V A I O 37 「どうするんだ!?湯木君、『VAIO』の増加は止められんのか!」 「今の我々での研究では無理です。施設と、金銭面での補助をお願いします。」 「そんなもん、自分たちで何とか出来んのか!」 政府の役人たちの話し合い。 初めて、俺はこの会議に出た。 湯木に「いい加減にしないと、まずい。」と言ったら、「ならこの場に出てみろ」と言われたからだ。 確かに…こんなにも上司が無能ではどうしようも、ないな。 ぎゃーぎゃー怒鳴るだけで、何の補助もしようとしない。 研究費用、っていうのは通常馬鹿にならないものだ。 "自分たちで何とかできる"のだったら、とっくに皆そうしているだろう。 出来ないから、こうして上に金の補助を頼んでいるんだろうが。 馬鹿が…。 「鷹多君には、初めてお会いしたのだが。どうかね?『VAIO』の状況は。」 はっ。何が"どうかね"だよ。殺すぞ。 「どうもこうもありません。直ちに研究費用を出してください。そうしないと、もう隔離施設では抑え切れません。15000人入る規模でしたが、埋まる日も遠くないでしょう。最近の『VAIO』の増殖率は、恐ろしいものがあります。1日10〜20人ぐらいの割合で増えているのです。」 俺は政府の上のほうの役人面したオッサンを睨みつけた。 オッサンはたじろいだ。 「だ、だが…わたしたちも、金が無いのだ…」 「軍事に回している金を節約したらどうですか。今は、軍事より、とにかく生きることでしょう。」 政府に『VAIO』が入り込んだのは(正確には『D−VAIO』だが)つい3ヶ月前の9月の終わりことである。記憶にも新しいだろう。 「そうだが…しかし…」 「アメリカ地区にも『VAIO』が入りました。もう、アメリカ本土で1000人を超える『VAIO』感染者と言われています。しかし、彼らは日本に来ることは出来ない。このままでは、世界が滅亡します。」 俺はまた、ぎっとそいつを睨みつけた。斜め後方で湯木が小さく拍手しているのが目に入った。 「日本以外のアジア系でも3000人の感染者。死者は全世界に100万人を超えたと言われているな…。」 「実際はもっといるでしょう。」 「…わかった。研究費用を出そう。だから、必ず『VAIO』を殲滅させるのだっ!」 「ありがとうございますっ!!!」 俺の前に、湯木がそう言って礼をした。 「ありがとうございます。」 俺も礼をした。 「流石鷹多君。あの図体と声と態度のでかい財務大臣を落とすとはな。ありがたいよ。」 湯木が肩を竦めながらそう言った。俺は苦笑して頷く。 「いくらなんでもめちゃくちゃな理論だっただろう?金は出せない、だけど研究は進めろ。…馬鹿か、って言いたくなる。」 「いや、あいつら馬鹿だからな〜。」 ゲラゲラ笑いながら湯木が到着したエレベーターに乗り込もうとしたところ…その、財務大臣、岡昇一(おかしょういち)がいた。 「誰が馬鹿なんだ?湯木君、聞かせてもらえないかな?」 湯木の硬直した体。俺は指差して大爆笑したかった。…がやめておいた。 「いや、『VAIO』を作り出した奴ですよー。水無月博士は何てものを作ったんだ、馬鹿か、って言ってたんです。」 おい、声裏返ってるぞ。 ちなみに岡大臣はコメカミをぴくぴくと引きつらせながら笑顔で湯木の肩を叩いた。 「そうだな。水無月結浩はただの馬鹿だな。でも、あいつは死んだんだ。気にするな。」 その言葉に俺の方が反応してしまった。 結浩は馬鹿じゃなかった。浩は結菜を愛してしまい…そして本物の狂った馬鹿に殺されたんだ。 でも、政府の要人は誰もこのことを知らない…。そして、俺も言う気は全くない。 このことが『VAIO』撲滅に何か利益になるとは思えないし、ただ政府に雪たちを追い詰めさせることになる。 そんなこと、死んでも出来るか…。 俺が何も喋らないのを見計らって、湯木がびくびくしながら口を開く。 「と、とにかく、研究費用の方、よろしくお願いします。我々は…仲藤真也という優秀な人材も失いましたし…時は一刻を争うんです。」 「わかった、わかった。しばらく軍事費用を大幅カットするのと税金をアップするから、そこから出すよ。」 「お願いします。」 そして俺たちがエレベーターに乗り込んで、岡大臣が出た。岡大臣はニッと笑うと同時ぐらいにドアが閉まった。 湯木の溜息がエレベーターの個室内に大きく響いた。 「はぁああああ。焦った。何でアイツこのエレベーターに乗ってやがるんだよ。」 「まあ、なんとなったんだからいいだろう?」 「そうだけどな…。ま、いいか。…って1階まで行くのか?」 「他に何処に行くんだ。」 「いや…。」 湯木は口ごもった。 俺は、その態度に湯木が何を言わんとしているかがわかってしまった。 「あのな、俺は本気な話、篠岡のことは嫌いなんだぞ?」 「えっ、そうなのか?」 「当たり前だろ。あんなギャーギャー言う女。勝手に首突っ込んで勝手にぶち切れて。俺が求める女はもっと頭がいい。」 「…そうか…。」 湯木はふっと目を伏せた。 そしてエレベーターは最上階の50階から数分で1階まで行った。 2人、ほとんど同時に出る。エレベーターの扉はまだ開きっぱなしだった。 「じゃ。また来週に来る。」 そう言って湯木の元を後にしようとしたら、呼び止められた。 「鷹多君。…最近、何かいいことあったか?」 「あ?」 「…最近、何かあったのかな〜と思ったんだよ。なんか、口の端が笑ってる。」 「…。」 「ちょっと前までは表情の変化さえ全然ない無表情な奴だった面もあったのに、今は単純なことで笑うし、常に何か幸せそうだよ。」 「いいことがあったからかもな。」 「…てっきり、篠岡関連かと思ったんだが。」 「有り得ん。」 「でも、篠岡君は鷹多君とデートだ、って今日はしゃいでたんだぞ?」 俺は…どんな顔をしたか、というと…形容しがたいが、おそらく「ふざけてんじゃねぇぞなんだそりゃ」的な顔であっただろう。 「…し、してないのか?」 湯木の戸惑った声にも、俺は大きく頷いた。 「当たり前だ。そんな記憶、欠片もない。」 「じゃあ、篠岡君のあの喜びは一体何だったんだ?」 「知らん。じゃ、俺は行く。来週また来る。」 「ちょっ、鷹多君!」 湯木の制止ももう聞かない。嫌な話を聞いた。 記憶の片隅に、篠岡の話をろくに何も聞かず、適当に頷いた覚えがあるが…気のせいだろう。 前も似たようなこと、あった気がするな…。 遠い昔のことだと感じた。 もう何の車もモデルにしていない改造車を俺はアクセル踏み込んでぶっ飛ばした。 …ら、誰かを轢いてしまった。 しくった、…と思いつつも、俺は車を降りて死体を確認しに行った。普通の車ならともかく、俺の車に轢かれて無事なわけがない。 被害者が『VAIO』であることを祈るばかりだ。 「鷹多…悠…」 うっ…後ろに、誰かがいるのか。 俺は思わず飛びのき、その人間をじっと観察した。 血だらけの服。体中に血の跡。…まさか。 「俺なら大丈夫だ。なぜなら『VAIO』だからな。」 その声。俺はもう一度顔をよく見た。 見覚えがあるじゃないか。嫌なほど。 「いや…『VAIO』じゃねぇな…俺は何て命名したっけ?」 3ヶ月前の悪夢が蘇る。 何で、今更。 「あぁ、気付いたか。なら、初めましてじゃねぇな。」 ニッと笑ったその無傷の人間。 「『ヨシヒサ』…。」 「覚えててくれて光栄だよ、鷹多悠。」 コメント: 2003.07.22.UP☆★☆ 友達に催促されたのでアップしました、『VAIO』。 まぁ、今回は出来る限りコンコンっと物語を進めていこうかと。 湯木君の性格が微妙に変わってしまっているのが辛いところですね。(オイ) これから毎週日曜連載にしていこうかしら。。。なんて…守れるかね。(汗) |