V A I O 73 
 
 
 
 
 
 
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「・・・で、よし、と。手間取らせてくれたな。」
「でも、もう悠には生きる気力がなかったのね・・・。」
結菜は、そっと"鷹多悠"を見下ろしながら言った。
「何を言っているんだ、結菜。まさか――鷹多悠に情が移ったなどとは言わないよな?」
「そうだったら、どうして殺せるのよ、コイツを。」
結菜は瓶の中の液体が全部鷹多悠の身体にかかったことを確認するかのように、瓶をさかさまにしてポンポンっと叩く。
水滴が1滴落ちた。
「まぁ、――・・・普通に怪我する程度の銃で、気を失ってくれたから、楽だったけどね。」
「悠を殺すためのクスリ・・・か。本当に手間を取らせてくれたよ、あれは。」
「あれ呼ばわりなんて・・・生きてたら、怒るわよ。」
皓と結菜が談笑しているのを『僕』は静かに聞いていた。どうやら、鷹多悠が死んだことで『僕』まで完全に死んだと勘違いしているらしいが。『僕』のことを"あれ"呼ばわりだと?ふざけるのもいい加減にしてもらいたい。
そう、『僕』がいつ出て行こうかと思案しているときだった。

ガタァンッ

物凄い音に、結菜と皓が、滑り台の出口を見た。
そこに、仲藤が立っていた。
「仲藤――・・・そうか、まだ、お前がいたか。」
「・・・鷹多悠は・・・死んだのか・・・」
「そうだ。私たちが殺した。」
皓の言葉に結菜が高らかに笑う。仲藤はあからさまに顔を顰めた。そして、その顔を皓が案の定咎める。
「仲藤真也?何か私たちに言いたいことでもあるのか?」
銃口を向けて。
仲藤は、ニヤッと笑った。
「―――――死んでしまえ。」
パァンと皓が撃った銃から弾が飛んだ。しかし、仲藤は皓が弾を撃つ前に、左に転げていた。
「貴様っ!!」
皓は、自分の撃った1発目で仲藤が死ななかったことが非常に嫌だったらしく、怒りの形相でもう一度銃口を向けた。しかし、それを結菜が押しとどめる。
「あなたより、私の方が銃の扱いはうまいでしょう?」
そして、結菜が仲藤に銃を向ける。
それを見て――仲藤は、ニヤッと笑った。

「何が可笑しいの!?」
結菜がもう一度・・・撃つことは、なかった。

結菜の銃口に手をかけた者がいた。
優しく置かれた手の持ち主を、結菜は驚愕の表情で見つめる。
「―――――・・・嘘・・・なんで、ここに――?」
「彼に、呼ばれて。」
男は鷹多悠を指差した。
「彼は、死んだの――?」
結菜は銃を引っ込める。

男はさらに笑った。
「いいんだ。君がどういう人間か、最初からわかっていたから。・・・僕と一緒にいてくれたのだって・・・僕が、総理大臣だったからだろう?」

地球連合政府の総理大臣は、寧ろ総理大臣というより大統領だった。王制が一切排除された地球にとって、リーダーとなるのはたった1人。だからだ。
それが・・・地球連合国を作ったきっかけにもなった、日本の一家に代々受け継がれていく。まるで王制のように。

「貴様――・・・どうして、ここにいる?」
「だから、彼に呼ばれたんだよ。」
「違う、この部屋に・・・どうやって入った?」
「俺が案内したんだ。」
仲藤が笑う。

「どうして、どうして――・・・」
結菜がガクガク震えていた。
「演技はしなくていいよ。そんなことしなくても、僕の心は君が出て行ったあの時から変わっていないんだから――。」
皓、悠よりは老けているが同じ顔であることは確かだった。その顔で誰よりも優しげな笑みを作る。
結菜は、ふぅと溜息をついた。
「・・・じゃあ、もういいわ。素で行く。・・・・・・殺されたくなかったら、帰ってくれない?―――――好秋(よしあき)。」
その男・・・茶道好秋は、さらに・・・見る人全てが癒されるような、優しげな笑みを浮かべた。


ついに・・・ついに、出会ってしまったのか。茶道好秋と水無月皓が。
茶道家は、地球連合政府の総理大臣が、まるで王制のように代々続いていく家柄だった。別に、本当に王制のようになっているわけではない。ただ、2世、3世と誰もが優れた政治手腕の持ち主だっただけだった。
名門茶道家。約40年前、次の総理大臣と言われた茶道好秋は水無月結菜を途方もなく愛していた。
しかし、水無月結菜が愛していたのは――・・・
「帰ってよ。今の私には、あなたは何の魅力も無い。」
「それぐらいわかってるよ。君は地球じゃ物足りないんだろう?」
「そうよ。流石によくわかってるじゃない。私が愛するのは全宇宙を統一する権力。それだけよ。」
「なら、1つ訊くよ?・・・もし、今水無月皓以上に宇宙征服に近い男が現われたらどうする?」
結菜はニヤッと笑う。
「答え、わかってて訊いてるんでしょ――?」
「そんなこと訊いて、俺を傷つけようとでも言うのか?そんなこと、俺だって重々承知だ。」
皓が機嫌悪そうに答えた。しかし、茶道好秋は笑ったまま。
「よかった。結菜は、変わってないね――。」
結菜は、好秋に出会ったとき、純粋な女の子のように振舞った。好秋がそういう女が好みだと聞いていたからだ。
しかし、好秋はそんなことはすぐに見抜いた。結菜は見抜かれたことなど気付いていなかったが。好秋は、それを含めて結菜の全てを愛した。
ところが好秋はどれだけ結菜を愛しても、結菜のために政治を変えることはなかった。それが、結菜にとって不服でしょうがなかった。
昔話には、寵姫に溺れて潰れていった王が何人もいたというのに、好秋は違ったのだ。
恋愛は恋愛。家庭は家庭。政治は政治。それが出来る男だった。
そんな結菜の前に皓が現われた。自分の思うまま動いてくれて・・・そして、全宇宙すら手に入れれそうな男が。
「そうかしら?私は、変わったわ。」
「変わってないよ。僕の元を離れてからのことも、全て、全て聞いていたけれど・・・君は、何も変わってない。」
結菜は一瞬で顔色を変える。
「誰から――誰から、聞いていたの!?」
好秋は笑顔を絶やさない。
「君は知らなくていいんだよ。」

「言って!!!」
結菜はまた、銃を構える。
好秋の笑みは消えない。それどころか、そっと結菜に近寄る。結菜は後ずさりする。
「君には、撃てないよ――・・・」
「私の射撃の腕を知らないからそんなことが言えるんだわ!!」
「知ってるよ。誰よりも君の事を知っている。」
「知らないわ!!!」
結菜は気が狂ったように、引き金を弾く。しかし、弾はあさっての方向に飛んでいった。
「ほら、ね。」
結菜はギッと好秋を睨みつける。しかし、好秋は微動だにしない。

そのとき、ふと好秋はさっきまで結菜の隣にいたはずの皓がいないことに気付いた。
「あれ――?水無月さん?」
周りを見渡すと、何かを一心にキーボードに打ち続けている皓がいた。
「死ぬがいい、茶道好秋。」
皓がニタァと笑って、エンターキーを押す。
タァンという音が地下室に響いた。

しかし、何も起きなかった。



「な・・・!?」
「皓、どうしたの!?」
皓は結菜の言葉に反応せず、もう一度キーボードに必死になって打ち込んでいた。しかし、エンターキーを押しても何も起きない。
「そんなっ・・・」
「僕を、殺そうとしたのかな?レーザーあたりで?」
「!?」
皓が驚愕の表情で好秋を見つめる。
「わかってるよ、それぐらい。ここだけ床に丸い跡があるじゃないか。ここからレーザーが出そうだな、ということぐらい簡単に想像がつく。しかも、この下にその装置があるとしたらなかなか強いレーザーだろうから、殺すためだろう?」
「あなた・・・は・・・」

結菜が搾り出すような声を出す。
「僕を殺すことは出来ないよ。」
「どうしてっ!!!」
皓が叫んだ。仲藤が笑いながら指を差す。
「誰かが、俺たちの味方になったからじゃないか!?」
その、指。指の先。皓には全てがスローモーションに思えた。
その先にいる人間は、もう1人しかいなかった。邪魔になりそうな人間は全て殺した。しかし、たった1人殺せなかった女。手を出せなかった女。大切すぎて、何も出来なかった女。
皓が振り返った先にいたのは――・・・水無月、結加。
「結加・・・。」
大切に育ててきた。大切に育ててきた。
なのに、裏切られた。
「おとうさん、もうやめてよ。」
「そう、やめて、僕と一緒に外に出て行きませんか?」
にっこり好秋が笑う。
「外に、都内全ての警察官が待機しています。」
「おとうさん・・・私、誰かが死ぬのは―――――・・・もう、見たくないよ・・・。」
「でも、このままじゃ俺が死ぬ・・・」
「死なないよ。死ななくて、いい。――だけど、罪の償いはしてよ・・・」
死刑になるのは確実なのに、捕まれという。皓はぼーっと結加を見つめていた。
「結加、ふざけたこと言わないで。」
結菜がぶち切れたように結加に言った。
「おかあさんも、もうやめて・・・」
「私があんたを嫌いだって言うのは、演技でも何でもない。真実よ。」
「何で!?私は、おとうさんの娘なのに!?」


「私は愛している子供なんて1人もいないわ。」
結菜は、唇を噛み締めた。母親に嫌われて嫌われて育った娘は、それでも吠えた。
「私は、兎に角これ以上人を殺して欲しくない!!!」
「嘘吐き。あんたは死んでよかったと思ってるはずだわ・・・特に、雪とかは!!」
茶道好秋の身体が一瞬揺れた。
「そうでしょう?あんたは、雪を恨んでいたものね!!」
「ちがう!おねえちゃんは、たった1人のおねえちゃんだよ!!!」
「違うわ。あんたは皓に構われる雪が憎かった!」
結菜はそう叫んだあと、背筋に物凄い悪寒を感じた。そして、肩の上に男の手があるのが気付く。
「・・・でも、雪を殺したのは・・・君にとって何か不利益だったから・・・?」

好秋の目は、もう笑っていなかった。
結菜は好秋の手を振り払う。
「殺すなら殺せばいいわ!あなたにこそ私は殺せないでしょうけどっ!」
「どうして。」
「だって、私には魅了の力がある――・・・私の旧姓・・・渡来家の長女は、代々誰をも魅了する力があるのよ!男を手玉に取る魔性の女になれる魅力が、外見に宿るの!」
結菜が叫んだ。確かに、結菜は芸能人などとは比べ物にならないほど美しかった。
「赤根に言った、悠の魅了の力っていうのは、私の力よ。・・・悠の方にそれがある、と言って、赤根に悠に対して疑心暗鬼になってもらえば私を迷わず頼ってくると思ったから言ったの。何か、悪い!?」
そして、結菜がギッと好秋を睨みつける。聞いてもいないことまでベラベラ喋る結菜は、まるで三流悪役のようだった。
好秋もそれは感じたらしく、少しがっかりしたような表情になる。

「どうしたんだよ、いつもの頭のいい結菜でいてくれ。お前がその魅力で男を何人魅了して、何人の男と寝たかなんて流石の僕ももう数え切れないよ。子供が5人しかいないのが不思議なくらいじゃないか。」
結加が好秋の方を見た。
「あぁ、結加ちゃん。いつ以来かな――?20年以上会ってなかった。少し、ショックな話をしてしまったかな・・・」
結加は無言で首を振ったが、ショックは大きかったようだった。それを見た結菜が好秋をさらに睨みつける。
「だから、あなたには生きてて欲しくなかったっ・・・。あなたは死んだと思っていたのに、結加から生きていたと聞いて、死ぬかと思ったわよ!」
好秋はにっこり笑った。
「僕は生きて、君に会いたかったよ。」
結菜は唇を噛み締め、結加はショックで項垂れる。仲藤はニヤニヤしているし、好秋はにっこりと笑っている。沈黙が――・・・地下室を、包む。
そんな中、結加に裏切られた・・・そして、自分の切り札が使えなくなって放心状態だった皓が、口を開いた。
「お前は・・・何をしにきたんだ。」

「何って・・・もちろん、水無月皓、君を捕まえに来たんだよ。」
「わざわざ総理大臣が直々に?」
「だって、結菜に会えると思ったから。」
皓は、ニィっと笑った。
「お前が憎くて憎くて仕方がないよ。」
「それはお互い様だよ。僕も貴方が憎い。」
「俺はお前を殺す方法を思いついたよ。」
「ふうん。」
大して興味もなさそうに言う好秋に、ますます皓は腹を立てた。
「死んでしまえばいい!」

そう言って、皓の髪の毛が少し揺れた。
 
 
 
コメント:
2004.09.06.UP☆★☆
また2週間ぶり。ごめんなさい。
ついに茶道好秋登場・・・。長かった・・・。

 
 
74話へ。
 
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