VAIO24


話は、10年前―――――。
「はーくん!・・・はーくんでしょ!?」
知らない女が俺に声をかけてきた。
髪の毛は高く括り上げられている、綺麗な茶色だった。
耳には逆十字のピアスが付いていた。
さっきまでその女と一緒にいた男が明らかに不服そうな表情で俺のほうを見ていた。
だが、俺はこの馴れ馴れしく呼んでくる女を知らない。
第一、俺には「はーくん」なんて呼ぶ知り合いはいなかった。
「・・・誰だ。」
生清大学・・・教育学部。
それの新入生歓迎パーティーだった。

俺はつい1ヶ月前に、両親を亡くした。弟を亡くした。兄はわけもわからない状態になった。
強力再生培養肉、『VAIO』を視力が欠落していた兄は移植し・・・わけがわからなくなった。
とにかく今言えることは、兄の穂が俺の家族を他全員殺したということだった。
俺は、感情が欠落していた。
そう・・・欠落していたのに。
その『VAIO』という再生能力の高い移植物のせいで・・・感情が復活してしまった。
初めて感じた感情。
限度の無い、哀しみ。
実の兄への憎み。
何時の間にか・・・また、感情が・・・なくなっていた。
何を見ても心が動かない。
俺は、元に戻った。
このパーティーでは誰もが幸せそうだ。
確かに、この大学の教育学部は全世界でも有数だ。
入るのには「最難関校」と言われる。
俺は・・・特に教師になりたいわけでもなかったが、母親の勧めでここを受けた。
そして、受かった。
もし、感情が戻って・・・親と普通の状態で出会えて、弟にも祝福され、兄の視力も回復して・・・
だったら嬉しくて仕方が無かったかもしれない。
だが、今俺にはそんな感情は無い。
どんな感情も無い。
喜んでる奴らを馬鹿らしいとも思わない。
嬉しいとかそういう感情も無い。
・・・感情が、ない。
誰とも喋らず、何も食べず。ただ座っていた。

そんな時にこの女は話し掛けてきた。
「はーくん、忘れちゃったの?私よ・・・雪。水無月、雪!」
みなづき・・・ゆき・・・?
少しむくれてそう言ったその女。
だが、俺はその女と会った記憶なんてどこにも無かった。
「知らん・・・。人違いだろ。」
「そんなわけないっ!!!あなた、"タカダハルカ"でしょう!?」
さっと言い捨てたらその女・・・水無月雪が食いかかってきた。
「・・・そうだ。」
「じゃあ、やっぱり、はーくんっ!!!」
「・・・・・・」
涙目になりながらその女は叫んだ。
そこまで、俺を。
・・・だが、やっぱり俺はこの女を知らなかった。



「ね、本当に覚えてない?」
ドイツ語の90分授業が終わった時、また水無月雪が話し掛けてきた。
「覚えてないと言うよりは・・・そんな記憶は無い。」
俺は一人で教科書類を片付けていた。
俺には、友達と呼べる人間がいなかった。
誰に話し掛けられても・・・怒れもしないし、笑いもしない。
そんな人間はつまらないらしく、誰も俺とつるもうとはしなかった。
「雪。・・・誰だ?」
「えー、昔の知り合いなんだけど・・・覚えてないみたい・・・」
連れの男が不機嫌そうな声で水無月に尋ねた。水無月は消え入りそうな声でそう答えた。
そして俺のほうに向き直った。
「本当に覚えてない?・・・幼稚園で一緒だったよね?」
と、なおもしつこく俺に訊く水無月に、俺は・・・いらつくことも無かった。
「知らん・・・。」
そう言い捨てると、教室・・・というかホールを出た。
水無月は俺についてきてなおもしつこく訊いてきた。
「何で?どうして?」
泣きもしない、怒りもしない。淡々と喋る。
それは水無月も同じだった。
俺は今度はこっちから訊いた。
「・・・それはこっちのセリフだろう。もし仮に俺があんたの幼馴染だったとしても、どうしてそこまで言う必要がある?忘れてる事だって座覇にあるだろう?」
「・・・・・・だって、はーくん・・・」
水無月は落胆したような表情で何かを言いかけたが、口を噤んでしまった。
「そこまで・・・覚えて無いんだ・・・」
そしてそれだけ呟いたが、俺の側を離れようとしなかった。
なんだこの女は?
それしか思わなかった。
それしか思っていないと自分に言い聞かせていた。
まさかその女に・・・ココロが動かされたなんて。
思いたくも無かった。








コメント:
2003.01.30.UP☆★☆
いえーい!!!ついに突入ですっ!雪と悠の過去話っ!!!
かなりのこじつけで始まった過去話ですけど、とにかく書きたかったので。(笑)
どんどん打てるんですよ〜やっぱり書きたかったところだから〜vvv
思い出している風、ではなくその時の悠に戻って貰っているので全然雪を気にしてもいません。。。
これから温かく見守ってあげてくださいな〜vvv




25話へ。

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