V A I O 43






「では、第5グループの方、入ってください〜!!!」
違う女が、アマテラス・フロアのドアの前に立って叫んでいた。俺は腰を浮かした。
もし、このまま俺が座っていたら、怪しまれるだろう…。
「整理券を見せてください〜。」
…しまった…当たり前だ…。
俺は自分の馬鹿さに停止した。ここからどうするか。
俺が少し立ち止まっていると、政府の男らしき人間に耳打を受けたアマテラス・フロアの前の女が、叫んだ。
「鷹多悠さんという方、いますか〜っ!?」
…俺か。
少し不意の出来事に驚いたが、すぐに歩いて行った。
「俺です。」
少し女が戸惑う。顔にはこう書いてあった。「男の人!?」
もう、慣れたとはいえ…やはり、皆こうなるのか。「はるか」という男は少ないのか?…少ないな。
「あ、中で人が呼んでますのでどうぞお入りください。」
…穂だな。本気でやってくれるとは思わなかった。…流石お涙頂戴に弱い政府。やれるもんだ。
俺は穂を凄いと思い、政府を馬鹿にしながらアマテラス・フロアに足を踏み入れた。なかなか広かった。そこらへんの体育館ぐらいはありそうだ。ちなみに、第7ホールは野球の地方球場並の大きさだった。
第4グループの人間か。なかなか大人数がいた。
販売されている紙袋。…いや、その中身、『VAIO』。料金とどんどん引き換えている。皆、幸せそうだ。漸く「不自由」という鎖から解き放たれるのだから、当たり前か…。
ふと目をやると、広いフロアの端っこで密談している男2人。…穂と、よく写真や映像で見る男…水無月結浩だった。見つけた。
水無月博士が俺に気付き、穂に言ったようだった。穂は俺に手招きした。俺は歩いてそこに行く。
「弟の悠です。お願いします。」
「わかった…。でも、本人を見て、決めさせてもらうよ。」
俺が2人の位置に着いたとき、そんな会話が聞こえてきた。
「初めまして、鷹多悠君。水無月こ…じゃなくて結浩といいます。」
「初めまして、鷹多悠です。」
俺は少し頭を下げた。こいつが、かの有名な水無月結浩。なぜか自分の名前を間違えた。
「今、穂君から色々聞いていたよ。君は、感情が欠落しているんだね?」
「そうだと思います。」
「私の顔を、じっと見てくれないか。」
水無月結浩はじっと俺の顔を見ながら言った。俺は無言で頷いた。
…だが、こんないかにも弱そうな男が水無月結浩、とは。
だが、水無月結浩はかなりの美形だった。綺麗な子どもが生まれそうだ。…確か、結婚しているはず…妻は、梅乃と言ったか?
「鷹多悠君…。…穂君、少し外してくれないか?帰ってくれてもいい。」
「あ、はい。その辺に居ます。」
穂が離れようとしたとき、俺は穂の服を掴んで止めた。
「悠?」
「穂、都は一刻を争う状態だった。…先に行ってくれ。」
穂は深刻な面持ちで頷いた。そしてアマテラス・フロアから出て行った。
水無月結浩はそれを見送ると、俺に向き直った。
「鷹多悠君、私は今過酷な決断をしようとしている。…君に、この地球の未来を預けることになるかもしれない。」
あまりにもいきなりすぎた。
感情の動かない俺だったからよかったものの、もし普通の人間だったら驚きのあまり心臓が止まっていただろう。
「唐突ですね。」
「仕方無いんだ。私は君の瞳に希望を見た。…今から言うことは、全て真実だ。…背負ってくれるか?」
「嫌だと言ったら?」
「嫌だと言っても、君が『VAIO』を欲しいと願うのなら絶対に巻き込まれることだ。ただ、ただ死を待つ人間になるか、それとも自分から全てを背負って変えていける人間になれるかの違いだ。」
「…。」
俺の無言をどう解釈したのかは知らないが、水無月博士は喋りだした。
「君は、1001番目のお客様なんだよ。そして『VAIO』は1000体しかない。まあ、もう4000体が世に出てしまうのもすぐだろうが。」
世に出て"しまう"?
俺は何か言葉に引っかかったが、何も突っ込まなかった。
「兎に角、今ここには1000体しかないんだ。君の分の『VAIO』は無い。…だが、私はもう1体持っている。」
鞄を叩きながらそう言った。俺は唾を飲み込んだ。
「だが、この『VAIO』は…普通の『VAIO』じゃないんだ。特別なんだ。」
「特別…?」
「もうすぐ、この街は壊滅状態になる。」
「!?」
あまりにも話が飛びすぎる。意味がわからない。
「今、皆が買っていっている『VAIO』は猛毒を放つんだ。…人ぐらいなら簡単に殺せる毒を。」
「なっ…」
「あと、4000体それが売られる。下手をすれば地球上の人間を含めた動物全てが滅びる。」
「どうして…」
「詳しいことは、きっと私が説明しなくてもいつかわかる。今は時間が無い。説明を省くことを許してくれ。兎に角、普通の『VAIO』には毒が含まれているんだ。…だがな、この『VAIO』は毒が出ない。…そして、『VAIO』移植者を殺せるんだ。」
「殺せる?」
「『VAIO』移植者は、どんな動物よりも凄い再生能力を持つんだ。深い傷でもすぐに再生してしまう。ウイルスに細胞が壊されたって、すぐに立ち直る。死なないんだ。寿命になるしか。毒を放ち、そして死なない。こんな凶器はないだろう?だが、私が持っている『VAIO』移植者は…殺すことが出来るんだ。他の『VAIO』移植者を。」
「…どうやって?」
「…自分の血が、他の『VAIO』を滅ぼすんだよ。」
「血?」
「そういう細胞になるんだ、この『VAIO』に感染すると。この『VAIO』移植者の血は、他の『VAIO』たちを殺すことが出来る。飲ませるのもよし、乾かして火薬に詰めて爆弾や銃にするもよし。使い方は自分次第だが。」
「…。」
「でもそれは、全ての『VAIO』を殺さなければいけないという責任を背負うことになる。…どうする?」
俺の血が、全てを終らせることが出来るようになる。俺の血が、全てを始まらせることが出来るようになる。
だが、俺に「世界を救う」なんて大きなことが抱きかかえられるのか?…感情があれば、それも可能かもしれないが。…感情?
「その『VAIO』には欠落を直すオプションはあるのか?」
「もちろん。」
水無月結浩は即答した。それなら、…。
その時だった。
「きゃぁあああああああああああああああああっ…」
「ぅああっ!?」
「ぃやぁーーーーーーーーーーっ!!!!!」
「く、苦し…」

悲鳴が外から聞こえてきた。何だ?
「移植者がやって来たんだ。さあ、悠君、早く!」
俺は結浩の鞄の中から取り出された紙袋を受け取った。中に、ビニールに真空パックされた肌色の物体がある。…『VAIO』だ…。
「少しビニール袋を開ければすぐに移植される。」
結浩がそう言った後すぐ、ドォッと人の波がアマテラス・フロアにやってきた。外にいた人間たちだ。
「早く!早くしないと君が死ぬ!!!」
俺は慌てた。そしてビニール袋を取り出した。




肌色の球体。
欠陥が浮き出ていて、びくんびくんと波打っている。
大きさは両手の平で抱えれるほど。思ったよりも大きくなかった。
まるで生きているかのように動いている。
こ れ が …  『  V A I O  』  … … … 。
「君の瞳に希望を見た。」
水無月結浩の言葉が脳裏に残る。
俺の中にある希望?そんなものわからなかった。
だが、俺は死にたくなかった。
俺は袋を開けた。
その肌色の球体は
俺の胸の辺りに付いた。
そして少しずつ小さくなっていった。
俺の脳が活性化していくのがわかった。
血液が体中をぐるぐるぐにゃぐにゃと回っている。
手が引きつった。足が引きつった。
脳天まで走り抜ける電流。
まるで、今初めて目が覚めたような錯覚に陥った。

俺は…



「わぁあああああああああああああああああああっ…」
男が叫びながら駆け抜けていく。うるさい。
「た、助けて…」
女が苦しそうに俺を掴む。あぁ、可哀想にな。だけど、今の俺には関係ない。すまない。
水無月結浩と俺は人の群れのせいで逸れた。だが、もう関係なかった。
俺には俺の考えがあるんだ。
水無月結浩は、通常の『VAIO』は猛毒を放つと言った。そして、その毒を放つ『VAIO』を、穂は買ってしまった!
絶対に、移植してから都や母さんたちに会うだろう。猛毒を放つんだ。そうすると、…皆死んでしまう!
絶対に死なせるもんか。絶対に死なせるもんか。俺はそれだけを思っていた。
今は、とにかく病院へ…!!!





その日、俺は本物の悪夢を見た。

++   ++   ++
あれから…雪が俺に死ねと言ってから何時間過ぎたのだろう?
俺は、動けなかった。
これ以上拒絶されるのが怖かった。
悪夢の始まりの日の夢を久しぶりに見た。あの後が、映像として蘇ってこなくてよかった…。本当の悪夢を、また見るところだった…。
俺は、誰よりも、誰よりも愛している人を、また失うのか。
また愛する人を失うのが怖いから、誰よりも大切にしてきたのに。
「失う」ことと「拒絶される」こと。
どちらが辛いのか…わからない…。
あまり明るくない空を見上げながら俺は道路に倒れていた。『VAIO』が蔓延しだしてからは、あまり車の通りも多くないから、こういうことが出来る。
俺は空を見ていた。灰色の雲が出てきて、今にも雨が降り出しそうだった。
降るんなら降ってくれ。俺は懇願した。
どうせ死なない。死ぬことは出来ない。『VAIO』全てを滅亡させる日が来るまでは。
少し顔に水滴が当たった。俺の願いが通じたのか?…なら、もっと叶えて欲しい願いがある。
俺はそっと目を閉じた。雨が本降りになってきた。
俺の顔は雨で濡れに濡れた。…だが…これは雨の水滴なのかそれとも涙なのか、俺にはわからなかった。
雪の一言だけで…俺が…
そのとき、誰かが俺の上に傘を差した。俺の上半身が濡れなくなった。俺はその"誰か"を見つめた。
「…悠?」
誰か、がそう言った。俺は顔を上げた。少し茶色がかった背中の真ん中辺りまでのロングヘア。澄んだ瞳、意志の強そうな瞳。
雪…に見えたが、今回はすぐに気付いた。
「結菜…。」
結菜は、不思議そうな顔をしていたが、すぐに小さく笑った。
その顔が雪に酷似していて…悲しくて哀しくて溜まらなかった。


ゆき、…雪………!!!
 


コメント:
2003.08.31.UP☆★☆
本当のこと言うと、過去話はもっと続く予定だったんですが、あまりにも長くなりすぎるので一旦切ります。
本編がまた始まりますので。今回の過去話はちょっと唐突でしたよね;
何とかしなくては、って感じです。。。



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