V A I O 58 
 
 
 
 
 
 
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また行かなければいけない。水無月皓のところへ。
また来なければいけない。ここへ。


「悠…」
雪が後ろから声を掛ける。半ば壊滅状態の首都東京を俺たちは歩いていた。
なぜ壊滅状態かって…それは、結加のせいなのだが。いつもなら人通りが多く賑わっているこの場所が、今は恐ろしいぐらいの静寂に包まれている。
「何だ。」
「……ありがと…」
ポソッと言ったが、しっかりと聞こえた。雪の声。
「何で、礼なんて言うんだ。」
「なんでって、そんなの悠に本当に感謝してるからじゃないの。」
雪がちょっと剥れたような声で俺に対して言った。
「だって…本当に、本当に不安だったんだもん。水無月皓や仲藤さんに囲まれて…私、どうしたらいいのかわかんなくて…」
雪は俺の顔を覗き込むためにぴょこっと走って俺の前に出る。
「そんなとき、悠が来てくれたんだよ?そんなの、嬉しいに決まってる。」
何を…
何を捨てても、大切にしたい……そう思えるような笑顔を雪は作りながら、言った。
俺は雪の頭をくしゃくしゃっと撫でると、雪の手首を握って、歩き出した。
「……当然だ。」
「ありがとう、本当に。…悠がいてくれたから、私今ここにいれるんだよ。」
雪はそしてぐーっと手を伸ばして伸びをした。
…が。
「にしても…ここ、一体どうしたの?」
「ここ?…あぁ、人がいないからか?」
「そう。いつもなら結構ワイワイしてるよねぇ…?」
雪はきょろっと辺りを見回す。少なくとも、ここから見える範囲に人はいなかった。死体は、おそらく湯木が蒸発させたんだろう。
「…『VAIO』感染者がこの通りを歩いたからだ。」
「は!?」
雪の顔色が豹変する。
「歩いたんだ。ここを。気がついたら、全員が死んでた。」
「そんな…なんて馬鹿なことを!…それで、その人はどうしたの?」
俺は雪の顔を見つめた。――核心。どうしてそんなことを聞くのだろう。せめて隔離施設に帰るまでは誤魔化せればいいと…そう思っていた。
「…水無月皓のところにいる。」
「はっ!?」
さっきよりも声を張り上げて雪は驚いていた。
「何でっ…?」
「そいつが、水無月皓のところに残りたいって言ったからだ。」
それだけ言うと、雪は黙った。…しかし、すぐに本当の核心を…言葉にしてきたんだ。
「…結加…?」
今度は俺が驚く番だった。
「…何でそう思う?」
「結加なの…?ねぇ、結加なの!?皓のとこに言ったのは、本当に結加なの!?」
俺の質問には答えない。ただ、そう連呼する雪。
「………。」
俺は無言で通した。嘘を吐く気にもなれないが、進んで肯定することも出来なかった。
しかし、その無言は「そうだ。」と言ったのと同じ効果を生み出していた。しかし、事実、そうなのだから仕方ない。
「結加……なんだね…。」
雪はいきなり歩みを止めた。
「雪?」
「結加ァっ!!!」
雪はいきなり逆方向に走り出す。俺は雪の手を握っていたから、雪に引っ張られる形でそれに付いて行った。
「おい、雪?」
「駄目、本当に駄目!!!すぐに結加を取り返しに行かなきゃ!!」
「雪、結加は…自分から残るって言ったんだ。」
「そんなこと、問題じゃない――と言うより、私と引き換えって皓は言ったんでしょう?」
「でも、結加が自分から残ると言ったのも事実だ!」
皓の言葉を信じているわけじゃなかった。でも、今は雪のせいに兎に角したくなかった。
「でも、それでも――駄目なのっ…結加だけは!!!」
雪が涙目…いや、涙を流しているのが見えた。
どうして…
「雪!!!!!!!」
俺は雪に追いつくと、肩をがっと地面に押さえつけ、雪の体を押し倒した。雪にとってはかなり痛かっただろうが、雪をこのまま水無月皓のところにやるよりはずっとマシだった。
「落ち着けっ……皓は、結加に何をしようとしてるんだ!?」
「そんなの……」
雪は泣いた。
「そんなの、わかんないよ…。けど、けどね!!結加が『VAIO』の母体2号にになっちゃったらどうするの!?」

頭を…金属バットで殴られたような衝撃が走る。

「母体…2号?」
「そうっ…。そしたら、2倍の『VAIO』が生産されるようになる――」

別に、結加が母体になるということはどうでもよかった。

「…1号は…」

「私よ…。悠だって、知ってるでしょ…?」


さっき、皓に説明を受けたときに雪はいなかった。
と、言うことは。
ずっと、雪は自分が母体だと知っていたということになる。
雪は、自分が母体であるということを知っていた。
知っていた…!!

「雪…いつから…」
「え?」
「いつから、自分が母体であると知ってたんだ…?」
雪は一瞬目を泳がせる。…そして。
「…10年前。最初に母体になったときから。」

だから。
もし、俺が雪を殺せることが出来たなら。
俺は『VAIO』の未来を絶やすことが出来る。
もし、俺が今いる『VAIO』たちを全て撃ち殺していったなら。
俺は『VAIO』を絶やすことが出来る。
俺は…『VAIO』を絶滅させることが出来るのか。

「雪…」
「夜、1人になるとね…吐き気がするの。」
静かに笑った。あまり俺の見たことのないような、自虐的な笑みで。
「吐き気がして…戻すの。…そしたら、何を吐き出したんだと思う?」
声を上げて雪は笑った。半分は、泣いていた。
「『VAIO』よ。奥から奥から、『VAIO』が込み上げてきて、どんどん吐いてしまったの。だから…私は、慌ててそれを吐いたトイレを流した――そしたら、下水処理場のスタッフが、感染したんだって。」
俺の身体をそっと押しのける。
「次の日、皓が来て、笑いながら説明された。私は、皓の作った薬を飲むと、『VAIO』を吐くように作られてたみたい。要するに、私がそれ以外のときも吐いちゃうのは、皓のミスだったみたいだけど。……『VAIO』を培養するのに一番適した場所が人間の身体の中…それも、女の子宮の中が一番なんだって!」
雪は自分のお腹に手を当てた。
「私は子どもを作れない。私から生まれてくるのは――」
「もういい!」
俺は雪の言葉を遮った。
「もう、いいから…」
俺が泣きそうだった。
「何で…?聞くべきだと、思うよ…。『VAIO』隔離施設管理人として…水無月雪の恋人として…」
俺は雪の目を見据えた。
「でも…それでも。」
俺は雪の頬にそっと手を伸ばす。雪は今にも壊れてしまいそうだった。
「雪がこんなに辛そうなら、俺は何も聞きたくない。」
雪は俺がその言葉を言った瞬間、静かに目を閉じた。そして、笑った。
「ごめんね…もう少しだけ、気持ちを整理すれば…もう、大丈夫だから。だから…今は。」
俺はコクンと頷いた。
「結加は……。でも、私たちが向こうに今戻るわけにはいかないんだね…」
俺はまた、無言で頷いた。
雪の苦しさで、俺の方が押しつぶされそうだった。
結加まで『VAIO』の母体になったら、もう『VAIO』の増殖は止められないかもしれない。でも、それでも雪を皓の元に戻してやるわけにはいかなかった。俺が皓の元へ再び行くわけにはいかなかった。
なぜなら、次に皓と会うときには――完全な殺し合いになるのだから。

 
 
 
コメント:
2004.05.05.UP☆★☆
宣言どおりに今日アップ。ちょっと短めですね今回は。
ま、適当に適当に。(待てよ)

 
 
59話へ。
 
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