V A I O 67 
 
 
 
 
 
 
   *   *   *


「・・・というわけだから、・・・死にたい奴は、死ねるんだ。」
あの、広間に集めて、全てを説明した。皆、俺の一言一言に・・・びくびくしながら聞いていた。
あと、3日。あと3日で・・・12月21日。
雪は、大丈夫だった。だが、まだ動きすぎると危険だと言われたので、管理人室の隣の開いている部屋に休ませている。管理人室にいれなかった理由は、これから混むからだった。
「死にたい奴は、今日明日中に・・・管理人室まで来い。来たら、・・・殺してやる。」
酷すぎるな。自分で言っていて笑えてくる。『殺してやるから俺の部屋まで来い』。救いようのない殺人鬼の言葉か。
しかし、昨日の光秀の反応を見た限りでは、管理人室にあっと言う間に全員並ぶかと思ったのだが・・・、俺の言葉が紡がれたあと、『VAIO』感染者たちは各々の部屋に、戻って行ってしまった。管理人室に来ないのだろうか?誰一人、何の反応も示さない。
俺は溜息を吐きながら、帰っていく『VAIO』感染者たちを見ていた。もし、全員が管理人室に来たら、どうなるのだろう。それを考えた時、随分昔の戦争を思い出した。
初めて核兵器が使われた戦争。しかし、核兵器とは別の所で、大虐殺が起こったのだ。人種が違う、ただそれだけで。
たくさんの死体を広い場所に放置している映像を、幼い頃、何度も見た。こういうことはしちゃいけない、と母は何度も俺に言った。
しかし、現に俺はそれに似たことをしようとしている。
これは、神に背くことか?母に背くことか?
まぁ、俺は・・・神など信じていないし、母はもういなくなってしまったのだから、関係のないことか。
だが、雪は許してくれるのだろうか?
そして、雪は普通にしていられるのだろうか?
自分が産んだ『VAIO』に感染した人間が、たとえ自ら望まなくても、全て死ななければいけないと知った時に。

「ハルカ。」
「あぁ・・・結希。」
ぼーっとしていると、後ろから結希に話し掛けられた。結希は、いつもの笑顔を浮かべていたが、少し言いにくそうに下を向いた。
「・・・ほんとうに、死ねるの?」
俺は結希を見つめた。そして、きっぱりとこう答えた。
「本当だ。」
結希は俺の言葉を聞くと、俺の隣に腰をおろした。そこは少し段差になっていて、他のところより高くなっていたので、座りやすかったようだ。俺も、その場に座った。
結希は、足をばたつかせながら、俺の顔をじっと見返した。
「・・・あんまり、死にたくないなぁって思ってたの。」
やっぱり、・・・そうか・・・。全てが、光秀と同じというわけではなかったか。
「でもね。」
「でも?」

「不思議。・・・死ねるって聞いたとき、心が凄くホッとしたの。『死ねるんだぁ!』って、嬉しくなったの。」
ッ・・・・・・。うれ、しく・・・。たった9歳の女の子が。死について、何の恐怖も示さない。まるで明日のおかずの中身でも話すかのように、楽しそうに喋る。
「あのね、ハルカ。」
「何だ。」
結希の瞳が痛い。澄み過ぎてて、痛い。
「・・・どうしてかわかんないけどね、毎日夢に見てるの。」
「・・・夢?」
結希は、にこりと笑って頷いた。そして、少し躊躇ったあと、言葉を紡いだ。
「・・・『VAIO』に感染して、友達がたくさん死んじゃったときの。」
さっきよりは、小さな声で。けれどはっきりと・・・結希は、そう言った。もしかしたら、はっきりと聞こえたのは、何時の間にか周りに数人しかいなくなっていて、周りの雑音が少なくなったからかもしれない。
「今でもか?」
「うん、今でも。」
頷く結希。しかし、彼女の顔に、陰りはなかった。それどころか、笑顔だった。
「何でだろう?自分なりに、吹っ切れたつもりでいたの。っていうか、つらいけど、笑えるようにもなったの。・・・けど、夢は、消えない・・・。」

「俺もだ。」
結希が下を向くと同時に、さらに前方から声が掛かった。そこにいたのは、梓だった。梓は、隔離施設に最初に来た頃よりも少しふっくらしたようだった。今日も派手なTシャツを着ている。
そして、結希と同じ様に、穏やかな笑顔を浮かべていた。
「俺も、毎日見る。でも、感染した時だけじゃなくて・・・。母や、父を、殴り殺したあの瞬間まで、思いっきり夢に見るよ。」
「断片的にじゃなくて、くっきりと?」
「くっきりと。」
梓と、結希の声がハモッた。
・・・・・・。2人そろって、全く回復が出来ていない?・・・やっぱり、衝撃が大きすぎたのだろうか・・・。
俺が考え込もうとした時、さらに俺たちの周りに、人影が増えた。
「僕も・・・。」
「私もなの、ハルカ!!」
「私もだ。」
「あっ・・・あたしも・・・。」
残っていた数人が数人、全員。・・・自分もそうだと言った。自分も、今でもまだ夢に見ると。
「僕もだよ、ハルカ。」
祐爾が、穏やかに・・・けれど少しだけ悲しそうに笑いながら、最後に言った。

いくらなんでも、まだ毎日夢に見るほどまだ回復できてないのか?
そんなこと、ないような気がする。人間と言うのは、どんなにショックな出来事でも、時という強大な味方と共に、回復していくのだから。
毎日夢に見るほど――――。

「死にたいか?」
全員、俺の言葉に、少し悲しそうに笑いながら、頷いた。
「死ぬことが、怖くないと思ったこと、・・・今まではなかったんだけどね。」
「『VAIO』に感染してから、死んでもいいって思わないことの方がなくなった。」
「いつだって、あたしたちは・・・死にたい・・・。」
いつだって。死にたい。
死を恐れないどころじゃない。"死を望む"を遥かに越えている。
死ぬことでしか、自分の欲求を満たせない。死ぬことでしか、自分が救われないのを知っている。
まるで、人生の最終目標が死ぬことそのものであるような・・・。

まさか。

「他の皆も、同じ事を思っているんだろうか・・・。」
「絶対に、そうだよ。」
祐爾がいつもの活き活きとした笑顔に戻って、言った。
「ずっと生きていたいなんていう人、1人もいないよ。新しい命を見るのも吐き気がするんだ。だから、隔離施設には虫1匹たりともいない。『VAIO』毒が効くのか効かないのかは知らないけど、生き物がいたら、皆ですぐに殺すんだ。"死にたい"っていう気持ちと同じぐらい"殺したい"んだ。」
―――――・・・。
確定した。
精神的ショックだけなら、"死にたい"とこそ思っても、全員が全員"殺したい"まで発展するわけがない。
これは、『VAIO』に組み込まれたデータの1つだ。こう思うように、インプットされていたんだ。
俺の脳裏に、水無月皓の笑顔が急に浮かんできた。これは、浩の記憶か・・・それとも、俺自身の記憶か。
しかし、どっちにしても、なぜか俺はそれが『VAIO』に組み込まれていたものだという確信があった。

「わかった。管理人室に、赤根博士って人がいるから、彼女に・・・殺してもらえ。」
何人か、頷いた。でも、結希は首を振った。
「せっかくだから、ハルカに殺して欲しいな。」
一生懸命、俺の服を引っ張って懇願する。梓や祐爾も俺を見ていた。でも、俺は静かに首を振った。
「俺は、行かなきゃならんとこがある。」
「何処!?」
結希が、キラキラした瞳で俺を見つめる。俺が行かなければいけない場所に興味がある。ただそれだけの好奇心で。
たった今、死にたいと言っていたのに。どうして、こんなに自然にしていられるのだろう。
これが皓のやった所業だとするなら、・・・絶対に、絶対に俺たちは失敗しちゃいけない。この世から『VAIO』を消し去らなければいけない。
俺は、結希の目線と合うようにしゃがみこむと、言った。
「・・・日本の、いや・・・地球の、今、一番偉い人がいるところだ。」
そう、地球の政治を一番動かす人間のところ。
「いつ帰ってくるの?」
「・・・明後日には。」
「わかった。・・・私、やっぱり、待ってるね。」
結希がにこっと笑った。自分が死ぬために、殺してくれる人間を待っている。
俺は曖昧に笑うことしか出来なかった。


管理人室には、数十人がいた。もちろん全員が入りきれるはずもなく、廊下まで飛び出していた。俺は、感染者の間を縫って、赤根を探した。
「赤根っ。」
俺の呼びかけに、カチャカチャと透明の液体を扱っていた赤根が俺の方を見た。
この透明の液体というのは、1ml、俺たちの血が混ざっているただの水である。この液体でさえ、『VAIO』感染者を殺せることがわかった。
「何?」
「俺は、少し出てくる。」
「少しって――どれぐらい?」
「・・・2日ほど。」
赤根の顔色が豹変した。
「何でそんなに!?わかってる?悠が帰ってきた日の翌日には、・・・皓のとこに行かなきゃいけないんだよ!?」
「だが・・・」
俺は首を振った。
「俺は行かなければいけない。」
赤根は俺に掴みかかりそうな勢いで立ち上がった。
「何処へ!?」
「・・・首相の、サポーターのところだ。」
また、赤根の顔色が豹変した。さっきとは違う色に。そして、椅子に腰が抜けた様子で座った。
赤根は唾をゴクン、と音を鳴らして飲み込むと、かすれた声を出した。
「あいつの、とこへ?」
「そうだ。・・・流石に、『VAIO』のことは世界規模の話だ。一番上に話を通さなければいけないだろう。」
「まぁ、あいつなら――・・・」
赤根はふっと地下室への扉を見つめた。そこに何を見ているかは、流石の俺にもわかった。
「・・・理解、してくれるね。」
「そう。首相に話すよりも、理解される上に、首相よりも人望がある。彼のところに行けば、政治的支援は間違いなく大丈夫だ。」
赤根が、溜息を・・・大きな溜息をついた。
そして、俺に向かってふっと笑った。諦めたような、でも何か感謝しているような、不思議な表情だった。
「私は、医者だから出て行くわけにはいかないし、結菜に行かせるわけにもいかないもんね。・・・悠以外は、無理。・・・・・・しょうがない、か。絶対に必要なことなわけだし。」
「そうだ。」
赤根は、俺の目をじっと見つめたあと、またさっきの水溶液の処理に取り掛かった。
「私は、今からここにいる奴らを殺さなきゃいけないから。」
「ああ。・・・頼む。」
それのひとつひとつを、注射器に詰める。そして、体内に打ち込む。注射器の穴から、彼らの身体は崩壊する。
「行ってらっしゃい。」
残酷なことだ。何よりも残酷なことだ。自分にとっても。
俺は、もし何も理由がなかったとしても、どこかに出かけていたかもしれない。
出来る限り手を汚したくない、などと軽いことを考えているぐらいなのだから。
「行って来る。」
結菜が、ちょうど地下室から出てきて俺の方を不思議そうに眺めていた。
俺は赤根に向かって頷くと、そのまま管理人室を、出た。
あいつに会わない限り、水無月皓や『VAIO』を止めることは出来ないから――。
 
 
 
コメント:
2004.06.28.UP☆★☆
さぁて、やっとこ第2部も佳境へ向けて一直線vv
次回から皓宅へ、かな。

 
 
68話へ。
 
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