V A I O 48 「湯木…?」 「そうだっ!鷹多君、君もいたとは!さっき会ったばかりなのにな。」 「えっ、誰なの?ユキ?」 結菜がわけがわからないと言った感じで俺の服の袖を引っ張る。 「…政府の『VAIO』研究科に勤めてる…湯木藤志だ。」 「よろしく!…ってその人こそ誰だ?何か…水無月雪に似てるなぁ…ってンなわきゃないよな。」 「…結菜だ。ちょっとした、知り合いだ。怪しい奴じゃない。」 「…そうなのか…?」 「というより、お前は一体何をしてるんだ…?」 湯木は、よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに胸を剃り返した。(マスクで表情は見えない) 「出来たんだよっ!」 「何が。」 「これだよ、これ!」 湯木は肩を縦に揺らしながら、自分を指差した。湯木はいつものとおり黒髪を短く立てていて、…服は別に誰でも着そうなトレーナーにジーパンだった。気になるのはマスクだけ。 「マスク?もしかして、それ…」 結菜が横から言った。 「そう!これは、『VAIO』毒を通さないマスクなんだ。出来上がってから鷹多君には教えようと思っていたからさっきは言わなかったんだが。隔離施設の麓の家から電話がつい今あって…『VAIO』感染者が近くにいる、と。だから、これを試してみようかと。」 「どうしてそんなものが作れるの!?あれを防ぐ方法は、水無月皓しか作れないのにっ…」 「水無月ゴウ?」 「あっ…何でもない、間違えたわ。水無月結浩だったわね。」 結菜は慌てて取り繕った。湯木はなんか変だな、と言わんばかりに首を捻る。 「で、誰がそれを作ったんだ?」 湯木は思い出したように手を打った。 「そうそう!それが、40ぐらいのオバサンなんだけどなっ、赤根(アカネ)博士って言って、学者さんで…でも、どう見たって20代なんだよ!」 「なん…だと?」 俺は結菜と顔を見合わせた。 「綺麗でなぁ、実験を見てても…どうにも、その人を見てしまうし…」 「誰が、どう見ても、か?やっぱりちょっとは年相応の部分とかはあったりしないのか?」 「そりゃ、言動は月日を重ねた人じゃなきゃ言えないようなことばかりだけどな。幼いときに母親を亡くしたっていうのも、年以上に感じさせるってこともあるのかもしれないが…。だけど、見た目は完璧に20代だな。けど、『若いですね』って言われて、何も喜んでなかったけどな。」 結菜が俺の肩を突付く。俺は、結菜を見て頷いた。もしかしたらその女は、3人目の『失敗作』かもしれない。 「その人に、会いたい。隔離施設の管理人として。」 「あぁ、そうか。そうだよな。『VAIO』毒を人間が受けないとなると、隔離施設の反応も違ってくるよな。今は政府ビルで記者会見かなんか開いてたはずだ。行ってみるといい。…俺は、コイツで死体を焼きに行くよ。」 「ああ、…そうだな。」 『VAIO』毒で死んだ人間は、腐敗すると『VAIO』を生み出す。焼かないといけないんだ…。 湯木の車(ちょっとした戦車のようだった)の助手席には、大きな…人間の頭ほどの穴を持った筒が合った。それは、ライフルあたりを拡大したような見た目だった。 「…?火炎放射器、にしては変な形だな?」 「ああ、これは『レーザーファイア』と呼ばれるレーザー型の火炎放射器みたいなもんだ。こうやって使うんだ。」 湯木はそれを肩に支えると、少し離れたところにある店の前に倒れている男に照準を合わせた。そして、勢いおく引き金を抜く。 何の音も立てず、紅い光が男に届いた。男は燃えることなく、灰になった。 「こうやって、な。この前の仲藤のデータから、大量に、しかも素早く人を燃やすことが必要になったんだ。だから、これが発明された。」 「…そうか。あれから…3ヶ月だもんな…」 「これを作ったのも、そのマスクを作った赤根博士だ。」 「その人…何か、『VAIO』に対してあるわね…」 「え?」 「何か、『VAIO』に対して、特別な思いいれがあるなぁ、って思ったの。」 結菜がひょいと肩を竦めた。 「まっ、私の思い過ごしかもしれないけど。」 「兎に角、行くか。」 俺が声を掛けると、結菜は頷いた。湯木も頷いた。 「じゃあな!」 湯木はそう言って、カーウィンドウを閉めた。そして車はまた走り出した。 バラバラッバラバラッバラバラバラバラッ… 「凄い音のする車…。じゃあ、私たちは行こうか。」 ……その時だった。 ―――――悠、助けて…。 !?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!? なっ…?どういう…ことだ…? 俺の頭の中、脳の中に直接その声が響いてきた。 間違いない、雪の声。俺は、俺は…!!!!! 「結菜。」 「何?」 「お前1人で赤根博士に会ってもらってもいいか?」 「えっ、どういうこと?」 「俺は…雪のところへ…やっぱり、行く。」 「悠。」 「あぁ、結加を忘れていた。あいつも一旦水無月博士のとこに連れて行く。」 「悠?」 「声が聞こえたんだ。雪が、俺を呼んでる。」 「そんなの、聞こえなかったわ。」 「いや、俺には聞こえたんだ。俺は、行かなければ。雪のところへ。」 「悠。嫌よ。一緒に来てよ!」 「俺は、行かなければいけないんだ!!!!!!俺の愛する雪のところへッ!!!!!!」 結菜は呆然とした感じで、首を振った。 「貴方は病気よ。そんなもの、聞こえるわけない。どれだけ愛し合った2人でも、所詮他人なのよ。心の声が聞こえるとか、そんなわけないわ。現に、私には―――――あの人の声は聞こえなかった。」 「俺には聞こえる。」 そう言って俺は身を翻した。まだ、あの家の中にいる結加を迎えに。 「結菜が水無月皓のところに行ったら、それこそ大変なことになるだろう?」 「間違いなく帰してもらえないわね。」 「…そういうことだ。けれど俺は雪に会いに行かなければいけない。」 「死ねって言われたのに?」 「構わない。俺だって、たとえ拒絶されたって…」 結加が中にいる、その家をノックする。 「俺は、雪を離さない。」 結菜は鼻で笑った。 「勝手に言ってなさいよ。」 沈黙が流れた。結加は返事をしない。 「結加?」 俺はドアを開けた。誰もいない。 「結加?」 がらんどうの玄関。中に入ったのか?俺は家の中に乗り込んだ。 「結加、どうした?」 「悠、どうしたの?」 「結加がいない。」 結菜も続いて入ってきた。 「結加?」 2階に向かって声を掛けると、ガタッ、と何かが揺れる音がした。 「はるか…」 か細い声が2階から聞こえた。 「結加?」 俺は2階に上った。そして、部屋の中を覗くと、寝室に結加がいた。ベッドから顔を上げて俺を見ている。 「思い出した…よ…。一体、私が何をしたのか…」 「結加?」 「私、…何人の人を殺したの…?」 「結加。」 「私、なんてことをしてしまったのッ…!?」 「結加、落ち着け!」 俺は結加の肩を掴んで揺らす。だが、結加は顔を背けた。 「私がここで落ち着いたら!一体誰が彼らを弔うの!?私が、私がみんな殺したのにっ・・・。」 か細い指がベッドの反対側を指す。俺と結菜は、そっちを見た。 「ぁ・・・」 結菜の声が掠れた。俺に至っては、何も言えなかった。 そこには、この家の住人と思われる…青年と、兄妹らしき少女がいた。青年は少女を抱きかかえて絶えていて、少女は青年の胸の中で絶えていた。そして、その青年はどことなしか俺に似ていた。 「こいつは・・・」 俺はそっと、肌に触れた。まだ死んでからそんなに経ってないはずなのに、肌は冷たく、そして白かった。 「その人見て、色々思い出したのよ。私が『VAIO』に感染した日のこと。私の彼――月(ツキ)が言った言葉の一言ひとこと!」 結加が叫ぶ。しかし、結加以上に結加の声に反応したのは結菜だった。 「ちょ、ちょっと結加!?あんたの彼氏、何ていう名前って?」 結加が結菜を凝視する。その後、瞳を伏せながら答えた。 「…茶道月(サドウツキ)。…そうよ、お姉ちゃんの、本当の弟。お母さんの子どもよ!!!」 「生きているの!?」 結菜は結加の目の前に割り込んで、さらに詰め寄る。しかし結加はこう吐き捨てた。 「もう死んだわよ!私が殺したのっ!!!」 結加の言葉に結菜はその場にへたり込む。自分の大切な子ども――しかも、一番愛していた人間の子ども。それが、死んだとわかったのだから、当然か。 「でも…その、3ヶ月前の時点で――茶道好秋と、月の弟の茶道花(サドウハナ)は生きているっていうこと、わかったわ…。」 結菜はばっと顔をあげた。 「嘘、あの人…まだ、生きて…?」 「えぇ。月がそう言っていたんだから間違いないわよ。…あれからはどうなったかしらないけれど。」 「結加。」 溜まらず結加に声をかけてしまった俺に、結加は弱弱しく笑いかけた。 「悠ってね、月に似てるわ。っていうか…一度見せてもらった茶道好秋の写真…それに似てるのよ。だからかな、雪が悠を好きになったのは。親子って恋人の趣味似るらしいし。」 ぽーっと俺の顔を見つめているのは結加だけじゃなく、結菜もだった。俺に、何を見ているのか。 「月は、最期に私に全てを話したわ。…異父兄妹であることも、全部。あの人は知っていたのよ。私と兄妹だっていうことに!…それなのに、私を愛してくれていたの―――――。」 結加はその家の兄と妹の死体に寄ると、そっとその手を取った。 「きっと、普通の生活がこれからも続いていったと思うの。私さえ来なければ、まだまだ幸せに暮らしていけたのよ、2人とも。うぅん、2人だけじゃない。この辺りにいた人間全てが!」 結加は手に顔を擦りつける。瞳からは涙が止めどなく溢れていた。 「死んでしまったら、何かを言うことも出来ない。そして何かを言われることも出来ないの。私が月にどれだけ愛する気持ちをぶつけようとも、もう月には届かないのッ…。だから、せめて心で想うことにしたって…。この人たちの為に心を一生痛めようと思っている。いるけど、だけどね…人っていうのは、死んだ人間のことなんて忘れていってしまうのよ!!!」 結加は、その名前も知らない青年の手をそっと元に戻した。そして俺に向かって口を大きく開けて笑い出した。 「ほら、現に私は月のことを忘れていってるっ。あははははっ、もう顔の細部まで思い出せなくなっちゃった!!あはははははっ?私の心は、私の心を解してくれた男に向かうのよ!あんなに、あんなに愛していたのにっ!!!あははははははははははははははっ!!!!!!」 結加は笑い続ける。誰もそれを止めない。止めることは出来ないのだ。たくさんの人間を、ここにいる3人が失ってきた。けれど、一番愛している人間は―――――それは茶道好秋であり、水無月雪である―――――死んでいないのだ。結加以外の、2人は。 俺は雪がいなくなったらどうなるかわからない。他の女を雪の身代わりにして、それなのに今更こんなことももう言えないのかもしれない。雪に殺されるのなら構わない。けれど、雪は――絶対に死んではいけない。 「結加…。人は、そうやって悲しみを乗り越えなきゃいけないの。忘れることは辛いけれど、時は忘れさせていくのよ、悲しみを。そうしないと…喪失、という悲しみからは永遠に逃れられないわ…」 「お母さんに何がわかるのよっ!?」 結加は怒鳴った。 「愛する人を裏切って、それで水無月皓との間に私なんか産んで!それで愛する人と離れたからってお父さんを逆恨み!?ふざけないでよ!!!!!!!!!!」 パチィンッ 結菜が結加の左頬を張った。結加はギッと結菜を睨みつける。 「本当のこと言われたからって、暴力!?」 「うるさいっ!!!!!!!」 結菜もまた、怒鳴り返した。俺は頭を抱えた。…こいつらは…雪が危ないっていうのに…。 「やめろ。」 「何よ、茶道好秋はずっとお母さんのことを想い続けているのに!!お母さんは、お父さんと、浩叔父さんと、浮気しまくりじゃないの!そんな人間に―――――」 ガッ 結菜の手がまた振り上がるのと同時に、俺は間に割り込み結加の肩を掴んだ。結加は細くて小さくて、今にも折れそうだった。 「結加、やめろ。」 「何でよ!?私は本当のことを言っただけじゃないっ!!!」 「今は、そんなときじゃないんだ。」 じっと結加の瞳を見る。この瞳をそらしたら、駄目なんだ。 「一刻の猶予を争うんだ。雪が、水無月皓に捕まった。」 「えっ!?」 「もう一度言う。一刻の猶予を争うんだ。雪が殺されたりしたら、俺はお前たちを殺しかねない。」 結菜の手がそっと下りたのが横目で見えた。結加も下を向く。 「お姉ちゃんが…?そんな、まさか…」 「本当のことだ。けれど、どうしても政府本部に行かなくてはいけない用が出来た。でも俺は雪の元へ行かなくてはいけない。結菜に政府に行ってもらう。お前は、俺と来い。」 結加はじっと俺の瞳を見つめ返す。何かを、伝えている。 「お前をここに1人で残せば、また人が死ぬ――わかっているだろ?」 結加は無言で頷いた。俺は結加の手を離した。 「わかってもらえたなら、いい。…行くぞ。」 結加はそっと立ち上がった。そしてベッドの向こうに倒れている青年と少女に向かって手を合わせた。俺も、結菜も同じことをした。 「お姉ちゃん、…。」 結加の声がやけに耳に付いた。 コメント: 2003.10.29.UP☆★☆ あ〜もう、日曜連載大嘘吐き状態ですが; 文字を大きくしてみたりしなかったり。(してるだろ) っていうか、今回の奴長すぎ…(汗) |