V A I O 65 
 
 
 
 
 
 
「結菜。」
俺たちが皓の討伐のために動き出して、3日目の夜だった。俺は、クリスマスの飾り付けをしている結菜を呼んだ。結菜の側で結希と雪が不思議そうに俺を見ている。――雪に至っては、少し怒ってもいる感じがするが。
「何?」
「……赤根が呼んでる。俺も呼ばれた。」
「そ。…じゃあ行くわ。」
脚立に昇って、高いところの飾り付けをしていた結菜は、ゆっくり下りてきた。
そのときだった。
「ぅきゃっ!!???」
「結菜ッ!!!」
「お母さんっ!」
結菜が――脚立を踏み外した。まだ下までは遠い。結菜の身体が宙に投げ出される。
受け止めるまでは――間に合わない。
結菜の身体が地面に叩きつけられる…誰もがそう思った。しかし、そうはならなかった。
ドンッという鈍い音と共に倒れこんだのは、結菜と…雪だった。
「雪!?」
そう、結菜を下から見ていた雪が、結菜が落ちてきた時下に回り込んだのだ。しかし、雪の力で結菜を支えられるはずもなく、倒れこんだ。鈍い音は、雪が倒れて頭を強かにぶつけた音だった…。
「雪!!!!!!!!」
俺は、雪の側にいたはずの結希よりずっと早く雪の元へ辿り着いた。
雪の上に覆い被さるように倒れこんだ結菜は、少し足を切っていたが、再生されていくのが見えた。
――ッ、そうだ、結菜は『VAIO』なんだから助けなくても大丈夫なのに―――――!!
心の中で舌打ちしながら、雪の様子を見る。雪の頭から目が痛くなるぐらい、赤い血が出ていた。
「ゆ、雪…っ」
止まらなかった。
「雪!!!」
血が、止まらない。
そうだ――雪は、ただ『VAIO』の毒に耐性が出来たことだけが証明されていただけで…決して、再生能力があるとは言われていなかったんだ…!!
「雪、雪、雪っ!!!」
血が止まらない。俺じゃ止血の方法も何も知らない。兎に角俺は身体を抱き起こして、頭を心臓から高くしようとした。

「ちょ、やめてよ!!」
後ろから声がする。
「萩梨…?」
俺のすぐ後ろに立っていたのは、萩梨だった。
「馬鹿じゃない、悠!?頭が傷してるときは、絶対に動かしちゃ駄目!!!」
キツイ言葉が飛んでくる。しかし、そんなことに構っていられない。俺は抱き起こそうとしていた手を、そっと元に戻した。
「多少なりけり医療の心得は…あるから。」
自分の持っていた上着を、雪の傷口から少し離れたところと傷口にしっかり当てている。
「…でも、応急処置は出来ても…ちゃんとした処置は私じゃ…」
「わかった。」
大丈夫だ。医者なら、いる。本当に・・・赤根が医者でよかった。
「とりあえず…雪に、ついてていてくれるか?」
萩梨は深く頷いた。

「赤根!!!」
俺は、管理人室の地下に飛び込んだ。今、ここは完全に赤根の実験室と化していた。ここぐらいしか、赤根が落ち着いて開発に取り組める場所がないからだ。
「おっ、来た来た。ちょっと説明したいことがあるんだけれども。」
「違う、すぐに・・・すぐに、来て欲しい。」
「え?」
「雪が・・・怪我をした。」
赤根は、思いっきり顔を顰めた。
「・・・母体が?」
「違う。水無月、雪がだ。」
赤根は俺の方を見なかった。
「見捨てればいい。」
愕然とした。一瞬、言葉が出なかった。何を言っているんだ、赤根は?
「何を言っているんだ、赤根?雪を殺さなくても道はあるって言っただろう?」
「前にも言わなかったっけ?私は、雪を殺す気でいるって。」
「だから、それは俺が言った方法で何とかなるって言ったじゃないか。」
早くしてくれ!赤根じゃないと、雪は助からないっ・・・。
しかし、赤根は俺を冷たい瞳で見つめた。そして、静かに立ち上がりながら言った。
「・・・悠、よく考えてみてよ。もし、その方法で行ったとするよ?・・・母体を綺麗に浄化できる前に、私らが死んだらどうすんの?」
「なっ・・・」
「死なないって言い切れる?『VAIO』感染者を殺す方法があるのに。無理だよ?そう考えると、やっぱり母体を殺さなきゃいけないじゃないか。だったら・・・助ける必要も無い。」
優柔不断。
それが俺に向かって赤根が思っている性格だと思う。
けれど、そのときの俺は無我夢中だった。何も、考えられなかった。

気がついたら、ズボンの後ろに隠してある銃を取り出していて、気がついたらセットしていた。そして気がついたら銃口を赤根に向けていた。

「早く・・・!!雪を、助けろ。」
「悠、本気?」
「本気だ。」
「私がいない限り、『VAIO』の撲滅が叶わないのに?」
「方法はまた探す。雪が死ぬほうが嫌だ。お前が雪を殺すというのなら、俺は先にお前を殺す。」
赤根ははぁ、と溜息をついて俺の方に近づいてきた。
「馬鹿だな。」
「治療するか?」
「誰が。」
赤根は笑った。
「絶対しない。・・・私は、水無月皓が大嫌いだ。あいつの娘なんて助けるわけない。『VAIO』に関係なくてもね。」
本音・・・それが、赤根の本音だった・・・?
『VAIO』の撲滅なんて願ってない。ただ、水無月皓の不幸だけを。水無月皓の作品だから『VAIO』を憎んでいる、水無月皓の野望だから『VAIO』の撲滅を願っている。
「でも、雪は皓の本当の娘じゃないっ・・・ただ、雪の母が皓と結婚しただけじゃないか・・・。」
「それでも、十分嫌なんだよ。私の母さんが受けた屈辱を、あいつにも絶対に味合わせてやるんだ。」
赤根はさらに笑っていた。少し狂気じみた笑いで。赤根の中で、何かが切れていた。
「来るな。」
どんどん俺の元へ近づいてくる赤根に、俺はもう一度言った。
「雪を助ける気がないのなら、来るな。助ける気があるのなら、来い。」
その瞬間――赤根の足は、止まった。赤根には雪を助ける気は―――――ない。

そう思ったのが早かったのか、俺が銃の引き金を引いたのが早かったのか。
俺の銃から出たパァンという軽い音とともに、俺は少し後ろによろけ、赤根の姿が吹っ飛んだ。銃は少し外れて、赤根の左肩を撃ちぬいた程度に過ぎなかった。
しかし、赤根を起き上がらせれなくするのには十分だった。赤根は気を失っていた。左肩からは血が流れていた。傷口が広がっていく。あの、『VAIO』感染者が俺たちの血を喰らった時と同じだった。たとえ、失敗作でも。
俺はその場に銃を落とした。

これで、雪を助けることが出来る者はいなくなった。

「俺は―――――っ」

雪を助けてくれる気がないのなら、その気を起こさせればよかったんだ。
俺は、何も考えずに赤根を殺してしまった。
しかも・・・

俺の手は震えていた。
俺は、今まで、たくさんの『VAIO』感染者に囲まれ、たくさんの死体を見ていた。けれど、自分の手で人を殺したことは――大分前、殺した妊婦から、久しぶりだった。しかも、精神状態が病んでいる状態で、『人が死ぬ』ということが嬉しい時なら精神的ダメージは少ないにしても、今は、誰かを守りたいとさえ思っているのに。

「あ、赤根・・・」

しかもこいつがいなきゃ皓は殺せない。他の準備を探さなきゃいけない。他の準備をしている間に、向こうも必ず強くなってしまう。こんなことは、絶対にしてはいけなかったんだ。赤根は必要な人間だったんだ。
俺は、いきなり後悔した。赤根がいなければ、どっちにしても雪を助けることすらままならない。もし、雪がいなくなったら――俺は、『VAIO』を滅亡させることなんて出来やしない。『VAIO』を滅亡させる理由が無い。
俺は慌てて、赤根を揺り起こした。しかし、赤根のその傷口は、あっと言う間に広がったらしくて、もう上半身が真っ赤だった。そして、左肩は、崩れ落ちかかっていた。
人間の肩じゃなかった。
「あか・・・ねっ・・・!!!赤根!!!!!」
俺は必死に叫んだ。どうして、俺が殺そうとしたのに、こんなに助けようとしているのだろう。
「頼むから、頼むから・・・」
雪を助けてくれ――・・・
俺は赤根の冷たくなっていく身体を抱き締めた。しかし、赤根はもう動かない。どうして俺の血は、『VAIO』感染者を殺してしまうのだろう。どうして、俺は誰も助けられないのだろう。
「あかねぇええっ・・・」
絞り出す声。しかし、地下には誰も来なかった。
 
 
 
コメント:
2004.06.14.UP☆★☆
完全に、月曜連載に変更しました。
今回、ちょっと短めになりましたが、・・・ねぇ。

 
 
66話へ。
 
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