VAIO31


「どうして・・・」

俺から出たのは、そんな言葉だった。
雪が、気にもたれかかって立っていた。
「どうして、って言われても・・・」
雪はひょいと肩を竦めた。
その仕草に、俺は違和感を覚えた。
何か、変だ。
「とにかく、貴方ははーくん・・・鷹多悠なのね?」
雪に似たその女は念を押すように俺に訊いた。
「あぁ、そうだ。だが・・・お前は、誰だ?」
雪じゃ、ない。
だが、雪じゃなかったことよりも、俺が雪以外の女を間違えて雪だと思ってしまったということに、かなりショックを受けた。
「私は・・・水無月、結菜。水無月結菜(みなづきゆな)よ。」
「水無月・・・結菜?・・・お前も、雪の・・・」
「えぇ。雪を知ってるってことは、やっぱり貴方は鷹多悠ね。」
結菜、と名乗った雪にそっくりな女は、にっと笑って頷いた。
年は、見た感じ・・・26,7と言ったところか。
雪の妹だろうか。でも結加よりは年上のようだ。
女は急に右手の人差し指をびっと立て、俺の方に向けた。
「あぁ!何か変だと思ってたら!私と雪を見間違えたのねっ?はーくん、駄目じゃない。ちゃんと彼女のことぐらい見分けなきゃ〜っ。」
結菜はけらけら笑い出した。俺はかなりかちんと来た。
「貴様、用が無いのなら、失せろ。」
「ごめんごめんっ。・・・はーくん、あんたは・・・『VAIO』に感染してるわよね?」
唐突に結菜から出た言葉。
俺は思わず言葉を失った。
「図星?図星?」
わくわくしたように、結菜が訊いてくる。
この行動・・・雪にそっくりだ。絶対・・・コイツは、雪の血縁だっ!絶対そうだ!
俺はそう固く思った後、無言で頷いた。
だが、どうしてこの女は、知っているんだ?
俺が『VAIO』だと知っているのは・・・雪、穂、・・・湯木、篠岡、ヨシヒサぐらいなものだ。
こんな見ず知らずの女が知っている、なんていうことは有り得ない。
「よし・・・。で、はーくんは今何歳なわけ?」
こいつ、俺よりどう考えても年下っぽいのに、俺をやけに見下したような喋り方をする。
俺は、またイライラしてきたが、一応答えた。
「今、28歳だ。」
「『VAIO』に感染したのは?」
間髪いれずに、訊いてくる。
「・・・18。」
結菜は、じーっと俺を見つめた。俺はなんとなく瞳が逸らせなかった。
「やっぱりね・・・」
結菜は、俺の顔を見つめるだけ見つめたあと、地面に視線を落として、そう呟いた。
「何がだ?」
結菜は、大きな溜息をついた。
「・・・じゃあ、私は何歳に見える・・・?」
「26。」
俺は即答した。
結菜は顔を顰めた。・・・まさかこいつ、もっと年下か…?
そして結菜が、口を開いた。
「私は、52歳よ。」
―――――。
絶句。ありえん。嘘だろう。
俺の脳は認めることを拒絶した。
「こっちは真面目に話しているんだぞ?」
半ば切れそうな口調で結菜に向かって話す。
「わかってるわよぉ。」
結菜も怒りに満ちた口調で俺に返した。
「でも、本当に52なんだからしょうがないじゃない?」
「嘘を言うな。どこをどう見たら52なんかに見えるって言うんだ?」
52歳と言ったら、もう綺麗だった時期は終わり、更年期なんかになって・・・
そして、女としての魅力が無くなって来る。
人間としての魅力は落ちるか落ちないかは本人次第だが、女としての魅力は完璧に無くなる。
なのに、この女は・・・
雪と寸分変わらない姿をしているのだ。
それで52歳だと?有り得ない。
「だって、雪を産んだのが私が24の時だから…雪は、今28なんでしょう?」
「・・・まだ、27だ。・・・雪を、産んだ・・・?」
「そうよ。だって、雪は私の娘だもの?」
さも当然、と言わんばかりの顔で結菜が頷いた。
だが、こんな若い母親いるか?って52歳なのか・・・。
そして結菜は首を傾げると、こう言った。
「言ってなかった?」
「言ってねぇよ。」
じゃあ、この女は・・・結菜は、雪と結加の母親だというのか・・・?
俺はだんだん混乱してきた。
だって、雪の母親は・・・湯木の情報では・・・
「政府の情報では、湯木の母親は梅乃、という女性だと・・・」
「政府の情報?梅乃?誰ソレ?」
結菜はひょいと肩を竦めた。
「あー?でも、ちょっと知ってるかもしれない〜。梅乃、っていうのは・・・私の夫の弟の妻だった気がする。」
結菜はちょっと上の方を見ながら呟いた。
あの野郎・・・ガセネタか・・・。俺は心の中で湯木に舌打ちした。
「ま、私が雪の母親だし・・・、それに雪より誕生日が早いから・・・やっぱり既に52歳よ。」
「52歳って、どういう意味だ・・・?その容姿で52だと信じろと言う方がおかしいだろう?」
動揺のあまり声が震えている。
雪の、親。本物の。
雪は名字が茶道から水無月に変わったと俺に言った。
ということは、この女は雪の本当の親。
きっと、本物の『タカダハルカ』も知っているはずだ。
そう考えると、震えた。
もし、こいつが俺は雪の想っていた『タカダハルカ』じゃないということを雪にばらしたら?
俺は、・・・
いや、雪は一緒にいてくれるのか?
俺はこんなに雪を欲しているのに。
そこまで考えてはっと気がついた。
あ・・・さっきこいつ、俺のこと"はーくん"って呼んだよな?
ということは、気がついていない・・?
俺は1人で考え込んでいたら、結菜が俺の視界に割り込んできた。
「大丈夫?考え事かにゃ?・・・ま、困惑するのも無理ないとは思うけどさ・・・。でも、それは鷹多悠、貴方も同じでしょう?」
「?」
「貴方、28になんかどっからどう見ても見れないわよ?それとも自分で気がついてなかった?」
飄々と結菜がそう言ってのけた。
"28になんかどっからどう見ても見れない"
結菜の言葉が頭に響く。そして、急に武藤の言葉が蘇ってきた。
"はーくん・・・本当に、変わらないな・・・。高校生でも通りそうだぞ?"
高校生?
俺が大学生ならまだしも、もう28だぞ?
他の人間にも、"年相応に見えない"とか言われたことが今思えば、ある。
穂も俺を見て、・・・"若い"と言った。
まさか、・・・いや、そんな、・・・馬鹿な・・・?
「流石『VAIO隔離施設』の管理人鷹多悠ね。もう気付いたの。」
結菜が俺の顔をじっと見つめた。
52歳だと言う結菜の顔に、皺なんて1本たりとも無かった。
「お前が『VAIO』に感染したのは―――――・・・」
「雪が生まれて、3年後・・・。27のときよ。」
薄ら笑いを浮かべている。
そんなことがあっていいのか?
俺は、俺は・・・






コメント:
2003.03.12.UP☆★☆
はい、実は雪じゃありませんでした。結菜初登場。
ってか、この「VAIO」・・・登場人物多いですよね。(苦笑)
先は読めてると思いますので、すぐ出すようにします。(なんだそりゃ)
結菜と悠書いてると、悠と雪書いてるみたいだなぁ・・・(笑)




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