VAIO30



「・・・ここで。」
俺はバイクを止めた。
あれから1時間ほどで、山の麓についた。
「え、まだ上だろ?・・・いいのに。」
「武藤だって困るだろ?高校生待たせてるだろう。急げ。」
武藤はバイクから降りた。俺も降りた。
そして、武藤だけがバイクに乗った。
「どうもな。」
「いや、こっちこそ!っげぇ楽しかったし!」
そしてヘルメットを被った。
武藤の表情が少しだけ、曇ったように見えた。
俺は不思議そうな顔をして武藤を見たが、武藤は何も言わなかった。
俺の方から、訊きたかった事を聞いた。
「そーいやぁ・・・椿の姿が見えなかったが・・・どうしたんだ・・・?」
「?ツバキ、って・・・椿のことか?」
武藤が、何言ってるんだ、と言った顔で俺の言葉に応えた。
「え、あぁ。」
俺は戸惑いながら頷いた。
「本気で訊いてるのか?」
「・・・?」
「本気なのか・・・」
俺がわけがわからない、と言った表情をしていたら、武藤は溜息をついた。
「椿は、死んだよ。」
「・・・は?」
「死んだよ。・・・5年前に。」
かなりショックだった。
椿、・・・喜多河椿(きたがわつばき)は、高校時代の雪の親友だった。
雪が大学に行ってからは、家業の花屋を手伝ってもいたが、武藤と一緒に暴走族も続けていた。
・・・だが、俺や雪が大学4年の時・・・蛭川の子どもを身篭った。
だが、8月に出産予定の子どもを残して・・・蛭川は、就職してすぐ、4月に死んでしまった。
『VAIO』によって。
それが・・・5年前の出来事だから・・・
「じゃあ、子どもは・・・」
「・・・椿は、出産時に死んだんだ。」
「流産で、母体に負担がかかったとかか?」
「いや・・・」
武藤が首を振った。
「病院の患者の1人が・・・『VAIO』に感染していたんだ。」
「―――――ッ。」
「外に遊びに行ってたんだったかな・・・帰って来て、病院にいた患者、医者、看護士・・・全部死んだよ。」
俺は絶句した。
そんな馬鹿な。
「小さな産婦人科だったからな。あまり報道もされなかった・・・から、知らなくても仕方がないか・・・」
武藤は小さく笑った。
哀しそうに、笑った。
「椿は、腕に赤ん坊を抱いたまま、死んでいた。あいつは・・・最後まで・・・マコっちゃんの子どもを、愛して・・・死んだ。」
「どうにも・・・ならなかったのか。」
「・・・・・・」
武藤は無言だった。
しまった・・・。
俺は、自分の言ったことを後悔した。
俺よりも5年も前にその事実を知った武藤。
そのことを何よりも考えたのも武藤だっただろう。
「すまん・・・」
「いや、いいよ。オレは羨ましくも思ったんだから。」
「羨ましい・・・?」
「・・・オレも、あの時は・・・死にたかったからな。マコっちゃんが死んで、雪さんが死んで・・・んで、椿だろ?オレだけ、取り残された。」
そしてまた、あの哀しそうな笑みを浮かべた。
「はーくんとも、・・・二十歳の時会ったっきり、連絡も何も取れなくなってたしな。オレは独りだったよ・・・ずっと。」
そして、武藤は俺達が今来た道を振り返った。
「でも、今は違う。あいつらが、いる。」
きっと"あいつら"というのは、倉庫にいた、高校生ぐらいの男女のことだろう。
少しでも、一番の人間じゃなくても、そういう人間がいて、よかったと感じた。
武藤はそしてまた、俺のほうを向いた。笑みを作った。
「どーせなら・・・はーくんにも、ずっと一緒に・・・」
そこまで言いかけて、止めた。俺の表情に気がついたのだろうか。
今までは情を顔にわざと表していたのだが、それを全く止めさせてもらった。
淋しかろうと、辛かろうと、俺は今、隔離施設を離れるわけにはいかない。
「冗談だよ。はーくんは、はーくんの世界があるんだもんな!」
無理に明るく武藤はそう言った。
俺は、武藤が好きだ。
雪のことを好きな人間が、好きだ。
だが、・・・雪より好きになれるはずがない。雪より優先させられるはずがない。
「俺は、雪の側から決して離れない。」
俺はそう、呟いた。
「えっ、何て?」
「何でもない。」
聞こえていなくて・・・助かった。
武藤は、不思議そうな顔をしていたが、小さな溜息を吐くとバイクに跨った。
「オレ、そろそろ行くわ。」
「ああ。」
そして、俺の顔をじーっと見つめた。
「はーくん・・・本当に、変わらないな・・・。高校生でも通りそうだぞ?」
「・・・ンな。」
「じゃあなっ!」
武藤は最後にそれだけ言って、行った。
高校生でも通る、だと・・・?
そんなに俺は童顔なのか?
あまり自覚したことは無かったが、そんなことを言われたら・・・気にする。
でも、こればっかりは・・・生まれ持ったものだから、しょうがないだろう・・・。
俺はそう勝手に解決して、山を登りだした。
・・・これを登りきれば、・・・雪がいる・・・
歩くスピードが上がった。




「・・・はーくん?」
山を上り詰めて、隔離施設が見え始めてからさらに15分歩いたとき。
聞き覚えのある声がした。
忘れるわけがない。
この声を。
声の主を見る前に、影を見つめた。
腰先位までのロング・ヘアー。
細身の体。
俺はその声の主を見た。


そこには、・・・雪がいた。






コメント:
2003.03.06.UP☆★☆
きゃーっ!ついに「VAIO」も30話!!!大台乗りましたねー!(←?)
武藤と友達のお話を。あれ?蛭川って・・・って思った方。
貴方はえらい!よぉく「VAIO」を読み込んでくださってますね・・・ありがとうございます。
さ、これからどーなるのか・・・期待しないで待っててくださいね;




31話へ。

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