V A I O 71 
 
 
 
 
 
 
「俺・・・は・・・。」
「悠、・・・私のこと、もう好きじゃない?」
そうやって瞳を潤ませるのも嘘なのか?
「ゆ・・・き・・・」
声が掠れる。
大きく頭を振った。そして、皓を睨みつける。
「俺は・・・雪を愛しているんだ。」
そうじゃなかったら、今までやってきたことの意味は?
「どうして、そんなことを言うんだ・・・?」
どうして教えるんだそんなことを。俺の気持ちをどうして揺るがそうとするんだ。
「面白いからだよ。」
皓が楽しくてしょうがない、というように笑う。
胸が痛い。心臓が何かに圧迫されたように苦しい。
でも、どこかこの事実を知っていたような気がするのは、なぜだろう。俺は何も知らなかったのに。
俺が考えた途端、急に走馬灯のように映像が俺の頭に入ってきた。
多分、思い浮かんだというのが正しい日本語なのかも知れないが、まるで強制的に送り込まれたようだったので、"入ってきた"と思った。
記憶が、こういう思い出され方をするときは、決まって、あいつの思い出が思い出されるときだった。
そう―――――水無月浩の思い出を。
なら、水無月浩は知っていたのか。雪の性格が創られたモノであるということを。
だけれど、俺は知らなかったんだ――。
こんな変な感覚があるのなら、水無月浩の記憶など俺の中に芽生えない方がずっといい。俺は俺でありたいのに。
水無月浩の思い出が蘇れば蘇るほど、まるで身体が浩に乗っ取られるような――そんな感覚になっていた。
違う。俺は、俺なんだ。
思考も、何もかも、―――――俺は、俺なんだ。
水無月浩は、利用できる時に利用させてもらうだけだ。

「でも、な。」
俺が浩の記憶を必死になって頭から追い払っていると、皓がさらに続けた。これ以上、何を言うというんだ?
「でも・・・お前がたとえ雪を愛していたとしても・・・」
皓は、ガチャンと言う音と共に側にあるレバーを降ろした。どこかで何か機械が動いている音がする。
「何を・・・?」
「少し待て。赤根博士と・・・俺の結菜も招待するから。」
皓が楽しそうに笑った。
何を、一体何をする気なんだ?これ以上、俺に何を?

どすん、という音と共に2人の女の話し声。
2人が来るまでの間、皓が楽しげに鼻歌を歌う以外の音は何もしなかった。
俺は、雪に向かって"愛している"ということは・・・もう、出来なくなっていた。
雪を愛していないわけじゃない。誰よりも、失いたくないと思うし、雪のために行っているこの計画を断念する気もない。
けれど、・・・今は・・・。


「・・・久しぶり。」
ドアが開いて、最初の音は皓が放った。入ってきた2人の女のうち、1人しか皓の目に映っていないことぐらい、誰にもわかった。
結菜は皓から目を背けた。皓はくすりと笑うと、結菜に近づいた。
「久しぶりだから、照れているのか?」
結菜の目の前まで来ると、そっと結菜の左頬に手を伸ばして自分の方を向かせる。
「離れていて、切れる関係だと思うか?」
優しく、結菜の右頬と口の間にキスをした。
結菜は、抵抗するでもなく・・・ただ、されるがままになっていた。抵抗の無力さを知っているのか・・・。この男の前では。
「大丈夫。・・・こいつらを絶望の底に落としさえすれば、お前は俺のモノだから。」
皓は・・・今まで、見たことなど・・・想像すらしたこともないような優しい表情で、結菜に微笑みかけた。
そして、結菜の肩を抱いて、自分の側に引き寄せた。
「ちょっ!」
赤根が結菜の手を引っ張る。――しかし・・・
「さやかの娘か。・・・邪魔するな。殺されたいか?」
"さやか"。・・・それが、赤根の母だと理解できたのは、大分経ってからだった。兎に角、皓の言葉のトーンのギャップに、その場にいる誰もが、圧倒された。
結菜は生気を帯びていない表情で、赤根に向かって言った。
「赤根。・・・大丈夫だから。それより、あのこと・・・」
結菜がじっと赤根の瞳を見つめる。そして、赤根の目が一瞬それた後。
「わかった。」
赤根は深く頷いた。
"あのこと"?――この2人の間で何が一体あったというのだろう。
もう、何もわからなくなってきた―――――。

皓が、結菜を自分の側に置いた後、にやにやしながら俺の方を見た。
「さあ、話の続きをしよう。赤根博士も聞くがいい。」
嫌味としか思えないが、赤根博士の"博士"という言葉を強調した。赤根はギッと皓を睨みつけるが、皓は笑っただけだった。
そして、皓がパソコンの横にある箱を両手で持ち上げた。
「それっ・・・!!」
赤根から、驚愕の声が上がる。
俺は、信じたくなかった。それが何なのか。痛いぐらい見覚えがあった。
「何か、わかるか?」
箱の上に、宛名が書かれていた。まだ、届いてはいないはず。丁度今・・・海を渡っている頃じゃなかったのか・・・?
皓が箱を開ける。中から、小さな試験管が発泡スチロールに包まれて出てきた。

「こんなもので、『VAIO』を殺そうなんてな――・・・」
一瞬だけ、皓が俺の方を足も竦むような感じで睨みつけたが、俺が怯むより早くすぐに視線を外してしまった。
試験管を手に取ると、ニヤリと笑う。
「どうして・・・!!!」
赤根がいつもより4トーンぐらい高い声で叫んだ。
そう、それは――俺たちが『VAIO』を撲滅させるために、作った・・・俺たち3人の血液を統合したサンプルだった。
そして、宛名は。『ケリー=ラーン=クライス』。
皓の元へ届くはずもなかった。―――――なのに。
「悠。」
皓が小馬鹿にしたような言い方で俺の名を呼んだ。
「何だ。」
「お前の中の、"浩の記憶"は・・・何も教えてくれなかったのか?」
「何をだ。」
箱の上の宛名をビリッという音とともにはがす。そして俺に見えるように広げた。
「ケリーが、俺の手の者だということをだ。」
「そんな!!!」
赤根がまた叫ぶ。
「ケリーの方から、日本の政府に打診があったんだよ。ここじゃないけどな・・・少し離れたところにいる俺の仲間に荷物を届けるように、と。国内ならもう届いてもいい時間だろう?」
「ッ・・・。」
「残念だったな。俺が死んでも、アメリカ地区の『VAIO』は決して撲滅されない。」
そして、笑った。
「どうする?鷹多悠。それでも、雪と一緒に生活していこうと思うか?」
皓は結菜を抱き寄せて、髪の毛にキスをした。
俺の全身が総毛だった。 結菜に・・・触るな・・・。
「俺を殺して、雪を殺せば。あとは現にいる『VAIO』感染者たちの処分だけきっちりするだけで、新しい『VAIO』は絶対に生まれない。そんな簡単な話はないじゃないか。」
俺が下を向いていると、赤根が叫んだ。
「お前、結加には何もしてないのか!?」
「してない。」
皓は、また笑った。
「お前呼ばわりされる筋合いはないが――まぁ、私の実験動物第1号だし、大目に見てやろうか。」
赤根は何か言いかけたが、唾を飲み込んで、もう一度皓に怒鳴った。
「結加は・・・何処にいる!?」
「隣の部屋で休んでいる。今回、結加にしたことは『VAIO』と関係しているが――・・・直接的じゃないから、安心しろ。俺の大事な娘だ。そう簡単にキズモノにできるか。」
皓は赤根にそれだけ言うと、息を1つ吐いて・・また、俺の方を見た。
「さあどうする?鷹多悠。私と雪を殺して、アメリカ地区には自分の足で行くか。それとも――私に殺されるか。」
「雪は、どっちにしても、死ぬと――そう言いたいのか?」
誰よりも愛しているはずなのに?
俺の隣にいる雪を見た後、皓はにやりと笑った。
俺は雪にそっと手を伸ばした。・・・が、雪はまるで電気が走ったかのように身を引いた。
俺はもう一度、そろそろと手を伸ばした。雪は、一回、目線を下に落とした後、俺の手を掴んだ。

雪は、温かかった。
雪に触れた瞬間、俺の心の中の何かがはじけた。

どうして、さっき雪への想いを疑ったんだろう。
どうして、こんなに愛しい女への想いを疑ったんだろう。

俺は、雪の外見を愛しているわけじゃない。雪の中身を愛しているわけじゃない。
―――――雪を、愛していたんだ。
雪を必要としていたんだ。今の雪がただ好きなんだ。俺は、雪が外見も中身も変わってしまっても愛せるなんてそんなことは言えない。俺の気持ちが自分でもわからないからだ。
でも・・・ただ、何となくだけど・・・・・・外見も中身も違っても、それが雪であるならば。
その状態の雪を、もう一度一から好きになれる気がする。もう一度惚れられる気がする。
俺は、兎に角、今は・・・
今、ここにいる雪が大事だ。

アメリカ地区にサンプルが送れなかった。
なら、今ここに雪がいることは危険以外の何でもない。
もし、俺が死んでしまったら。
ここにる誰が雪を殺すことを止めるんだ?


「雪・・・」
「はる・・か・・・」
雪の声が怯えていた。
確かにそれはそうである。俺は、雪を裏切りかけたのだから。
でも、もう・・・大丈夫。
「雪。」
そして俺は雪の左頬に口付けた。そしてそのまま耳元へと口を持って行く。
「逃げるぞ。」
「え?」
雪が理解するよりも早く。
俺は雪を抱きかかえると、この前出る時に使ったドアの方へと走り出した。
「悠!!!」
赤根の叫び声がした。
赤根をここに置いて行くのは、確かに不安だ。・・・死んでしまうかもしれない。
だけど、今ここに雪を置いていくわけには。俺は、雪と、一緒にいるんだ。俺は雪と一緒にいるんだ。俺は雪と俺は雪と俺は雪と。
「赤根っ!お願いっ!!!」
結菜が突然叫んだ。
目の端に、一瞬だけ何か躊躇う赤根の姿が見える。
「今しかないわ!」
赤根は無言で頷くと、自分の右足首辺りから何かを取り出した。

銃。

ぱぁん・・・という乾いた音がした。
軽い銃。
けれど、それは見事に雪のピアスを打ち抜いた。

左側のピアスを。


雪の身体が傾く。
もう一度、銃声。
今度は、右側のピアスが。



雪は膝から崩れ落ちた。
顔面が白くなって、口から血が出た。


「俺が、雪を生き返らせたんだ。・・・そのピアスでな。」

皓がそう言っているのがきこえた。
俺は雪の身体の下に慌てて手をやって、床に叩きつけられないようにした。
・・・のに。


まだ、温かかった。




雪は、何も動かなかった。
温かいのに、動かなかった。
俺は雪の首に・・・頚動脈に触れた。
脈を見つけることは出来なかった。

身体が冷たくなっていくのがわかった。
雪の身体が硬直していくのがわかった。
雪の肌が白くなっていくのがわかった。まるで、死体を『VAIO』液から出してしまったときのように。



「―――――ゆき?」


呼びかけても、雪は答えなかった。
 
 
 
コメント:
2004.08.03.UP☆★☆
はふ〜・・・。
さて。次もサクサクいかねばなりますまい。

 
 
72話へ。
 
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