V A I O 74 
 
 
 
 
 
 
―――――しかし、何も起きない。
「・・・・・・お前は、一体・・・?」
「今、貴方は何をしたの?」
「―――――クッ・・・」
悔しそうに皓は唇を噛み締めた。唇が噛み切れたが、すぐに傷は再生される。
「あぁ、そうか。『VAIO』の毒を使ったのか。ここに来るのにそれに手を打たないわけはないだろう。」
好秋はひょいと肩を竦めた。誰かと同じように。
「そんな動きをするなぁあああっ!!!」
皓が好秋の方に走った。しかし、それを仲藤が止める。
「落ち着いて、博士。」
"博士"という言葉がここまで嫌味ったらしく聞こえたのは初めてだった。
仲藤に必死に抵抗する皓だったが、易々と抑え込められる。・・・そう、『VAIO』で見た目が若いから忘れがちだが、不老になったわけじゃない。体力は完全に50代のものなのだ。30代半ばの男にどうして勝てよう。
皓は、勝てないと悟ると、今度は仲藤を睨みつけた。離さないと殺すぞ、と言わんばかりに。
「おとうさん、もういいでしょう?」
結加が必死に諭す。
皓は静かに結加を見つめ―――――そして、項垂れた。
「おとうさんが私のことを好きじゃないのはわかってる・・・だけど、おとうさんの娘なんだよ、私は!!!1つぐらい、お願い聞いてよ・・・」
好きで、好きでたまらなかった父親。けれど義理の姉ばかり可愛がっていた父親。
結加の頭の中では皓はそんなイメージだったのだ。
皓は結加の言葉に少し驚くと、ふわっと笑った。
「・・・俺がお前を・・・」
愛してないわけが、ない。たった1人の娘を。
しかし、その言葉が続く前に、冷淡な声が辺りに響いた。
「結加。大変なことを忘れてるわ。」
「おかあさん?」
結菜はニヤッと笑う。
「皓はあんたを殺せなくても、私は殺せるってことを!!」
目にも留まらぬ速さというのはこういうことを言うのだろうか。結菜は銃の安全装置を外し、結加に狙いを定めると、勢いよく引き金を引いた。
好秋のときとは違って、結加は後ろに吹っ飛ぶ。・・・弾が、当たったのだ。
「結菜ぁあああっ!?」
皓の悲痛な悲鳴。
「何?」
結菜は静かに振り返っただけだった。

「おか・・・・・・さん・・・・・・」
結加が必死に動こうとするが、動くたびに、左胸から広がる傷口が、痛む。
「おと・・・・・・・・・・・・さ・・・・・・」
何も、言えない。
「・・・・・・・・・・・・はる・・・・・・か・・・・・・」
ついに、目を閉じた。―――――そして。
「・・・・・・つ・・・・・・・・・き・・・・・・」

茶道好秋が目を丸く見開いて結加を見つめた。そして、自分の息子の最期を思い出す。
そういえば――茶道月と付き合っていた女って・・・
動かなくなった結加を見つめながら、月の願いが果たされなかったことを残念に思った。
常日頃、好秋に言っていたのだ。『今、いつ死ぬかわからないけど・・・俺、彼女にだけは生きてて欲しい』と。
しかし、今ここに"彼女"――・・・結加は、死んだ。

「結加ぁあああああああああああああああっ!!!!!!」
皓が仲藤を振り払って結加に駆け寄った。しかし、結加はもう完全に事切れている。
「何でそんなに取り乱すの。」
「結菜と、俺との子どもだからだろうが!!」
皓は叫んだ後、結加を抱いて手術室に入ろうとした。
「待ってよ、何する気!?」
「蘇生以外の何がある!?」
「でも、人工脳は作ってないわ!」
「それぐらい、作れる!!!!」
しかし、皓の前に立ちはだかったのは仲藤だった。
「頼むから、頼むから、どけ!!!!!!!!」
「今ここで博士を行かすわけには行かない。」
銃を皓の頭に向ける。
「死ね。」

バァンと、重い弾の音がする。
しかし、皓は撃たれても傷口が治るだけだった。
バァン、バァン、バァン。
撃たれては治り、撃たれては治り、撃たれては治る。
「っくそ・・・」
今度は、皓の番だった。
「どけぇええええっ!!!」
パァン
仲藤は、顔のど真ん中を撃たれて、倒れた。そしてそこから傷口が広がり――・・・二度と立ち上がることは、なかった。


「待ってよ、皓。」
結菜の言葉に手術室のドアに手をかけていた皓は振り返る。
「私を、この男と2人にしておく気なの?」
ハッ、と皓は好秋を見た。しかし、結加の身体はどんどん冷たくなっていく。今手術をしないにしても、保存を急がなければもう二度と復活しなくなる。
「私と、結加、どっちが大切?」
妻と娘、どっちが大切か―――――
そんな質問を、まさか結菜から投げかけられるとは思っても見なかった。
俺と力、どっちが大切か――と聞けば、間違いなく力だと答えるような女から。
しかし、それでも、それでも皓は・・・
結菜を、愛していたのだ。
「わかった・・・わかったから、結菜・・・」
結加をその場に下ろし、フラフラと結菜の方に寄って行く、皓。
愛しすぎて、結菜以外のモノは見えない。結加を愛しているのも、結菜との子どもだから。
「結菜、結菜・・・」
皓が結菜に寄ってくる。悠を殺した時の余裕はどこへ行ってしまったのだろう。急に皓は老けて見えた。
「でも、行っても、お母さんとお父さんの2人きりにはならないと思うけど――オトウサン。」
とんでもない声がした。
3人はその一点を見つめる。


「―――――ゆき!?」


「そうだけど?」
好秋が、満面の笑みで駆け寄った。
「よかった――雪・・・死んでしまったのかと思った・・・」
「お父さん、久しぶり!!」
雪は好秋の胸に飛び込んだ。ぎゅうと、2人ともお互いが痛いほど抱き締める。
娘と父親の感動の再会。もう50代後半の父に20代の娘。・・・一番、"普通"の光景だった。
「お父さん――・・・あぁ、お父さんと会えるなんて・・・。予想外だけど、本当に嬉しい・・・」
「僕の方が。お前には・・・もう二度と会えないかと思った。あんな姿を見たから。」
好秋は心なしか目が赤かった。
「雪・・・。」
地球の政治運営をする総理大臣でさえ、愛娘の前ではただの父親だった。
だが、そんな2人の気持ちを結菜と皓が許すはずもない。
「何・・・何でよ!?」
結菜の叫びに、しかし雪はにこっと笑った。あの屈託ない笑顔で。
「やっと、自分自身の足で立ち上がれたっていうだけだよ、お母さん。」
結菜は『お母さん』と呼ばれたことに戸惑う。素直に母と呼ばれても、もう頷けない事情があるのに。
「そんなハズはないっ!」
横から皓が声を荒げた。結菜は皓を見ると、しきりに頷く。
「私が・・・この水無月皓が、お前を蘇生させたんだぞ?」

―――――雪の両耳から滴り落ちる血は、彼女の白い肌と対照的で、とても『僕』の心に響いた。

雪は皓にもあの笑顔を向ける。
「その節は、どーもお世話になりましたっ。」
シリアスな雰囲気に不釣合いな言い方。全然気にも留めてない子どものような、雪。
「でもね、オトウサン。」
あどけない口調の中に――皓を呼ぶ『オトウサン』という言葉だけが、皮肉に聞こえるのは気のせいだろうか。
「あなたにも、わからなかったみたいだけど―――――」
肩を竦めてふわっと笑う。まるで、結菜のように。
好秋はそんな雪を目を細めてみていた。愛しくて、愛しくてたまらない娘を。
たとえその雰囲気、その声、その容姿が、最も憎い男・・・水無月皓に創られていたとしても。

「『VAIO』毒じゃ、ヒトは死なないんだよ。」
「な!?」
「ただ、体内で『VAIO』を生成するために、体中の養分が急速に使われるから、皆死んでくだけ。だって、もしただ死んじゃうんなら、おかしいよ、死んだあとに新たな『VAIO』が生み出されるっていうのは・・・」
結菜も皓も一瞬愕然として黙った。しかしすぐに皓はばっとパソコンに向かうと、マウスを動かし、キーボードからパスワードを打ち込み、必死になって『VAIO』毒の原料を探した。
「あった。」
皓は画面を見て、にやっと笑う。
表示された内容は、人間を死に至らしめるのに充分過ぎる量の毒物が含まれているというデータ。
「私が・・・私が『VAIO』を作ったんだぞ?そんな嘘には騙されないぞ?」
「そうよ。どうして何も知らないあなたがそんなことを言うの!?」
皓と結菜が勝ち誇ったように言う。しかし雪は、あの――・・・5歳の少女の純粋さで、笑った。
「だって、本当は『VAIO』を作ったのは違うでしょ?」

雪が一瞬『僕』を見たのは気のせいか?

雪は好秋にぎゅっと捕まった。好秋も雪の肩を優しく抱き寄せる。そして、彼女は台詞を続ける。
「あの人が、私にぜーんぶ教えてくれたの。」

皓は、一瞬固まった後、真っ青になった。そしてガタガタ震え、地面に膝から崩れ落ちた。
結菜はそんな皓の様子に困惑してしたが、首筋には汗が流れていた。暑いわけがないのに。
「あの人は、何もせずに死んでいったわけじゃないのはわかってるでしょ?」

「そんな顔で笑わないで!!!」
結菜が叫ぶ。
「そんな顔で、そんな顔で言わないで・・・」
雪はさらににこっと笑う。雪の周りだけ世界が違った。裏を何も知らないようなふわふわした少女には、何の言葉も通じない。ただ優しい心だけが通じる。
そんな気さえした。
「でも、私をこんな風にしたのは、オトウサンだし。」
しかし、皓は静かに雪を見上げると・・・力なく笑った。
「私だけじゃない。」
雪は大きく頷く。
「そうだねっ。」

好秋が、雪の髪の毛を優しく撫でた。雪は気持ち良さそうにそれに身を任せながら、皓達ににこにこ笑いかける。
「なぁ・・・」
皓が雪に言う。
部屋の一点だけをわざと見ないようにして。
「まさか、違うだろう?」
全ての計画が、崩される。それはわかっていた。
結菜が皓をばっと見る。―――――もし計画が崩れるなら、私は貴方から離れるわよ――・・・
「そのまさかなんじゃないの?」
雪は何の悪びれもなしに言う。
「どうして・・・どうして俺たちを幸せにさせてくれない・・・?」
結菜がふと下を向いた。・・・皓は失敗したのだろうか?・・・でも、もし。
「誰もが幸せになりたいからじゃないのか?」
好秋も雪と同じような穏やかな笑みを浮かべていた。
それと対照的なのが結菜の表情。何かを嘲り笑っているようなその顔は、泣いているようにも見えた。
「――・・・なら、私たちが幸せになるために、誰かの幸せを奪ったって文句は言われないわけよね?」
「逆も言えるけどね。」
好秋のその真っ直ぐな瞳に、結菜は目を逸らす。
「・・・私が・・・『VAIO』を作ったんだ・・・」
皓がうわ言のように呟く。雪が、まるで泣いてしまった友達を諭すかの表情で皓に向かって言う。
「もう、いいじゃない。・・・本人に説明してもらおうよ。」

「それは一体誰?」

好秋がさらに全てを射抜くような一言を呟く。
好秋以外の誰もが、もうわかっていた。
雪は好秋に対してちょっと驚いた表情をしたあと、にっこりと笑った。


「水無月―――――浩。」





『僕』は静かに目を開けた。
 
 
 
コメント:
2004.09.13.UP☆★☆
あぁあ展開早い早い。
皆1話ごとに消えていくよ、オイオイ。

 
 
75話へ。
 
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