V A I O 49 
 
 
 
 
 
 
*   *   *
「赤根、博士?」
結菜が、そこにいた明らかに20代半ばの女性に話し掛けた。彼女は、たくさんの政府の上の奴らと喋っていた。赤根は徐に顔を上げると、結菜を凝視した。
「そうだけれども?何か用が?」
「…あなたね、『VAIO』の毒を受け付けないマスクを作ったのは…」
じっと赤根博士の瞳を見つめる、結菜。何か、赤根博士に見覚えがあった。
そう、ここに来る前から――いや、赤根博士の名前を聞いたときから、何かがおかしいとは思っていた。
どこかで聞いたことのある名前――「赤根」。あかね、あかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかねあかね?
わからない。
政府のこのツンとした雰囲気も、結菜は嫌だった。だから悠に一緒に来てもらいたいと思ったのだが…
もう1人の「失敗作」がもしこの人だったなら、悠抜きで話さなくてはいけないことがある。だから、今、ひとりで来れたのはよかったかもしれないと、そう思った。
「どこで知った?」
「湯木、さんがさっきマスクつけてたのと会ったのよ。あの人があなたのことも教えてくれたわ。」
「湯木君が…。そっか。」
赤根の表情が綻んだ。何、まさかこの人…?なんていう結菜のいらない勘が働く。
「で、あんたは何しにきたわけ?私に用があるのか、ってさっきから聞いてるんだけども。」
赤根の意外な態度に面食らいながらも、結菜は言葉を繋げた。
「聞きたいことがいくつもあるの。ねぇ、ちょっと2人だけで話さない?」
「あ?ま、いいけど。じゃ〜そういうことで、各大臣さん。それぞれ今言ったこと、必ずやってね。よろしく。」
そして、赤根は立ち上がり、結菜と共に出て行った。部屋に残されていた政府の上の奴らのキョトンとした顔が面白い。
「よかったの?」
結菜が不安そうに聞く。確かにそうだ。あのお偉いさんたちは、地球人なら誰しもが知っている人間である――と言えるほど有名だ。
そんな人間との会議を反故して…
「あ、いいよ。もう話は終ったし。」
「そう。ならいいんだけど。」
赤根博士は結菜をじっと見た。
「で、あんた、名前は?私は赤根加乃子だけども。」
「私は……。…外に出てから教えるわ。」
今ここで、『水無月』なんて言葉発せられるわけないわ。ここには、水無月浩の顔も皓の顔も記録に残ってるわけだし。
「ふぅん。極秘なんだ。でも、私なんかあんたの顔見たことあるんだよ。」
「私も、あなたの顔を見たことがあるような気がするわ。…って、今あなたいくつ?40過ぎだっけ?」
赤根の動きが止まった。
「待てや。誰が40過ぎだってぇ!?私はまだピチピチの39だ!」
結菜は沈黙する。
「40にしては、自分が若いこと感じない?」
「だぁら40じゃないってのに。…ま、他のババァよりよっぽど自分のが若いけどね。」
「そうじゃなくて…。あなた、どこから見ても20代半ばよ。」
喋りながらも歩みは進める。エレベータがやっと1階に着いたころ、やっと出ることが出来た。
「適当に、喫茶店でもいきましょうか。」
「あ、いいねぇ!んじゃ、私の行きつけの店に行きたいね。『カラカラ』っていう喫茶店なんだけども。」
「いいわよ、そこに行きましょう。案内して。」
「もちろん。」
思ったのと、全然違う赤根博士。しかし、赤根も結菜も、同じように同じことが気になっていた。
私たちは、どこかで会ったことがある―――――?


少し無言で歩き出すと、そのあとで赤根が口を開いた。
「さっきの話だんだけれども。」
「何?」
「私が、20代半ばに見えるって言ったよね。」
「ええ、言ったわ。」
「あんたも20代半ばに見えるよ。」
結菜の心臓がドキリとした。
「え、えぇ。」
「でもあんた、50過ぎじゃぁない?」
結菜は何か言おうとしたが、驚きすぎて声が出なかった。瞳を大きく見開いて赤根を見つめる結菜に、赤根は失笑を浮かべた。
「やっぱり、あんた水無月結菜っしょ。」
しかも、自分の名前をバッチリ知っている…!!!公式文書では、水無月結浩の妻は、水無月梅乃なのに…。
「そうよ…。ど、どうして…?」
「私、水無月皓のことなら結構色々と知ってるよ。」
水無月、皓。皓。皓。どうして、皓という名前を知っているのか…
「ど…して、公式では…水無月結浩って…」
「そだけどさ。私は、あいつが『VAIO』を作り出すより早く、あいつのこと知ってたんだから、そりゃぁ知ると思わない?」
結菜は納得した。確かに、昔の皓を知っている、という可能性も、あった。
「にしても、あんたが水無月結菜かぁ……」
「何よ?」
「……会いたかったんだよね。」
「どういう、こと?」
結菜が赤根に聞く。こいつ、何か知ってる。何を知ってる?
「あ、見えてきたよ〜。」
その言葉に前を向くと、"カラカラ亭!"と書いてある看板が目に留まった。…ってそうではなく!
「話そらさないで!!」
「わかった。わかったから……落ち着いて、おかあさん。」
!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?
「………え?」
待って、まさか、そんな。私の、ろ、6人目の子ども……?
え、ありえないわよ?だって、私は5人しか産んだ覚えないし。好秋さんとの、雪、月、花、…皓との、結加、浩との、結希。
ホラ、5人じゃない!!!
っていうか、しかもこの人今39歳でしょ!?私が今52。13で子ども産んだことになるわ!ありえない!!!
「お、おかあさん…って…?」
「あ〜ゴメン。義理の母と書いて、お義母さん、って呼んだ。」
「義理の…?」
「あんたからは直接生まれてないけど、今、あんたは水無月皓の妻なんだろぉ?だったら、私のお義母さんだ。」
結菜は一瞬ホッとしたように胸を撫で下ろしたが、はっと顔を上げた。
「ちょ、どういうこと!?貴方まさか…水無月皓の…!?!?!?!」
「詳しい話は、中でしよ。入るよ〜。」
結菜を遮って店に入る赤根。結菜もしぶしぶあとをついて行った。
頭の中は、もう混乱してきている。どういうことなんだろう、水無月皓が…自分を愛している水無月皓が、他の女との子どもを作っていただなんて…。信じられない。
嫌いであって、自分のことを愛しているのが嫌だと思っていた水無月皓。
それなのに、結菜の心は荒れていた。どういう、こと?どういうこと!?
カランカランカラカラン
ドアを開けると、無駄にカラカラ鳴った。
中から出てきたのは、なんか昔のローマとかの服装をしたウェイター。
「ようこそ、カラカラ亭へ!テーブルと個室、カウンター。どれがいいですか?」
「んーじゃ、個室で。よろしく。」
「はい、かしこまりました。」
赤根は慣れた様子で頼み、ウェイターの後ろをついて行く。
「全く…変な店ね。」
「ま、コーヒーがここか一番おいしんだから。」
そして、個室に入った。四方が締め切られた部屋。一箇所だけ引き戸がある。頭上には低めの綺麗な硝子装飾の電気があった。
2人、同時に椅子に座った。
「…で、どういうことなの。」
「早いな、あんた。」
「当たり前じゃない。時間は、無いのよ。」
「時間?」
「あとで説明するわ。」
そして、少し沈黙が流れた。赤根は息をつくと、喋りだした。
「あんね、私の母さんが、水無月皓との子どもを産んだの。それが、私。それだけ。」
「待って。」
「何?」
「私は今、52歳。水無月皓は今、55歳。貴方は39歳でしょ?水無月皓の子どもなんて、ありえないわ。」
ぎっと結菜は赤根を見つめた。しかし、赤根はきょとんと答えた。
「何で。」
「何で、って…。皓が16のときの子どもだっていうの!?」
「うん。」
「うんって…。」
はぁ、と赤根は溜息を吐いた。
「あんたも当事者だもんね。言うよ。私がどうやって生まれたか。」
結菜は怪訝そうな顔付きで赤根を見つめた。
「あんねー、私の母さん、処女で私を身篭ったの。」
…沈黙。
「はぁ!?」
「ま、そゆこと。生物学上、無理じゃないわけ。」
「いや、無理でしょ!?」
「水無月皓ならやりかねないでしょ。同じクラスの、クラスで2番目に頭のよかった母さんの身体を弄ったの。」
「…んな…」
「母さんの衝撃、わかる?何だか身体の調子がおかしいと思って病院行ったら、身に覚えがないのに、子どもがいるなんて言われて。」
「……。」
私が、子どもが出来た時は。
私の最初の子供は、雪だった。
雪が出来たとわかったとき、まだ仕事中の好秋さんを呼び出して―――――幸せだった。
2人で喜んだ。夜遅くまでかかって、名前決めようとしたりした。重いもの持つと怒られた。…幸せだった。
「母さんは、小中と常に学年で一番だった。家族を引越しさせてまで、この首都東京のあの有名な桐葉(きりは)高校に入学して。なのに、いきなり1年の夏、…まだ誕生日を迎えていない15歳の母さんは…既に3ヶ月の子どもがいることがわかった。」
カラカラ
戸が開いた。結菜と赤根は戸から入ってきたさっきのウェイターを見つめた。ウェイターはトレイに水を持っていた。
「ご注文は?」
「店長スペシャルブレンドコーヒー2つ。」
「かしこまりました。」
水だけ結菜と赤根に置いていく。戸が閉まったのを見計らって、赤根がまた口を開いた。
「母さんは錯乱した。身に覚えが無いのに。親には言えない。言えるわけない。……そして、そのとき一番仲のよかった水無月皓に相談した。」
「なっ…?え、やったのは、皓でしょ?」
「そうだよ。けど、母さんはそんなこと知らない。兎に角誰かに相談したかったんだ。だけど、水無月皓の心の中は大笑いだっただろうね。実験が成功したということを、わざわざ実験動物が教えてくれたんだし。水無月皓は、普通の返答を返しただけだった。親には言った方がいいよ、また俺でよければ話し聞くよ。…そのあと…母さんは、医者に言われた。処女のまま、子どもは産めないと。」
「…確かに、子どもが通る道が…ないわね。」
「そう。私はまだわからないんだけれども……、子ども産むのって痛いんだよね?だから、母さんは考えた。誰かと、と。そして、皓に相談した。……けれども、皓はまだ若かったんだよ。…母さんに、言っちゃった。」
結菜が驚き一色に顔を染めた。
「言っちゃった…って!?」
「全部。自分が、入学して最初のテストで限りなく自分に近かった母さんに狙いをつけたこと。母さんの学校帰りに気絶させて、自分の部屋に連れ込んだこと。裏の仕事で溜めたお金で作った実験室で、母さんの身体を弄ったこと。…実験は成功だったこと。……母さんは、兎に角怒鳴りつけて喚いて殴りかかって、押さえつけられて。…水無月皓は、母さんに向かって笑いながら、出産を楽にしてやるって言って…で、母さんは処女じゃなくなった。」
何も言えなかった。最悪な男だとは思っていた。けれど、だけど!あまりにも――。
「母さんは、親にワケを話した。医者が親に言ったんだよね、処女で身篭ったワケのわからない症状だって。ありえないことだって。親は理解を示してくれた。高校はやめた。私を産んだ。」
赤根は水を飲んだ。ウェイター、遅い。
「母さんは、未婚のまま私を育てた。だから私の姓は赤根。赤根加乃子っていうんだよ。けど、母さんは私が16歳になったとき、死んだ。何でだろうね?まぁ、皓が母さんの身体を弄ったことが悪影響したのかもしれないけど。あの人はもっといろんなことが出来る人だった。なのに、水無月皓のせいで死んだ。母さんは、水無月皓とのことを、何度も、何度も私に言って聞かせたよ。…んで、私は機械工学系に進んだんだけど、私が入学した大学は…生物の勉強も出来た。そして、生物学を習う時に私は、ドイツに研修に行った。そしたら、そこで……水無月皓と会った。」
「!!!!!!まさか!!!」
結菜が立ち上がる。
「?どうした?」
「ドイツに、行ったの!?そのとき、水無月皓の横に女がいなかった?」
「そう、女がいたんだよ。お腹を大きくした。あいつは、母さんの世界をめちゃくちゃにしたくせに、あはは、もうあんなことただの過去にして、他の女といたんだよ。その瞬間、私は思ったよ。あいつのやること成すことに、私の能力を持って邪魔してやろう、ってね。」
「…ごめん…その、『女』。…私だわ…」
 
 
 
コメント:
2003.11.09.UP☆★☆
あ〜ぁ、ついにこういう内容書いちゃった…。(滝汗)
水無月皓の悪ぶりを書きたかった、それだけなんですけどね。(涙)

 
 
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