VAIO32


「年を・・・取らないのか・・・俺は・・・お前も・・・」
「お前じゃなくて結菜ゆなでいいわよ?ま、当たりだけどっ。」
結菜はさも嬉しそうに頷いた。
俺の中で何かが落ちた。
音を立てて、何かが落ちた。
「不老不死なのかどうかはわからないけど。でも、見た目の年は明らかに落ちてない。私は別に激しい行動とかしないから、衰えが分からない・・・。から、やっぱり不老不死かどうかは分からない。」
「どうして、他の『VAIO』感染者たちは・・・」
「年を取るだろ、って言いたいんでしょ?それは私も思ったわ。・・・理由、想像つく?」
「つかない。」
「なら・・・そうね、貴方と他の感染者の大きな違いは?どうして貴方は管理人が出来ているの?」
俺の頭は真っ白だった。
ぺらぺらと喋る結菜の言葉も半分ぐらいしか頭に入っていない気がした。
そんな頭で考えた・・・答えは一つしか思い浮かばなかった。
「・・・毒。」
「だと思うわ。私も、毒でないもの。」
俺は驚いた。もう驚くまいと思っていても驚いた。
俺以外にも、毒の出ない『VAIO』感染者が・・・?
「この世の中に毒の出ない『VAIO』感染者は・・・多くて、3人いるはずなの。」
「他にも、いるのか。」
「・・・いるとしたら、あと1人。いないかも知れないけれどね。」
「何でそんなことがわかる?」
「だって、この『VAIO』たちは・・・ごうが作った・・・たった3作の試作品。・・・失敗作だもの。」
「ゴウ・・・?失敗作・・・?」
「あれ?知らないの?」
結菜はひょいと肩を竦めた。
「私の夫よ。・・・『VAIO』を作り出した張本人。」
「ッな・・・ちょっと待て。」
俺は、今度ばかりは納得が行かなかった。
「え?」
「『VAIO』を作り出したのは・・・"水無月結浩ゆいひろ"じゃないのか?」
「水無月結浩?あぁ、確かに作ったけど。」
結菜はひょいと肩を竦めた。・・・どうやらこれは、結菜の癖らしい。
「皓と皓の弟の2人で・・・2人だけで、『VAIO』の研究を進めてたの。だけど、『VAIO』の発表は全て、結浩の名前で行ってたわね・・・そう言えば。」
「どうして、水無月皓の方は名乗り出なかったんだ?」
結菜は冷笑した。
「違うわよ。名乗り出なかったのは、2人とも。弟の名前は、こうよ。だけど、そういうものは1人で作ったことにした方が評価がよくなるから、『VAIO』は1人が作った、ってことにしようって言って・・・最初は皓浩(あきひろ)って名前にするつもりだったのよ。だけど、皓の方が自分の字じゃなくて・・・私の、"結"っていう字を入れたい、って言ったの。だから・・・『VAIO』製作者は水無月結浩よ。でも、それは実在しないわ。」
「実在しない人物を政府が認可するのか?」
「するわけないじゃない。・・・その名前で発表するって決まったとき・・・浩の方が、改名したのよ。」
「結浩に?」
「えぇ。」
結菜はまたひょいと肩を竦めた。
「皓は全くと言っていいほど改名する気は無かったからね。そして、富も名声もいらない、ってそう言って、改名は浩に任せたの。」
「でも、なぜ政府は雪の父親を結浩だと思ったんだ?」
「雪の父親が『VAIO』を作った、ってことは伝わってたんじゃない?うちの中まで覗けるわけないし・・・研究室に至っては地下だし。皓が戸籍があると家とか簡単にばれて危険だからとか言って私と皓の戸籍は金を積んでどこからも消してもらったし。浩・・・結浩の妻は梅乃だったし。政府とかじゃその程度よ。」
「・・・・・・。」
「あ、そういえば雪も結加も結希もあの結浩と梅乃の娘、って登録したかも。産んだのは家ね?浩が助産士の資格持ってたし。結局、政府なら、戸籍程度しか調べられないってことね。」
凄い、発言だ。
政府を格下に見ている発言だ。
俺もそうだったが、湯木の情報量には驚かされていたところだった。
だが、所詮、国は国・・・国民のことについてはそこまで詳しくなれない。
そういうことなのか・・・。
鷹多たかだはるか、君?」
「何だ?」
「・・・・・・君は・・・『VAIO』を滅亡させる気がある?」
「ッ・・・。」
「その表情、考えたことはあるのね?」
結菜がじっと俺の顔を覗き込む。
俺は顔を背けた。
『VAIO』の滅亡―――――。
何度のそのことを考えたのかわからない。
『VAIO』さえ、無ければ。『VAIO』さえ、無ければ。
雪は死ななかったのに。人々は平和だったのに。そう、考えた。
だが・・・
隔離施設の奴ら。・・・誰一人、望んで『VAIO』になったわけじゃない。
一人一人はひょうきんで、楽しくて、自分をしっかりもっていて・・・
人々が望む人間だった。
『VAIO』と言っても、不老不死なわけじゃない。
寿命が来れば死ぬし・・・そして―――――。
「知ってるんでしょ?『VAIO』を滅亡させる方法。」
結菜がじっと俺の顔を覗き込む。
背けても、背けても、結菜は俺の瞳を見てきた。
「知ってるよね?うん、知ってるに決まってる。」
結菜は勝手に1人で納得して、腕を組みながら俺に背を向けた。
「・・・んじゃ、それを実行する気は?」
隔離施設を見ながら、結菜はそう言った。
「・・・・・・。」
俺は何も言えなかった。
実行する気なんてある分けないに決まってる。
あいつらを俺は殺すことは出来ない。
・・・あいつら?
「そうだ・・・。『VAIO』の中には結加もいるんだぞ?結加だって結菜の子供だろう・・・?」
結菜は驚愕の表情を浮かべて振り返った。
「嘘、嘘・・・。結加が、『VAIO』に感染してるの・・・?」
結菜がうわ言のように呟く。
「知らなかったのか?」
「うるさいっ!!!」
俺の言葉を遮って結菜はそう怒鳴った。
「結加、ですって・・・?二度と会いたくもなかったのに・・・どうしているのよ・・・?」
結菜が、途切れ途切れだけれども確実に聞き取れる声で俺に言った。
「何だ、結加が嫌いなのか?」
「えぇ。大ッ嫌いよ。」
結菜は俺の瞳を見据えてそう言った。
だが、さっきと全然表情が違っている。
「・・・水無月皓と私の子供。結加なんて、大嫌いよ。・・・あの子のせいで、私は茶道好秋よしあきと別れなければいけなくなったのよっ・・・。あの子のせいで・・・あの子のせいで、私の幸せは、全て壊れたのよ・・・」
頭を抑えてそう怒鳴り散らした。
茶道好秋・・・。今出たこの名。
それが恐らく・・・雪の実の父親だろう。
結加は水無月皓と結菜の間にうっかり出来た子供だったのだろうか。
それを理由に、水無月皓の結婚を余儀なくされ・・・。
だが、水無月皓の方は結菜をよっぽど愛していたようだ。
『VAIO』創始者の名前に"結"という字をつけるぐらいに。
恐ろしいほどの一方通行の愛は、その愛している人さえも不幸にしてしまった。
もしかしたら・・・この『VAIO』に関する事件というのは・・・。まさか・・・
俺がぼぅっとそんなことを考えていたら、結菜が急に顔を上げて、俺にこう訊いてきた。
「そう、あの子も確か『VAIO』に感染してたはず・・・。私の・・・合計で5人目の子供・・・結希も・・・。」
「ユウキ?」
聞き覚えのある名前を耳にして俺は首を捻った。
まあ、どこにでもよくいる名前だし・・・。まさか。
「結希よ、水無月結希。今いくつだろう・・・?『VAIO』が出来た年に生まれたはず・・・えっと・・・」
「9歳か?」
「そうそう!・・・って計算速いわねぇ・・・。」
結菜は感嘆の声をあげた。
別に、俺は『VAIO』の方から考えたわけじゃない。
ただ、俺の知っている結希の年齢を言っただけだ。
確かに、結希の"結"という字は・・・結菜や、結加と一緒だ。
どうして今まで似通ってる事に気がつかなかったのだろう?
いや、気付いていたに違いない。ただの偶然だと片付けていたのだろう。
だが、今は、別に確証があるわけでもないが・・・。俺はあの結希は、結菜が言っている結希と同じだと確信していた。
「で、結希はいるの?隔離施設に?」
「十中八九いる。」
「本当っ!?会いたいなぁ・・・」
結菜は嬉しそうに言った。
俺は急に疑問が浮かび上がってきた。矛盾していないか?
「結菜・・・結加も結希もお前と水無月皓の娘だろう?どうして結加は嫌で結希はいいんだ?」
結菜はきょとん、とした顔をしたが、急に左手の手のひらを右手のグーで打ってから頷いた。
「そっか、悠君は知らないのよね・・・」
結菜はひょいと肩を竦めると、また隔離施設を見ながら話し出した。






コメント:
2003.03.17.UP☆★☆
ふぅ〜。せっかく悠が歩き出したのに、いつのまにかまた会話ばっかり;
衝撃の新事実!といえるのかどうか…(汗)
悠は知っていた…「VAIO」を滅亡させる方法を…
っていうのが、今回の一番のどっきり、ですね。(不老はいいのか)
で、次への問題提起、と…。なんかこんなのばっかりだ;




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