VAIO09


「ゆかぁあああああああっ!!!!!」
俺は大声でそう叫んだ。
思いっきり、殴ってやろうかとも思ったけど、雪に縋りついている様子を見つけると、
そこまで振り上げた左の拳を俺は下ろした。
「結加・・・一体どうやって・・・どうして・・・」
最初に言った『どうやって』と後に言った『どうして』は、かなりの意味の違いがあった。
どうやって結加がここに入ったのかも気になったが、『どうして』は、どうしてここに入ったかじゃない。その理由を聞いているわけじゃない。
どうして・・・なぜ・・・雪に縋りついているのか・・・俺には全くわからなかった。
「ごめん・・・悠・・・」
結加は、ぱっと立ち上がると俺の質問には答えずにそう言った。
俺は辺りを見回した。
何の変化も見られない。
ただ、やっぱり雪の顔には黒い斑点があった。
「結加・・・なぜ・・・雪と・・・?」
俺が途切れ途切れながら聞いたが、結加は毅然として俺の方を向いた。
「それは、私が聞きたいわ。なぜ、お姉ちゃんを悠が保存しているの?」
結加の視線は、今までの何よりも強かった。
好奇心、も入っていたが何よりも真実が知りたいという気持ちが煌々と現れていた。
それより、俺には今結加が放った言葉の方が信じられなかった。
『おねえちゃん』。
だから、か?
だから・・・結加の横顔が・・・似ていたのか?
「ねえ、教えて。」
結加は凛とした表情で俺に聞いてきたが、俺は口を開く気になれなかった。
代わりに俺は、その近くにあった薬品を取り出した。
「悠?」
「どけ。」
俺は静かにそう言うと、近くにあった台に飛び乗った。
雪のいる筒が丁度下に見下ろせるほどになった。
薬品の一つの、少しぬるぬる感のある、腐敗防止剤に漂白剤を混ぜたものを左手に塗った。
全く意味のわかっていない結加を放っておいて、俺は雪の入っている筒の蓋を開けた。
そして、左手をその中に突っ込んだ。
「!?」
結加が驚愕の表情で俺と雪を見つめる。
俺は、そんなのを無視して、そっと雪の顔に触れてやった。
黒いところを中心に、その薬品を塗る。
液体だが、ゼリー状なので、広がることなく雪の肌に塗れた。
雪の肌は、氷のように冷たかった。
俺は、手を取り出した。
そして蓋を閉めた。
結加はぽかんと口を開けて俺の一連の作業を見つめていた。
俺は台から飛び降りた。
その部屋の中にある水道で手を洗った。
流石に「VAIO」の毒がびんびんについた手で飯を食えば、死ぬだろう。
そして、まだ呆けている結加に向かって俺は叫んだ。
「帰るぞ。」
結加ははっと我に帰ったように立ち上がったが、雪の方を見ると、立ち止まった。
「私、ここでもう少しお姉ちゃんとお話したい。」
俺にきっぱりと、そう言った。
「・・・は?」
「だから!ここでもう暫らくお姉ちゃんと喋ってるってば!」
何だか拗ねた子供のように結加は言ったが、俺にはその言葉の意味がわからなかった。
「何を・・・?」
「なんでそんなに物分りが悪いわけ?それともわざとなの!?」
キレられても・・・本当に意味がわからないものはしょうがない。
「だから、何を喋るって言うんだ?雪は、喋れないぞ・・・?」
「何言って・・・」
結加は反論しかけて、黙った。
顎に手を当て、何事かと考え込んでいる。
そして、静かに顔を上げた。
「じゃあ、表現を変えるわ。私、ここでお姉ちゃんと一緒にいたいの。・・・これでどう?」
きっと俺を睨みつける結加。
俺は、未だにさっきの言葉が引っかかり、満足には頷けなかった。
だが、頷くしかなかった。
エレベーターは壊れてしまった上に、下から呼び出せない。
だから俺は結加に俺の携帯電話を渡した。
「上に電話しろ。管理人室にだ。番号は、入ってるから。」
俺がちゃんとそう説明してやったのに、結加は俺の携帯をじーっと見つめると、俺にこう言った。
「古いね・・・古すぎるよ・・・!!!いまどき、こんなに大きいのないってば!」
「5年前から買い換えてないからな。」
俺は、素っ気無くそう答えた。
雪が「VAIO」にやられてから、ずっと・・・俺は電話を買い換えてない。
次買い換えるときは、機種変更をもうさせてくれない。
番号が変わってしまう。
時代の流れと共に、携帯電話の番号は12桁の・・・16進数に変わっていた。
だから、俺の番号は、この機種でないともう使えない。
普段ビジネスに使うのは、もちろんこれじゃないが・・・常に持ち歩いているのは、これだった。
いつ・・・雪から掛かってくるか分からないから・・・。
そして俺はエレベーターに向かった。
天井に穴を開けたものの、動いた。
そして30mを独り密室で過ごす間に、俺は自分に驚愕した。
雪の部屋で結加がいることを承諾した俺に。
雪のために取っておいた携帯電話を結加に貸した俺に。
結加を殺さなかった俺に。
俺はわけもわからずイライラして、エレベーターの壁を叩いた。
右の拳にさらに破滅音が響いた。
急に右足も痛くなった。

なんで・・・なんで・・・俺は・・・結加に・・・?
まさか・・・?






コメント:
2002.09.27.UP☆★☆
一日に2作アップの「VAIO」。(笑)
書いていながらも全然アップしてなかったのがバレます。(汗)
さぁ、雪に全てをかけている悠が、結加に揺れ出した、ってところですけど。
それが結加だからなのか、雪の妹だからなのかが、際どい〜っていうところです♪^^




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