V A I O 70 
 
 
 
 
 
 
   *   *   *


「私、お母さんみたいになりたい。」
声がした。
「私、昔に戻りたい。」
よく知ってる、愛しい声。
「おとうさんなら出来るでしょ?」
でも、何かが違う。
「私を、変えてよ。」
―――――雪?



「悠?」
「ん・・・?あぁ。」
「大丈夫?」
もう少しで皓の元へ辿り着くという雪道。何か、俺の記憶の中にトリップしていたようだった。
いや、俺の――というべきではない・・・水無月浩の記憶の中に。
「雪・・・。」
「・・・ごめんね・・・。本当に。」
「雪?」
「悠、・・・私・・・」
「雪!!」
雪が、俺に向かって何かを言いかけた瞬間、ちょっと先を歩いていた結菜が叫んだ。
「・・・皓が、呼んでる。」
「え?」
「ここで声がしたの。」
そう、結菜のいた地点は、既にあの滑り台の上。、そこに、前はなかったのだが、小さな黒い箱が置いてあった。
「この箱から、声がした。・・・あいつは、雪を呼んでる。」
結菜の元へ駆け寄ると、結菜は険しい表情で俺たちに言った。
俺たちが走って結菜に駆け寄ってしまったせいで、最後尾の赤根だけ、少し取り残される形になってしまい、赤根が必死に走って来た。
雪はその黒い箱を見つめながら、不安そうに滑り台を覗き込む。
俺は、雪の手をそっと取って、握った。
「俺も行く。」
雪は俺の顔を驚きの表情で見つめた。歓迎とも拒絶とも取れる表情で。
「駄目よ!」
結菜が俺に向かって怒鳴った。俺は結菜を怪訝そうな顔で見る。
「皓は1人で来いって言ったわ。そのあとで、3人は来いって。」
俺は結菜の目をもう一度見た。
「それでも行く。」
「皓の元には・・・結加がいるのに?」
赤根が溜息をついた。しかし、それでも俺は頷いた。
「雪が死ぬより結加が死んだほうがマシだ。」

先に俺が下りて、後から雪が来ることになった。結菜と赤根は皓に呼ばれるまで待つことにした。

前と中が違った。中に飛び込んだ瞬間、滑り台というよりは垂直落下しだした。俺は何も掴まるところがなく、そのまま落ちた。
俺は一体何なのだろう。
どうして、どうして浩の記憶なんて持ってしまったんだろう。
いや、もし浩の記憶がなかったら、俺は雪を生かせる方法なんて思いつかなかった。
でも、・・・でも――あのときの、あの雪は―――――。

一瞬の後、俺は一番下に着いた。物凄いスピードだったが、下がふかふかだったから何も痛くなかった。上を見上げると、人影が見えた。俺は両手を広げた。
雪が結構な重みと共に落ちてきた。――まぁ、雪が重いわけではなく高いところから落ちたからだろうが。
「はるかぁ、〜〜〜ごめん〜っ。」
「全然構わん。」
俺は雪を腕の中に抱き締めたまま、周りを見渡した。・・・すると、物陰から1人、出てきた。――仲藤だった。
「・・・2人で来たのか・・・?」
「悪いか。」
仲藤は大きく溜息をつく。
「・・・悪い・・・のは、俺たちにとってじゃなくて・・・お前にとって、だぞ・・・?」
「何だと?」
「まあいい。早く来い・・・。」
仲藤は身を翻して、緑色のネオンがあるドアの中に入る。俺は慌てて立ち上がった。
「は、悠!!私、自分の足で歩けるからっ!」
雪が俺から離れる。一瞬、とてもいい匂いがして眩暈がした。
ちょっと頬を染めた彼女を抱き締めるのは、今はやめておいた。
「ここ、どこ・・・?」
「水無月皓の実験室だとは思うが・・・前と様子が違う・・・。」
前は、椅子に座って皓の話を聞いた程度だった。自分の足で歩くのは初めてなのかもしれない。
「早く来い。」
仲藤が俺たちを呼んだので、俺は仲藤に付いて行った。



「どうして、来たんだ。」
「雪を1人にしておけるか。」
仲藤は、俺を睨みつけると、雪の方を見た。
「・・・お前は、それでいいのか?」
「えっ?」
「博士は、お前と2人でしゃべりたいことがあるって言ってたんだぞ?そこに鷹多悠が来ていいのか?」
雪は・・・とても大きく身体を振るわせた。
「俺に、聞かれたらまずいことなのか?」
「さあな。」
仲藤はふっと笑った。
「ただ、俺がお前だったら――その話を聞いたら、こんな女好きじゃなくなると思うが?」
「それはないな。」
俺は無表情で仲藤の言葉に答えた。例えば、雪が皓の手下でずっと俺を騙していたとしても、俺は雪を愛し続ける。雪を生かすためだけに、俺はこの計画を実行する。
「そうか。」
仲藤は苦笑した。
「ま、話を聞いてから確かめてみるか。」


静かに、重いドアを仲藤が開けた。
ドアの中には、皓が居た。
前とずっと雰囲気の違う部屋に、皓はいた。ただっ広いだけの、何も無い部屋。ホールのような。そんな部屋にいた。
皓は質素なパイプ椅子に座っていた。丁度俺たちから数メートルしか離れていない位置に。
「ようこそ。・・・そしてお帰り、私の愛しい雪。」
雪はさっと顔を背ける。そして俺の後ろに隠れた。
「・・・どうして、鷹多悠が一緒に居るんだ?」
「私がっ・・・来て欲しいって言ったのっ!!!」
言ってない。俺が勝手に付いてきただけだ。
「・・・雪・・・?」
「ほぅ。じゃあ・・・お前は、こいつに既に全てを話したあとなのか?」
雪は無言で首を振る。
皓は楽しそうに笑った。
「なのに一緒に来たということは、俺の口から話してもいい、ということなのか?」
「やめてっ!!!」
雪が叫ぶ。
・・・俺は、雪が何か隠していることはとうに気付いていた。でも、雪が話したくないなら聞かないでおこうと思った。
でも。
本当は、本当は、知りたくて知りたくて、心臓が痛かった。雪が俺に何か隠し事をしているというだけで、この世の俺の基準にしている全てがグラグラになってしまうぐらいショックだった。
だから、
「知りたいんだろう?」
という皓のセリフは俺に否定することをさせなかった。
俺は、知りたい。
「なら、話してやろう。」
「やめてよっ!!!!!」
雪が泣き叫ぶ。しかしそれを見て、皓は笑った。

「鷹多悠、水無月雪に会った、第一印象を覚えているか?」
大学の新入生歓迎パーティーを思い浮かべた後、ハッと思い立って、慌てて言い繕った。
「よ、幼稚園の時か?」
今ここでこの嘘がばれるのは嫌だ。
しかし、皓はさも楽しそうに笑った。
「まさか。高田遥じゃない。お前が雪と初めて会ったときの印象を聞いている。」
「え―――――?」
「だから、お前が成り済ましていた男の話をするんじゃなくて、お前の話をしろと言っているんだ。」
皓は少し不機嫌そうに言った。俺は自分の喉が、さっき水分を取ったばかりなのにカラカラに乾いていることにやっと気がついた。
「知って・・・?」
声が出なかった。
「あぁ、お前が雪の幼馴染じゃないことをか?――当たり前だろう。雪が幾つの時か20ぐらいか?・・・まあ、それぐらいに、俺が全て調べてやったよ。調べれば嘘ぐらい簡単に暴けるんだ。」
雪の動きが止まった。
俺は雪を振り返る。雪は困ったような顔をしていた。
「雪も・・・?」
申し訳無さそうに頷く、雪。
じゃあ、俺はどうして今まで嘘をついてきたんだ?
俺が責めるような瞳で雪を見ると、雪は目を逸らしながら言った。
「・・・悠から言ってくれるの、待ってた。」
でも、俺は言えなかった。
こんなに好き合っている自信があるはずなのに、真実を言ったら俺たちの関係は終わると思っていた。
「お、れ・・・は―――――。」
何をしていたんだろう。
雪を信じて、どうして真実を俺の口から言えなかったんだろう。
「まぁ、そんなもの大した問題でもない。・・・俺が知りたいのは、お前の雪に関する第一印象だ。」
皓がさらに不機嫌になって言う。俺はもう一度大学の新入生歓迎パーティを思い出した。
クッキリと思い出せる。初めて会った雪は髪の毛をポニーテールにしていて、首周りが大きく開いたトレーナーみたいな服を着ていた。
足にはピッタリとしたジーパンを履いていて、物凄く細いと感じた。
でも、そんな見た目のことよりも・・・俺にとって、一番心に残ったのは・・・
「汚れてない、ということ。」
俺は皓の目を見ずに言った。皓は声を上げて笑った。俺は皓に非難の目を向けたが、皓はそのまま俺に向かって言葉を発した。
「汚れてない!?じゃあ、お前雪が高校時代何をしていたかを知ってるか?」
俺はそのままの表情で、呟く。
「ぼうそう、ぞく・・・。」
皓はやっと満足そうに頷いた。
「じゃあ鷹多悠の暴走族に対するイメージは?声に出さなくてもいい。思い浮かべてみろ。」
「・・・。」
俺は、おそらく一般市民が思い浮かぶであろう普通の"暴走族"を思い浮かべた。
「・・・なのに、汚れてない?・・・ありえないだろう。」
「でも、俺はそう感じたんだ。」
「男の影も見えなかっただろう?雪は遊びまくっていたのに。」
「やめてよ!!!」
―――――雪の叫びは、肯定となってしまった。
「どうしてだかわかるか?」
何かが俺の中で叫んでいた。
「知りたいだろう?」
もう知っている、と。
「なら、教えてやるよ。」
でも、俺は何も知らない。
「あのな、雪は――」

俺は雪の何を愛してきたのか、思い出せない。

「雪の、性格は―――――俺が全て形成したんだ。」
「皓が?」
「そうだ。雪の外見を結菜に似せたことは言った気がするが、雪がどうしてこんなに純粋無垢なのかは説明してなかった気がするからな。」
「お前が創ったのか?」
「―――――そうだ。」

俺は雪の何を愛してきたのか、思い出せない。

「雪が、俺に頼んできたんだよ。18の冬に。」
雪はもう叫ぶことすらせず、項垂れていた。
「『私に生清大学に入れる頭脳と、5歳児並の純粋無垢さをくれ』ってな。」
「頭脳まで?」
「そうだ。ある程度の頭脳は俺が与えてやっていたんだが、そのままでは"生清大学"には入れなかったからな。――雪は、それを望んだ。」
「じゃあ、全てが・・・」
「そう、お前の知っている雪の全てが俺の創ったものなんだよ。」
皓は楽しそうに笑った。

俺は雪の何を愛してきたのか、思い出せない。
俺は雪の何を愛してきたのか、思い出せない。

一生懸命俺の後ろを追いかけてきた雪が、最初は鬱陶しいと思った。
でも、気がついたら、俺の生活の一部になっていた。
素直に笑う雪。
その笑顔のためなら全てが出来ると思った。
雪の全てが創られたものだった?
しかも、水無月皓に?

俺は、雪を愛していたのか?
雪というカタチを愛していたのか?

なら・・・

  一瞬、一瞬だけ、結菜の顔がちらついたが、慌てて頭から吹き飛ばした。
 
 
 
コメント:
2004.07.21.UP☆★☆
あぁああああ。水曜日。
てか、ついに70話。長いなー。(苦笑)

 
 
71話へ。
 
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