V A I O 72 「・・・うそ、だろう?」 俺が・・・お前への想いを一瞬揺らがせたから? だから、そうやって俺に対して仕返しでもするのか? 「わかったから。」 わかったから、目を開けてくれ。これだけお前を必要としているのだから。 「ゆき・・・・・・。」 俺は雪の頬に唇をつけた。 頬は・・・いつもよりずっと冷えていて、俺の身体がガタガタ震え出した。 本当に?本当なのか? なぁ、雪・・・? 「しょうが・・・なかったんだよ・・・」 遠いところから声がした。 「仕方ないだろ!?あんたと雪を2人で逃がすわけにはいかないだろ!?」 半分叫んでいるような声。 「だから・・だから・・・」 「そうか、だから雪を殺したのか。」 俺の台詞には面白いぐらい心が篭っていなかった。 『雪を殺した』。 しかし、この言葉は――・・・赤根を追い詰めるのには十分だったようだった。 「そうだよ、あたしが殺したんだっ!!!」 "あたし"。赤根が自分のことをそう呼んでいるのを初めて聞いたが、やけにしっくりきた。おそらく、これが自分にとっての「ホンモノ」なのだろう。 赤根は近づいてきた。 「あたしが、あたしがーーーーーーっ・・・」 俺のすぐ真後ろまで来て、赤根が止まった。 「雪が、お前に言いたいことがあるそうだ。」 そして俺は赤根の手を取ると、無理やり雪の頬を触らせた。 徐々に、徐々に冷たくなっていく雪の頬を。 「やめてくれっ!!!」 赤根が叫ぶ。 ―――――っ・・・叫びたいのは・・・ 「しょうがなかったんだよ!雪を逃がすことは、水無月皓の野望を叶えさせるようなことじゃないか!!」 赤根は自分の頭を抱え込んだ。 「あたしは、水無月皓の夢を壊すためだけに――生きてきたんだからっ!!」 「ほう?私の夢を?」 「そうだッ!あたしは、お前への憎悪だけで生きてきたッ!!!」 「なら、私を殺せばよかっただろう。」 「何をっ・・・?」 「どうして、雪を殺したんだ?」 赤根はしゃがみこんだ。 「あたしはッ・・・・・・・・・・!!!!!」 俺はそんな皓と赤根の会話を聞きながら、雪の身体をぎゅっと抱き締めていた。 そのとき、だらんとした手を掴みかけて、初めて気付いた。 随分前に俺があげた指輪を付けている。 ・・・いつもは、「汚れるから」と言って付けていないのに。 しかし、今、その指輪は―――――その指から転げ落ちた。 サイズが合わなかったから、付けていなかったのか? カランという軽い音。 急に思い出すたくさんの雪の笑顔。 「ぅああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」 声の限り叫んだ。 俺にこんなに声が出るなんて思わなかった。 途方も無い虚無感を、めちゃくちゃな音で消し去ってしまいたかった。 「だから、しょうがなかったんだよっ!!」 「ゆき、ゆき、ゆきっ!!!!!!!」 「しょうがなかったんだ!!!」 赤根が叫んでいる声など今の俺には何も耳に入らない。ただ、雪を。 渇望していた。 「だって、頼まれたんだ!!!!!!」 赤根が立ち上がった。 「頼まれたから、殺したんだ!!!!!」 「あの時と同じように、か?」 皓の挑発的な声が聞こえる。 「さやかに頼まれた時と同じように、か?」 俺は叫び続けている。 「そうだよ、何が悪いんだ?あたしは、かあさんに頼まれた!だからかあさんを殺したんだ!!!」 赤根は笑い出した。 「だからかあさんを殺したんだっ!!!!」 皓はニヤリと笑っていた。 「今回だってそうだ!――結菜に、頼まれたから―――――」 俺の叫びが停止した。 「――結菜・・・?本当、なのか・・・?」 結菜は無言で顔を背ける。 「どうしてだ!?お前は、雪の・・雪の母親だろう!?」 「でも、・・・しょうがないじゃないっ・・・。雪が生きてる限り・・・」 「ほら見ろ!しょうがないじゃないか!!!だからあたしが悪いんじゃない!悪いとしたら頼んだ人間だ!!!」 結菜が驚愕の表情で赤根を見つめた。 「あたしは死なない!だけど、他の人間に迷惑を掛ける人間は、死ぬべきだっ!!!!!!」 結菜に向かって、赤根は銃を向けた。 「あたしに雪を殺してと頼んだのはおまえだ!!!」 しかし、赤根は撃たなかった。 銃口を結菜の隣にいる人間に向ける――・・・ 「ちがう!!!!!!!!!!ころさなきゃいけないのは・・・しぬべきなのは、おまえだ!!!」 水無月皓に。 皓は驚いた顔をしているが、逃げない。 「しんでしまえ!!!!」 赤根は笑っていた。 狂っている。 赤根が銃口に手を掛けた。 パァン 身体が崩れ落ちた。見事に眉間を打ち抜いている――・・・赤根の。 「え・・・?」 赤根は、最後、弾の飛んで来た方を見た。わけがわからない、といった自嘲的な笑みで倒れこむ。 赤根の視線の先にいたのは―――――・・・ 結菜だった。 「――・・・もう少し、使えると思ったんだけどね。」 「結菜・・・?」 「まだ、わかんないの?はーくん。」 身体がガタガタ震えていた。俺は雪をさらに、きつく、きつく抱き締めた。 「私がずっと、皓側だったってこと。」 結菜はそっと皓にしなだれかかった。皓は優しく受け止める。 「雪が生きてる限り、私たちは幸せになれなかったから・・・赤根をたきつけたんだけど。」 結菜はひょいと肩を竦めた。 「狂うのは容易に想像が出来たんだけど、矛先は悠の方に行くかな、と思ってね。」 俺は言葉が出せない。なら、あの口付けは?あの温かさは? 「思ったより使えなかったなぁ。やっぱり、必要ない人間は死ぬべきだよね。・・・ねぇ、皓。」 「そうだな・・・。そして、お前に手を出した男もな。」 そして、皓は俺に向かって銃を構える。 ああ、もういい。どうでもいい。 ずっと結菜を信じていたのに。ずっと結菜を信じていたのに。 雪への気持ちが揺らいでしまうほど、大切な女(ひと)になっていたのに。 もう、俺はこのまま死んでしまえばそれでいい。 雪がいないこの世の中など、どうなってもいい。 死ねない身体なのに、殺してもらえるなんてそんなに幸運なことってあるだろうか。 「さっさと殺せ。」 俺が笑ってそう言ったのと、皓が引き金を引いたのは同時だった。 パアン―――――・・・ 首筋に痛みが走って、俺の視界はブラックアウトした。 そうか、これが――死か。 当分は味合わないと思っていたのだが・・・ そうか、俺は、死・・・ぬ・・・・・・の・・・・・・・・・・・か――――――――――。 コメント: 2004.08.23.UP☆★☆ 結構間あいてしまった; 内容重いですけど付いてきてください。・・・ねー! |