V A I O 51 * * * 雪。 俺はお前を愛している。 あの時の、あの言葉が… 俺に死を望んだあの言葉が…お前自身が言ったのかどうか、俺にはわからない。 だけど、わかった。 やっとわかったんだ。 遅すぎるかもしれないけど――――― 俺は、お前を愛している。 お前が俺を愛してくれているかは、問題じゃない。 俺が、お前を愛しているんだ。 連呼すると言葉の重みがなくなると、誰かが言っていたが、 なら、この気持ちをどうしろというんだ? 言葉に出すことしか出来ない、この気持ちを、俺はどうすればいいと言うんだ? 重みがなくなる? 愛しているんだから、しょうがないだろう。 空耳かもしれない。 でも、お前の助けを呼ぶ声が聞こえた。 俺は、お前の元へ行く。 たとえ、それで何があったとしても。 俺は、お前を愛しているから。 * * * 走っていた。 「…か、悠!!」 「ぅ?…あぁ、結加か。」 「悠、どうしたのよ!?さっきから、ボーッとしてッ!」 結加は、俺に話し掛けていたのだろうか?走りながら?…少し、悪いことをした。 「…雪のことを考えてた。」 「そう…。お姉ちゃん、か。…何もないといいけど。」 何もないわけがない。あの水無月皓の元へ行ってしまったのだ。…俺は、取り返しのつかないことを、した。 「ねぇ、どうして悠は皓のいる場所がわかるの?」 俺は少し減速した。 「わからない。」 「じゃあ、私たちはどこへ向かってるの!?」 「雪の元へ。」 「!?!?…どういうことよ?」 俺は結加の顔を見つめた。 「皓の居場所は、わからない。だけどな…雪の居場所はわかる。」 「何でよ!?」 「…俺だからだ。」 「え?」 「俺が、雪を愛しているからだ。」 結加は…呆れた顔で、俺を見つめた。 「はぁ!?何…そんなこと、よく臆面もなく言えるわね。…まぁ、それが悠のいいトコなんだろうけどさ。」 俺との距離を少し詰める、結加。 「でも、本当にわかるの?凄いわね…。」 さも感心したように言う結加に、俺は少し良心が痛み、本当のことを話すことにした。 「…本当は、違う。」 「え?」 「結加は、雪が付けてたアクセサリー、覚えてるか?」 「アクセサリー?…あぁ、あのピアス?」 「そうだ。…あれは、何か知っているか?」 「さぁ。でも、お父さんが作ってたんだもの…碌でもないものということは確かね。」 「そう、あれは水無月皓の機械工学の中では最高傑作品。人工脳チップが入った、ピアス…だそうだ。」 結加が驚愕の表情で俺を見つめた。 「人工、脳!?」 「あぁ。」 「誰の!?」 「ひとりしかいないだろう。」 「…お父さん。」 「そうだ。」 結加は項垂れた。 「…信じられない。いくら、お父さんがお姉ちゃんのこと大好きだからって…自分の…」 「何!?」 結加の独り言…だが、俺の脳裏で何かが引っかかった。 「…水無月皓が、雪を、好きだと?」 結加は不思議そうな顔で頷く。 「そうよ。一番…お母さんに似てるからかな…。いつも、いつも、自分の実験室に呼んで、楽しそうに喋ってたわよ。」 違う。俺の知っている事実と違う。 俺は、皓は"茶道好秋"の娘である雪のことが――。 いや、好きであるはずがないのだ。なぜなら、"茶道好秋"の娘なのだから。 でも、もし、皓が"結菜"の娘というだけで、雪を愛することが出来たなら――? …わからない。どういうことなんだ? 「…まぁ、私と結希が勝手にお父さんはお姉ちゃんを好き、って思ってただけかもしれないけど…。でもね、お父さんは私のこと、嫌いだったよ。」 「?」 「お姉ちゃんにも、結希にも、色んなもの上げてるのに、私には何ひとつくれなかったもの。」 結加は前方を睨みつけた。 「所詮、あんまりお母さんに似てない私は、可愛く無いのよ。たとえ自分の娘でもね!!!」 「結加、落ち着け。…親は、例外なく子を愛する…と思うが。」 「例外はあるわよ。現に、お母さんがそうじゃない。私を忌み嫌い、憎み、産んだことを後悔し。…でも、私は生きてやるわ。お母さんにも、お父さんにも愛されない娘ですけどね。」 また、この女も…抱えてるな…色々と。 「親から愛されること、か。おそらく誰もが当然に想っていることなんだろうが…。なら、最初からなかったものとして考えれば、丁度いいだろう。」 「最初からなかったもの?」 「そう。お前には、親はいたが、愛はなかった。ないものを欲しがらなくてもいい。想像することさえしなければ、何も悲しくならない。」 結加は首を大きく横に振る。 「想像しないなんてこと、できっこない!私が、一体どれだけお父さんやお母さん、姉妹たち…家族みんなで笑って過ごしたかったか、悠にはわからない!!他の家を見ていても、皆幸せそうで…私だけじゃない!幸せじゃないのなんてっ…」 「だが、想像しなければ、悲しみは起こらない。」 「何でそんなこと言えるの!!!」 「俺が、そうだからだ。」 結加の紅潮していた顔が、一瞬にして、白くなる。 「ぇっ…?」 掠れた声が結加から出た。怒鳴りすぎだ、それは掠れもする。 「どゆ…こと?」 「俺は、俺が18の時に兄が『VAIO』に感染して、弟と、両親を亡くしている。残念なことに、そのとき俺は感情があったから――、泣き叫んでいたが…。でも、大学に入るまでに対処法がわかった。何も、考えなければいいんだ。家族のことも、恨むべき相手のことも…と。」 「でも、それって…中身空っぽの人間にならない?」 「あぁ。なっていた。…だが、雪が火を入れてくれた。お前も一度空っぽになるといい。そうすれば、新しい答えが最初から見えてくる。」 「…できると、いんだけどね…」 結加は笑った。そしてまた俺の方を向き直った。 「って!話それてるわよ!!今は、何でお姉ちゃんの居場所がわかるか、って話よ。」 「あぁ…そうだったな…。そう、さっき言っていたピアス。あれが、人工脳チップが入っていると同時に…発信機が付いているから。」 「!!!」 「結菜が、何かあるとまずいと思って、それの受信機を持ち出していたらしいから、ホラ…これで、わかる。」 俺はカード型の小さな画面のついた機械を結加に見せた。 ここまで、小さな機械にここまで精密に作れる技術。水無月皓は、やはり天才だ。 「お母さん…用意いいわね…。ま、でもそれで納得よ!あとは、お姉ちゃんの元を目指すだけね。」 その結加の言葉。 俺はそれに頷こうとした。 が、俺は頷けなかった。 「…そうだとよかったんだけどな。」 俺のその言葉と同時に、道の横から女が3人出てきた。 何時ぞやかに見た覚えがある。…あぁ、あのときだ。政府ビルに『D−VAIO』が入り込んだとき。 あの時の…感染した、3人だった。 そうだ、それでヨシヒサ…いや、仲藤真也を守った女じゃないか。…確か、名前は… 「ユキ…」 結加が俺をバッと見つめた。 「覚えてていただけて、光栄です。」 「残念ですけど、貴方たちの足止めをしなくては。」 「今は…」 彼女たちは、俺たちに向かって銃を向ける。 「やめてよ!?貴方たち、誰なのッ!?私たちは大切な人を助けに行くんだからッ…」 「それでも、私たちは貴方たちの足止めをしなくては。」 「そうなのです。大丈夫、『VAIO』である貴方たちを殺そうなんて思っていませんよ。ただ、少し眠っていただくだけ。」 「通すわけに行かない…」 "ユキ"を中心にして、3人の女たちはピクリとも動かずに俺たちに銃を向ける。 その動きは、まるで機械のようだった。 人間らしさが全くない。癖も、殺気も、何もなかった。 これが――『D−VAIO』の力――? 「結加。」 俺は小さな声で、顔は動かさずに結加に話し掛けた。 「なに?」 「…何としても、避けて、走るぞ。」 「どうやってよ。相手は、3人…。しかも、何も動揺してくれないわ。」 「俺が叫びながら右に跳ぶから、お前は左に跳べ。」 「…それぐらいしか、策はないわね。」 「あぁ。」 その、『D−VAIO』3人はにこりとも笑わず、俺たちを見つめていた。おそらく、踏み出せば、撃つ。 俺は結加に目配せした。 いくぞ… 「雪ィィィィィィィィィーーーーーーーーッ!!!!!!!」 俺は右に大きく跳んだ。結加を見ている余裕がない。 "ユキ"の右隣にいる女が撃ってきた。俺は後ろに大きく跳んだ。銃弾は足下に来た。避けた。 と同時に"ユキ"の左隣にいる女の銃弾が俺の右膝を掠めた。いきなり右膝の力が抜ける。 この銃弾は、水無月皓作か――?滅茶苦茶、キツイ。 よろけた俺に、"ユキ"の弾が撃たれた。…結加を諦めて、俺を集中狙いしに来たのか。しかも見事なコンビプレー。さて、…どうするか。 俺は無理に立とうとせず、そのまま右に倒れこんだ。"ユキ"の弾は俺の左手を掠めた。力が入らない。 どう…どう反撃に出るか。右倒しになって、もう立てない。左手は使えない。最初に撃った奴が、構えている。 万事、休す。 の、ときだった。 いきなり耳に付いたのは豪快な音。 バラバラッバラバラッバラバラバラバラッ… もしかして、さっきから鳴っていたのかも知れない。いきなり、ここまで鼓膜にパンチのある音というのはありえない…。 あぁ、この音は… と、俺が思い出しかけた瞬間、俺の鼓膜は打ち砕かれた。 ガガガガガガガガガガガッ み、耳がポーンとなってその後の音は何も聞こえなかった。 が、"ユキ"を含めた3人の体が、何億個にも分解されたように見えた。本当に、塵のようになったのだ。 「・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・?」 「・・・・・・・・・・・・・ッ。」 結加が誰かと何か話しているようだが、一体何を言っているのか聞こえない。 でも、…こんなでかい戦車。それに乗っていて、いきなり問答無用で人を撃つ人間なんて… 「ぁ…湯木…?」 「・・・・・・・・・・・・・・・ッ!!!」 口の動きは――マスクで見えない。 「・・・・・・・・ッ?」 「聞こえん…。」 俺の言葉はちゃんと湯木に聞こえるらしく、マスクを取ろうとした。マスクのせいで聞こえにくいのかと思ったらしい。が、今マスク取ると横に結加がいるんだから、湯木は死ぬだろう。 「マスクは取るな…。『VAIO』毒、あるんだから、死ぬぞ。」 湯木の手がピタリとやんだ。そして結加に何かを話している。結加は俺に向かって何か言った。 「・・・・・・・・・・・・。」 口の動きから察するに、「私が通訳するからね。」か? そして、湯木が喋ったのを結加が俺に伝えるという二重労働が始まった。 「・・・・・・・・・・・?(あいつら、『VAIO』だろう?)」 「あぁ、そうだ。」 「・・・・、・・・…・・・・・・・・・。(しかも、最近…人間をさらって行く『VAIO』だ。)」 「さらって行く…。」 「・・・だ。・・・・、し・・・・・・・・・・・・・・・て・・・・。(そうだ。政府は、新『VAIO』として警戒している。)」 少し聞こえるようになった。 「新『VAIO』だと…?」 それは、『D−VAIO』のことだろうか。 「あ・・。こ・・・、・・・・・・・・・・・のも・・・・・・・?(あぁ。この前、政府に入ってきたのもあいつらだろう?)」 「そうだろうな。」 「せい・・・け・・・・・・・・いる。あい・・・・・・・・・・・世界・・・・・・かねない。(政府は警戒している。あいつらは、世界を滅ぼしかねない。)」 「滅ぼしはしない…。ただ、乗っ取りはするだろうが。」 「同じ・・・・・・。(同じ事だ。)」 そして湯木はフッと"ユキ"たちのことを見た。…色んな意味で「ゆき」だらけで恐ろしくなってくる。 「じゃあ、・・・そろ行った・・・いい。・・・・・・たちは、ふっ・・・・・。(じゃあ、そろそろ行った方がいい。あの『VAIO』たちは、復活するから。)」 「わかった…。にしても、その砲撃凄いな。音といい、威力といい。」 立ち上がりながら俺は言った。まだ、右足と左手の感触がおかしい。 「あれも・・・・・の開発だ。・・・・・・『バイオ・クロス』・・・・、遺伝子レベル・・・・・・・・・。(あれも赤根博士の開発だ。名前は『バイオ・クロス』と言って、遺伝子レベルまで生物を破壊する。)」 「だから流石の『VAIO』でも復活に時間が掛かる、ってわけだな。」 「そうだ。」 ん、大分耳は治ってきたか。もう二度と聞こえないかと一瞬思ったのだが…よかった。 「ありがとう、湯木。本当に助かった。」 「いや、・・・ぐらい・・・・ない。ただ、・・・・ときは少し・・・・・・な。(いや、これぐらい問題ない。ただ、撃つ時は少し躊躇したけどな。)」 大嘘吐きが。来た瞬間お前の『バイオ・クロス』は火を噴いただろうが。 「じゃあ、結加、行くぞ。」 「わか・・・わ。(わかったわ。)」 「じゃあな、湯木。」 「おう。」 俺は湯木に手を少し上げて別れを告げた。 …にしても、そうか、こっちは政府ビルの方向か――。だから湯木が丁度来たんだな。 ……雪は、一体何処にいるのだろう―――――? コメント: 2003.12.08.UP☆★☆ ぅわ、何だかんだでまだ皓のとこ着いてないし。 はーくん、絶体絶命のピンチを切り抜けたね…。よくやった。 |