V A I O 76 だけど、結菜の心は僕の『VAIO』じゃ取り戻せなかった。 欠落じゃなかったんだ。生まれてから、心が形成されるまでの環境。・・・それが結菜の心を作らなかった、それだけだった。 だから、心が形成されるべき環境にいた鷹多悠の心は・・・――現に、取り戻された。 悠は、1人の女を・・・愛したんだ。 水無月雪を。 コトリ、と。 僕の鼓動が動いた。 僕は少しだけ笑う。 さぁ、僕のやらなければいけないことをやらなくては。 「さて。『僕』が生み出された一番の目的を果たさなきゃ。」 「一番の目的?」 結菜の隣にずっといたのは誰? 「僕は所詮水無月浩じゃないから。」 「何言って・・・」 好秋が微妙な表情で訊いてきた。僕はにっと笑う。 「水無月浩は死んだんだ。兄さんに殺された。僕は、『VAIO』を鷹多悠に感染させた日の・・・その日の、浩の自我と記憶の塊に過ぎない。」 ぎゅっと手を握り締めた。さっきより力が入りづらい。 「僕が・・・あの時一番やりたかったことをやるためだけに作られた、ね。」 コキコキと首を鳴らす。 「だけど、こんなことを考えるなんて『僕』にも『浩のダミー』としての自我が芽生えてるような気もするんだけどね。」 伸びをした。 「さて。」 一歩踏み出すと、皓が後ずさった。 「何を―――――・・・何を、する気だ!?」 「何って。」 僕は肩を竦めた。 「兄さんを殺すつもりだけど?」 僕を殺した兄さんを、この手で殺すつもりだけど? 僕が創った『VAIO』をうまく改良したからって言って結菜と夫婦になった兄さんを殺すつもりだけど? 何か、悪い? 僕が真っ直ぐ前に手を伸ばすと、皓は銃を乱射した。 その全てが、僕の身体を貫通する。しかし、何も効かない。 ぐにゅぐにゅ、ぐにゅぐにゅ。 『VAIO』による再生音だけが僕から発せられた。 「来るなっ!!!」 誰も僕を止めない。水無月皓を生かしておいたらどうなるかわかったもんじゃないからだ。 いや――・・・冷静に考えればわかるものである。 確かに水無月皓は狂っている。16歳にして、1人の女の一生を台無しにもしている。 しかし、世界を征服しようなどとは思っていなかった。ただ自分の欲求を満たしたいだけだった。 その状態ならば、確かに危険な人物であるとはいえ、対して気に止める存在でもなかった。 それが、どうして世界を征服しようとしたか? 答えは、簡単に出る。 水無月結菜。 結菜のせいだろう? 結菜がいなければ、皓だって、こうならなかっただろう? そう、結菜を殺せばいいだけだろう。 でも、ここにそれが出来る人間はいない。 男3人は結菜を1人の女として・・・雪は母として。――・・・結菜を愛しているからだ。 誰からも愛されているのに、誰も愛せない女。 全てを狂わせた女。 だけど誰もが殺すことが出来ない女。 その女も殺さなければいけないと・・・僕は想っていたはずなのに―――――。 残念ながら、それは出来そうもなかった。 オリジナル水無月浩が僕を作った本当の目的・・・ 自分には殺せない女を、『僕』に殺させること。 だけど、僕は『僕』に対してとても大きな失敗をした。 思考パターンをデータとして入れ込む時に・・・全てを、移し過ぎた。 水無月結菜への想いまでもを。 だから、僕は、『僕』は、 結菜を殺せない。 僕はただ皓に向かって近づいていった。皓は逃げる。 「どうやって殺した?」 「何を――・・・」 「水無月浩だよ。――・・・僕を、どうやって殺した?」 その辺りの記憶はない。これは、鷹多悠になってから知った"事実"。 「・・・っ。」 皓は下を向いた。 「言えよ。言えば、結菜に最期の言葉ぐらいは言わせてやるから。」 僕は皓の肩を掴んだ。 僕がいると、自分より『VAIO』について詳しい奴がいることになる。そうなると、困るんだよ――・・・そう思って僕を殺したんだろう? 結菜を取られないがために僕を殺したんだろう? どうやって殺した? 皓は、躊躇うような素振りを見せた後、ぼそぼそと呟きだした。 「簡単だったよ・・・」 「え?」 「結菜と一晩を共にしたあと・・・薬を、入れてもらったんだ。水の中に。そして、結菜がお前にそれを飲んでと頼んだ。戸惑っていたけど、諦めたようにため息ついて・・・飲んだよ。」 な・・・んだって?結菜に頼まれて・・・? 「あれは、さっき鷹多悠にぶっかけた薬と同じだ。飲むとさらに効果が上がる。お前は動かなくなった。そして、肉体は全て放射能で焼いた。――・・・跡形も、何も、残らなかった。」 「そう。」 そうか――・・・なら、結菜は。 「結菜は、僕よりも兄さんの方が強いと思ったんだ?」 結菜は無表情のまま答えた。 「・・・そうね。皓の方が、私を愛してくれると思ったから。」 自分の都合のいいように、か。 僕は結菜をじっと見つめたあと、急に笑いが込み上げてきた。 ここまで裏切られても、この女への愛情が消えないのはどうしてだろう。 「好きだよ、結菜。」 僕は呟いた。 「兄さんより、ずっと結菜を愛しているよ。」 さっきより大きな声で。 「なのに・・・僕を、殺したの?」 結菜は動かなかった。動じてるわけじゃない。 「そう、僕を殺したんだ。」 好きだから、僕はきっとその薬を飲んだ。 きっと、結菜に死ねと言われたら死ねたんだ――・・・それぐらい、愛していたんだ・・・。 けれど、『僕』は『僕』より未来の僕のことはわからない。 「兄さん、いいよ、殺すから。」 頭をガッと持った。 「貴様に――・・・俺がただ殺されるとでも思うのか!?」 またそんな強がりを。 「『僕』の中に入ってる『VAIO』が普通の『VAIO』だと思ってるの?」 貴様ごときが『僕』を殺せると思ってるのか? 「思ってないさ!しかし――・・・俺1人では死なん。」 にやつきながら言う皓に、僕は溜息ひとつついた。あぁ、こいつも何だかんだ言って浅はかだった。 「さっきの言葉をそっくりそのまま返すよ。兄さんに、僕が殺されるとでも思うの?」 「思わないさ。」 そう言うと、皓は近くの床を蹴り上げた。 え―― 「何を――!?」 床の中にはボタンがひとつ。 「死ぬがいい、俺と一緒にっ―――――・・・ 結菜!!!」 ドォン、と大きな音がした。 世界が、白かった。 「嘘、だろう?」 それが、断末魔の悲鳴すら残さない、全てを狂わせた元凶である結菜の―――――最期、だった。 さっきまで結菜がいた場所には、何もなかった。 いや、・・・何かロングヘアの女の人間の、影だけがあった。 近くで、茶道好秋が咳き込んでいる。皮膚が爛れていた。 さらに結菜から離れていた雪には、火傷がある程度だった。雪は周りの状況を見た後、茶道好秋に慌てて駆け寄った。 「何を―――――?」 「ははは、言っただろう?私は、放射能を扱えると!!」 皓の目が尋常じゃなかった。 「あはははははははっ!!!!!!!しかし少し失敗か。本来なら、結菜のいた場所の半径2m以内しか影響を受けないはずだが・・・この研究所一体に被害がいってしまった。」 何を―――――? 結菜は、何処? 「あいつを殺した――・・・俺が死んだあとの世界にあいつが1人いて、他の男と寝るぐらいなら!!!!!!俺がこの手で殺してやろうと、ずっと考えていたことだよ。さっきパソコンに結菜のいる位置を座標として打ち込んでいたんだっ。わかるか?あはははははははっ!!!」 支離滅裂な文章を叫ぶ皓。僕は静かに皓の頭に手を伸ばした。 「殺すか、殺すか俺を!?そうして貴様に何の得がある?もう結菜はいないんだぞ?」 ぼうっと、皓を見つめた。 「・・・わかってる。」 悪魔のように笑う女は。全てを狂わせた女は・・・ ちっぽけな男によって殺された。 「早く殺しておけばよかった。」 結菜は影になってしまった。 あの綺麗な髪の毛も、考えられないほど愛しいその指も、消えてしまった。 あの笑顔は、もう見られない。 胸が痛い。 「お前なんて。」 感情が言葉に篭らない。ただ淡々と言葉を紡ぐ。 僕は手に力を込めた。手から、血が吹き出る。手の血管が膨張したのだ。これも、『僕』だけが出来る特権。 「お前なんて、死んでしまえ。」 ぐっと手に力を込める。皓の顔は僕の血で、血だらけになっていた。 「他の2人と融合させなくても――・・・『VAIO』の核に・・・この額の奥にある物体に直で掛ければ、死ぬんだよ・・・」 頭を僕の握力でかち割って、中の核に僕の血を掛けてやる。 潰してやる。こいつの、全てを。 コメント: 2004.10.01.UP☆★☆ テスト週間中のアップです。 次回更新は、10月6日水曜日の予定。 |