れて、顔の向きが変わる瞬間。
白い肌。迷いのない瞳。さらりと揺れる髪。そしてその横顔。
「うっ・・・ぐ・・・が・・・」
俺はその場に倒れこんだ。
「どうしたの!?」
それに気付いた結加が引き返してくる。
ああ、いつもの、結加だ。
「いや・・・何でもない・・・それより早く・・・」
俺は、掠れかすれながら声を絞り出し、結加を急かした。
これ以上、結加にこの場所に居て欲しくなかった。

なんとかソファについて、俺はテレビをつけた。
ちなみに、管理人室のテレビは、普段は壁の中に入っている。
リモコン操作で出てくるようになっているのだ。
インチは、20。他のやつらの部屋にも同じテレビが付いている。
談話室にだけ、大きなスクリーンのテレビが付いていた。
まぁ、だいたいそこではビデオの映画が流れているが。
リモコンを操作して、俺はニュースをつけた。
一応世間のことも把握しておかないと、政府の奴らにどやされる。
"強力再生培養肉、「VAIO」に感染した人で、「VAIO」隔離施設に志願した人たちが行方不明になっている事故が相次いでいます。国際警察は、事件の解明を慎重に進めています。"
いきなり入ってきたのはこのニュース。
「VAIO」感染者が行方不明…?誰が監禁していると言うんだ?
それは、普通の人間には不可能だ。
何が、目的だ・・・?
俺は、只管嫌な予感がした。
"続いて、・・・あっ。今入ってきたニュースをお伝えします。強力再生培養肉、「VAIO」に感染した人が、ついに米国でも出たようです。繰り返します、強力再生・・・"
「・・・は?」
思わず、声に出してしまった。
そう、「VAIO」は日本で開発され、日本で広まった感染物だった。
せめて、日本国内だけで治められたら。
「VAIO」は、陸上は移動することが出来るが、水面の移動は無理だ。
だから、せめて日本国内だけで治められたら。
そうすれば、6億人ほどの犠牲者で済むはずだった。
何時の間にか、アジアに広まった。
アジアの小国は次々と滅亡してしまった。
気が付けば、ユーラシア大陸を覆っていた。
もちろん、ロシアやヨーロッパにも影響が出始めていた。
・・・だが。
地球連合政府の、国と国間の移動を禁止するという政策が成功したのか、南北アメリカ大陸と、アフリカには未だに広まっていなかった。
でも、アメリカに1人でも見つかったとなると。
アメリカ大陸全土には、広まるだろう。
それぐらい、感染力・・・というか侵入してくるのだ、体に。その力は、とてつもなく強い。
「あ〜・・・地球も終わりだな。」
独り言を呟いてから、はっと気付いた。
・・・そういえば、結加が居たんだった・・・。
ため息をつきながら、結加の方をこっそり盗み見ると、結加は左の奥歯を噛み締めて、テレビを見ていた。
そして何かを呟いている。
「強力、再生、培養肉・・・強力、再生、培養肉・・・」
それだけを、繰り返していた。
やっぱり、特有の悔しさがあるんだろうか。
梓にあんなことを言われたが・・・俺は、大事な人を失った哀しみはわかるが、「VAIO」特有の苦しみは、流石にわからない。
別に、わかりたいとも思わないが。

「悠〜っ!!!」
その後も、ニュースをつけっぱなしで、ずっと見ていた。
そんな時、急に大声で誰かが俺の名前を呼んだ。
ふとドアの方を振り返ってみると、そこには怜弥がいた。
「・・・何の用だ?」
「冷蔵庫が壊れた!!!」
俺の質問に、即答してきたのは、照宣。
2人とも小学校6年か中学1年といった感じだ。2人はだいたい同じ年ぐらいだ。
そして、冷蔵庫というのは、共有冷蔵庫のこと。
「VAIO」の自分たちの部屋にも、簡易冷蔵庫はあるのだが、何分入らない。
だから、政府に強硬で大きな冷蔵庫を作ってもらったのだが。
それが、壊れてしまった・・・というのだろうか?
「わかった。今すぐ行く。」
くだらない、とは思わない。
ほんの些細なことがとても困るんだ、こういうところで生活していると。
俺が行くと、冷蔵庫の周りに人だかりができていた。
「・・・・・・ちょっとどいてもらえるか?」
俺がそう言うと、まるで王でも通るときかのように、全員ざっと道を開けた。
その真ん中を、俺は歩く。
隔離施設に入っている奴らの不安そうな表情。
何かが狂うのじゃないかという、そんな不安。
ここはいつだって、そんな不安で満ちていた。
たかが冷蔵庫、されど冷蔵庫、というわけで、ほんのちょっとしたことで体が震える奴もいる。
何しろ、過去が過去だからな―――――。
「ハルカ、ごめんなさい。・・・結希が、壊したの・・・」
俺が冷蔵庫のドアを開けようとした時、
そう言って人ごみの中から出てきたのは、9歳ぐらいの・・・結希だった。
「結希?」
「結希が、中に変なものが入ってたから取り出そうとして・・・そしたら、止まっちゃったの・・・。」
結希は、もじもじしながらそう言った。
「変なもの?」
俺が怪訝そうな顔をしながら・・・でも口調はやさしめに聞く。
「うん。なんか、大きな袋があったから・・・」
俺の頭を嫌な予感がかすめたけど、俺は敢えて考えないようにしておいた。
「どっちだ?冷蔵庫か?それとも冷凍庫か?」
「冷凍庫・・・。」
嫌な予感、は確信となり、俺は大きなため息をついた。
誰だよ・・・。
ひとの死体を冷凍庫なんかに入れたやつ・・・。
はっきり言って、冷蔵庫は縦は2mとそこまで高いわけでもないが、横は10m近くある。
そのうち、縦の下から50cmが、冷凍庫になっている。
俺は、結希の頭をくしゃっと撫でると、冷蔵庫のドアを開けた。いや、冷凍庫の。
「これか?」
「うん・・・」
大きな袋が3つもあったので、そのうち1つを抱えながら、結希に聞いた。
俺は、何の躊躇いもなく、袋のヒモを解き、中身を出した。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ゆうちゃんっ!!!」
それを見た瞬間、声帯が壊れるほどの叫び声をあげて、結希はしゃがみ込んだ。
結希の友達の美和が、慌てて駆けつける。
そしてそいつも見てしまった。
「きゃああああああああああああああああああっ!!!!!」
結希より酷い悲鳴をあげる。
でも、それは別に死体というわけでもなかった。
死体じゃない、というわけでもなかった。
単純に、「VAIO」だった。
ただの肌色の塊が、6つほど出てきた。
それは飛び跳ねるやつもいれば、ずっとその場で止まってるやつ、
ごろごろ転がってるやつ・・・色々いた。
「きゃあああああ!」
「いやああああああああ!!!」
「ううう・・・」
「いや!!!!!!!!」
「やめてくれ・・・・・・・」

いた観衆たちが、次々にしゃがみ込む。
見たくない、らしい。
それはそうか。コイツラのせいで、ここにいる人たちの人生は完璧に狂ってしまったのだから。
「ぅがはっ・・・」
酷い奴は吐血をしていた。
流石に・・・ちょっと刺激が強いか。
俺も、少し「VAIO」が出てきたのには驚いた。
てっきり、どこぞのニュースであったような、冷凍庫に死体保存事件みたいなことかと思っていたから・・・。
俺は、ひとつずつ丁寧に「VAIO」を袋にしまった。
袋の中で暴れているやつもいたが、俺が袋の口を思いっきり縛ってやったので、出て来れなくなった。
「ごめん、みんな・・・。」
そう言って立ち上がったが、誰一人立ち上がる奴はいなかった。
これは・・・俺はいない方がいいな。
「じゃあ、俺はこの袋を持っていくから。冷蔵庫は、また後で取りに来て、政府の奴らに直してもらうことにしよう。きっと、あまりにものでかいものが暴れたことによって、壊れたんじゃないかと思うからな・・・。」
何だかんだと理由をつけて、まだ確定していないことまで言って、俺はその場を去った。
まだ、誰一人立ち上がる人はいなかった。






コメント:
2002.09.13.UP☆★☆
ちょっと結加にも何かあるらしいね・・・?とゆー陰りを残して。
冷蔵庫が壊れた。
とゆーのは、K様(私はGと思うのだが本人の強い希望によりK様です)から教えてもらったニュースをヒントにしたんですけど・・・
せっかく、「VAIO」なんですからねぇ★死体じゃなくて「VAIO」にしちゃいました。
でも冷凍庫開けて・・・ンなもの入ってたら嫌だよね・・・。(とちょっと思いました。)




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