VAIO26


それから水無月雪は俺についてこなくなった。
何時の間にか、水無月が俺にひょこひょこついてきているのが普通になっていたから
いきなり水無月がいなくなって俺は急に不安になった。
無意識にいつも水無月を目で追っている俺がいた。



「おい、雪。」
「なにー?」
英語の講座の後だった。
ホールの端にいる俺の見ている前で知らない男が水無月に声をかけた。
「ちょっと、いいか・・・?」
意味ありげな視線を俺に向けるとその男は水無月と一緒に出て行った。
俺の胃の上部が急に竦んだような感覚がした。
鼓動が早くなった。
「・・・なんだ・・・?」
俺は味わったことのない感覚にかなり戸惑いながらも、気にしない事にして家に帰ろうとした。
帰り道、ファミレスの中に水無月とさっきの男がお茶しているのを見つけた。
俺は無意識のうちにそのファミレスに入った。
「いらっしゃいませこんにちはー。」
ウエイトレスが俺ににこやかに声をかけた。
「お客様、お一人ですか?お一人でしたら奥の席に・・・」
だが俺はウエイトレスの言葉は無視して水無月たちの近く・・・だが水無月たちからは死角の位置に座った。
ウエイトレスの非難の視線を浴びていることも別に気にならなかった。
単純に、水無月たちの行動が気になった。
「アイスコーヒー。」
俺はウエイトレスの顔も見ず、そうとだけ言った。
目は完璧に右・・・つまり水無月を見つめていた。
声も、なんとか聞き取れた。
「・・・でさー、そいつがそこでいきなり食べてたラーメン全部吹いてさー」
「はははっ・・・何それ、絶対にウケるっ!!!」
・・・・・・
何の話をしているんだ・・・。
俺は急に冷静になってきた。
俺は一体なにをしているんだ?
こんな、女の後をつけるなんて馬鹿か・・・?
その辺の低レベルな男達と変わらないじゃないか。
俺は自分で自分に呆れながら水無月達から目を離した。
ウエイトレスがアイスコーヒー持ってきたらそれ飲んで帰るか・・・。
かなりの自己嫌悪に陥りながら俺は溜息をついた。
その時、俺の隣の席に知った顔を見つけた。
知った顔、というだけで名前は思い出せなかった。
だが、あいつはみたことがある。
・・・確か、同じ学科の・・・奴だ。
その男は食い入るように左側・・・俺にとっての右側を見ていた。
まさか、あいつも水無月を?
そんなわけないだろうと思いながらもさらにその男の向こう側にも見たことあるような奴が座っていた。
マジか・・・。
俺が思っていたよりずっと。
水無月の人気は高いようだった。
「アイスコーヒーになりまーす。」
ウエイトレスが運んできた。
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
俺は無言で頷いた。
そしてまた、右側を見た。
見ると、さっきと全然雰囲気が違っている。
水無月は何も変わらずシフォンケーキ・・・多分抹茶味と思われる・・・を食べているが、
相手の男の表情が明らかに固い。
そして、言葉を紡ぎだした。
「あの、雪・・・」
「んー?」
水無月は口の中にモノが入っているため口が開けずもごもご言っている。
男はそんな水無月を愛しそうに眺めた。
「驚かないで聞いてくれるか・・・?」
「?」
「付き合おう。」
「え?」
「俺、雪が好きなんだよ。」
「・・・・・・」
そのあと、水無月がなんて答えたかは知らない。
俺は飲みかけのアイスコーヒーをそのまま置いて、ファミレスを出た。
「お客さんお釣りっ!!!」
レジにいたウエイトレスが追いかけてきた。
俺は釣りだけもらってそこを離れた。
鼓動が早くなった。
その返事が聞きたかったから俺は水無月の後をつけたんじゃないのか?
そう思った。
けれど、それを認めてしまうわけにはいかなかった。
たかがあんな女に、俺の心が動いているわけにはいかなかった。
変なプライドが俺を邪魔していた。
・・・そう、意地をはっていた。
"意地を張る"という行為。
今まで、したこともなかった行為。
感情を伴う行為。
俺はそれに気付かなかった。



自分が自分じゃなくなった感覚。
今まで味わったことが無かった。
水無月のことしか考えられなかった。
教授の言葉も素通りした。
そしてそのまま講義が終わった。
俺はまだ席にぼーっと座りながらペンを右手で回していた。
頭の中は、水無月で埋まっていた。そんなときだった。
「鷹多君、ちょっといい?」
知らない女・・・でもない、見たことある女が俺に話し掛けてきた。
「よくない。」
顔もよく見ずに突っぱねた。
「なっ・・・なによ、それ。見たところ特に用は無さそうなんだけど?」
何だこの女。無理やりにでも引っ張りたいんなら最初からそう言え。確認なんか取るな。
俺は、よくない。
だからよくないと一言言ったのに。
「何がしたいんだ?」
「そうねー、・・・あのさ、付き合わない?」
「・・・は?」
「だから、彼氏になってよ。」
今まで喋ったことも無かった女。いや、俺は名前さえ知らない女。
「私、鷹多君が好きになっちゃったのよ。」
「・・・」
俺は無言で席を立った。
「ちょ、鷹多君?」
俺は女を見下ろした。
五月蝿(うるさ)い。」
「え?」
「・・・黙れ。虫唾が走る。」
「何、それ。」
「俺はあんたが好きじゃない。ってかむしろ嫌。帰れ。俺の前から消えろ。」
イライラしていた。
「ひどぉいっ!何がよ、顔がいいやつは性格悪いって本当ねっ。」
「失せろ。」
女はぶち切れていた。
だが、俺もぶち切れていた。
どうしてイライラしていたのかはわからない。
けれどとにかくその女の言った一言ひとことが気持ち悪くて吐き気がした。
「どうせ水無月雪が好きなんでしょ?あー馬鹿みたいなことした。ぱっと見て気にいったから告ったのに、そんなに性格悪いなんて知らなかった。水無月雪にもすぐにフられるわよ。」
負け惜しみのように俺にぐちぐちその女は言っていた。
だが、一つだけ聞き捨てなら無い言葉があった。
「・・・俺が、水無月雪を好きだと?」
「そうでしょ?・・・ってまさか付き合ってないの?ということは、あんたの片思いかぁっ。余計に望み無いわね。残念でした〜」
なおも嫌味を続けようとするその女の肩を俺はいきなりぐっと掴んだ。
「!?」
「訂正しろ。」
「えっ?」
「俺は、水無月雪が好きなんじゃない。」
「?????」
「俺は、一生ひとりなんだ。」
「・・・馬鹿みたい。」
「あ?」
「ひとが好きで何が悪いのよ・・・ひとりなんて馬鹿みたい。よく自分の心を見て見なさいよ。あぁ腹立つ!」
"ひとが好きで何が悪いのよ"
・・・ごもっとも。
確かに、そうだ。
別に、ひとのことを愛していたって構わないんだ。
なんだか無性に馬鹿だった。
だけどまだ馬鹿な俺は完璧に認めることは出来なかった。
女は完璧に気分を害した表情で、俺に背を向けて歩き出した。
俺は無心で女の背中を見つめていた。
その背中は震えていた。
怒りで震えていたのか・・・それとも―――――
"ありがとう"
俺はなぜかそうその女に向かって心の中で呟いた。
やっと、もう感情が無いなんて言えないことにだけは気付くことができた。








コメント:
2003.02.15.UP☆★☆
過去のお話第3弾。・・・つまんないですよね?
まぁ確かに悠の今までの経歴、を振り返ってるだけですし・・・何も予想外の展開とか無いし・・・
そしてこのまま、過去の話は進みます。えぇ本当に。
・・・・・・つまらない方は、読み飛ばしてね・・・(涙)




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