VAIO25 「鷹多、さん。今日も一人なの?」 学食で、鮭定食の味噌汁を啜っていたらいつものように水無月が声をかけてきた。 何時の間にか「はーくん」と呼ぶのは止めていた。 「ああ。」 顔も上げずに頷いた。 もう、声だけで判るようにまでなっていた。 「一緒に、いい?」 「どうぞご自由に。」 また、顔も上げなかった。 水無月は少し溜息をつくと、カタンと音を立てながら俺の前に座った。 何も喋らず、ただ黙々と食べ続けた。 俺が先に食べ始めたからか、俺が先に食べ終わった。 席を立つに立てず、ぼーっとしていた。 何も考えず、ただ目の前で和風スパゲッティを食べている水無月を見ていた。 茶色の髪の毛が顔の横から垂れていた。 麺を食べるのにかなり邪魔そうだった。 それを一回一回耳にかけながら食べるのだが、一回一回落ちてきていた。 それでも、また耳にかけていた。 整った顔立ち。何かを見据えるような真っ直ぐな瞳。形のいい鼻。艶かしい唇。綺麗な指先。 今までじっと見たことなんて無かったから気がつかなかったが、かなりの・・・世間一般に言う、美人だと思った。 どうして、こんな女が俺にこんなに構うんだ? こんな女だったら男なんていくらでもいるだろうに。 当然、と言うべきか、俺たちの学部や色んなサークルで水無月は人気があった。 「水無月。」 俺は無意識のうちに水無月を呼んでしまっていた。 水無月は弾けたように顔を上げた。 「なにっ!?」 活き活きした顔で俺にそう言った。 そういえば、俺のほうから声をかけたのはこれが初めてだったかもしれない。 「俺は・・・水無月にいつ、どこで会っていたんだ?」 水無月はちょっと顔を曇らせた。 訊くべきじゃなかったか? 俺はそう思ったが、でもこれだけは訊いておきたかった。 「いや、もし聞いたら思い出すかもしれんし・・・」 「いいよ。何でも話す。だから、私のことを知らないなんて言わないで欲しい。」 水無月は軽く笑うとスパゲッティの最後の4本ぐらいをフォークに巻きつけ、一口で食べた。 喋りながらだったからか、髪の毛も付いてきてしまった。 「やだっ」 水無月がそう言って髪の毛を麺から取ろうとしたがなかなか取れない。 俺はすっと手を伸ばして髪の毛を麺から取ってやった。 「あ・・・りがと。」 意外だったらしく、水無月は大きな瞳をさらに大きく見開いて俺を見つめた。 俺は少し居た堪れなくなり、横を向いた。 すると水無月はいきなり笑い出した。 「鷹多さんでも照れることあるんだっ♪」 「!?」 「だって、今照れたよねっ!?・・・へへ、みぃちゃったぁ〜☆」 悪戯っ子のような顔をして水無月は笑った。 「ぉぃ・・・」 「声になってないよっ。はははっ、面白いっ!!!」 今度は素直な笑い。本当に子供のようだ。 純粋で、無垢で。何の穢れも知らない。 痛みも、苦しみも、悲しみも、全部まだ知らない子供のようだった。 こいつは、これからも知っちゃいけない。純粋なままでいて欲しい。 そういう苦しみから、守りたい。 ―――――っ!? びくんっ 「鷹多さん?」 俺は自分の考えに驚愕して体を仰け反らせた。 水無月が心配そうに聞いてくる。 だけど、その言葉も聞こえないぐらいに俺は自分の今の想いに驚いていた。 「・・・・・・いや、なんでもない・・・」 わけがない。なんでもないわけがない。 俺が、人を守りたいと思っただと? 今まで、そんなこと欠片でも思ったことあったか? 何だ、この気持ちは・・・。 鼓動が早く俺を打ちつけ、胃の上部が竦んだ。 顔が火照った。足に力が入らない。 「鷹多さん・・・?」 「いいから、早く聞かせてくれ。」 水無月の声が俺の頭に反響した。 一文字一文字が強く心に残った。 俺は目を細めた。 「私は、鷹多さんと・・・幼稚園が一緒だったの。・・・それだけ、だけどそれだけじゃない。」 水無月はきっと俺の瞳を見つめた。 真っ直ぐな瞳に俺は射抜かれそうだった。 「私は、鷹多さん・・・ううん、はーくんが大好きだった。はーくんだって私を好きだと言ってくれた。結婚の意味もわからなかったけど、とにかく『けっこんする』って言ってて・・・そしてあの約束した!確かに、小さい頃の何も考えなかったただの約束だったかもしれない。けど、私は・・・高校時代荒れちゃったけど・・・その約束を守ることだけを心の支えにしてたのよ・・・」 「・・・あの約束?」 自分の鼓動の音で水無月の声が途切れ途切れにしか聞こえなかった。 けれども、耳には全く聞こえなくても頭に響いた。 まるで、一字一句逃すまいと何かが必死になってそれを頭の中に送り込んでくるようだった。 「忘れたの?忘れたんなら、どうしてここにいるの?」 「?」 「約束、したじゃない・・・。一緒に、『せんせいになる』って。先生になるって!!!」 最後の方は叫びに近い。 それでも水無月は俺から目を逸らさなかった。 俺のほうが逸らしたくなった。 「これでも、思い出せない?」 水無月が歯を食いしばって俺に訊いてきた。 ありえない。 俺の幼稚園の頃だと? 俺は幼稚園なんてものに行ってない。 第一、人に好きだなんて言った事もない。 この学校に入ったのは・・・母さんが教師をしていたから。 母さんが俺に「何も目指すものがないならとにかく資格を取りなさい」と言って自分の母校でもあるここを勧めた。 それだけの理由。 "小さい頃からの約束"なんて無い。あるわけない。 「・・・悪い。」 俺は水無月から目を逸らしながら言った。 水無月からは何も返ってこなかった。 数分経って、あまりにも長いから水無月の席を見てみたが、もういなかった。 物音一つ立てずに水無月は席を立ったらしかった。 机に2粒、水滴が落ちていた。 どうして俺はあの女のことを覚えて無いんだ? どうしてあの女はそこまで俺に拘るんだ? もし知り合いだったなら・・・どうして思い出せない? どうして。 どうして感情の無いはずの俺が こんなにも罪悪感を受けているんだ? どうして・・・どうして。 俺の中で 何かが変化し始めた。 コメント: 2003.02.06.UP☆★☆ というわけで・・・過去話第2弾。 “何かが変化し始めた”・・・きゃー。 でも、書きたいんですけど・・・書けないっていうか・・・能力がないというか。(死) きっちり予想通りの展開で進んでいきますv(ぉぃ) っていうより、予想通りに進ませないと現実世界と辻褄が・・・合わなくなる・・・(爆) |