VAIO11 「鷹多ですけど、湯木さんはいらっしゃいますか?」 受付の女は、俺の名前を聞き大きく頷くと、パソコンのマウスを握り、ディスプレイを見つめながら何かを探し出した。 「あ、今は外に出ております。」 俺は小さなため息をついた。 だが、今まで湯木がここにいなかったことなんて無かった。 「わかりました。また、戻られたら昼過ぎに来るとお伝えください。」 「はい!」 俺は怪訝そうな顔をして言ったが、受付の女はにこにこしながらそう答えた。 何が楽しいのか。 俺はやる気が一気に起きなくなった。 いや、最初から無かったと言ったほうが正しいのかもしれないが。 そして俺がまた、ため息を付きながら自動ドアを通ろうとしたときだった。 ボトボトボトッ 俺の後ろに何かが落ちてきた。 ―――――何だ? 俺が後ろを振り向くと、信じられない光景が広がっていた。 政府本部の入ってすぐにあるセントラル・ホーム(受付や、憩いの場などがある)に・・・ 「VAIO」が落ちていた。 はっきり言って、普通の人間は、「VAIO」自体がどんな物かなんて知らないだろう。 何にもまだ移植(人々はこれを感染、と呼ぶ)されていない「VAIO」の形状は肌色で、大きさは拳ほどの物から、抱え込むほどのものまでまちまちだ。 だが、目などの感覚器などは無いのにも関わらず、「VAIO」は人間に向かって飛びついてくる。何の迷いもなく。 だから普通の人間が道端で「VAIO」と出会ってしまった時、人間は何の抵抗をすることもなく、感染してしまう。 しかも、「VAIO」は人間の体と一体化すると、遺伝子には融合するが、自らの肉体は消える。 感染した人間は、誰かが死ぬまで自分が感染していることに気付かないことさえある。 だから、普通の場所で今みたいな出来事―――――「VAIO」が上から落ちてくる、というような事が起こったとしても、普通の人間たちは何も対抗することなく感染するだろう。 だが、ここは違う。 "地球連合政府本部"なのである。「VAIO」を知らない人間の方が少ない。
「VAIOだっっっ!!!」
逃げ惑い、玄関に向かう人々。「ぃやああああああああああっ!?」 醜かった。我だけは、と人を押しのけて逃げる。 そんな中、俺だけがその場にぼーっと突っ立っていた。 その光景を、信じることが出来なかった。 "どうして「VAIO」がこんなに大量発生しているんだ!?こんなこと・・・120%ありえない・・・。" 人の波に押し倒された。 俺は情けなく、倒れこんだ。
「いやあああああああっ!!!」
人々の足音や、叫び声の中に知っている声が聞こえた。俺はその方を向いた。人々の隙間から見えたのは、篠岡芽美だった。 逃げ遅れたらしく、何人かの同僚と一緒に端に蹲っているのが見える。 "馬鹿が・・・" 俺はため息をつきながら、人の波に逆らいつつ立ち上がった。 "っつーか何千人働いてるんだよここは・・・?" 篠岡の周りにいるのは「VAIO」たち。 軽く見ても50体はいるだろう。 まだ、誰も「VAIO」に感染していない。まるで恐怖を楽しんでいるように。 "恐怖を楽しむ・・・?" 俺は自分の考えに何か引っかかるモノを感じたが、それが何かはわからなかった。 取り敢えず、今は「VAIO」を何とかするのが先決だった。 俺は何とか篠岡の方に向かおうとしたが、あまりにもの人の波に進めない。 このままじゃ、駄目だ。 俺は体勢を低くすると、一気に駆け抜けようとして、ダッシュをかけた。 人にぶつかる。 飛ばし返す。 すぐに人がいる。 倒れそうになる。 それでも倒れない。 横からの強烈なタックル。 踏ん張り、押し返す。 俺は走る。 前にいた奴を倒す。 掻き分ける。 そしてセントラル・ホームの半分より奥までようやくたどり着いたとき、人の波が消えた。 まるで後ろの人々の群れが嘘のように、そこからは別世界だった。 やっぱり、おかしかった。 そこにいたのは逃げ遅れた30人ほどの人間。 全員、「見たことがある顔」だが、今は原型とは似つかないほど、顔は恐怖に歪んでいる。 「VAIO」たちは、誰に侵入することもなく、周りだけを取り囲んでいる。 だが・・・・・「VAIO」たちは後ろを走る人々の群れに気付いていないわけが無い。 50体を越える「VAIO」。簡単に全部の「VAIO」が誰かに感染できるだろう。 なのに・・・していない。 "こいつら、やっぱり普通の「VAIO」じゃないのか?" 俺は今まで緩めなかった足を急に止めた。 その瞬間、「VAIO」のうち3体が動いた。 側にいた男4人組のうち、1人に3体で集中狙いしている。 "「VAIO」に協調性なんてあるわけない。やっぱりこいつらは・・・普通の「VAIO」じゃない・・・" 3体のうち1体が、その男に侵入した。つまり、その男は、感染したのだ。 そして2体の「VAIO」がその男の体から離れた。 男の側にいた周りの人間は、即座に離れる。 "駄目だ・・・。こんな狭いホームなんか。全員、死ぬ。" 狭いとは言っても、東京ドームほどの広さはある。 訂正する。広さとしては、「VAIO」が感染しないほどの広さはある。 だが、出口が窓や玄関しかない建物の中というのに問題がある。 建物の中で「VAIO」が生きていこうと思えば、東京タワーぐらいの高さと、東京ドームの3倍ほどの広さが必要になる。 まあ、だからつまりこのセントラル・ホームじゃあ「VAIO」によって全滅するだろう、ということだ。 だが、何も起こらなかった。 すぐ側にいる、約30人の人間たちでさえ、生きている。 "ありえない・・・" 俺は首を振って、そう思った。 その光景を見ていた誰もが信じられなかった。 そしてその人間の不意をついて、「VAIO」たちは人間に、次々と侵入していった。 あっという間に、残すところあと3人になった。 それは、篠岡芽美を含む、同僚たちだった。 「ちっ。」 俺は、もう手遅れかも知れないと思いつつも、篠岡達の方へ向かった。 もう篠岡たちは何も出来ず、ただただ座り込んでいる。 「VAIO」に感染したやつらは、というと、毒を放つこともなく、突っ立っている。 俺は、「VAIO」たちの間を縫ってと篠岡達と「VAIO」の間へ滑り込んだ。 「鷹多さん・・・!!!」 篠岡が、俺に向かって歓喜の視線を向ける。 「静かに。隙を見て逃げろ。」 隙なんてあるかどうか知らないが、今俺に言えることはそれだけだった。 そして俺は前を見据えた。 「VAIO」たち、そしてその後ろには感染者たちが見える。 「お前らは一体何だ?」 「VAIO」には目も耳も鼻も口も無い。 こんな風に質問こそしても何も無いとは思いつつも、俺はそう呟かずにいられなかった。 だが、質問の答えは思わぬところから返ってきた。 <私たちは、『VAIO』だ。> 最初に感染した男だ。 確か俺の記憶ではおそらくこいつは・・・国際外務科で働いていたはずだ。 「『VAIO』?なら、なぜ毒を放たない?」 『VAIO』に感染した人間が、『VAIO』に意識を乗っ取られるなんて事、初めてだった。 だが、そんなことも考えられないぐらい俺は動転していた。 <毒を放つことも出来る。私たちは、一番進歩した『VAIO』なのだ。> 機械的な無機質な声。 俺はもう一度、同じ質問を繰り返した。 「お前らは・・・一体何だ?」 <私たちは、『VAIO』だ。> 同じ答えが返ってきた。 そして男は右手を振り上げた。 残っている、12,3の『VAIO』たちが俺たちの方へ向かってきた。 俺はそのことごとくを遠くへ弾き飛ばした。 「誰が感染させるか。俺はお前らを『VAIO』とは認めない。」 俺は最初の感染者に向かって静かにそう言った。 俺は今、いたって平静だった。 <貴様に認めてもらわなくても良い。だが・・・邪魔なものは廃棄する。> 言うが早いか、その最初の感染者は俺に向かって銃を構えた。 "来るか・・・?" 俺は身構えた。 だが、その銃が向けられている方向は、俺じゃないことに気付いた。 俺がそっと逃がそうとしていた、篠岡たち3人の方だった。 <別に、死んでもらって何も不都合は無い。> 「やめろ・・・。」 俺は誰に言うでもなく、そう呟くと銃の撃たれる方へ体を動かした。 ダンッ 呆気なく、銃は放たれた。 恐らく篠岡たちは、避けきれない。 俺は弾道と、篠岡達の間に入った。 「鷹多さんッ!!!!!!!!!」 篠岡の悲痛な叫びが俺の耳に届いた。 人々の走る群れも、篠岡の声を聞き、一時停止したのか、・・・ 周りがやけに静かだった。 篠岡の絶叫も、最初の感染者の嘲笑も、何も聞こえなかった。 ただあったのは、左下腹部への激痛。 ダン 音と共に俺は2発目を浴びた。 流石・・・抜かりない。 一発目が、急所に当たらなかったから、2発撃ってきた。 綺麗に心臓を撃ち抜かれた。 うまいな・・・。 もしかしたら、『VAIO』たちの毒ではなく、銃を使ったのは・・・俺を殺すためだったのかも知れない。 血が、込み上げてきた。 最初の感染者はもう、自我が崩壊したように笑い狂っている。 俺は、血を吐いた。 そして、最初の感染者を睨み付けた。 倒れなかった。 踏みとどまった。 「これで・・・俺が死ぬと思ったか?」 静かにそう言い放った。 今度は本当に周りが静かになった。 そして次の瞬間。
ぐにゅるっ
奇妙な音と共に、俺は「再生」した。――――――――――・・・そう、『VAIO』だ。 コメント: 2002.10.04.UP☆★☆ 来ました来ました来ました☆!!! えっ!?悠まで「VAIO」!?・・・そうだったのです。 悠も、本当のところ「VAIO」感染者。 だから、毒を喰らっても大丈夫だったと言うわけです。 何で毒を放たないか、などは・・・ま、のちのち読んでいけばわかります。(多分) そして、新型「VAIO」の登場。 まだまだ佳境にもはいってませんよ♪皆様ついてきてねー(笑) |