V A I O 42






…9時、30分。そろそろ限界が来た。
俺は母さんたちにとにかく"励ましの言葉"を掛けた。心なんてものは篭っていなかったが、そんなのはどうでもよかった。
都の手術はまだ終っていなかった。けれど、もう終ると言われた。
けれど、俺にそれを待つ時間はなかった。俺は、病院を駆け出した。
「あと30分…政府までは45分。」
俺は一旦立ち止まった。
通常計算じゃ間に合わない。だが、俺は間に合わせなきゃいけない。…どうするか…。
政府まで45分、というのは地球中央病院…から、走ってということだ。せめて、車か何かがあればいい。それなら10分も掛からない。
だが、誰も止まってくれそうもなかった。パクれそうな自転車も見当たらなかった。俺は舌打ちして走り出した。
兎に角、走るしかない。間に合わなくても間に合っても。幸い、俺には「疲れ」という感覚はあるが「つらい」という感情はない。
身体はめちゃくちゃになるが、いつまでだって走り続けられる。一般に言われている45分を塗り替えられるかもしれない。
歩いている人にぶつかり、吹っ飛ばし、俺は走った。どこまでも走った。
時計台の時計が10時を指した。俺はもう時計を見ずに走ることにした。
さっき穂にも言ったが、別に、俺は『VAIOを』必要としていない。だから、別に無くてもいい。…つまり走らなくてもいいはずだ。
…だが、走っているのは、家族の落胆を見ないため。
このチャンスを逃したとしたら、絶対にまた泣かれる。それは「嫌」だ。
…「嫌」と思うことが、感情なのかどうかはわからない。だが、「嫌」と思うことは少しだが、あった。
でもそれも完璧に拒絶するのではなく、どちらかというと「嫌」という感じだが…。
母の悲しみ。父の悲しみ。兄の悲しみ。弟の悲しみ。…俺だけが何も感じない。けれどそれに憤りを感じる感情も無い。
もし、『VAIO』を移植すれば…本当に、俺に感情が表れるのか?それは一体どんなものなんだ?
「楽しみ」という感じは全くしない…というより、感じないのだが、「本当なのか」を確かめたい気持ちはある。
…もし、間に合えば…。
色々考えているうちに、ついに政府本部ビルに着いた。時間は…10時8分。45分もかからなかった…。
政府本部ビルを見上げて、そしてまた走り出そうとしたら、足に力が入らなかった。…そろそろ、限界だ。
俺はフラフラになりながらも、政府本部ビルに入った。掲示板に"強力再生培養肉『VAIO』販売は第7ホール"と書いてあった。
俺はエレベーターに乗り、7階のボタンを連打した。確か、『VAIO』は1000体売られるはずだ。
もし、間に合えば…俺は。
だが、第7ホールに着いた俺の目に飛び込んできたのは、明らかに1000人程の長蛇の列だった。
そして、政府の人間が俺の考えどおり整理券を配っていた。並んでいる人間は、皆緑色の紙を持っていた。
穂次第だな…。
だが、どこに穂がいるかもわからず、俺は最後尾に黙って並んだ。ホールの出口からは、幸せそうに紙袋を抱えた人間がちらちらと出てきていた。あれが、『VAIO』…?
「は〜い、説明をしますので聞いてくださ〜い!!」
政府の人間らしい30歳そこそこ位の女が俺たちの方に向かって大声を上げた。俺を含め最後尾から200人ぐらいがそっちを向いた。
「貴方たちが、第5グループの人たちで〜す。説明は最後になりますので、しっかりと聞いてくださ〜い。」
ガキに話し掛ける口調だったのも無理もない。ガキがいるのだ。だが、俺はイラつくこともなかった。
「お金は『VAIO』と交換になりますので、準備の上お待ちください。それでは、『VAIO』の説明をしま〜す。」
ガサガサという音。周りの人間は金の準備をしているようだ。
「強力再生培養肉『VAIO』は、密閉された生物抑止ビニールに包まれています〜。少しでも穴を空けるとすぐに移植されてしまいま〜す。移植は、見ていて気分のいいものじゃないので、絶対に家で行ってくださ〜い。」
「ちょっと待て。『VAIO』は自動的に移植されるのか?」
俺は思わず質問した。政府の女はにこっと笑いかけた。
「いい質問ですね〜。そうなんです、『VAIO』は自動的に一番近くにいる人間に張り付く性質を持っていま〜す。そして、その瞬間『VAIO』に蓄えられているエネルギー全てを使って人間の60兆個の全ての遺伝子をインプットされている状態に戻すので〜す。」
おぉ、と声が上がった。確かに、そうだ。手術の手間要らず。そして、何より今日中に正常な人間に戻れるのか。
「ですから、『VAIO』が張り付いた瞬間は、遺伝子たちに働きかけるために『VAIO』が働くので"ぐにゅっ"って感じの音がしたりしますし、失われた部分が少しずつですが出来てくるので、周りの人間は見ていて気分のいいものではありませ〜ん。そして、『VAIO』は近くの人間に移植されようとします。なので、誰か他の人間が近くにいると自分ではなくその人間の方に行く可能性もありま〜す。だから、絶対に家で1人で行ってくださ〜い。」
ざわつく人々。家で、1人で、か。…だが、俺にはそんな時間は無い。
「では、『VAIO』の説明を続けさせていただきま〜す。『VAIO』はかの有名な水無月博士が作られたもので〜す。ですので、不良品ということは絶対にありませ〜ん。もし何か不慮の事故がありましたら、それは絶対に使い方が間違っているのです。ですから、いちいち政府に言いに来ないでくださ〜い。そして、もしお友達で『VAIO』が欲しいという方がいらっしゃいましたら、あと4000体の販売の日程は決定しているので政府まで問い合わせるように言ってくださ〜い。」
にこにこ笑うその女。だけど、この女の言うその物体が、ここにいる全ての人間を救うとは…。
水無月結浩は本当に能力の高い人間だ。
「ほかに何か質問はありませんか〜?って、失礼します、少々お待ちください〜。」
政府の女のケータイが鳴ったようだった。その女はしゃがみ込んだ。
並んでいた…人々は、さっきより音量を上げて喋りだした。俺の前にいる女が俺に話し掛けてきた。
「ねぇ、貴方はどこが欠落してるの?見たところ大丈夫そうよ。」
「そうだな。はっきり言ってそこまで必要としてない。だが、家族が要ると言っているのだからいるのだろう。」
「…?」
俺の言葉に、女は首を傾げる。あまり理解できなかったようだ。
「まぁ、いっか。ねぇ、私は何が欠落してるか、わかる?」
にこにこしながら訊いて来る、その女。女ってのはどうしてこうやってにこにこするのだろう。面白くも無いのに。
だが、俺はじっと女を凝視した。ベージュの帽子から見える茶色の髪の毛。眉毛、目、睫毛、鼻、口、首、手、身体、足。
服も普通に赤い服の上にベージュのジャケット。ズボンは黒いジーパン。普通だ。靴は茶色い革靴。異変は無い。俺は無言で首を振った。
「貴方、クールねぇ。ま、クールだろうが何だろうがわからないだろうけどっ。…コレなのよ!」
その女は帽子を外した。…髪の毛も一緒に外れた。そこから出てきたのは、スキンヘッドの頭。
「…?髪?」
「当たり!生まれてから…4歳の時かな、急に全部抜けて、それからずっとコレ。剃ったワケじゃないのよ。無いの。毛根が。」
女はにこっと笑いながら帽子を被った。
「せっかく彼氏が出来ても、柔らかな髪の毛を撫でられる感触とか、味わえないのよねぇ。本当に、『VAIO』で復活するのかしらね?」
女は自分の整理券を見つめた。…と同時に弾かれたように俺を見た。
「ちょ、ちょっと!私、そういえば整理番号1000番よっ!?貴方、どうするワケ!?」
「…大分前に兄が並んでいる。」
女は前の方を見つめた。…が苦笑しながらこっちをまた見た。
「私がわかるワケないわねぇ。ばかなことしちゃった。」
でも、いくら女が笑いかけても俺は笑えなかった。笑うという感情もなければ笑い方もわからないのだ。
「…ノリ悪いわねぇ。」
さっきはクール、と言っていたのに、今度はイラつきながらそう言って、俺に背を向けた。
その時、さっきまで喋っていた政府の女が立ち上がった。
「皆さんっ!!!大ニュースですっ!水無月結浩博士が、今からこちらにみえるそうです!」
「おぉおおおおおおおっ…」
どよめく人々。
「ですから、今第1グループの終わりの方が第7ホールの奥で販売を行っておりますので、第3…か4グループの方から会うことが出来ます!皆さんは、絶対に会えます!よかったですねっ!!!」
政府の女はさっきとは全然違う口調でそう言った。こっちがおそらく、素だろう。
にしても、水無月結浩、か。大物が来るものだな…。どんなヤツなんだ?
「あ、何か質問ある方いますか!?」
まだ興奮した調子で政府の女は叫んだ。そしてざーっと見渡し、誰もいないことを確かめると、すぐそこにいた男に頷いた。
「というわけで、今から第7ホールに入ってもらいます!!第7ホールの奥、アマテラス・フロアにはグループごとに入ってもらいます!ですので、呼ばれましたら入ってください。そしてそれまでは第7ホールから出ないでくださいね!!!」
そして、第7ホールの大きなドアが開いた。人々はどぉっと雪崩れ込んだ。別に変わりないのに。
俺はゆっくり歩いて行った。俺以外にも歩いている人間が何人かいたので目立たなかった。
入った瞬間、誰かとぶつかった。謝ろうとすると、穂だった。
「穂。」
「悠か!来れたんだな!!よかったよ。何番だ?」
「もらえてない。」
穂は凍りついた。
「マジか…?」
「あぁ。穂、もしかして1枚しかもらえなかったのか?」
「…。」
穂は無言で頷いた。俺は表情一つ変えずにわかった、と一言だけ言った。
「まぁ、1人で戻るのもなんだし、穂を待ってる。何グループだ?」
「…4だ。」
あの時間で、4か。なら俺はたとえ間に合ったとしても無理だったんじゃないか。ということは、丁度足キリされたらへんか、俺が来たのは。
「4だったら、水無月結浩に会えるな。」
「あぁ、そうだな…どんなヤツなんだろーな?」
何とか、重苦しい雰囲気を取り払えてきた。そして俺たち2人は話しこんだ。目の前にぶら下がっている幸せを少しも疑わずに。
 


コメント:
2003.08.24.UP☆★☆
本当は2話で終るはずだった過去話。…あと2話は続いちゃいますvv
今回は病院から政府に来ただけですが、次は少し大事件が。。。
これが全ての始まりだったんですよね…。



43話へ。


□ Home □ Story-Top □ 連載小説Top □