V A I O 45 + + + パキィン 男――水無月皓は、手に持っていたグラスを握りつぶした。破片が手に突き刺さり、どろどろとした血が流れ出す… が、3秒と経たないうちに再生した。 「たかだ・・・はるか・・・。」 憎憎しげにその名を呟く。そして椅子から立ち上がるとパソコンのディスプレイを覗き込んだ。 鷹多悠と水無月結菜が写っている。そして2人は…唇を重ね合わせていた。 皓は何の躊躇もなくパソコンの本体とディスプレイを繋ぐコードを引き抜いた。ディスプレイは真っ黒になる。 「殺してやる・・・」 手を握りこむ、皓。コードまで悲鳴をあげるかと思われたその瞬間。 ガンガン ドアを叩く…いや、ノックする音。水無月皓は、別のパソコンのディスプレイを覗き込んだ。そこに写っていたのは仲藤真也。虚ろな瞳をした水無月雪を連れている。仲藤は、ドアの前で無表情で立っていた。そして、またノックする。 ガンガン 水無月皓はドアに向かって声を上げた。 「開けていい。」 ドアが開いた。入ってきたのは案の定、仲藤真也と水無月雪。仲藤は注意深くドアを閉めた。 「博士、水無月雪を連れてきました。」 目を見開いて、雪を見つめる皓。皓の脳裏に浮かんだものは、鷹多悠だった。雪に「死んで」と言われたときの鷹多悠の表情。一番愛する者に裏切られた時の気持ち。 快感だった。 「よくやった。…じゃあ、仲藤。鷹多を殺して来い。」 ところが仲藤は首を振った。 「それは出来ません。ここに連れて来いとか他の奴を殺せとかなら出来ますが、悠だけは殺せません。」 そうだった…。皓は溜息をついた。こいつの感情は、俺がこう塗り替えてたんだった。 「わかった。…なら、こっちに来い。」 近づいてきた仲藤の髪の毛を引っ張り、皓は仲藤の頭を大型コンピュータの前に持ってきた。 「は、博士っ!?」 「ふん、確かお前の頭の後頭部に・・・」 皓は仲藤の髪の毛を掻き分けた。そして小さな白い点を見つけると、コンピュータから出ている先が針状になったコードを有無を言わさず突き刺した。 「ぐぅあっ」 仲藤の悲鳴が上がるが、皓は全く気にもとめない。仲藤の頭に針を深々と突き刺していくと、硬いものにぶつかったのでそこで手を止めた。 側のパソコンに英数字の羅列が広がる。そしてそれは数秒で画面を塗りつぶし、それでもまだ処理していく。皓はつまらなそうに眺めていた。 そして3分ぐらい経過しただろうか。ディスプレイに小窓が開いた。パスワードを求めている。皓はかったるそうにキーボードを叩いた。そしてエンター。 先ほどの数倍はあるかと思うぐらいの量の英数字の羅列が出てくる。しかし、皓はその中から一部分をドラッグして色を反転させた。そしてそこに、また意味を成さない言葉を打ち込んでいく。そして、エンター。 何時の間にか仲藤の動きは停止していた。そして最後のエンターと同時にびくっと身体が動いた。 「っし、出来上がり。」 皓は仲藤から針を引っこ抜いた。仲藤はぐたっとしている。 「もう10分もしたら目覚めるか?ふん、早く用意しろよ。」 仲藤の身体を蹴り退けると、今度は皓は雪に近づいていった。雪は虚ろな目をして壁に凭れ掛かっている。 「本当に…親子というものは似るものだな…」 じっと雪の顔を見つめたあと、皓は雪の首に手をかけ、少し強めに締めた。 「っぐっ」 流石にぼーっとなってしまっている雪でも苦しかったようで、うめき声をもらした。皓は手を緩めながら呟いた。 「…もし貴様が結菜に似ていなかったら、あの男の娘という時点で殺すんだけどな。」 けほけほと咳き込む雪。皓はそれをじっと見ている。 そして、何か思いついたようににっと笑った。 「ふん…貴様の愛する鷹多悠は、貴様がいなければ生きていけないようだ…錯乱して、死ぬだろう。絶対浮気しないやつが浮気したんだ。それだけ混乱していたということだろう。だがな、結菜に手を出した罪は死ぬより重いんだよ…」 雪に背を向け、大型コンピュータと繋がっているパソコンのキーボードを叩いた。 「雪だけが全ての鷹多悠。なら、その逆も然りだろう。水無月雪。結菜の娘よ。お前の恋人の裏切った様子を見るがいい。」 キーボードのエンターを強く押す。"送信"という言葉が小さなディスプレイに出たかと思ったら、雪が頭を押さえて蹲った。 「ぅぅぅ…」 皓は雪に近づいた。雪は顔を上げる。 「ご、皓っ…」 「おとうさんと、そう呼べ。」 皓はにやにやしながら雪を見下ろしている。 「あ…?ここは、何よ…?」 「お前は自分が何をしたか覚えてないのか?」 「えっ?う〜んと…」 雪は首を傾げて思い出そうと目を閉じた。その脳裏には、今までの自分の行動が嫌というほど思い出された。 「私…悠に…!?」 「死ねと言った。はははっ、ははははははっ!!!!」 雪は自分の口を押さえて蹲る。心が痛い。私は、何をしてしまったの!?悠に?どうして? 「鷹多悠は、お前を助け出すことを今、諦めてしまったんだ。そして、何をしていたか知りたいか?」 「えっ?」 「あいつは浮気したんだ。死ねと言った恋人より、抱いてと言った他人を選んだ。」 「嘘よ!」 雪は立ち上がった。けれど、皓は取り合わなかった。 「嘘だと思うのなら、これを見るがいい。」 さっきまで悠と結菜を映し出していたパソコンのコードを繋ぎ直して、再生をマウスポインタで選び、クリックした。 画面には2人の会話が映し出されている。 <私は、好秋を愛してる。大好きよ。…だけどね、好きって気持ちだけじゃ人間は生きていけ無いのよ…。代わりでいいから、誰かに抱きしめられたいときだってあるのよ!!!> 「お母さん!?」 「そうだ。俺の愛する結菜だ。こいつが何をするかよく見ておけ。」 <ぅううう…> <苦しめてる事は、わかってる。だけど、大丈夫よ。雪だって絶対に許してくれてるっ!!!> 「何、言ってるのよ。私はっ…」 <そんな…> <雪だって、他の男といたことあるんでしょ!?どうして悠は浮気しないのよっ…> 雪は急に無言になった。表情が硬い。皓はそれを見て少し口元に笑みを浮かべた。 <…れ…黙れっ…> <別に、そこまで望んでないわよっ…ただ、ぎゅってして欲しいの。…私だって、まだれっきとした女よ…> そして、悠は結菜に唇を合わせた。 「悠ぁっ!?どうして、どうしてっ…」 「貴様が浮気を昔したからだろう?どうだ、気分は。」 「お母さん…どうして…?」 雪の瞳からは涙が落ちた。信じられない、と言った表情でフラフラと後退していき、さっきまで皓が座っていた椅子にすとんと座った。 「嘘、でしょ…?」 「嘘じゃない。今、お前自身が見ただろう?俺だって嘘だと思いたい。」 「どうして、お母さんと…」 皓はにやっと笑ってから溜息をついた。 「お前はわからないのか?お前の母親は、お前にそっくりなんだ。要するに、鷹多はお前を愛していたんじゃない。お前の姿かたちが気にいっていただけだったんだ。」 皓の言葉に雪はどんどん目を見開いた。 「嘘、嘘でしょ?」 「でも、そうとしか思えないだろう。結菜と出会っていなかったときはお前しかいなかったが、結菜が出てきて変わったんだよ、あいつは。」 「でもっ」 「でもじゃないだろう。明らかに、鷹多の方から結菜にキスしていたじゃないか。」 「悠…」 雪のその様子を見て、皓は雪の耳元にそっとこう話し掛けた。 「なあ、復讐してやろう。」 「えっ?」 「復讐だ。お前も浮気するんだよ。」 「…誰と?」 「前は誰としたんだ?」 雪はからだをびくっと引きつらせ、硬直した。 「前、は…」 皓から目をそらす雪。皓は成功した、と踏んだ。これで鷹多悠を傷つけられる。その後殺せば何も言うことはない。 「前の相手は、もう死んだわ。」 雪はじっと皓を見つめた。何かを言わんとするかのように。 「死んだ?」 雪はまだ皓をじっと見つめていたが、諦めたかのようにほぅと溜息を吐いた。 「…貴方が殺したのよ。」 「はぁ?」 水無月皓は訊き返した。皓には何も心当たりがなかった。俺が雪の浮気相手を殺しただと?鷹多悠じゃなくて、俺が? 「貴方の、弟。」 戦慄が走った。思い出したくもない相手。『VAIO』の共同制作者。 偽善者。あいつは、本気で全てを救うために『VAIO』を作ろうとしていた。あいつが最初に作った3体の『VAIO』。それが今、俺を苦しめている。 でも、あいつを殺したのは… 「あいつは、お前じゃない。結菜と…」 「そうね。」 雪はじっと皓を見つめた。皓は動揺した。まさか、あの日見たのは。 「確かに、水無月結浩…ううん、水無月浩はお母さんと愛し合っていた。だけど、貴方の恐ろしさを知っているお母さんが貴方に見られる危険のある場所で、浩と浮気するわけがないじゃない。貴方が見たのは、私。私が浩叔父さんと愛し合っていた時。」 皓は舌打ちした。けれど、結菜が浩と浮気していた事には変わりないじゃないか。 「お前も、結菜も、鷹多悠も、そして浩も…人間っていうのはどうして気が多いんだ?どうしてひとりを愛し抜けないんだ?」 「一番愛しているのはいつだってたったひとりよ!けれど、そのひとりが自分を裏切った時、人間は弱くなるの。そうじゃないの!?」 「なら、俺はどうなる?俺は結菜に裏切られていないと言えるのか?俺との子どもを作ったのはあいつだ。あの時、あいつは俺に夫と子どもが既にいるなんて一言も言わなかった。ただ、留学生とだけ言ったんだ。」 「貴方がお母さんだけを本気で愛しているのは知ってる。それは、きっと誰もが認めている。けれど、貴方の愛情表現は間違ってる!だから、お母さんだって逃げて、悠に…」 頭を押さえて雪は下を向いた。椅子の足の付近に、水滴が落ちた。皓はそれをじっと見つめていた。 「俺は結菜を愛している。鷹多がお前を愛しているような中途半端な愛じゃない。俺は結菜を愛している。」 「悠は私を愛してくれているッ…!貴方なんかにはわからない!」 「なら、あいつのさっきの行動はどういうことだ!?説明できるのか?」 雪は涙だらけの顔を手で拭った。そして皓を見据えてこう言った。 「…もう一度、あの映像を見せて頂戴。」 「何だと?」 「私は疑っちゃいけない!私は己を隔離施設というものに縛り付けてまで私を生き返してくれた、悠を疑っちゃいけないの!!!」 もうほとんど叫んでいる。皓は溜息をついた。 「ひとつだけ、いいか。」 「何よ!?」 「お前を生き返したのは鷹多じゃない。…俺だよ。」 雪は、一体何を言われたのかわからず、呆然と皓を見つめた。 「『VAIO』には人を生き返す能力はない。」 「ならっ…」 「鷹多悠に、人間を生き返すほどの生物に関する知識はない。」 「それは、…」 「『VAIO』液に浸けただけで人間が生き返るか?しかも、『VAIO』毒に殺られた人間が?『VAIO』毒、というのは脳を完全停止させるんだぞ?生き返るわけがない。」 「じゃあ、どうして!?」 「だから、俺なんだよ。俺が、お前の脳を復活させた。」 雪は意味がわからない、と言った感じで首を振った。 「わからないか?お前の脳を俺がもう一度創り出したんだよ。」 「それって…」 「いや、お前の脳に代わるものを創り出したんだ。機械と生物のミックスでな。」 雪は少し考えたが、すぐに目を大きく見開いた。 「まさか!?」 「その、まさかだ。…お前は俺によっていくらでも動かせるんだよ。」 「そんなっ?いつ、どうやって私の身体に!?」 「鷹多悠が政府に出かけたとき、とかな。簡単だったよ、あいつのセキュリティシステムを通過するのは。結加だって簡単に入れたじゃないか?」 「でも、私は貴方が入ってきた事なんて知らないわ!」 「お前の脳を操れるんだぞ?そんな記憶残しておくか。」 皓はニヤッと笑った。雪は恐怖にガタガタと震えた。仲藤が、目を開けた。 「お前が浮気しようがしまいが、既成事実なら簡単に作れるんだ。わかるか?」 雪は唇を噛み締め、皓を睨みつけた。言ってやりたいことは腐るほどある。けれど、私はそれを言うわけにはいかない。 「とにかく、映像を見せてよ!もう一度!!!」 「ああ、そうだったな。こんなものもう一度見てどうするかは知らないが?」 皓はマウスを操作し、再び再生をクリックする。画面が切り替わる。 <私は、好秋を愛してる。大好きよ。…だけどね、好きって気持ちだけじゃ人間は生きていけ無いのよ…。代わりでいいから、誰かに抱きしめられたいときだってあるのよ!!!> <ぅううう…> <苦しめてる事は、わかってる。だけど、大丈夫よ。雪だって絶対に許してくれてるっ!!!> <そんな…> <雪だって、他の男といたことあるんでしょ!?どうして悠は浮気しないのよっ…> <…れ…黙れっ…> <別に、そこまで望んでないわよっ…ただ、ぎゅってして欲しいの。…私だって、まだれっきとした女よ…> 「ここっ!!!一時停止してよ!」 皓はキーボードのどこかを押した。画面が止まった。 結菜が顔を手で覆っている。細い指だ。雪はこの光景に見覚えがあった。 ―――――どうしてはーくんは何も言ってくれないの!?私は、私は… あれは何歳の時だったか。 「これよ…だから、悠は…」 「何だ?」 「悠は、私の言葉で錯乱していたのよ…。だから、間違えてしまったの。やっぱり、悠は私を愛してくれているのよ!!!」 雪がそう叫んだ。皓は肩を竦める。 だから、悠は…はーくんは、間違えたのよ。私と、お母さんを…。 コメント: 2003.09.14.UP☆★☆ なんかもう日付15日になっちゃってる気がしないでもないですが気にしちゃいけない。 ってか真っ黒やなー。水無月皓サイトばっかり; 流れ的にわかるよーに、次回は過去話ですな。(苦笑) |