VAIO29


「・・・ん、・・・くん、はーくん?」
武藤が怪訝そうに俺を覗き込んでいた。
「・・・どうした?なんか急に遠い目してた。」
「あー・・・ちょっと昔を思い出していた・・・。」
俺はそう言って苦笑した。
武藤はにかっと笑った。
「雪さんとの思い出か?」
俺は無言で頷いた。武藤はもっと笑顔になると立ち上がった。
「そうだな・・・やっぱり、オレたちもその思い出が一番呼び起こされるよ。」
武藤は包帯を取った。
「早く、帰って来て欲しいんだよ・・・雪さんが死んだなんて・・・信じてないから・・・」
泣いていた。
武藤が泣いていた。
「雪さんは、オレに生きる力をくれたんだ。・・・最初は、ただの優等生かと思った。だけど・・・夜は暴走族なんてやってるし、男に人気あるのに全然寝ないし、オレが会ったことない人種だった。」
武藤は包帯を目に押し付けた。
「好きだった。憧れた。雪さんが大学行ってからも・・・雪さんの帰り場所の為にこのチームを引っ張った。」
俺は無言で聞いていた。
武藤は包帯を右手に握り締め、目から離すと俺を見ながら急に声を荒げた。
「どうして、どうして雪さんが死ななきゃならないんだ!?5年も前だろうがなんだろうが、それがオレには悔しくてならねぇっ!雪さんが何したんだ?雪さんが・・・雪さんが・・・」
俺も立ち上がった。そして、武藤の右肩に俺の右肩をぶつけた。
「安心しろ・・・雪は、生きてる。」
「な!?」
「・・・お前らが、雪を想ってる限り・・・雪はここに帰って来る。雪は死んでいない。それは俺が保証する。」
多分、周りにいた高校生たちには聞き取れなかっただろう。
俺は武藤の耳元でそう呟いていた。
武藤は俺から体を離すと、じっと俺の瞳を覗き込んだ。
俺は瞳を逸らさなかった。
もし、今ここで瞳を逸らしたら・・・それは雪の死を認めることだと感じた。
武藤はふっと笑った。
「すまねぇ・・・取り乱した。・・・そうだよな、雪さんは生きてる・・・。」
倉庫のシャッターが上がったところから見える空を武藤は見つめた。
そして目を細めていた。
「人間、信念だけは捨てたら駄目だよな。オレたちが、雪さんは生きていると信じる。それが雪さんへの・・・一番の想いの表現だよな!」
武藤の顔は完璧に泣き笑いだった。
そして、俺の右肩に顔を突っ伏した。
「ぅああああああああああああああああああああああああああああああああああっ・・・」
子供みたいに、泣いている武藤。
だけどそれを誰も咎めなかった。
きっと誰も・・・武藤の泣ける場所を造ってやることができなかったのだろう。
俺が、少しでも楽にしてやれたら・・・。俺はそう強く思った。
俺は武藤の右手を握り締めた。
・・・雪の包帯と一緒に。


武藤が泣き止んで、1時間が過ぎた。
俺たちは座って思い出話をしていたのだが、俺は時計を見ると立ち上がった。
「行くのか・・・?」
「あぁ。」
「・・・でも、アシが無いんだろう?」
「何とでもなる。」
俺はひょいと肩を竦めた。
武藤も立ち上がった。
「・・・オレたちが、途中まで連れてってやるよ!」
俺は驚きで目を見張った。
「流石に、隔離施設の前までは無理だ・・・。雪さんの場所を構えなきゃいけねぇから、死ぬわけにはいかないからなっ。」
「でも、お前ら・・・」
「山の頂上にあるんだろ?隔離施設って。だから、山の中腹ぐらいまでなら・・・行けるさ!」
「・・・下手したら、死ぬぞ?」
俺が遠慮がちに言った言葉で、武藤は少し笑顔を崩した。
「山の中腹でも駄目な場合あるのか?」
俺は頷いた。
「・・・そうか・・・。」
武藤は高校生たちの顔を見回す。
そして耳に手をあてると、また俺の方を見た。
「じゃ、こいつらは置いていく。・・・オレが送ってやるよ!」
「だから死ぬぞ!?」
「・・・オレが死んでも、こいつらがいれば・・・雪さんの居場所はあるさ。・・・はーくんがいる限りなっ!」
武藤はそして笑った。
俺は溜息をついた。
「武藤は本当にそれでいいんだな?」
「あぁ。」
「・・・・・・」
俺は無言で武藤に背を向けた。
「はーくん?」
「死んでも、知らんからな・・・」
「任せろってっ!」
武藤はそう言って、俺の腕に絡みついた。
こいつは・・・本当に、雪が好きなんだろうな。そう思って俺は苦笑した。
そして、雪を好きだと言う人間には性格が変わる自分にも苦笑した。

「ふわーっ。久しぶりにバイクの後ろなんて乗ってるー・・・」
武藤が俺の後ろでぎゃーぎゃー喚いているが、風やヘルメットで俺の耳には届かない。
「オレが運転するって言ったのに・・・なぁにが"男が後ろには乗れん"だよー。」
俺の腰に周っている武藤の腕が小刻みに揺れている。・・・笑ってるな・・・?
「どーせ・・・オレのほんと気持ちにも何も気付いてないんだろーな・・・」
武藤が何かを呟いて、俺の背中に顔をうずめた。
「さっきから何て言っているか全く聞こえん・・・」
俺はそう呟いて、さらにバイクを吹かした。なかなかでかいバイクだ。何ccだろうか?
でもかなりスピードは出た。
久しぶりの感触だった。
昔は、よく雪と乗っていた・・・。


ゴンゴンゴンゴン
「ひゃあ、あ、あ、あっ!?」
「大丈夫かー?」
「だだだだ、だいじょうぶぅぅうぅうひゃぁぁぁぁぁぁぁあぁ、あ、あ、あ、っ!?」
慣れていない雪はヘルメットが揺れてぶつかるたび・・・バイクが揺れるたびにそれに合わせて叫んだ。
俺はそんな雪が可愛くてしょうがなかった。
赤信号で止まったとき、俺の肩を持っていた雪の手を、俺はそっと掴み、俺の腰にまわした。
「危ないから、こう掴んどけ。」
「きゃーっなんか照れないっ!?」
「・・・・・・」
「あ、やっぱりはーくんも照れてるでしょうっ!?」
雪は嬉しそうにそう言った。
「じゃあ、ぎゅーってしてるからね!」
雪は今度は必要以上に俺に密着した。
夏で、着ているものは大して分厚くなく、雪の体温が直に伝わってきて俺は緊張していた。
俺は馬鹿か?これぐらいで・・・ぅあ、赤面してるか・・・?
自分で自分に気付いて情けなくなった。
惚れすぎだろうが・・・一度認めるとそうなるのか・・・。
・・・そう、確かまだ・・・付き合いだして間もない頃だった。






コメント:
2003.02.26.UP☆★☆
武藤さん・・・ナイス。(笑)
ってわけで、隔離施設までバイクで向かっております。
なんだかんだで過去話入ってるし・・・(苦笑)
ふー・・・。「VAIO」はどんどん自分勝手に進んでます。(笑)




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