V A I O 50 
 
 
 
 
 
 
「ッ!!!???」
「ドイツで、私は結加を…私の、2人目の子どもを産んだ…。水無月皓との。」
「ふぅん…。あんただったんだ。そうか、だから会ったことあったのかな。」
「そうかも…知れないわね。」
結菜は、胸がドキドキしていた。水無月皓のいろんなことを聞いた、この遣る瀬無さ。本当言うと、聞かなければよかったと…そう思った。
「で、私は、日本に戻ってきて…私が大学の4年間終わった時かな。大学院に行く時…生物学中心に変えようと思って、そっち方面の教授と話をしに行こうとした時、会った。…水無月皓と。それから、あいつは私を母さんの娘だと気付かず、そのままたくさんのことを教えてくれた。…んで、色々私も聞きだしたよ。あいつがこれからやろうとしてるとこととかね。そして、研究室にいれてもらった…24歳の秋かな。…私は、『VAIO』に感染したよ。あの、特別な『VAIO』にね。水無月皓は私を殺そうと必死だったけど、無理だった。私は、既に『VAIO』に感染してたんだもんね。何をやっても再生するんだよ。…ま、あとになってから気付いたんだけれども、私が『VAIO』に感染したってことは。んで、この『VAIO』は…特別なんだよね。毒が出ない。」
結菜は無言で頷く。
「そう…特別な、『VAIO』。あいつの作った唯一の失敗作。全ての『VAIO』を殺す能力を持つ『VAIO』。」
「全ての『VAIO』を殺す?」
「そうよ。…知らなかったの?この『VAIO』の感染者の血は、全ての『VAIO』を死に追いやるのよ。」
赤根は目を見開いた。
「へぇ。そいつは知らなかったや。…調べる価値がありそうだね?」
右手をそっと自分の目の前に持ってきて、見つめる。
「この血が、水無月皓に打ち勝つことが出来るのかもしれないのか…」
「打ち勝つ?」
「あいつの全てをつぎ込んだものが『VAIO』なら、あいつの全てを打ち壊すためには『VAIO』を全滅させるのが一番だろ。」
結菜はじっと赤根を見つめた。赤根も結菜を見つめ返した。
「…貴方は、私と同じ考えね…。」
「へぇ。そうなの?…でも、貴方"は"ってことは、…誰かあんたと違う考えのやつがいるのか?」
結菜の動きが止まった。
「鋭いわね…」
「いるんだな?しかもそれが重要なヤツなんだろ。」
「…流石、人生の修羅を抜けてきただけはあるわね。」
赤根は面白そうに頷いた。
「誰だ?湯木君とか?」
「…違うわ。政府の人間なんかには頼らないしね。」
赤根は今度は面白く無さそうに結菜を見つめる。
「…確かに政府の人間は無能ぞろいだけどな、湯木君は違うぞ?」
結菜は少し微笑んだ。
「そうよね、貴方にとってはそうかもしれないわね。にしても、湯木さんは年下でしょ?頑張ってね。」
「チョット待て。何かいらやぬ誤解をしてないだろうなぁ?」
「さぁね?赤根博士が湯木君に恋してる〜なんて思ってませんけど?」
赤根は大きな溜息をついた。
「あのなぁ〜、湯木君は、誰よりも『VAIO』撲滅運動に参加してくれてるんだよ。今日だってさ、私が作ったマスク、絶対大丈夫だって私は思ってたけど、やっぱり皆は死ぬの嫌なわけじゃんか?だから全然実践してくれる人がいなかったのに、湯木君は自分からやります、って言い出しだんだよ?そんなの、信頼するに決まってるじゃないか。」
「ふぅん。そうか、そうですか。そういうことにしときましょーか。」
「そうしといてよ!!!…ったく。えぇと、何の話だっけ?」
結菜は我に返ったようににやついた顔を元に戻した。
「そう…だったわね。一番私たちにとって力にならなきゃいけない人が、一番私たちにとって殺さなきゃいけない人を殺したがらないのよ、ね。一番最悪なことにその人が私と違う考え…」
「あれ?殺さなきゃならない人も"1人"に特定できんの?『VAIO』を絶滅させるのに?」
「他の『VAIO』は私たちでも殺せるけど、その人は…彼じゃなきゃ、殺せないの。」
赤根がふと思いついたように口を開く。
「殺さなきゃならないのって…水無月皓?」
「違うわ。水無月皓を殺しても、あいつの脳を受け継ぐものがいる。…そして、『VAIO』の母体がいる。」
結菜は天を仰いだ。
「実はね…『VAIO』は、全て、その母体から生まれてきているのよ。」
「母体…?」
「そう。とある人間。それを殺さなきゃいけない。その人身体には、『VAIO』の種があるの。そして、『VAIO』というのはそれの枝を折って取り出したようなもの。その人は簡単に『VAIO』を作り出せる。自分の意思で。」
「そんな…じゃあ、そいつを殺さなきゃ、駄目じゃないかっ…。…誰なんだよ!?殺さなきゃいけないやつってのは!?んで、協力してくれなきゃ困るって言うのは…ッ。」
結菜はじっと床を見つめた。溜息が、出る。
出て欲しくなくても出る。何があっても出る。どうしようもない。本当は、結菜だって協力したくないのだ。
だけど…。
「私たちの『失敗作』の中でも最高の失敗作…鷹多悠…が、協力してくれないと困るの…」
「たかだはるか?…あぁ、あの隔離施設の…鷹多悠か。…あいつも私らと一緒なのか…?」
「そう。彼はもう28歳になるけど、外見は18のままだし。…そして、私たちには無い力が、彼にはある。」
「何だ?」
結菜は唇を噛んだ。そう知っていたのに、私は鷹多悠に惹かれてしまった。雪も、結加も。皆。
「人を魅了する力。」
「人を、魅了?」
「それが水無月皓の一番出したかった力だった。自分のコントロールできる人材を、どんな傷を負っても回復する肉体を、決して老いて朽ちていかない外見を、誰をも瞬殺する毒を、…そして、誰もが魅了される人間を、あいつは作りたかった…」
「で、鷹多悠が成功だったわけか。」
「そう。…本人は全く気付いてないけれど、悠の手にかかれば…どんな女でも、彼に…」
赤根が鼻を鳴らした。
「ふん、あんたもか。」
「そうよ。」
結菜は即答した。
「でも……悠は、たった1人しか愛していないの。」
「へぇ、凄いな。そう言う人間ってそうそういるもんじゃないよ。」
「そう。…悠は、たった1人だけを愛している。その人の為なら、そうね…他の誰でもを殺してしまえるほどに。愛しすぎて…想いが歪むほど。」
「ふぅん…?なら、その彼女に協力してもらえば鷹多サンも協力してくれるんじゃ…」
赤根はそこまで言って、顔を顰めた。
「って…。なぁ、私はあんまり事情わからないけど、…もしかして…もしかしなくても…私たちが殺さなきゃいけない人物って……『VAIO』の母体って…鷹多悠が協力しないわけって…」
結菜はそっと戸を見た。ウェイターの影がある。そろそろ来たらしい。

「当たり。鷹多悠のたった1人の想い人。…水無月雪よ。」




ウェイターがコーヒーを持ってきた。そのコーヒーは未だ嘗て飲んだことが無いほどおいしかったが、2人とも、味わっている余裕なんてなかった。
ウェイターが出て行ったあとも、暫らく無言だった。先に口を開いたのは赤根だった。
「…水無月雪、って…あんたの娘じゃないのか…?」
「そう、私の娘よ。」
「…いいのか?」
いいわけ、ないじゃない。何言ってるのよ。誰がどんな想いであの子を育ててきたと思ってるの…?
結菜は、自分の想いを飲み込んだ。
「仕方ないわ。…水無月皓の脳を受け継いだのもあの子、そして『VAIO』の母体となったのもあの子。だからあの子が仮死状態になっている5年間は、『VAIO』が新しく生み出されることはなかったけれど…今は。」
「今は、生み出されているんだな?」
結菜は無言で頷く。
「…鷹多悠には、言ったのか?」
「言ったわ。叫んで、叫んで叫びたくってたけれど。…あまりにも過酷すぎる運命だと思ったみたいだけれど。…実行する気は全くないみたいね。皓が雪を操っているっていう可能性まで指摘したのに…」
「…水無月皓が雪を操る?」
「そう。…あの子の両耳のピアス。それに水無月皓の脳が入ってるから、それによって雪を操ってるんじゃないかっていう可能性。…っていうか、私はそうだと思うけどね。だって、雪の身体はあっても心は生き返るわけが無い。…身体の中に留まってない限り。」
赤根が頷く。
「死んだ人間の心…てか、魂は全て無に還ったあと、また新しい命として排出される――偉大なるナイラス博士が発見した人間の末路だね。よっぽど強い想いが無い限り、全ての魂は無に還る。…その"雪"にそれほどの強い想いがあったのかな。」
「さぁね…。ただ、悠が想っているぐらい雪も悠のことを想っているんだとしたら――留まれるわね。」
「その可能性は鷹多に言ったのか?」
「言ってないわ。言う必要もないしね。…寧ろ、言うと彼は…ますます雪を殺せなくなる。」
赤根は大きく溜息をついた。
「…そいつ、わかってるんじゃないか?『VAIO』の母体を殺さなきゃいけないことぐらい。」
「それは言ってないわ。」
「ん?」
「雪が『VAIO』の母体だってことは、言ってないわ。」
赤根は机に手をばんと打ち付けた。
「それを言わなきゃいけないだろう!?それを、言わなきゃ…」
「私の口から言うべきことじゃないわ。」
少しさっきの衝撃で零れてしまったコーヒーの残りを啜りながら、結菜はピシャリと言い放った。
「っていうかね…さっき、言ったじゃない?時間が無いってこと。」
「あぁ、最初に言った。」
「…もう少ししたら、皓は完璧に雪を使い出す。今よりも、ずっと…あの子にとっても、悠にとっても辛いことになる…」
「それって?」
「私にも、詳しくはわからない。だけど、きっと皓はその前に悠に全てを話すはずよ。」
「なぜ。」
「あいつは喋りたがりだからね…。絶対、悠に言うわ。…悠がそのとき何をするかはわからないけど。」
「なら、鷹多悠を今すぐにでも皓の元にやるべきじゃないか?」
結菜はコーヒーを飲み干し、下を見ながら言った。
「…おいしかったわ、ごちそうさま。…悠は、今――多分丁度、水無月皓と会ってる頃じゃないかしら。…どうなってるかは、わからないけど。」
 
 
 
コメント:
2003.11.19.UP☆★☆
はい、前回の続きですね。
次ははーくんと皓の対決、かな。ワハハ。

 
 
51話へ。
 
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