V A I O 52 
 
 
 
 
 
 

     *  *  *

 
 
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「もし、鷹多悠がここに着いたら…」
「はい。」
「…こいつを引き渡せ。」
「えっ…?いいんですか?」
「あいつは、結加と一緒に来る。」
「…ですよね。あの3人組と遣り合っていたところを見ると。」
「…だから、結加と交換する。」
「交換…?」
「そうだ。雪には、するだけのことはした。…今は、結加が必要だ。」
「でも、水無月雪のこと、鷹多悠にばれるんじゃ…?」
「こいつの全ては俺が支配している。心配するな。」
「でも、博士!」
「仲藤君。私は決して失敗などしない。…そうだろう?」
「……わかりました。」
水無月皓は、モニターを見た。走る鷹多悠と、水無月結加が映し出されている。
皓はにやっと笑った。さぁ、もう少しだ。もう少しで、此処に着く。着いたら、できる限りの歓迎をしてやろう。水無月雪は少し焦らしてから返してやるよ。あぁ、考えただけでぞくぞくする。
「残念ながら、あの一帯以外は、人間のいない地帯だからな、ここは。」
「…山の奥ですからね。」
「……空気がうまいからな。生物実験をする時は、汚い空気じゃできん。」
顎に手を当て、摩った。朝から切っていない無精髭が少しある。
そうか、もう夕方になるか…せっかく来るんだし、髭でも剃ろうか。そうだな。持てる限りの接待をしなくては。
「仲藤君。君も、きちんと身だしなみを整えろ。…私も髭を剃る。」
仲藤の返事も待たず、洗面台に歩いていく、皓。クリームを塗って、殺菌効果のある水無月皓が作り出した液体に浸かっている髭剃りを取り出し、スイッチを入れた。なんてことは無い、普通の機械音が響き渡る。
ぞくぞくする。
「あぁ…早く、早く来い…鷹多悠。俺は、お前の苦しみや悲しみ、怒りに満ちた顔が見たい……」
もう一度雪に『死ね』と言わせようか?俺の脳が入ったピアスがある限り、あいつの全ての行動は、俺のものだ。それとも、二度とここに来るなと言わせようか…
考えるだけで、身震いした。
あぁ、あの鷹多悠を…茶道好秋に似ている鷹多悠を……甚振れるとは。
皓はにやついた自分を抑えることは出来なかった。
早く、早く………
 
 
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誰もが、鷹多悠の到着を待ち望んでいた。
誰もが、そのときに起こることを………予想できていなかった。


      *   *   *



カタン
「…ここ?」
結加が俺を見上げる。俺は、その小さな階段を見た。
「多分。」
「…上に、続いてるわよね〜?この階段。」
「そう見えるな。」
「でも、階段以外何も無いじゃない。」
「そう、見えるな。」
「…何なのよ〜…」
そう、其処には…8段程度の階段しかなかった。

俺と結加が走りに走ると、政府本部ビルよりかなり手前で、山道の方へと進むべき道は逸れた。そして、予想通り…発信機は、山奥のある一点にあることがわかった。
…が、その場所には上に続く階段とそれを囲う小さな屋根と壁があるだけで、他には何も無い。階段が地下に続いているのならわかるのだが………
こちらから見る分には、階段は白い壁に続いているのだ。しかし、壁も裏には何も無い。こんなの、魔法でも使わない限りこれ以上はいけない。
でも、発信機は此処にあることは間違いないのだ…。
「皓は、どんな細工をしたのだろう。」
「…上がってみる?」
結加の言葉に俺は無言で頷いた。
やはり、動いてみないと何も始まらない。
俺は階段に足を掛けようとした。…が、俺の足は階段を上ることは出来なかった。いきなり、落ちたのだ。
が、すぐ下で止まった。硬い地面…そう、階段だ。
「ッ!?」
「どしたの!?」
「落ちた。」
「えっ?」
「…この階段、下りだ。」
そう、その階段は下りだった。でも、見る限りでは上りに見える。どう見ても、上りの階段だ。
が、いざ歩いてみると体は下がるのだ。一回一回そのギャップに驚かなければいけなかったが、最上…ではなく、最下の壁に着くことが出来た。
皓は、どうやってこんな細工をしたのだろうか。どうしてこんな細工をしたのだろうか。
「………さて、この壁にも何か細工があるだろうな。」
やっと3段目まで下りてきた結加に俺は話し掛けた。
「たぶん、ね。ってゆーか、これ不思議ね…。どう見ても、上りに見える。」
また、ストン、と結加が下りた。下りた…というよりかは、"落ちた"というのが正しい表現かもしれないが。
俺は壁を探っていた。何も、それらしいものはなかった。
「どう?…入れそう?」
「当たり前だ!」
俺は、結加に怒鳴りつけてそして壁を探った。壁は硬くて、普通のコンクリートよりさらに硬くて、何も動かなかった。
壁に耳を当ててみると、中が空洞のような…そんな音がした。やっぱり、ここに階段があるのだ!
探した。俺は、探した。探して探して探した。
けれど、その壁は硬くて、硬くて…
俺がいくら殴りつけても、近くにある石で叩きつけても、びくともしなかった。
中に居るのに。雪が居るのに。
中に居るのに。すぐそこなのに。
「…ここまで、来たのに…」

雪、大丈夫か?
雪、どこも怪我してないか?
雪、寒くないか?
雪、何もされてないか?
雪、淋しくないか?
雪、痛くないか?
雪、変わってないか?
雪、…出てきてくれないか?

『死ね』と言った女のこと。想い続けているのは変だろうか。
他の女を身代わりにして、口づけをしたのに、それでも雪を求めようとする俺はおかしいのか?
すぐ、其処にいるのに。
どうして手が届かないんだ?
こんなに愛しているのに。
どうして手が届かないんだ――?
「雪………」
俺は、壁を弱く叩きつけて、そこに崩れ落ちた。
膝下だけ擦り切れてなくなったスーツのズボンから出ている脛の部分が寒かった。
結加が俺に話し掛けようとして、やめているのが気配でわかった。
しかし、俺にはそんな結加を気に掛けてやる余裕は無かった。

「――そんなに水無月雪が好きなら、入るか?――」

どこからか、声が聞こえた。誰の声かなんて一発でわかった。

「…水無月、皓…か…」
「――そうだ。――」
「…入れてくれるのか?俺を、雪に会わせてくれるのか?」
「――いいだろう。しかし、結加も共に来い。――」
呆然としていた結加は、急に我に返ったように壁の向こうを見た。
「お父さんなの…!?私も、行っていいのっ…?」
「――当たり前だ――」
「なら、行く!絶対に行く!ねぇ悠、いいでしょっ!?」
「あ、あぁ。」
結加のその必死さ。別に最初から連れて行こうと思っていたのだから、何も戸惑うことなど無かったのだが、なぜか俺はしどろもどろになってしまっていた。…皓も、わざわざそう言うなんて…何かあるのか?
「――ならば、開けよう。この扉を。――」
水無月皓のその言葉の後、そのただの真っ平だった壁は、急に凹凸が出来た。それが逆になったり元に戻ったり、と…つまり、波打ちだしたのだ。
こんな硬い素材が波を打つだと?普通に考えてありえない。…しかし、そんな俺の考えなんて関係なしに、その壁…だったもの、はどんどん薄くなり、そして最後には真ん中から2つに割れた。さも、通れと言うように。
壁…というより、膜の向こう側には、今度は何の錯覚もなしに、普通の階段があった。地下へと、雪の元へと続く階段が。
「…行くよね?」
「当たり前だ。」
俺は結加を見ずにそう答えた。
雪を取り戻さなければいけないから。…そして、水無月皓に…会わなければいけないから。
俺はどこも振り返らずにその膜の中へ足を踏み入れた。中は、外よりさらに冷たくて、しんとしていた。
さっきの膜…が硬かったときと同じような白い素材で、床も天井も壁も作られていた。まるで異空間に入り込んだような、そんな感じだった。
「ねぇ、本当にここにお姉ちゃんがいるのかなぁ…?」
「いる。」
「ねぇ、…悠、私たち、本当にお姉ちゃんのところに行けるのかなぁ…?」
「行ける。」
「ねぇ、悠…」
「黙れ。」
「ぁ………」
結加は、それ以降喋らなかった。
その白い空間は、永遠に続いているようにも思えた。しかし、少し先に明かりが見えたとき、2人とも歩調が早まったのは言うまでもない。
しかし、其処の先にあったのは…皓達の地下室ではなかった。
其処は…広い、広い草原だった。
しかし、時は12月中旬。当たり一面、雪、雪、雪。真っ白の空間は、ここまで続いていた…という感じだった。
誰の足跡も無い、広い空間に柔らかい雪が広がっている。しかし、不思議なことに寒くない。
「此処は…」
「初めて、見た。この山に――こんな場所があったの?」
ただっ広い場所。まるで、オーストラリア地区や中国地区の草原を見ているように。
それとも、此処は皓の作り出したバーチャル的な世界なのだろうか?
「俺たちに…どうしろというんだ…?」
「わかんない…」
結加は、そう言ったかと思ったら、いきなり俺の袖を引っ張った。
何だ?
「…はるか…あそこに、誰か、…いる…」
「!?」
俺ははじけたように其処を見た。確かに、人影が、その月世界の中、歩いてきていた。そこだけ、足跡がついている。よくわからないが…あまり体格の良くない、男だ。
「…気をつけろ。」
「わかった。」
結加と2人で身構えた。しかし、その男はのろのろと寄ってきて――そして、そいつが話し掛ける前に誰だか、わかってしまった。
「…仲藤、か。」
「さっき話してた、湯木さんの友達の?」
「そして、水無月皓の配下に成り下がった男だ。」
「何をするんだろうね?」
「…わからない。」
仲藤は、ひょこひょここっちにやってきて、言った。
「さあ…俺に着いてきてくれ。」
「………」
俺と結加は顔を見合わせたが、それ以外に方法も無かったのが、事実だった。
「わかった。」
仲藤は、ニヤッと笑った。


      *   *   *


 "ねぇ、悠。"
 "何だ?"
 "雪がたくさんあってさ。"
 "…お前?"
 "違う違う!空から降ってくるほうの…雪がたくさん積もっててさ。"
 "あぁ。"
 "ウサギとか出るような…そんなところでさ。"
 "あぁ。"
 "2人でずっと暮らしていけたら、いいよね。"

 
 
 
コメント:
2003.12.30.UP☆★☆
えーっと、何てこった、更新止まりすぎてました;
最後の台詞、はーくんは、何て答えたんでしょうね…。

 
 
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