V A I O 77 
 
 
 
 
 
 
でも、その瞬間。
「お父さんっ!!!」
後ろから悲鳴が聞こえた。鼓動が痛いほど波打つ。
「――雪?」
「お父さん――・・・」
雪が泣き崩れていた。雪の傍らで、皮膚が爛れて――そして、もう動かなくなった茶道好秋・・・現地球連合政府総理大臣が、いた。
結菜を愛して愛して、けれど裏切られて、それでも愛して。
そんな策士も、1人の馬鹿のおかげで死んだ。
「茶道好秋まで死んだのかっ!!!あははははははは!!!!」
皓が猛り狂ったように叫ぶ。
馬鹿が。
僕はもう一度手に力を込めようとした。
「死ね。」
死んでしまえ。頼むから死んでくれ。お前の存在を見たくない。お前の存在を見たくない。
2人が一緒に死ぬ?そんなことはどうでもいい。死後の世界などないのだから。
「死ね!!!」

静寂だけが、辺りを支配した―――――。

手に、力が入らない。
「何だ――?」
僕の握力は、人間の限界を超えるほどの値になるはずなのに。
もう一度、力を込める。しかし、皓は少し痛そうな顔をするだけ。『VAIO』の崩壊どころか骨の破滅音すらしない。
「何・・・」
僕は皓から手を離し、自分の手を見つめた。普通に動くのに。
皓は僕の手が離れた瞬間、さっと立ち上がった。
「どうした?我が弟。」

心なしか笑っているように見える。
「俺を殺すんじゃないのか?」
僕はただ皓を睨みつける。皓はニヤリと笑うと、歩きながら話し出した。
「『蘇生は最大の禁忌―――――』。」
僕は皓を見た。皓は何か自信が溢れているように見える。
「そう言っていたのはお前だろう?」
何の話をしているんだ。
「たくさんの人間が、自分の一番愛しい人間を蘇生させようとして、失敗した。」
僕の目の中に雪が飛び込んできた。鼓動がドクン、という。
「私は、その禁忌を犯したのかと思っていた。」
皓は髪の毛をかき上げる。何なんだ、その余裕は。
「だが、『VAIO』毒で水無月雪が死んでいないのなら――・・・私は、その禁忌を犯していないことになるな。」
皓の笑顔が嫌だ。
「けれど、お前はどうだ?」
にやにやしている。
「お前は、生き返したんじゃないのか?」
僕を指差した。


「鷹多悠を。」




好秋の身体をそっと拭いていた雪が、弾かれたように僕の方を見る。
僕は自分の右手に左手をそっと添えた。
雪と目が合う。僕の鼓動はまた高鳴った。
「気付いていたのか。」
「それは、気付くだろう。仮にも医師の資格も取っているのだから。」
「一度死んだ人間の心臓を、もう一度動かす歪―――――・・・」
僕は左手が添えられた右手を、そのまま心臓に押し付けた。
「2つの自我がある、歪。」
そして、もうひとつあるもの。

「―――――・・・鷹多悠の、強い想いと・・・僕の落胆の歪・・・。」






僕はガクリと膝をついた。
もう、この身体が・・・


「叔父さん!!」
雪が駆け寄ってくる。
「雪・・・」
ここまで、めちゃくちゃにしたのに。
「お前、よく僕に駆け寄れるな・・・」
「だって!!」
だんだん視界がぼやけてきた。
遠い記憶が思い起こされる。
「『VAIO』の母体を雪にしようと皓が言ったとき、僕は・・・賛成したんだよ?」
そう、雪が犠牲になってもいいと思ったんだ。
結菜が幸せになるのなら。
「それでも、僕を介抱しようとする?」
まずい。本当に、本当にもう何も見えなくなる。
雪は涙目で僕に向かって言った。
「だってっ・・・貴方は、たとえ中身が変わろうとも―――――悠なんだもの。」

僕は笑えた。
結局最期まで僕は『僕』じゃなかった。
水無月浩の代わりであり、そして雪にとっては鷹多悠の代わり。

ははは。
僕はもう死ぬのに。


ドクドク鼓動が打ち出した。
雪が僕の身体に触れたのだ。
同じ現象を、逆の状態で感じたことがある。
3つの歪は、本当の意味での"蘇生"を実行するのか。
結菜が死んだという落胆によって僕の意思が弱まり、雪が側にいることで鷹多悠の想いが強まる。
彼は、蘇生される。
僕が世界で1番最初に成功させるんだ。

そっと雪が僕の顔を拭いてくれた。
ガーゼで。
「何処にこんなもの・・・」
「貴方が、持ってたのよ。」
「―――――え?」
「私が、ずーっと前に、言ったから。」
意味がよくわからなかった。
「私が約束させたの。危ないことをするときは、必ずガーゼを持ち歩くようにって・・・悠に。」
そして、鷹多悠はそれを律儀に守っていた、と。
僕は結菜と約束したことがあったか?僕は結菜と、僕は結菜と。

結菜があの日、瞳を閉じて静かに言った言葉を、急に思い出した。
そう、初めて会ったとき。
その言葉で、僕も狂いだしたんだ。

「私、幸せになりたい。――心から、笑いたい。」


急に思い出した。
その「幸せ」を僕の「幸せ」とイコールで結んでしまったから、僕は皓に負けた。
負けてしまっても。・・・結菜がもういなくても・・・
でも、本当は、僕は・・・


「僕は・・・死にたくない―――――」


初めて口に出した本音。

「そして、誰もを助けたかった・・・」

『VAIO』に毒の付加機能が付けられた時のあの落胆の感情。

結菜に頼まれたから死んだんじゃない。きっと僕は、見たくなかったんだ。
滅亡していく・・・この世の中を。
綺麗事でもよかった。ただ、誰もに幸せに過ごして欲しかった。そして、結菜にも笑って欲しかった。
結菜にも、ただ普通の人として生きて欲しかった。

夢はどこで間違ってしまったのだろう。


視界が、先ほどとは違う意味で白くなってきた。
「雪――・・・」
僕の中の"記憶"が蘇った。
「何?」
「お前、今日、誕生日だろう――?」
雪は驚いた表情をしたあと、すぐに困惑した。
「な・・・に、言ってるの?こんなときに――!?そんなこと、どうでもい――」
「よくない。」
僕の中に"記憶"が蘇る。鷹多悠の中に『僕』の記憶が蘇ったように。
「だから、最期に、叔父さんからプレゼントをあげよう・・・」
ぐらぐらきて、汗が出た。
もう、終わりか。
「・・・・・・」
雪は僕の次の言葉を待っている。ただ沈黙して。
僕はゆっくり雪に手を伸ばした。その顔は、誰よりも結菜に似ている。皓が作り上げた結菜。――・・・半分は、僕が作り上げた結菜。
僕は雪に向かって笑うと、最期のことばを、紡いだ。


「―――――君の、最愛の人を。」







  *




瞳を閉じていたけど、たくさんの光景が『見えた』。
そうか、ずっと浩はこうやって生きていたのか。
俺はその世界では主人公でも何でもなくて。
ただ見ているだけの存在だった。

けれど、雪のことを考えると鼓動が高鳴った。雪を見るとドキドキした。
―――――これが、まさか水無月浩に影響を与えていただなんて思いもしなかったが。

目を、開けた。
 
 
 
コメント:
2004.10.06.UP☆★☆
ついにここまで来ましたか。あと1話で第2部終了。
次回更新は、10月11日月曜日の予定。

 
 
78話へ。:第2部最終話
 
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