V A I O 63 
 
 
 
 
 
 
「やっぱり、そうなるんじゃないかと思った。」

いきなり背後から声がかかった。雪は俺から慌てて離れようとしたが、俺が離さなかったから無理やり俺の元へいる姿になってしまった。
「あ、ごめんね。壁になんか意味ありげな穴があったから、入ってきちゃった。」
其処にいたのは、赤根博士。俺は雪を離しながら、冷静に訊こうとした。
「…どうしてっ…」
声が出ない。要するに、動揺しまくっていたのだ。
「……どうして、ってプルートレストランに行ったけど、相手が来てなかったから帰ってきたんじゃない。」
赤根博士は無表情でそう言った。
それにしても早すぎる。プルートレストランは地球連合政府ビルから電車で2駅分離れた位置にあるのだ。隔離施設とは政府ビルから見てちょうど90度の方向になっているから、丸々2駅分ではないにしても…。
「は、はやかったのね…」
心なしか顔の赤い雪が、赤根博士にそう言った。赤根博士はまたも無表情で答えた。
「あぁ、ヘリで来たから。」
「な!?」
「…湯木君に言ったら、出してくれたの。ヘリ。」
「ぷ、プルートレストランにもそれで!?」
「いやいや、あそこまではちゃんと電車で行ったけど、そのあとだよ。ヘリって速いんだねぇ。」
俺と雪は、顔を見合わせて無言になった。
そこまでやるか…。つーか、そんなに急ぐ意味は……?
「で、さっきの話だけど。」
赤根博士は、表情をさっきから一つも変えない。
「やっぱり、悠君は、……雪さんを取るんだね?この地球よりも。」
俺は赤根博士をじっと見つめた。そのあと雪の方をチラリと見てから、大きく頷いた。
「最初から――答えは、一つだった。」
「さっき言わなかったのは、私たちの次の行動を先延ばしにするため?」
俺は首を振った。
「……俺の想いに俺が気付いていなかっただけだ。最初から、『雪のいる地球だから守りたい』…そう思っていたのだから。」
俺も無表情で赤根博士を見つめた。赤根博士は少し顔を顰めた。
「もし――」
「?」
顰めたわけじゃない。哀しみの顔だった。
「もし、今がこんな世の中じゃなかったら――あんたたちは、幸せになってただろうね。」
どうして、仮定法なのか――。
その答えは、…………誰も言わなかったが、全員がわかっていた。この場にいない人たちも、きっと。
「今でも、俺たちは幸せになるが?」
俺はわかっていても、訊き返した。
雪を殺さなければ地球は『VAIO』の驚異から逃げられない。要するに、雪も死ぬ可能性が高い。
雪を殺せば『VAIO』の猛威はほぼ停止させることが出来るが、雪はいなくなる。
でも、それは……
「つまり、だ。」
俺の淡々とした声に、赤根博士が俺の方を見る。
「雪を殺さなくても『VAIO』を絶滅へと追いやる方法があればいいんだろう?」
赤根博士は溜息をついた。
「そんな方法が何処にあるっての?そんなのがあれば、誰も最初から苦労はしてないんだけれども。」
そんな方法――――…
「俺は、ひとつだけ思いついた。」



どうしようもない。
どうしようもないぐらい、雪が好きだった。
何でそんなに好きになったのかと訊かれれば、「これ」というエピソードは思い当たらない。
気がついたら、雪無しでは生きることさえままならないような人間になっていた。
雪は、俺を誰かと…そう、「高田遥」と間違えていた。
俺はそいつに成り済ました。
高田遥本人に会って、昔の思い出を聞いたりもした。
――しかし、何時からだろう。
俺の中に"本当に"俺以外の記憶が入ってきたのは。
自覚したのは、今日。
なぜなら、それは知ってはいけないことだったから―――――。
この記憶は……水無月浩。皓の、唯一無二の弟。
彼もまた、天才だった。

しかし、浩は結菜を愛してしまった。
そのせいで、浩は、嫉妬に狂った皓に殺された。
俺の中には、ある時期までの浩の記憶があるらしい。
きっと、それは俺の『VAIO』に入っていたのだろうが…。
その記憶が、俺に告げていた。
『VAIO』を滅亡させる方法を。

水無月皓を殺す。
俺の血、結菜の血、そして赤根博士の血。
全てを融合させれば水無月皓の『VAIO』ですら"逆再生"の機能を持つイカれた『VAIO』にすることが出来る。
融合させる肉体は、その3人のうち1人の身体の中なら、何処でもいい。
それで、兎に角水無月皓は殺すことが出来る。
そして、今いる『VAIO』については、まず日本にいる『VAIO』は全て俺たちの手で殺さなければいけない。
1人ずつ、慎重に。
『VAIO』は、ヒトには感じ取れない波長を出している。まぁ、超音波(よりずっとヘルツが高いのだが)のようなものだそうだ。
それを感知する機械ぐらい、赤根博士なら作れるだろう。
他の国々にいる『VAIO』については、さっきの3人の『VAIO』の血を、各国にいる浩の友人たちに送り届け、実践してもらう。
信用の置けるメンバーだから、大丈夫だ。
そして、母体である水無月雪。
雪には、俺たちの血を毎日体内に送り込んでやれば、5,6年で母体ではなくなるだろう。中の『VAIO』を作り出す組織が壊れるから。
その間はどうするかと言えば、吐き出してしまった『VAIO』を全て一体ずつ殺していくしかない。
手間はかかるが、それが一番だと思う。



「っていう感じなんだが。」
一つだけ方法を思いついた、と言う俺に対し「なら言ってみろ」と言った赤根博士の言葉に俺は「浩の記憶がある」ということと方法についてを説明した。
赤根博士は呆然としているが、雪が顔面蒼白なのの方が気になる。
「……水無月浩っ……流石……。」
「俺の記憶と水無月浩の記憶から考えた案だ。」
考えた、というより「思いついた」の方が正しい日本語だろうか。この部屋に入ってくるまでのエレベーターの中で全てを思いついたのだから。
俺が赤根博士にさらに案の詳細を言おうとしたら、いきなり服が突っ張った。雪が握っていたのだ。
「雪?」
「ど…して、悠の中に…叔父さんの記憶があるの……」
雪の声が震えていた。…………?
「どうして、って言うと俺にもはっきりよくはわからんのだが、多分水無月浩から渡された『VAIO』に組み込まれていた――としか思えない。」
「あれ?でも、私らの『VAIO』って皓の失敗作なんだろ?」
「結菜から聞いたか。だから、そのはずなんだが――やっぱり、浩の手に渡った時に何か細工されたのかもしれん。」
「あぁ、だから魅了の力も――」
「ミリョウ?」
「あ、いや、こっちの話。」
何か急に慌てたようになる赤根博士。俺は少し怪しく思ったが、今はそれを咎めている余裕は無かった。
雪がまた、震える不安そうな声で俺に尋ねてきた。
「じゃあ…、叔父さんの記憶、全部持ってるってこと……?」
俺は出来る限り優しく、答えた。
「おそらく。思い出したいと思う記憶を呼び起こせるわけじゃないからよくわからんが。」
「え?」
「…要するに、何かきっかけがあると走馬灯のような感じで色々思い出すんだが、普段生活しててポンポン思い出すわけじゃないってことだ。」
そう言った瞬間、雪が物凄い安堵の笑顔を浮かべた。
俺の背筋に鳥肌が立つ。あまりの可愛さに、何か隠してるだろう?と聞きたいと思った気持ちも吹っ飛んでしまった。
赤根博士が大きな溜息をついて、口を開いた。
「まぁ…その案、理論上は不可能じゃなさそうだね。」
「あぁ。」
「とりあえず結菜にも話さなきゃ。」
「そうだな。赤根博士、頼んでもいいか?」
「もちろん。…てか、『はかせ』ってやめてくれない?赤根でいーよ。」
俺は赤根博士の顔をじっと見つめた。まぁ、"博士"っぽい顔はしてない、か。
「わかった。」
基本的に名前は端的に呼びたい方だから俺は、少し助かった。
「じゃ、計画はスタートしなきゃ。……日付は、早いほうがいいね……」
赤根博士…じゃなく、赤根は腕時計を見た。
「明日は私たちの血液のサンプルを作ろう。そして、私が『VAIO』を見つける機械を作る…と。うん。…だから――1週間後の早朝、決行。いいね。」
「赤根がいいのなら。」
俺と雪は深く頷いた。
1週間後は何日だ?そう思いながら俺も腕時計を見て、驚愕した。
――いつの間に、時間は過ぎたのだろう。
1週間後は、12月21日。…………雪の、28歳の誕生日だった。


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コメント:
2004.05.24.UP☆★☆
雪の誕生日は12月21日。あんまりアピールしてなかったけど、そうなのです。
っつーか、この物語って今冬なんだよね〜。うん。

 
 
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