V A I O 81
 
 
 
 
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・・・?
あぁ、写真立てか。
俺はなぜか伏せられていた写真立てを手にとった。裏返すと、そこには数年前と見られるシェーンと、背の高い男が一緒に写っていた。父親、と呼ぶにはいささか年が若すぎる気がする。兄・・・にしては似ていない。
恋人・・・か?
しかし、俺と雪がまだ結婚していないことに驚いていたシェーンのことだ。恋人ならば、夫にすぐなるのだろう。だが、今のこの部屋からは男の影など微塵も窺えない。
友人・・・と片付けるのは少しこじつけがあるように思う。ここまで仲良く寄り添っているのだから。
男は黒髪に黒い瞳を持っていた。肌の色から考えても――・・・黄色人種。日本人とは言いにくいが、アジア系であるのは間違いないだろう。二世か、それぐらいに思えた。
だからシェーンの俺たちに対する当たりが緩いのだろうか。
黒髪に、黒い瞳。俺の髪の毛と瞳の色も同じである。雪の髪は見事なまでに茶色だが・・・そう、これは結菜が常に茶髪だったため、皓が雪の髪の毛の色素を抜いたためらしい。要するに、もう一度色素を加える処理をしない限り雪の髪の毛は一生茶色である。まぁ、俺は雪のこの茶色の髪を心の底から気にいっているし、きっと黒髪になっても似合うだろうからどちらでもいいのだが。
俺の髪の毛と瞳は、母親が気にいっていた。穂と都は2人とも父親に髪質が似てしまい、天然パーマが掛かっていた。穂の方はかなり短髪にして立てていたためあまり目立たなくなっていたが、都などその結果が顕著に現れていた。
俺だけが髪も瞳も母親そっくりだった。黒髪のストレート、そして黒い瞳。ツリ目な父親とは違い少し穏やかな瞳。まぁ瞳については都も似ていたが。・・・母親にとっては、俺が一番『母親の子』らしかったらしく、俺の黒髪を見るたびに、「お願いだから染めないで」とあの人を巻き込んでいく笑顔で頼み込んでいた。
・・・と、今、俺が家族のことを笑顔で思い出していることに気がついた。
笑顔・・・
最近俺は笑うことが多くなったと自分でも思う。
なぜか?・・・そんなの、簡単である。
雪が隣にいる。雪が隣で息をしている。
『VAIO』隔離施設であった泡のような3ヶ月間は、雪がたまに苦しんでいる理由などもわからず、幸せだったのに――いつか終わる不安感でいっぱいだった。
いつか終わる不安感?
そんなの、今だってあるに決まっているのに。
それでも、笑顔でいられるのはなぜだろう。

あぁ、そうか。
もし終わるにしても・・・
俺は、雪と2人で最後を迎えようとしているんだ。
雪はもう1人で何処かに行ったりはしない。
俺も――普通に死ねる。
終わる時は一緒だ。何があってももう離さない。絶対に。
俺は静かに写真立てを戻した。そして、再び台所の物色に勤しんだ。
シェーンには悪いが、何か食べ物がないとまずい。
俺がゴソゴソしていると、テーブルの上に手紙があるのに気がついた。何かと思えば、シェーンからの置手紙である。
『これ食べてね』・・・ハートマークつきでカップヌードルシーフード味に矢印が引っ張ってある。・・・短い時間でシェーンという人間を理解しようとした俺が馬鹿だったのだろうが、やはり物凄く面食らう。年なら俺たちと同年代ぐらいだろう。20代後半の女がこんな女子高生みたいな・・・
まぁ、いい。もらおう。
お湯は・・・沸かさなければ、ない、か。
鍋に手をかけた。ひんやりした感触が全身に伝わる。――また出て行かなければいけないことを負担に思っているのは、雪よりも寧ろ俺なのかもしれない。こうやって、ゆったりした時間を過ごしていても・・・何か漠然とした恐怖がある。
俺は廊下を少し歩くと寝室を確認した。雪が寝返りを打っている。
大丈夫だ、そこにいる。
自分に言い聞かせると、少しだけ楽になった。

やっぱり、雪が側にいないからこの不安が起こるらしい。俺は――・・・何なんだろう?鍋まで寝室の前まで持って来てしまって。
冷静で沈着、それが俺のウリだと思っていたのだが・・・
どうもそうでもないらしい。ここまで阿呆になりきれるのだから。
俺は少し苦笑しながら台所に戻り、水を入れるとコンロにかけた。


「はるか・・・」
俺がお湯を入れたカップヌードルを見つめていると、雪が心配そうな顔で台所のドアから覗いていた。俺は雪に笑いかける。
「疲れは・・・とれたか?」
雪は俺の方をゆっくり見ると、静かに頷いた。
「・・・そうか・・・」
雪は大きくゆっくりと伸びをしながら俺のほうに歩いてきた。
「何してるの?」
俺は微笑みながら、コンロの近くにあるカップヌードルシーフード味をテーブルの上に移す。
「食べようと思って。」
2つ並べられたそれは、両方とも既にお湯が入り、皿で蓋をされていた。もうそろそろ食べれるはずだ。
「腹ごしらえしなきゃならんだろ?」
「・・・また、逃げるから?」
雪の直入な言葉に、俺は一瞬戸惑ったが・・・頷いた。
「そうだ。これを食べたら――」
すぐに。
「そっか・・・。少し会いたかったな、シェーン。」

もう、時間は夕方だった。
流石に気象予報士と言えどそろそろ帰ってくるだろう。シェーンが帰ってくる前に、ここを出なければならない。
ふふ、と笑う雪に俺は罪悪感を感じていた。もしかしたら、黙っていればシェーンは何も知らないままかも知れなかったのに。俺が、雪の正体を教えてしまったようなものだから。あとから考えたら、どんな馬鹿でもあの台詞を聞いたら――気付くだろうな・・・。
彼女が帰ってくると同時にケリーの手の者が来て殺される、ということになりかねない。
「でも、それは・・・」
「わかってるよ、私はまだ死にたくないから。」
雪は凛とした表情で机に近づく。
「私には、悠と2人で過ごせる未来が見えてるの。」
雪はサラッと髪の毛を後ろに払い、しっかりと言い放った。
―――――綺麗だ。
いつのまに雪はこんなに綺麗になってしまったのだろう・・・いや、最初に会ったときから――ずっとずっと綺麗なままなんだ。それに俺がたまにはっと気付かされるだけ。
「そろそろいいんじゃない?――食べようよ。」
雪は小さな折り畳み式の椅子を取り出すと、それを組み立て、座った。俺は静かにラーメンの蓋を剥がす。栄養不足、と言われればその通りだと思う。だが、俺たちに栄養など考えている暇はなかった。一応錠剤を飲んでいるから大丈夫だ。
でも――女々しいと笑うかもしれないが、たまに・・・雪と2人でゆったり野菜でも頬張りたいと思う・・・。
「いただきます♪」
雪は嬉しそうに割り箸を割ると、ズズッとラーメンを吸った。
「おいしいよ〜、悠も、食べなよ。」
いつもいつもこう言った食べ物なのに、雪は文句一つ言わない。我慢しているのはわかっている。わかっているけど・・・
その感情が、たまらなく気持ちいい。雪の隣にいると心が落ち着く。
「あぁ。」
俺は頷くと箸を手にとった。


布団が片付けられていく。
俺たちは食べ終わって、そして・・・出て行く準備をしていた。
「悠。」
雪が俺の前に回りこんで笑う。
「布団、片付けたよ。」
「・・・忘れ物、ないか。」
思わず言ってしまった言葉に、また雪は笑う。
「持ってくもの、何もないよ。」
くす、と笑う雪。――毎度のことなのに俺はまた雪を綺麗だと思う。
ふ・・・と、昨日シェーンと喋っていた場所を見た。昨日は笑顔で喋りあっていたのに、こうして帰ってくる前に出て行こうとしている。彼女も『アメリカ人』なのだ。国境というものは消えたが、同族意識はまだ痛いぐらいに残っている。外のものを排除し、内に篭るという人間の習癖。自らを防護するための人間の手段。
しかし、シェーンのような毒気のない人間にまでそうやって毒のような感情を植え付けてしまうのは・・・やはり、『VAIO』が関わっているから、か。自分の――、他人の命が掛かっているから・・・いや、国の存続にも関わることだから。現に日本の中心である東京は『VAIO』によって半ば壊滅状態だ。今、あの血液などで必死になって残りの感染者の命を絶っているらしいが・・・。その作業をするのも並大抵の精神じゃやっていられない。
なら、結菜はどうして隔離施設にいた全員を殺すことができたんだ?
結希や祐爾の顔が浮かぶ。梓、光秀。全ての人間があそこでは輝いていた。『VAIO』によって起こった精神ショックが彼らから人間らしさを奪ったからこそ、彼らは『人間らしい』生活を送ることが出来ていたのかもしれない。今の人間に渦巻く、欲とか・・・裏切り、とか・・・憎み合いも。・・・しかし、それと同様に――ほとんど、誰かが誰かを愛することもなかった。身体だけの関係はあったようだが、本当に愛し合っていた感染者たちは・・・。
だからか?
だから、結菜は躊躇うことなく人を殺せた?
『VAIO』感染者たちを人間だと思っていなかった?

結菜の笑顔が――ちらつく。

もう今となっては確かめる術もない。
皓と浩、茶道好秋が全てを壊してでも愛し抜いた女。その女が利用しようとした『VAIO』。
そして、それを作った浩と皓。
俺は静かに自分の胸を押さえつけた。死んでいった奴らの意志を・・・今更ながらに、偲んだ。
「・・・悠?」
雪が心配そうに覗き込む。皓と浩が何もかもを壊してでも結菜を愛していたように――・・・俺も、全てを犠牲にしてもこいつを守りたい。雪を傷つけるもの泣かせるもの哀しませるもの苦しませるものは全て潰す。
それなのに、どうして俺はこうやって雪に不安げな顔をさせてしまうのだろう?
馬鹿か。
「どうしたの・・・?」
俺が少し自嘲気味に笑うと、雪はさらに心配そうに俺にそっと手を伸ばした。雪がたまらなくたまらなく愛しくて、俺は思わず抱き締めた。
「ちょ・・・悠!?」
急に思い出されるのが昨日のシェーンの言葉。シェーンは目を丸くして言っていた。

『貴方たち、まだ結婚してないの――!?』

結婚。
今まで考えたことすらなかった言葉にいきなり心が躍らされる。雪と、形の上でも結ばれるなんて。
最初はいきなり抱き締めた俺に戸惑っていた雪が、ゆっくりと俺の背中に手を回す・・・。雪の体温が、確かに伝わってくる。
俺は、雪と結婚したい。
もう一度抱き締めると・・・静かに優しく唇を重ねた。
雪の温かさ、雪の感触、雪の味。
俺は―――――・・・・・・。

ゆっくりと身体を離すと、雪の息が少しだけ上がっていた。俺は雪の頭をゆっくり撫でる。
「行くか。」
雪は無言でこくり、と頷いた。
 
 
 
コメント:
2005.01.29.UP☆★☆
う〜ん、このモノローグの多さ。(滝汗)
読みにくいけれどまたなんとかついてきてくださいm(__)m

 
 
82話へ。
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