VAIO08


俺が、管理人室に帰ると、雪の絵が外されていた。
そしてそこにあるドアが開いていた。
なぜだ!?
俺は慌てた。
「VAIO」が入っている袋さえ放り投げて、そのドアに向かった。
開けた覚えはなかった。
一つ、気になることがあるといえば結加がいないこと。
まさか?
そんなことがあるわけない。
指紋照合と網膜パターン認証。それを駆使してあるというのに。
血の繋がっている兄弟である穂でさえも入れないように、俺だけに反応するようにも設定してあるのに。
でも、それ以外には考えられなかった。
俺の心臓が壊れるぐらい大きく波打っている。
ここのロックが解除されたということは・・・
俺の背筋、肩、首にかけてを嫌な悪寒が駆け抜けていった。
やめて・・・くれ・・・
俺はエレベーターまで行った。
エレベーターは、そこにはなかった。
まさか、俺以外の人間がこれに乗るなんて思わなかったから、上から呼び出すとか、そんなことはできない構造になっている。
俺は、下に行けない。
雪・・・雪・・・雪・・・!!!!
下に行けないわけがない。
俺は迷わず、エレベーターのロープを掴み、下へ飛び降りた。
30mの大ジャンプ。
ぐがんという鈍い音と共に、俺は着地した。
足の骨が折れてしまったのか、右足がいつもと違う方向に曲がり、そして動かない。
激痛を通り越して、何も感じない。
もっと防衛を強化しておかなかった、俺に対する罰だ・・・これは。
俺は強くそう思いながら、右の拳でエレベーターの屋根を殴りつけた。
何度も、何度も。
何かしていないと狂いそうだった。
雪の無事だけを願った。
エレベーターの屋根が、破けた。
俺の拳も壊れた。
エレベーターの中に降りた。
雪の部屋に人影が見えた。
右足が折れて、右手が壊れて。
俺はもう到底歩けたり、何かが出来る状態じゃなかった。
でも、人影を見た瞬間、俺は走り出した。
誰よりも、速く。


―――――数時間、話は戻る。
それは悠が怜弥と照宣に連れられて、冷蔵庫を見に行ったとき。
結加は独りで部屋に取り残された。
一緒について行っても、きっと疎ましがられるだろうな。
結加は、ほんの数日間で、悠の性格を熟知していた。
悠は、似てるのよ・・・。あの人に。
苦しかった。
最初に見たときは、本当にあの人かとも思ったものだった。
あの人が死んでから、私は本当に・・・抜け殻だったんだから。
「VAIO」にでもなっちゃえばいい。そう思ってたら、本当になっちゃったけど。
ここにいる人たちは、皆似たような経験をしてるし・・・。
ましてや、自分のせいで死んじゃったりなんかしてたら、私は生きていけないよ。
普段は、悠がいてあまりゆっくりいろんなことを考えられないから、結加は色々考えていた。
でも、ずっとこの部屋にいるわけにもいかないわね。
悠が、自分のことを早く出て行ってほしい、と思っているのも知っていた。
前、穂と話しているのを聞いちゃったのよ・・・。
結加は小さなため息をついた。
顔をあげたときに目に入ったのは、雪の降る街の絵。
前、ここから変な地下室に入っていってたんだっけ?
唐突に、それを思い出した。
悠のあの雰囲気。絶対何かあったに決まってる。
多分・・・私と一緒のようなこと。
悠は「VAIO」に感染してないらしいから、自分では殺してないとは思う。
結加は自分で自分の心に頷き、立ち上がった。
そして、そっと雪の降る街の絵を外し、ソファの上に置いた。
見た目は何も変わらない壁。
違ったことと言えば、前ここが開いているのを見てしまったことぐらいか。
「・・・・絶対開くはずよね・・・・」
結加はそう呟くと、部屋を見渡した。
悠のノートパソコンが机の上に置きっぱなしになっている。
「やった!」
結加は、ノートパソコンを広げると、電源をつけた。
パスワードを求める画面が出てくる。
結加はなれた手つきでキーボードを操作すると、パスワードを入力したわけでもないのに、ノートパソコンは起動した。
パスワードの機能を停止させたらしい・・・が、それをこんなキーボード操作でするには無理がある。
だが、彼女はそれを絵があった位置にまで持っていき、ケーブルと繋ぐと、それであたりをまさぐった。
つっかえるところがあった。
「ここね?」
彼女は左手でケーブルを持ち、左腕とソファでノートパソコンを支え、右手で打っていた。
英語とも言えない文字の羅列がディスプレイ全部に広がる。
「何、この単純なロックは・・・指紋照合と網膜パターン認証だけ?」
結加は、少し呆れた。
これで本当に大切な何かを隠しておいたつもりだったのだろうか、悠は?
彼女が常人には目で追うこともできないようなスピードで、何かを打ち終え、エンターキーを押すと、扉が開いた。
「ケーブル接続もしないで開いてるし・・・。さては、全然そう言うのに関する知識がないな・・・」
結加は中に入っていった。
エレベーターの指紋照合と網膜パターン認証も、同様の手口で破った。
一体何をやっているのかはわからないが、単純に、悠の記録を文字の羅列にして送り込んでいるらしい。
でも、地下30mまでの道のりは少し遠かった。
「こんなにも深くにあるなんて?本当に、何があるんだろう・・・」
その後に続けようとした、「それにしても汚いエレベーターだなぁ」と言う言葉は飲み込んでおいた。
悠が作ったのね?・・・もう少し専門家の知識があっても良さそうなのに・・・。
結加は勝手なことを色々想いながら下っていった。
そして到着した。
エレベーターの開いた先に、明かりが見える。

見たこともない空間に、流石に怖いもの知らずの結加でさえ、足を踏み入れるのを躊躇った。
だが、その後聞こえてきた声に、結加は入ることを迷わず承諾することになった。

「ゆか・・・」

聞き覚えのある声だった。
5,6年前に聞いて、それ以来聞けなくなった声だった。
「ゆか・・・きて・・・」
結加の足は、勝手にその部屋に吸い寄せられた。
エレベーターの前から続く一本道。
20mもないのに、物凄く長く感じられた。
そしてその部屋に結加は足を踏み入れた。
「ゆか・・・!ほんとうにゆかなのね・・・?」
もう結加は動けなかった。
「お姉、ちゃん・・・?」
声は殆ど声になっていなかった。
驚愕だけじゃなくて恐怖、そして歓喜の表情も結加の顔には混ざっていた。
「お姉ちゃんなの・・・?」
次は、声になった。
お姉ちゃん、と呼ばれたその女性は、薄い緑色の液体に入っていた。
顔には黒い斑点があった。
透明の大きな筒のようなものがあり、その中に薄い緑色の液体、そして女だった。
その筒のそこには何本ものチューブが繋がっていて、そのうち一本が、漏斗のようなものと繋がっていた。
声は、そこから聞こえた。
「そうよ・・・ゆか・・・会いたかった・・・わたしは・・・ゆき・・・」
結加の瞳から涙が零れた。
信じられない肉親との再会。
もう、二度と会えないと思っていたのに。
「VAIO」になってしまって、どこにいるかわからない妹。元から家にいない父と母。
道を歩いていて、「VAIO」に殺された姉。
私の家族は、もう誰もいない。
そう結加は思っていたのに。
信じられなかった。
「私も、会いたかったよ!!!お姉ちゃん・・・」
そして雪が入っている筒に縋りついたとき。
エレベーターの方で何か大きな音がした。
何度も、何度も。
「何・・・?」
「はるかが・・・きたわ・・・」
「え・・・?」
結加が雪の返事を待つまでもなく、エレベーターに悠が降り立った。
結加と目が合った瞬間、悠は猛烈な勢いでこっちに向かって走り出した。






コメント:
2002.09.27.UP☆★☆
初、悠以外の一人称〜♪
とゆーわけで、結加は雪の妹でした〜っと。
もう少しあることはあるんですけど、公にはこんな感じです。
悠にとって雪は何よりも自分の生命よりもなによりも大切なものですから・・・どうなるでしょーね?




9話へ。

□ Home □ Story-Top □ 連載小説Top □