V A I O 55 
 
 
 
 
 
 
「…睨むなよ。」
くっく、と、さも可笑しそうに笑う水無月皓。そう言いながらも俺の顔に手を伸ばす。
「綺麗な、肌だな。」

俺の左頬を右手の手の平で摩った。俺は身動き一つせず、水無月皓を睨みつけた。
「お前が『VAIO』に感染したのは――確か、18歳だったか。…そうか、私より早いのか。」
「…お前は、一体何歳で感染したんだ…?」
搾り出す声は掠れていた。この俺が、恐怖している。馬鹿みたいだが、足はガクガク震えていた。
水無月皓は俺の言葉のあと、ガッと俺の頭を掴んだ。痛かった。苦しかった。あまりにもの力の強さに驚いた。
「俺にむかって『お前』だと?身分が高すぎるんじゃないのか。」
笑っていなかった。怒ってもいなかった。ただ、冷淡な瞳で俺を見つめていた。
「身分なんて――貴様にはわかるわけはないか。…俺と貴様の能力の違いさえ、よくわかっていないのだからな。」
皓は手を離した。俺は咳き込んだ。水無月皓――の恐ろしさも、能力も、何もわからなくなっていた。
「やろうと思えば、俺は今すぐお前を殺せるんだ。…そして…雪のことも、な。」
俺は顔をバッと上げた。
「雪を殺したら―――――殺すぞ。」
「はははは、殺さないよ。言ったじゃないか、私の愛娘だ、と。…そして、お前にはどうあっても俺を殺すことはできない。」
嘲笑。…そんな感じだった。


確かに、今の俺には水無月皓を殺すことは出来ない。椅子に座らされ、目の前に立たれ。水無月皓の思うがままになっている。
「まぁ…雪の姿を見ていないのだから、不安になるのも仕方ないか?」
楽しそうに俺の顔を覗き込む。
「――雪に、会わせてくれるのか?」
「いや―――――」
皓はかぶりを振った。
「…会わせてやるだけじゃなくて、お前の元へ返してやるよ。」
「なっ!?」
「雪が、お前に会いたがっているんだ。…お前のことが、好きなんだと。…父としては辛いが、まぁしょうがないだろう。娘の意思に私は従うさ。」
信じられなかった。でも、それが本当ならどれだけいいか、と願った。
雪が自分の意思だけで――俺のところへくることを望んでいるのだとすれば――。
「ただし、条件がある。」
ニヤニヤ笑う水無月皓。
しかし、今の俺はどんな条件でもいいと思った。さっきの言葉さえ本当ならば。
本当なのか?どうなんだ?水無月皓。答えろ。本当なのか?雪は、雪は…。
「結加と、交換だ。」
「―――――は?」
「結加と、交換だ――と言っているだろう?」
「どうして、結加なんだ。」
「どうしてって……」
皓は目を見開き、少し面白そうに笑った。
「俺の、娘だからだ。」
俺の後ろに水無月皓が周った。俺は立ち上がろうとしたが、水無月皓に肩に手を置かれ、身動きがさらに取れなくなっていた。

「知っているだろう?…雪が、結菜の連れ子だということは。結加が俺の大切な、大切な子どもだということは。」
「知っている。」
「なら、話は早いじゃないか。雪より結加を所望する理由、わかるだろう?」
耳元で、囁く皓。――気持ちが悪い。
俺は皓の手を振り払い、なぜか今急に身体全体を襲ってきた気だるい感じも振り払い、立ち上がった。
「お前がっ…結加を好きなのは、わかった。…じゃあなぜ子どものころ――結加が子どものころ、雪にばかり構っていたんだ?」
皓は驚いたように俺の顔をじっと見つめた。そして少し考えてから、…笑いを含めた表情で、こう返した。
「雪の身体を弄るために決まっている。」
「なっ!?」
「…例を挙げようか?」
ははははは、と笑う皓。さも楽しそうに笑う皓。

雪の身体を弄る、だと?…こいつの言う「弄る」は、本当に弄っているのだ。プラモデルを変形させるように、PCを使いやすくするように。
雪の身体に――何を、何をしたというんだ…?

「雪は…誰かに似ていると、思わないか?」
「誰か――?」
俺は雪の顔を思い浮かべる。それにそっくりな人物なんて――雪の身内ぐらいしか、思い出せない。
「結菜や、結加だ。結希は、あまり似ていないしな。」
「当たりだ。」
嬉しそうなのは、皓だけだった。仲藤は無表情で立っているし、俺は笑えるわけがない。
でも、今ので何が当たりだというんだ?雪が結菜と似ているのは親子だから、で、雪が結加と似ているのは姉妹だから――じゃないのか。
「結菜と雪。彼女たちは本当の親子だが――。…なぁ?…親子だろうがなんだろうか、あそこまで2人が似ると思うか?」
「…何だと?」
「親子だろうが、それは所詮片親。アメーバのように分裂するわけでもなければ、植物のように挿し木にしたわけでもないだろう?それなのに、はっきり言ってあまりにも似すぎだとは思わないか?」
手が、震えた。
「何を――言っているんだ。」
「わからないか?…結菜と、雪は似すぎだと言っているんだ。そして、結菜が雪に似ているわけじゃないことも、わかるよな?…雪が、結菜にそっくりなんだよ。」
身体が、震えた。
「…そ…んな…」
「気付いたか?気付いたか!?…そうさ、俺は雪の身体を弄ったよ。結菜に似るように、結菜に似るように、成長するたびにあいつの顔を弄った!!その甲斐あって、雪は――今の雪と結菜を見れば一目瞭然だろう!?そっくりじゃないか!雪は、私の最高傑作だよ。」
あまりの衝撃で何も言えなかった。ただ、皓の目を見つめて、動くことさえしなかった。
一体、こいつが何をしたいのかわからなかった。そして、どうしてそんなに楽しげなのかもわからなかった。

雪の顔を、俺は知らない…ということか…?
雪の身体への影響の心配がもちろん一番大きかったが、俺が…ずっと愛し続けてきた雪の…本当の姿を知らない、ということへのショックもかなり大きかった。

俺は、雪を愛しているのに。…本当の雪の顔すら、知らないのか。
それさえ、知らないのに。…『全てを知ることの恐ろしさ』なんて、何を言っていたのか。…何もかも知っていると錯覚している時の方がよかった。
「大丈夫だ。昔の写真も、全て顔は整形後、だからな。誰にもばれはしない。あいつが物心付いたときから…私が整形してやっていたんだからな。」
皓は自分の手を見つめた。思い出しているのか――雪を、整形していたときを。

『目は、そっくりだ。…鼻か、違うのは。…いや、口だろう。…輪郭もあまり似ていないな。』
『でも、今骨を削るのは成長が――』
『大丈夫だ。俺が、遺伝子を操作してやるから。』

「…そんなこと言って、失敗したら…どうするんだ?」
「何だと?」
…?俺は、我に返った。…何だ今の光景は?見たことがあるような、気がする。皓と――共に、オペをしていた。…雪の、整形手術だ。
「今、何て言った?」
「い、いや…」
「次そんなセリフを吐いてみろ?…雪を殺すからな。………あいつみたいなこと言いやがって…」
「あいつ?」
俺の言葉に皓は何も答えず、冷たく見下ろすだけだった。
誰だ、その『あいつ』というのは…?そいつの記憶が、俺の中にあるのか…。誰か、は何となく想像がつくが。

でも、どうしてそいつの記憶が俺の中にあるんだ?
「どうだ?…雪に、会いたくなくなったか。」
我に返った。
「…返してくれ、雪を。」
「じゃあ、結加を俺に渡してくれるな?」
俺は結加に結加の気持ちを聞こうとして――、初めて、結加がいないことに気がついた。
「ゆ…結加は――?」
水無月皓は俺を見つめた。しかし、すぐに笑い出した。
「ははははははははっ、お前は気付かなかったのか?あの『シューター』はな、3本ラインがあるんだ。1本は一番下に監禁するための部屋に行く道。侵入者などのためにいつもはこれになってるが。そして1本は、鷹多悠…そう、お前…が通ってきた、この道。この部屋にうまく降りれるようになっている。仲藤君もこれを通ったのだが。…そして――最後の1本は、私の実験室に繋がっているのだよ。」
「実験、室?」
「そうだ。…あそこでお出迎えするのは、私の立体映像だがね。」
「立体映像!?」
「そう。よくできているよ。本物と寸分変わらない。…まぁ、残念ながらその部屋の様子を君に見せてあげるほど私はお人よしじゃないが。」
こいつは…
「貴様は、どうしてそんなに機械工学…にも長けているんだ…?」
「…口の利き方には、気をつけろ。『お前』も『貴様』も俺が言う分には構わんが言われるのは嫌いだ。…と、工学の話か?…私は、機械などについては一般の教授レベルぐらいの知識と腕しかないが?」
一般の教授レベル――が十分めちゃくちゃに高いのだが、それはひとまず置いておこう。
しかし、それではかなり成り立たないことが多くなる。階段などの仕掛け、機械と連動した人間の『人格』に関わる問題も――。
「なら――その立体映像は誰が作ったんだ?」
皓は、ニヤッと笑った。何かさっきまでの笑いと違った気がしたが、兎に角、笑った。
「人に作ってもらったのさ。」
「誰にだ?」
「―――――言えないな。」

「誰だ?」
「言えない、と言っているだろう?」
そこまで言って、ふと何かを思いついたように付け加えた。


「…それとも、水無月雪を返さない代わりに、教えようか。」
「なら、いい。」
「即答か。…可愛らしいな、お前は。」
また、可笑しそうに水無月皓は笑った。やはり、皺も全然年からくるものはないし――…瞳も、髪の毛も、肌も、若い。
「…あんたは…何歳なんだ…?」
「55歳だが。」
「違う…。見た目の年齢…『VAIO』に感染した年齢、だよ…。」
『貴様』や『お前』だとぶちきれるくせに、『あんた』は別にいいらしい。
水無月皓は俺の言葉に、ふ、と笑った。
「貴様も大概しつこいな。さっきもその質問は、聞いた。」
「そして答えをはぐらかされた。…頼む、頼むから…教えてくれ。」
「知って、どうするんだ?」
………。
「あんたを殺すための対処法を立てる。」
素直にどうして言ってしまったのかは、わからなかった。しかし、今、ここで本当のことを言わなくては…という気がしていたのだ。
水無月皓は、兎に角笑った。

「はははははははっ、俺を、殺すだと?やれるものならやってみるがいい。ははは、少しでも手伝うために…教えてやるよ。37歳だ。」
ニヤリ、と笑った。
「嘘だ。」
「嘘じゃない。私は、自分自身への『VAIO』をスッカリ忘れていたのだよ。…いや、これは嘘か。…覚えていたよ。自分のことは。けれど、『不老』がどうあっても作れなかった。遺伝子の老化や細胞分裂の段階において、それが可能であることはわかっていたのだがな。それを発見して、最初に作り上げたのが――俺じゃなくて、俺の弟だったのが悔しかった。だから、俺は自分で編み出すまでは自分には感染させなかったのだよ。」
「…弟?…水無月、浩か?」
一瞬で顔色が変わった。
「その名前を出すな。反吐が出る。俺の愛する女に手を出した最低な男だ。」
「わ、わかった。…でも、ちょっと待て。…じゃあ、結菜が感染した『VAIO』はあんたが作ったんじゃなくて――」
「そうだ。残念ながらな。でも、あれの作った『VAIO』の不老より、俺の不老の方が性能的にいい。なぜなら――自分の身体の一番ピークのときを、保てるからだ。」
「…つまり?」
呆れたように笑う水無月皓。仲藤が、何か動き出したのが目の端に見えた。
「わからないか。…37で私は『VAIO』に感染した。しかし、身体は20前後のものか?つまり、私の老化が始まる前のものだ。」
「若返った…?」
「そういうことだ。…お前の場合、私のだろうとあれのだろうと、そのままだろうがな。18じゃまだ、若すぎる。」
………。
水無月、皓は―――――。
「博士。」
「何だ?仲藤。私は今、この男と"お喋り"をしているんだ。つまらない用だったらやめろ。」
「…水無月結加が…」
俺の方が皓より早く反応した。
「結加が、どうしたんだ!?」
仲藤は、笑った。

 
 
 
コメント:
2004.02.01.UP☆★☆
すいません。2週間に1回のペースで;
罪滅ぼしに、今回は2話分。

 
 
56話へ。
 
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