VAIO12


俺は・・・



俺は、正常じゃなかった。
別に、狂っていた、とかそういう意味ではなくて、欠落した人間だった。
手がない、足がない・・・が一番オーソドックスだが、俺の場合は違った。
6歳健診を受けたときだった。
人口削減のための新種兵器が使われてから、偶数歳の年には、健診を受けさせられた。
その時、医者は俺の顔を触りつつ、首を傾げながらこう言った。
「顔の筋肉が・・・他の人たちより、ないね・・・?」
顔の筋肉がない?
だいたいこの兵器による欠落症状は遺伝子の欠陥による。
顔の筋肉だけがない事例なんてこれまでには無かった。
医者はさらに首を傾げる。
「でも・・・欠陥、というよりは・・・ただ衰えているみたいだな・・・?」
そして俺は一泊二日の入院になった。病室は個室だった。
血液検査から身体能力検査。何まで、全てにおいて検査をされた。
夜になった。
だが、顔の筋肉以外の衰えは見当たらなかった。
「・・・君、何か毎日の生活がやりにくいと思ったことは無いかィ?」
医者が俺に聞いてくる。
かなりの俺を子ども扱いしたような口調だったが、俺は腹を立てもしなかった。
「別にありません。」
「そうか・・・。病院はつまらないだろう?これでも見ているといい。」
医者はそう言って俺の部屋にあったテレビにビデオを入れた。
画面に出てきたのは、おそらく俺と同年代の子供なら飛んで喜ぶ・・・戦隊ものだった。
俺は別に嬉しくも無かったが、嫌でもなかった。
無表情でそれを見つめた。
主人公がやられそうになってしまう場面・・・悪役を倒す画面・・・
別に、何も感じなかった。
スリルなんて欠片も無いけどそれを否定する気持ちも起きなかった。
「・・・?」
医者は首を傾げた。この医者は首を傾げるのがどうやら癖のようだ・・・。
「えっと・・・君・・・鷹多悠クン?これを見て、どう思う?」
何を訊いてきているのかよくわからなかったが、俺は医者の顔を見ずにこう答えた。
「何とも思いません。」
「面白いとは思わないか?」
「思いません。」
「くだらないとも思わないか?」
「思いません。」
俺はテレビを見ながらそう答えた。
主人公が、ちょうど悪役を倒した。
俺は、何も感じなかった。
「!!!!!」
医者が急に立ち上がった。
俺は何も言わずにテレビを消した。
「鷹多クンは・・・笑ったことがあるかィ?」
・・・笑う・・・?
俺は静かに医者の方を向いた。
「笑う、っていうのはどういう行為を言っているのですか。」
「怒ったことはあるかィ?」
・・・怒る・・・?
「・・・・・・」
「どうしてここで、私に自分の質問に答えろと要求しない?君には腹が立つという感情はあるのか?」
・・・・・・?
「鷹多クン。君は・・・何かに心を動かされたことは、あるか?」
医者の声がだんだん震えてきた。
俺には何のことだかわからない。
「心を動かされる、というのはどういう行為の事ですか。俺にはその定義がわかりません。」
俺は淡々とそう言った。
医者は俺の部屋にあったナースコールを取った。
「・・・ああ、立花クンか。頼む、至急脳波を調べる装置・・・そう、それだ!持って来てくれ!!!」
脳波?何だ?俺は脳が悪いのか?
「センセイ、俺は脳が悪いのですか。」
医者は俺の方を向いた。
そして頭を二回叩いた。
「わからない・・・。前例は、ない・・・。」
医者の大きな手で頭を抑えられた俺は、少し医者の意図がわかった。
そうか―――――俺は、やっぱり欠落しているんだな―――――。
俺は静かに瞳を閉じた。

「・・・鷹多悠クンの欠落が見つかりました。」
次の日、医者は母さんたちに俺を引き渡しながらそう言った。
母さんの顔色は一気に蒼くなった。
「や・・・っぱり・・・顔の・・・?」
「いえ。」
医者は母さんの言葉を遮る。
俺にはもう、その先の言葉がわかる。
昨日は何だかんだではぐらかされたが・・・あれだけやられれば馬鹿でもわかる。
俺には、無いんだ。
アルモノが。
それは――――――――――

「彼に足りないもの。それは、・・・感情です。」

一瞬、母さんは無言になった。
「・・・かん・・・じょう・・・?」
やっとのことで出た言葉は掠れて、途切れ途切れだった。
「人間の持つ、一番素晴らしいものと言えるかもしれません。喜怒哀楽・・・それ以外にも、くだらないと思ったり、頑張ろうと思ったり・・・プラスもマイナスも、どちらの思考も・・・」
医者の言葉も、少しずつ小さくなってきた。
母さんは、その場にへたりと座り込んだ。
「感情がないということは、少なからず表情の無さにも繋がります・・・。ですから、顔の筋肉が他の人より発達していなかったのでしょう。」
さすが医者。最後まで言うべきことはきちんと伝える。
だが、母さんの精神を打ちのめすにはそれで十分だった。
「じゃあ・・・この子とは・・・笑い合えない、っていうんですか・・・」
母さんはぼろぼろと泣いていた。
なぜそんなに泣くんだ?
感情が無くたってあったって、別にそう変わりはない。
俺は少なくとも暮らしにくいなんて思ったことは無い。
だが、母さんを慰めよう、なんてことは少しも思わなかった。
「奥さん・・・。今、科学者たちが一生懸命あの悪魔の兵器によって被害を受けた人を助ける遺伝子操作のできる細胞を作っています。上のお子さんと、この子が・・・お互いの顔を見て、笑い合える日がいつか必ず来ます。ですから・・・」
穂も、欠陥があった。
昔、この病院に通った事もあるという。
そのときもこの医者だったのか・・・。だから知っているんだろう。
医者は必死に母さんを慰めていた。
母さんは顔をあげた。
「はるかと・・・みのるが・・・お互いの顔を見て、笑い合える日が・・・」
穂の欠陥、それは目が見えないことだった。
生まれつき・・・視力が無い。
母さんと父さんが新種兵器を浴びていた事に、その時初めて気付いたという。
俺と穂がお互いの顔を見て、笑い合える日・・・。
そう、そしてそれはいつの間にか俺と穂の夢、ということになっていた。
その日は・・・そしてやってきた。
その日というのはもちろん・・・



『VAIO』完成の日・・・







コメント:
2002.10.18.UP☆★☆
今回は悠の過去回想でした。(逃)
悠の欠落した症状は・・・感情がないところ。
悠も、兄の穂(みのる)も、欠落した人間だった・・・とゆう過去の話でした。
っていうか悠!?オマエ本当に6歳児かッ!?とゆー突っ込みは置いといて。(ぉぃ)
感情が無い・・・っていうのがどんなにつらい事か、まだよくわかっていない悠です。
次はどうしようかな・・・まだ過去の構想にしようかな・・・?
それとも現在(いま)の話にしようか・・・?悩みどころです(汗)




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