V A I O 38 + + + 「…また、鷹多悠と接触したのか…。」 男の表情は、…"ゲンナリ"という言葉が一番合っているだろう。 「鷹多悠には勝てないと言ったのに…馬鹿か。それを防ぐために思考まで弄っておいたのに…」 溜息を吐きながら、男は大きなコンピュータの前に座った。 「まぁいい。これを利用させてもらわない手はない。」 そのコンピュータに繋がっている十数本のコード。その先には粘着テープが付いていた。 男は何のためらいもなく、そのコードを頭に刺した。そして粘着テープで固定した。 「あいつを…動かすか。」 男の表情は、…これでもかというぐらいの笑顔だった。 + + + 「何を、しに来た。」 俺の口からはそんな言葉が出た…が、声は恐怖で震えていた。 どうして、こいつは生きているんだ。どうして、こんなときに俺の前に現れるんだ。 こんなときに… 俺の感情は完璧に戻ってしまった。雪が今、この世にいる。 失うことが恐いものが、今、この世にいる。 俺は体中がガチガチ震えていた。 もし、コイツが雪に手を出したら… 「今日は随分怯えてくれてるんだね。…ハハハッ、嬉しいよ。」 優しげな声をわざと出すヨシヒサ。 俺は身震いした。…何か、嫌な予感がする。 「何をしに来たか、って聞いたんだよな?……鷹多悠、オマエが欲しい。」 戦慄が走った。…こいつは… 「…そういう趣味か、オマエ。」 「阿呆か。話を逸らすな。鷹多悠ならわかるはずだ。」 逸らせなかった。…やばい。まずい。 「わからんな。取り敢えず、俺は男に欲しいと言われても何も感じないな。」 ヨシヒサは、ふっと笑った。 「一般の女に言われても何も感じないくせにな…水無月雪以外の女には、な!」 顔面蒼白…というのはこういうことを言うのだろうか。 やはり、知られていた。 雪の存在が。俺にとって…雪がどれだけ大切か…。 雪が、今生きていることは知っているのか?頼む。頼むから知らないでいてくれ…。 「でもな…」 ヨシヒサが…今度は、何か照れたような表情になった。…何だ? 「人間として、オマエが欲しいのも、事実…」 ……。 待て。 それは、つまり…… 俺の頭が動くより早く、ヨシヒサが俺に飛び掛ってきた。 しまった!!! 俺は、捕らえられる…と感じ、少しでも抵抗しようと身を硬くした…時。 首筋に嫌な感触がした。 ヨシヒサが…俺の首に…唇を押し付けていた…。つまり… 「ぅああああああああああっ!?」
俺は、わけがわからず、取り敢えずヨシヒサを振り払った。「何だ、やっぱり抵抗するか。…まぁ、オマエをもらうのは、オマエを博士に提出したあとゆっくり出来るからな。」 「博士?」 首筋を必死に擦りながら尋ねる。 「…オマエには、関係のない話だ。」 …しばらく、無言で見詰め合った。 だが、俺はおかしいことに気がついた。 さっき、俺がヨシヒサを振り払った時に付いたと思われる…ヨシヒサの頬の傷が… 治っていない。 あいつは、『VAIO』…『D−VAIO』だろう?それなのに、なぜ? 「気付いたか。」 ヨシヒサの言葉に、俺は無言で頷いた。 「と、いうより…オマエにとっては、私が今ここに立っているのも不思議だろう?」 また、無言で頷いた。 確かにそうである。俺は、あの時…あの銃の弾丸で…ヨシヒサを撃ったのに。 あの弾は…『VAIO』を消滅させる、弾なのに。 「助けてもらったんだよ。」 「…え?」 「助けてもらったんだ、水無月皓に。」 衝撃、というのは案外簡単に来るものなのかもしれない。 俺はあまりにもの真実に、愕然として、足の力が抜けて…膝をついてしまった。 水無月、皓。 狂科学者。…マッド・サイエンティスト。『VAIO』の…生みの親。雪の、義理の父親。 「どうした?知っているのか?水無月博士を。」 「じゃあ、オマエがさっき言った"博士"っていうのは…」 「水無月博士だが?」 さも当然、と言わんばかりのヨシヒサ。驚き…が少しずつ落ち着いてきた俺は、他の物凄い感情に押しつぶされそうになった。 …恐怖。 「私は、もともとは"ヨシヒサ"なんていう名前の人間じゃなかった。顔かたちだけが"ヨシヒサ"。中身は違うのさ。だが、遺伝子っていうのは凄くてな。私の意識が入り込み、私の遺伝子がこの"柏芳久"の遺伝子全てを書き換えた時。…私は覚醒して、元に戻るんだよ…。そう、"仲藤真也"に…な。」 「な…仲藤…」 「まぁ知らなくても無理はない。そこまで有名人でもな」 「仲藤だと?」 俺はヨシヒサ…いや、仲藤真也の声を遮った。 「そうだが?」 「湯木の、知り合いの…?」 「あぁ、そうか。鷹多悠は湯木藤志と知り合いか。…そうだ、私は湯木藤志の高校時代の友達、仲藤真也だ。」 ニッ、と笑った。 「誰よりも『VAIO』について研究していたよ。…俺の妹が『VAIO』に感染したからな。」 「じゃあ、どうして水無月皓の味方なんてしてるんだ!?」 「…鷹多悠が憎かったからだよ。」 仲藤は、もう笑っていなかった。 「オマエが憎かったよ。殺したかったよ。まぁ、今は大丈夫だ。…オマエの身体に興味がある私がいる。だがな、…私が研究を始めたきっかけは…鷹多悠を殺すこと…だ。」 「なぜ…」 「わからんか?妹が『VAIO』に感染したんだ。隔離施設に入ったんだ。だけどな…オマエは、あいつを殺したんだ。」 「…え?」 「あいつは、…綾加(アヤカ)は、妊娠していたんだよ。当時7ヶ月ぐらいだったか?そんな時、病院からの帰り道、感染したんだ。」 嫌な、予感がした。その…妹っていうのは…まさか。 「綾加は、夫を殺してしまったんだ。『VAIO』毒でな。そして私に20枚以上もの手紙をしたためて、家を出た。私は、隔離施設で幸せに暮らすことを祈ったよ…。だがな、3ヵ月後。私の元に届いた知らせは、死亡通知だったよ。『VAIO』なのに死んだんだ。なぜかはわからないけど、死んだんだ。鷹多悠が殺したんだ。そう、当時の私は思った。…だから、『VAIO』がなぜ死ぬのか、必死になって研究した。」 じっと仲藤は俺を見つめた。 その瞳にこもっているのは…憎しみなのか、それともさっき言ったように、俺への興味なのか…わからなかった。 「大丈夫だって…安心しろ。オマエが妹を殺したのは、事故だったんだろ?まさか…まさか、アレが『VAIO』を消滅させるなんて、当時は知らなかっただろ?」 笑顔。…裏には、何もないのか?…本物か? 俺の無言を仲藤は肯定ととったらしく、にっと笑った。 「大丈夫…私はわかっているから。いつ知ったのかはわからないが…まぁ、今は悠が知っていたとしても、当時は事故だったんだよな。別に、いいんだ。それより、私と一緒に来てくれ。」 動けない。 罪悪感か?それとも恐怖か?驚きか?わからない。わからないけど…近づいてくる仲藤に、動けなかった。 「悠、それは…受け入れてくれたってことか?」 いつからこいつは俺のことを『悠』なんて呼んでいるんだ…?やめてくれ。 「悠…」 仲藤の手が、俺の首筋に伸びる。 どうして身体が動かないんだ?どうして動かないんだ?……まさか。 「やっと気付いたか。…すまんな、痺れ薬だよ。」 体中が硬直して…俺は納得しつつも動けなかった。抵抗できない。…まずい。 「悠…」 俺の顔に仲藤の顔が近づく。やめてくれ!!!!!顔を背けようにも、動かない。俺は、嫌だ。雪以外の人間とは…嫌だ!!! 仲藤の顔が、俺の顔まであと10cm。俺は死を覚悟した。 …その時だった。 パァンッ 俺の身体を押しのけ、仲藤の頬を張った人間がいた。 この匂い、この感触…この空気。 誰が間違えようか。いや、間違えるわけない。 どうして、ここにいるんだ。どうして…ここにいるんだ!? 「悠は、私のものなんだから!」 その女は…水無月雪は、仲藤に向かってそう怒鳴った。 コメント: 2003.08.01.UP☆★☆ 日曜連載になるはずだった『VAIO』。ってか路線変わりすぎだろ!(笑) まぁ、仲藤はこういうキャラにしたかったんで。(苦笑) 気になるのは、黒文字の男ですね。…はっはは。正体はばれたけど; まぁ、…やっぱりコンコンすすんでいるはずですのでvv |