V A I O 83
 
 
 
 
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◇ ◇ ◇


「・・・・・・。」
男は、その女を見つめながらただ首を傾げていた。
どうしても理解できなかったのだ。どうしてこの女がこんなにも金があるのかが。
女の周りには黒スーツの男たちが3人いる。女の姿を完全に窺うことは出来なかった。

女の職業は知っている。知っているからこそ、男はやはり信じられない。どうして、どうしてこの職業で儲かる?男は女のその職業に対して、完全に博打的な性質しか認めていなかった。
しかし、現にこの女は今――・・・莫大な金で、普通ならばありえないことをやってのけているのだ。
男は溜息をついた。今日は暇な夜になりそうだ・・・。

そして、ウィーン・・・という機械的な音に、男ははっと顔をあげた。
「いらっしゃいま・・・」
言いかけて、はたと思い出す。
「申し訳ありませんが、今夜は満室になっておりますので――」
「満室?」
「はい。全室、こちらのお客様の貸切になっております。」
自動ドアから入ってきた客・・・そう、俺と雪にそのホテルマンは言った。俺と雪は思わず顔を見合わせる。貸切って・・・このホテル全てを?そんなことがあるというのか?
ふとそこにいた女を見た。女は落ち着いたイブニングドレスのようなものに身を包み、肩から淡い紫のショールを掛けている。髪の毛は白っぽい金髪だが、肩先までのセミロングで毛先が内側にカールされていた。年は40代だろうか?だが『女』の綺麗さは失っていない。そして、とても落ち着いた印象を受ける。さらに、周りにいる男たちがその女を"VIP"だと位置付けていた。
まぁ、世の中には金が有り余っていて、遊園地を息子のために貸切にする奴もいるんだから、自分のためにホテルを貸切状態にするとかは朝飯前か。
「【・・・どうする?】」
俺は雪を振り返った。雪は困ったように微笑む。
「【この近くに他に泊まれる場所ってあったっけ?】」
・・・この会話を、日本語でしたら・・・いきなり、その女が立ち上がった。俺と雪は驚いて女を見る。女は真っ直ぐ俺の瞳を見つめていた。女のヒールの高い靴が放つカツンカツンという足音が妙に響いた。
「貴方たち、日本人?」
女は少し笑いかけた。日本語で話をしたのは失敗だった――!つい、外じゃないということに気を許してしまった。自分で後悔したがもう遅かった。俺は誤魔化せないと悟り、ゆっくり頷く。
しかし、女は別に敵意がありそうには見えない。ゆっくり紅い唇をにいっと吊り上げ、今度は雪の方を見ながら訊いた。
「ここに泊まりたいの?」
雪も一瞬言葉につまりながら、答える。
「泊まりたいっていうか、外の景色を見たいんです。」
「外の景色?」
楽しそうに聞く女。俺と雪は顔を見合わせたが、雪が続けた。
「はい。この地区で一番高いビルを探してまして。」
「一番高いビル?」
「はい。下から見ていてもよくわからないのでホテルから見ようと・・・」
「あぁ、じゃあ最上階じゃなきゃ無理ね。」
女は優しく微笑んだまま、後ろにいる男たちの方を振り向いた。
「貴方たち、申し訳ないんだけど最上階じゃなくてもいい?」
「はい。」
男たちは3人とも声がそろう。俺と雪はぼうっとその女を見つめた。
「ねぇ、泊めてあげるわ。」
「えっ?」
「その代わり、2つ頼みがあるから聞いてもらえる?」
俺たちはまた戸惑う。答えないでいると女は続けた。
「ひとつは、私の仕事に付き合って欲しいこと――・・・そしてもうひとつは、日本語を教えてくれる?」
俺はちらりと雪を見る。雪も心配そうな顔。まぁ兎に角、女は『日本人』に対して敵意はないようだが・・・『VAIO』に敵意がないとは言い切れない。だが、ここで泊まらせてもらえばかなりの時間短縮にはなる・・・。
俺はゆっくりと雪に頷いた。雪も俺の瞳を見ながら頷き返す。
「わかりました。」
「泊まってくれるっていうこと?」
「はい。・・・・・・ありがとうございます、助かります。」
「それは、どういたしまして。」
くすりと笑う。綺麗な『女』だ。雪とはまた違う。ずっと成熟した・・・女だ。

ふとフロントを見るとホテルマンが呆然と事の成り行きを見守っていた。それに気付いた女が今度は笑顔ではなくキツイ表情でその男に言った。
「とりあえず、この2人と私の友達――・・・そう、来たらすぐわかるわ。まぁ、彼女と、ボディーガードの3人、そして私。それ以外には通さないようにしてね?そうしないと貸切の意味がないから。」
男は無言でコクコクと頷く。男は明らかにホテルマンとして晒してはならない姿だった。
だが、俺はそのときの女の一言を聞き逃すことは出来なかった――
「落ちるわね、此処。」
今までの優しげな声のトーンとは違う、低いボソッとした声。その辛辣さ。一瞬身体が引き攣ったのが自分でもわかった。――この女、絶対に只者じゃない。・・・そうだ、忘れかけていたが、ホテルを貸し切るほどの金持ちなのだ。事業かで成功したのだろうが、夫が来ないということは、完全に女1人の手柄ということか。
何をしたんだ?
「貴方は、何の職業なんですか?」
「職業?」
女は少し考える素振りを見せた後、小さく笑った。
「・・・ある意味、無職よ。」
「無職・・・?」
「えぇ。」
「えっ・・・じゃあ、どうやってこのホテルを貸し切ったんですか?」
雪が瞳を丸くして尋ねた。女はとても機嫌をよくした様子で、上を見上げながらゆっくりと答えた。
「お金があるからね。」
「その金はどうやって手に入れたんです?」
「う〜ん・・・・・・気が付いたら手元にあったというか・・・払ってくれたと言うか・・・」
女は笑顔を絶やさず、続けた。
「そうね、情報より高いモノはないってことかしらね。」
「情報・・・・・・?」
俺と雪はさらに首を傾げた。ネット業界の人間か?しかし、それにしても儲けすぎている。しかももし会社を運営しているとしたら、この金の使い方はあまりにも間違っている。世界を牛耳るほどの大きさならありえるかもしれないが・・・そんな会社は、今ほとんど存在していないのだから。
「まぁ、後から手伝って貰うから。嫌って程わかるわよ。」
それだけこちらを見ずに女は言って、歩き出した。
「さ、部屋に行きましょう。」
俺と雪が怪訝そうな顔をしていると、振り返り、少し考え込んで言葉を紡ぐ。
「【イ・コ・ウ・ヨ。】」
「日本語――!?」
「あ、通じた?まぁ、こんな片言だけど練習してるからね。これも教えて欲しいし。さっきからの様子だと、時間もないんでしょう?早く行きましょうよ。」
雪が俺に小さく頷く。俺はしっかりと雪の手を握ると歩き出した。
「あ、そうそう。」
急に立ち止まる女。
「名前は?」
「名前は―――――・・・」
ここで、本名を言ったらきっとまた同じことの繰り返しだ。いくらなんでも俺たちだって学習する。
「ユキトウシと、ササオカメイミだ。」
なぜか湯木と篠岡の名前を頂くことが多い。・・・まぁ、周りにいて差し障りもない人間と言うのがあいつらぐらいしかいないからなのだが。
しかし、俺の言葉を聞くと女は一瞬硬直したあと、もう一度続けた。
「もう一度、訊くわ。――名前は?」
俺は眉を顰める。
「え・・・だから・・・」
「っと、前置きがいるのね。あのね、私は本名を聞いているのよ?」
女の顔は笑っていなかった。
「だから、―――――名前は?」
「え・・・・・・・・・・・・」
雪から呆然とした声が漏れる。俺に至ってはあまりに驚いて声も出なかった。
どういう、ことだ?どうしてこの女は気付く?俺たちは何度ももう嘘をついてきた。今更嘘をつくときに動揺することなどないのだ。なのに、この女は名前を言った瞬間にそう返してきた。
どういう、ことだ?
「答える気がないの?」
確かにこのホテルに入れてもらえなければ不都合が色々生じる。時間ロスもそうだが・・・・・・・・・最近、雪の体調がおかしい。すぐに息が上がってしまうんだ。こんな生活を続けているのだから当然と言えば当然なのかもしれない。だから、・・・だから、一秒でもいいから早く休ませてやりたい――。また追われる危険性のある外に出て行くなんて絶対にしたくない。
だが、本名を言うリスクに比べたら――・・・
俺は静かに首を縦に振った。女から溜息が漏れる。
「そう・・・。――じゃあ、ハルカとユキでよかったかしら?」

「!!!???」
・・・・・・・・・・・・・・・
なん・・・・・・・・・だと・・・・・・・・・?

「その顔は当たりね。本当は貴方たちの口から聞きたかったんだけども。」
女は笑う。
「どうして・・・?」
「これが私の『お仕事』と大きく関係してるの。」
「仕事・・・?」
「私は無職のつもりでいたんだけど、そういうわけにはいかないみたい。お金が入ってくるから税金も取られるし、申告しなきゃいけないし。何だかんだで有名にもなっちゃったしね。ここアメリカ地区では、ほとんどの人間が顔を見たら指差してくるし。」
「貴方は・・・誰ですか?」
もしかしたら知っているのかもしれない。アメリカ地区に来てから兎に角ニュースだけは見るようにしている。・・・ケリーについて何か分かるかもしれないと思って、だが。
「私?私は――ただの一介の主婦だった人間よ。」
「名前は?」
「名前――・・・そうね、名前・・・・・・・・・本名の方がいいかしら?それとも世間一般に知られてる名前の方がいいかしら?」
「どっちでも・・・いいです。」
「ジュエル・カートンよ。これが本名なのかそれとも偽名なのかは黙っておくわ。――貴方たちも最初嘘つこうしたわけだし。」
やはり、少し怒っていたようだ・・・。俺は気付かれないように少し肩を竦めて見せた。
「カートンさん・・・」
名前にも聞き覚えは、なかった。
「あぁ、カートンはやめて。名前でいいわ。」
「ジュエルさん・・・か。・・・申し訳ないけれど、俺たちは貴方のことを知りません・・・」
ジュエルは一瞬驚いた表情をした。
「えっ?――あぁ、そんなの正直な話どうでもいいのよ。だって、私と貴方たちを繋ぐ上で、普段の私を知ってようが知らなかろうが同じでしょう?今此処に見えることだけが真実なんだから。」
ジュエルはそれだけ言うと、少しだけ上を見た後、もう一度呟いた。
「・・・そう、見えるものだけが真実。だけど、見えるならば信じられなくてもそれが真実・・・。」
「・・・?」
雪と俺は怪訝そうな顔で見つめたが、ジュエルは顔色一つ崩さない。
「行きましょう。」
そして、俺たちの前をさっさと歩いて行ってしまった。



「さて、それじゃ手伝ってもらいましょうか。」
ホテルの最上階は36階だった。通された部屋は極上のスイート・ルーム。あまりの広さに、人を自分の部屋に呼ぶ理由もわかった。・・・というか、此処さえ借りてしまえば別にホテル貸し切る必要もないだろうが・・・。パーティー会場並の広さの部屋の真ん中にとても大きな机があった。其処の椅子に座ってジュエルは俺たちを招いている。
「手伝う前に・・・仕事の内容を、教えてください。」
「そうです。私たちも、知らないことじゃ・・・手伝えません・・・」
俺と雪の言葉に一瞬目を丸くしたジュエルだったが、すぐに可笑しくてたまらない、というように笑い出した――。
「あははははっ、そう、そんなに知りたいの?」
「・・・・・・はい。」
「知らなくても十分に手伝えるわよ!」
軽く言ってのけるジュエルに、雪が言葉を搾り出した。
「・・・・・・?それじゃ、わかりません・・・。お願いです、私たち今色々すごく不安で・・・・・・はっきり、させてください。」

気付かなかった――・・・気付かなかったが、雪の声が震えていた。注意してみると身体も小刻みに震えている。こんなに、こんなに怯えていたのか・・・?それなら名前のことがなくても何でもいいから最初から逃げ出せばよかった――。
「そう?――まぁ、簡単に言えば・・・貴方たちの未来を見せてもらおうかなと思って。」
「未来―――――?」
「そう。仕事っていうかね、最初は趣味でやってただけだったの。それが何時の間にか仕事になっちゃったから、たまには息抜きもしたくてね――。趣味の範疇で、貴方たちの未来を見たいの。」
俺は、まさかと思いながら言葉を紡ぐ。
「・・・・・・占い師、なんですか・・・?」

「―――――そんな不確かな奴らと同類にしないで。」
明らかにジュエルの機嫌が悪くなった。俺は慌てて続ける。
「じゃあ何なんですか?」
ジュエルはふんと息を鳴らした後、座り直して息を吸い込み、こう言い放った。


「透視能力者よ。」
 
 
 
コメント:
2005.03.12.UP☆★☆
予定より一日遅れてしまって申し訳ありません。
悠の敬語にめちゃくちゃ違和感がわるのは私だけでしょうか。(ぇ)

 
 
84話へ。
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