VAIO34 「あったよ。精神的ショックだ。」 「なら、ほとんどの『VAIO』がそうじゃない!自分のせいで愛するものを失っているんだから・・・」 「確かにな。だけど、それ以上のショックがあるとしたら?」 「?」 「・・・『VAIO』の死体は、苦しそうだけどまだ綺麗だろ?・・・もし、自分の子どもの・・・ドロドロの死体をみたらどうする?」 「・・・・・・」 「それを目の前で他人にされたとしたら。自分は何も出来ないまま目の前で死なれたら。」 「・・・母親?」 「あぁ。」 「なら・・・何より・・・辛いわね・・・」 結菜は顔を顰めた。 「隔離施設にその女が入ってきたとき、そいつは妊婦だった。その時俺は、まだ隔離施設の管理人になって3ヶ月ほどで、『VAIO』・・・感染者への怒りが体中を渦巻いていた。妊婦は、俺に向かって泣き叫んだ。夫が死んだんだそうだ、『VAIO』毒で。俺はそう言って俺に縋りつく女を冷めた目で見つめていた。」 「・・・・・・」 「それから3ヶ月ぐらいたったら、女は陣痛が始まった。そして俺が政府に言ってる間に出産した。『VAIO』感染者の中に助産士がいたらしい・・・。子どもは、『VAIO』毒で死ぬこともなく、流産することも無く、産まれた。女は、"あの人の形見だ"とか舐めた事を言って、その子どもを溺愛した。」 そのときの風景が俺の中に蘇ってきて、少し心臓付近が痛んだ。 「俺は政府から帰ってくると、産まれたばかりのその子どもを見つけた。そして心の中で大笑いしながら地下室に連れて行った。母親と一緒に。そして地下室で子どもに頭から硫酸をかけた。子どもの皮膚が溶けた。母親は・・・子どもを抱きしめて・・・自分の腕とか胸とかが溶けていくのも気にせずに・・・ずっとただ、抱きしめて・・・いた。俺がうつらうつらしてしまって、はっと目覚めたときには、2人とも事切れていた。」 俺はふぅ、と溜息を吐いた。 初めて他人にこの話をした・・・。なんだか、疲れた。 「俺は心の中で大爆笑した。"『VAIO』でも、あれぐらいの精神的ショックを受けさせれば、死ぬんだ!"ってな。だが、母親でない人間にどうやってあれほどの苦しみを味わわせればよいのだろう。それが俺にはわからなかった。だからそれから2年後・・・つまり今から2年半ほど前・・・俺の血が『VAIO』を殺すことが出来ると知ったとき、俺はどれだけ嬉しかったかわかるか?」 「…悪魔。いくらなんでも、酷すぎるわ。」 「そうだな…あのころの俺は、雪以外の人間の価値がわからなかった。」 「なら、今は?」 「…さぁな。」 俺は結菜のように肩を竦めた。 はっきり言って、今は雪以外の人間の必要性もわかる。 俺が俺自身の…"人を思いやる心"に気付けたから。 雪は愛している。苦しくなるほど。 だけど、他の人間だって…いらないわけじゃない。雪のためにも。 結菜はふぅと溜息をついた。 「その人の他にも、誰か殺ったの?」 「…いや。3人試みたが…全員死ななかった。」 「じゃあ、死んだ原因が精神ショックだけとは言いがたいわね。硫酸が何か影響したのかもしれないし。」 「…硫酸は、他のヤツのうち、2人にも使った。おそらく、精神的ショックが足りなかった…。」 「他の人にはどんなことをしたのよ?」 「隔離施設に来る前の親友とかに会わせてやった。」 「…死んだの?そのコ。」 俺は頷いた。 「………。」 「もう2人は、隔離施設内で出来た恋人に硫酸をかけた。」 「それって、恋人も『VAIO』感染者なの?」 「そうだ。だから、別に誰も死んでない。」 「…けど、『VAIO』感染者も痛みは感じるから?」 「しかも、すぐに回復するとはいえ、ぐちゃぐちゃにはなるだろ?だから、駄目かと思ったんだが。」 「…別に、死ななかった、ってわけね。」 「あぁ。」 「ってあれ?さっきの生まれたばかりの子どもは、『VAIO』感染者じゃなかったの?」 「あ…?いや、わからん。調べる前に殺したから。」 「でも、毒じゃ死ななかったんでしょう?」 「普通の子どもでは…なかったんだろうな。」 「気になるわね…ソレ。『VAIO』感染者と普通の人間の子どもか…そうそう生まれるもんじゃないからね。」 「確かに。俺もあれ以来見ていない。」 「何でそこで寝たのよ…。寝なければ、どういう状況か、とかわかったはずなのに。」 「…暇だったからな。」 「…あんた、よっぽど心が病んでたのね…。別に、雪の本当の幼馴染じゃないのに…」 俺はいきなりぱっと顔をあげ、結菜を見つめた。 結菜は、しまった、という感じで気まずそうに視線を落とした。 淡々と喋っていたのだが、急に静寂が来た。 …知っていた。結菜は、知っていた。 俺が本当の雪にとっての"はーくん"ではないことを、結菜は知っていた。 「知ってたのか…最初からか…?」 「…そうよ。…最初から知ってたわよ。だって…漢字が違うじゃない。」 「…」 「本物の"タカダハルカ"は…高いに田んぼの田、遥か遠い…の遥だったもの。」 「高田遥…。」 「そうよ。それが、雪の言う、"はーくん"。茶道雪に向かって教師になろうと約束させた、男。」 「…雪の初恋の男…」 結菜は微笑を浮かべた。 「そうね。彼のために雪は荒れながらもずっと勉強してたし。彼のために、ね。」 そうだ…雪は、俺にずっとその"高田遥"を重ねて見ていた…。 俺のためじゃない、そいつのために大学までずっと… いや、大学に入ってからも、俺にそいつを重ねて…そいつの、ために。 「悠?」 結菜がちょっと"しまった"という表情で俺の顔を覗き込んだ。 雪とそっくりな顔で。 「…大丈夫よ。その高田遥は、教師にはなってないし…他の女と結婚して3歳の女の子とと6ヶ月の男の子の子どもと一緒に幸せな生活を送ってるわ。」 「知ってるよ…」 「え?」 「俺が、雪の幼馴染じゃない、ってことは俺が最もよく知ってる。それなのに…雪の幼馴染の本物の"タカダハルカ"を放っとくと思うか…?」 「…会ったの?」 「…半分殴りこみで、な。」 「で、どうしたの…?」 「教師を目指してないことを、俺に詫びた。そして、雪との思い出について、覚えてる限りで全部話させた。」 「…で、雪にさも自分のことのように話したわけね。」 「…」 雪の顔でそんなことを言わないでくれ。 雪がそんなことを言わないでくれ。 罪悪感がなかったわけじゃない。いつかは言わなければいけないとそう思った。 だが、…言い出せなかった。 雪に、そのことを知られたことで見捨てられたら…そう思って。 俺は、臆病者以下になっていた。 それなのに、雪の顔でそんなことを言わないでくれ。 俺は結菜の隣をすり抜けた。顔を見ないようにして。 「ちょっ…悠!隔離施設に行く気?」 「当たり前だ。もうこれ以上話すことはない。」 やめてくれ。雪の顔をしてこれ以上俺を苦しめるな。 「なら…雪と、結加と、結希によろしく言っといてね…」 結菜はそう言って、俺に軽く会釈した。 「オマエは…隔離施設には来ないのか…?」 俺は何を言っているんだ。早くこいつとは別れたいのに。 「…隔離施設の状況は、全部皓に知られてるの。そんなところに私が行ったら最後、連れてかれちゃうわよ。」 ひょいと肩を竦める結菜。 「皓は結菜を追っているのか?」 「そう。…彼は私を求めてるから。」 にっこりと…だけど悲しそうに、結菜は笑った。 「あと、最後に。皓は、自分でコントロール可能な『VAIO』を作ってるわ。…気をつけて。」 「っ!?それは…」 「サヨナラ。」 俺がさらに尋ねようとしたその言葉は、結菜が強制終了させた。 身を翻す結菜。俺は黙ってそれを見送るしかなかった。 コメント: 2003.04.04.UP☆★☆ 結菜との話は終わり…ました? 会話ばっかりで…改行が、ない。(苦笑) 後半部分で、おそらく気になっていたであろう「高田遥」についての説明を…一応; んで最後に気になることを言い残して、結菜は去っていきました。(笑) 次は、やっと隔離施設に帰れることになると思います。 |