V A I O 39






タートルネックの白いセーター、下は黒いジーンズ。腰まで伸びる栗色の髪の毛。
何で、こんなところに…雪がいるんだ!?
俺は尋ねたかったが、口さえも痺れ薬のせいか動かなかった。
雪はにこりとも笑わず、仲藤を見つめていた。
「あんた、私の悠に手ェ出そうってゆーのっ!?」
流石元族。凄みのあるその声は、仲藤をびびらせた。
確かに、こんなふわふわした女から言いようのない気迫を感じた日には…普通の男なら、まずびびる。
俺だってずっと素直で…汚れを知らないと信じていた雪の本性を見たときには……。
いや、このことについては深くは触れないでおこう。
雪は仲藤を睨みつけている。…俺は動けなかった。
どうして、ここに雪がいるんだ?
一番、危険な目に合わせたくなかった奴が、どうしてこんな敵の前にいるんだ?
「雪…なぜ…」
うまくは発音出来なかったが、やっとのことで搾り出した俺のその言葉に、雪はようやくこっちを向いた。
「なぜ、って…。だって、悠の危機だったじゃない!」
た、確かに…色んな意味でさっきは危なかったが。
でも、俺にとっての今一番の恐怖は…雪がいなくなることなんだぞ…?
「やめてよ…。私、もう二度と独りになりたくないのよ!…絶対に、渡さない。水無月皓には絶対に渡さない!」
えっ…何で雪が知ってるんだ?水無月皓と仲藤との関係のことを…まさか、聞いていたのか?
「水無月皓なんて…私たちの生活をめちゃくちゃにしたやつのところになんて、絶対に悠を行かせない!!!」
俺は、声が出ない。…そんな俺を無視して雪は怒鳴り散らした。
明らかに、雪の様子はおかしかった。"水無月皓"に異常反応している。
「仲藤真也って言ったっけ…?…殺してやるわ。」
冷淡にそう言った、雪。
やっぱりおかしい…!!!
雪は、高校時代は…確かに荒れ狂っていたが、大学になってからは誰よりも生き物を尊ぶ人間だった。
どんなに嫌な奴でも笑顔で応対し、どんな奴とでもまず分かり合おうとした。
そしてそれはここ3ヶ月…雪が復活してからの3ヶ月も、同じだった。
それなのに、何の躊躇もなく、『殺してやる』と今、言った。
でも、以前に結菜と会ったときに感じたような違和感はない。今ここにいるのは、水無月雪だ。
「水無月雪。…博士の義理の娘。…私はオマエを殺さないよ。ただ、連れて帰ろう。」
ニヤッと笑った仲藤。
雪、やめろ。雪、やめてくれ!!!
さっきは不意を付かれたが、今度は正面からのぶつかり合い。
2人とも戦闘慣れしていないのは事実だが、基礎体力からいって女である雪の不利は否めない。
俺は身体が動かない。
やめろ…やめろ!!!
「じゃあ、行くわよ!」
その言葉と同時に2人が動いた。雪は流れるような動きで、銃を取り出した。
あの銃は…
俺は、銃を見た瞬間、…少しだけほっとした。
しかし、仲藤はそれに動じず、ただ雪に向かって飛びかかろうとした。雪、避けてくれ!
雪は避けようとはせず…銃を突きつけた。
「私は『D−VAIO』ッ!しかも、さらに博士に進化させてもらったんだぞ?効くかそんなもの!」
パァンッ
軽い、音。そう、この銃は…俺の銃だ。あの、『VAIO』を滅亡させることが出来る、銃だ。
いつこの銃を俺の部屋から取ったんだ?にしても、雪、それならオマエにも仲藤を倒せるかもしれない!!
俺はわくわくしてきた。仲藤にどうやって聞いてやろうか、『D−VAIO』について。
雪の放った弾は、少し身を捩った仲藤の左耳を掠めた。
…だが、それ以上の変化はなかった。
「なっ…」
雪が驚いて動きを止めた。俺も声にならなかったが驚いた。
「だから言ったじゃないか。私は『D−VAIO』だと。『VAIO』じゃないのだと。…頬の傷だって残っているだろう?なぁ、悠。」
そうだ。俺が振り払った時についた頬の傷さえまだ残っている。
これじゃあ…まるで…
「非感染者みたいだよな。」
仲藤は俺の心を読んだかのようにそう言った。ニヤッと笑った。
「そう、今の私の身体の中には『VAIO』はいないんだよ。」
「えっ、どういういこと?」
雪が信じられない、と言った表情で尋ねた。
「進化したのさ、『D−VAIO』は。」
ニヤニヤ笑う仲藤。呆然としている、雪。
「どういう、こと…?」
「悪いね。」
ドガッ…という音を立てて、仲藤は雪の腹を殴った。何てことを!!!!!!
雪はくたっとなってしまった。気絶した。
嫌だ、雪、嫌だ。俺だって嫌だ。
「…ま…貴様…!!!!!」
俺は、動けない身体にめちゃくちゃに力を入れた。
声が出た。手足が動いた。俺は仲藤に掴みかかろうとした…が。
「おっと。…なんだ、動けるようになったのか。残念だよ。じゃあ、またの機会にな、鷹多悠。」
仲藤の後ろに黒い服の男が運転した車がついた。
満足に体が動かない俺をひらりとかわして、仲藤は車に乗り込んだ。
…雪を連れて。
待て。待てよ。待ってくれ。
行くな、行かせない。死んだって行かせるか!!!!!!!!!
俺だって嫌だ。雪がいない生活なんてもう二度と嫌なんだ。
あの時のあの虚無感。毎日熱望する想い。
動かない雪を見るときの心の痛さ。幸せになれない絶望感。
雪にもう二度と会えないかもしれないという恐怖。吐き気。
俺がどれだけ雪を愛していたかわかっているのか?
雪を想うと、夜は長かった。ずっと終わらない夜。朝は来なかった。
『VAIO』本体から滲み出る液体に、もしかしたら再生作用があるかもしれないという研究結果を見つけたときの喜び。
他の『VAIO』毒で死んだ人間で行った実験の度重なる失敗…光が見えない。
あの恐怖。あの遣る瀬無さ。物事の薄っぺらさ。
嫌だ。誰になんと言われようと、もう嫌になったんだ。
雪、絶対に行かせないからな。
もう『VAIO』に感染していると思うが、水無月皓なら尚更『VAIO』を滅亡させる方法を知っているだろう。
絶対に行かせない。絶対に逝かせるか!!!
俺は車のドアに飛びついた。車が出発した。


 
 
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「計画通り。」
男は、ディスプレイを見ながら声を上げて笑った。
鷹多悠の必死に車にしがみ付く様子、雪のぐったりした様子、仲藤の笑う様子が映し出されていた。
「それにしても…仲藤も頭がよくなったものだな。もしあそこで雪を殺そうとしていたら…俺が迷わず『D−VAIO』を始動させてやったのにな。」
残念、と言わんばかりに男は左手の人差し指を、舐めた。
「さて、そろそろ仲藤がここにやって来る…か。」
男は頭に刺さっているコードを1本ずつ、抜いた。
「もし俺があいつを操っていることがばれたら…オマエはどうするかな?」
ニヤニヤ笑っている。
「なぁ、鷹多悠…。」 
 
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コメント:
2003.08.04.UP☆★☆
もう一押しで日曜連載!頑張れ私!(オイ!)というわけで『VAIO』です。
雪VS仲藤。結局勝ったのは仲藤…なのか、それとも。
悠は痺れ薬を愛の力でフッ飛ばしました。(苦笑)
ちょっと完成度低いですが、このまま進んで行きそうです。(滝汗)



40話へ。


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