V A I O 84
 
 
 
 
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「透視―――――?」
「そう、透視。まぁ私の場合はその人の過去と未来しか見ることは出来ないけどね。」
「でも、そんなことこそ不確かなんじゃないんですか?」
雪の口から思わず出てしまった言葉。しかし、ジュエルは機嫌がそれ以上悪くなった様子もなく、続ける。
「――・・・貴方たちは、『パラレルワールド』の存在は知ってるでしょう?」
俺と雪は同時に頷く。
「はい。というか、今の世の中で知らない人間の方がいないでしょう――」
「でしょうね。何て言ったって、あれが発見されてから今の暦、『鏡暦(キョウレキ)』が始まったしね。・・・・・・私には、その別世界の『パラレルワールド』を垣間見ることが出来るの。」
「・・・は?」
『パラレルワールド』の存在が実証されてから早100年・・・存在こそ漸く誰もが信じるようにはなったけれど、それを見ることが出来るとは誰もが思っていなかった。いや、決して見てはいけないものだとされていた。
『パラレルワールド』とは、世界が『今』だけではないという世界のことである。それは『過去』であり『未来』であり『選択しなかった世界』でもあった。同じでいて全く違う『今』すら存在しているという・・・。例えば、違う職業に就いた自分も存在しているという。
もし、『パラレルワールド』がなければ、全ての『過去』が存在せず、世界は『今』の連続となってしまう。そうなれば人々は過去を温めて進歩することはなく、『未来』も結局『今』でしかない――ということが、今の地球での常識となっている。『未来』があり、いつかは『今』が『未来』を迎えるのは、『パラレルワールド』があるからなのだ・・・。
だが、それを見るだと?
そんなの、宇宙の果てに行ったことがあるというのと一緒ぐらいの言葉である。存在があるのは知っているが、それは――不可能だろう?
 
「・・・・・・・・・。」
「貴方たちが信じられないのもわかるけど。でも、見えるのだからしょうがないでしょう?見えるならば信じられなくてもそれが真実なのよ。」
ジュエルはただそう言った。
「まぁ信じてくれなくてもいいわ。とにかく、私の趣味としてやりたいの。」
雪が首を捻る。
「どうして・・・?わざわざ・・・」
ジュエルは自嘲気味に笑う。
「最近ビジネスにしかなってなくて・・・何だか堅苦しかったから。――あるでしょう?趣味として大好きだったのに、ビジネスになった瞬間面白くなくなったもの、って。」
俺と雪は顔を見合わせた。2人とも、大して働いた経験がない。
俺と雪が無言でいると、ジュエルは小さく笑った。
「わからないのね?まぁ、いいわ。とにかくいいでしょう?」
「はい・・・」
俺は頷く。まぁ、見られたからって減るもんじゃないだろうし。それだけで・・・雪の休める場所と、この窓から見える景色を手に入れられるのなら。
 
それに、――このときの俺は、ジュエルの言葉を何も信じていなかった。
普通信じられるか?いきなり『未来』が見えるなどと言われて?
まぁ、それに縋るほどのどうしようもない役人たちならわかるが―――――俺は、自分の未来は自分で決める。そして・・・・・・雪の未来も?ぎ取ってやる。
 
 
そんな阿呆なことを考えていた・・・。
『未来』の情報と言うものを甘く見て。
 
 
それが・・・・・・全てを破壊することになるなんて―――――思いもしなかった・・・・・・
 
 
 
 
 
 
「じゃあまず――ハルカから見るから♪」
ジュエルはひとり非常に楽しそうだった。俺と雪は合わせて笑った。お好きにどうぞ、それぐらい――。
 
ジュエルはそう言うと、俺の瞳をひたと見据えた。心なしかジュエルの瞳孔が開いている気がする。瞳孔なんて自分の意識で操作できたか?
「ジュエルさん――?」
「静かにして。」
俺が口を開いた瞬間ぴしゃりと言われた。俺は口を噤む。
ふぉうっという生暖かい、嫌な感じの風を肌に受けた気がした。――気がしただけで実際室内に風が吹いているわけはないのだが・・・。
ジュエルから感じる気とでもいうのだろうか?・・・・・・並じゃない集中力のなせる業・・・
 
流石に俺も雪も緊張してきて、身動き一つ取れなくなっていたときだった。
どんどんどんどん!
ドアを叩く音がだだっ広い部屋に響いた。
「開けてよ、私よ!!!」
綺麗な若い女の声。ジュエルはいきなり斜め45度ほど後傾した。
「ジュエルさん!?」
「あぁ・・・・・・・・・集中が切れた・・・・・・」
がばっと身を起こすと、立ち上がる。
「間の悪い時に来て!」
そして側にあったボタンを押すと、ドアを叩く音が消えた。ドアが開いたのだ。
「えっと・・・?」
「あぁ、たぶん私の友達が来たの。今夜は最初から彼女を招待するつもりだったからね―――――彼女が来てから始めればよかった!久しぶりに凄く清々しく集中できてたのに・・・」
ジュエルは困っている俺たちに向かって、・・・なのか、独り言なのか、ブツブツ呟いた。
「お友達って・・・誰なんですか?」
雪が尋ねる。ジュエルは――俺の心にずっと引っ掛かってしまうことになるのだが――今までにないほどの、笑顔を浮かべていた・・・。
「最高の女よ。」
 
・・・・・・・・・?
何処かで聞いた台詞?
 
 
 
「はろー、ジュエル!来たわよ〜♪・・・って、お客さん!?」
ジュエルの言葉とほぼ同時に俺たちのいる部屋に入ってきた女は、俺たちが其処にいるのを見て心底驚いた表情をしていた。
「ジュエルが客を部屋に入れるなんて――!!」
「何だか彼らからはいい雰囲気がしたから。」
「へぇ、そうなの?本当に珍しいわね。」
くすくす、と笑ったあと、女は俺たちに向き直った。
「初めまして。いきなりごめんなさい。」
ブロンドのロングヘア。肩だけが見えてるタイトな濃い茶色のワンピースは、その女によく似合っていた。一目見ただけで誰もが認める抜群のプロポーション。そして、明らかに――絶世の美女、と称すことが出来る容貌をしていた。
だが・・・・・・見たことがある・・・?
俺がそう思った瞬間、その女と目が合った。女は一瞬考えたあと、わっと口に手をあてる。
「嘘―――――!?ハルカ!????」
う。――やっぱり、こいつは―――――・・・
「ハルカ・・・よね!?合ってるわよね!?」
「そうだ。――・・・エリカ、か・・・・・・?」
「当たり♪覚えててくれたのね!〜〜〜〜もう、久しぶりね〜っ!!」
エリカは信じられない〜っと叫んできゃあきゃあ飛び跳ねた。ジュエルと雪はぽかーんと見ている。せ、説明しないとまた雪に疑われ――
「は、悠・・・。誰?」
先に訊かれてしまった。
「知り合いだったの・・・?」
ジュエルまでそう呟く。俺は何だか少し居づらくなりつつ、口を開いた。
「随分前に・・・一緒に仕事をした人間だ。」
「そう。ハルカには――あんまりお世話になってないけど。よくお互い覚えてたわね!」
エリカが嬉しそうにまたきゃあと叫んだ。というか、お前ぐらい美人だったら此の世の男は全員忘れないだろ――。
雪の表情がだんだん面白く無さそうな顔になっていた。
「っと、隣の彼女には初めまして、よね。私はエリカ・M・クライスって言います♪」
「私は雪です――水無月雪。」
と、自己紹介を突然始めた2人。面食らってしまって流しそうになるが、
―――――やはり、エリカの一言は流せなかった。
「クライス―――――!?」
「そうよ?どうしたの?」
「エリカ、お前名字クライスだったか・・・?」
「えぇ。って、実はつい最近変わったの☆」
「な!?」
 
まさか、まさかまさかまさか・・・・・・こいつは――
 
「お前、まさかケリーの・・・?」
「えっ、何、ケリーを知ってるの?」
その言葉にピクリと雪とジュエルも反応する。
「やっぱりケリーって有名ね!あ〜私も鼻が高いわ♪ね、ジュエル。」
俺が口を挟む間もなく喋るエリカは、ジュエルにも話を振った。俺は慌てて付け加える。
「ジュエルさんもケリーを知っているんですか!?」
「知ってるって言うか・・・・・・知らない方が可笑しいわよ?」
呆れたように笑うジュエルに俺は口を噤んだ。やはりこの街ではケリーの知名度は半端じゃないようだ――。
「ケリーみたいに、ちょちょいっと街を動かせる男はいいわよね。」
「えっ・・・そんなにケリーって強いんですか?」
雪が驚いて聞く。エリカはふわりと笑った。
「強いっていうか・・・権力持ち?何だか政治家から有名企業から、みーんなケリーの言うこと聞くのよ?」
エリカは喋りながら上着を脱いで椅子の背もたれの部分に型崩れしないように掛けた。そしてその隣の椅子も引き出し、そこに座る。
俺がさらに質問をぶつけようとしたら、その前にエリカが喋りだしてしまった。
「権力持ちと言えば、あのカレはどうなったの?」
「カレ?」
聞き返すと、エリカはぷぅと膨れた。
「あの、一緒に仕事したときにいたじゃない、超権力持ちの男が!」
「・・・・・・???」
俺が悩んでいると、ジュエルがコキコキ、と首を鳴らした。
「何の仕事をしたの?あんたとハルカが一緒の仕事なんて――」
「えっ、エリカさん何の仕事なさってるんですか?」
ジュエルの言葉に思わず被せてしまった雪。しまった、と思ったが、ジュエルはつまらなさそうに溜息をついたあと口を噤んでしまった。
「モデル――かな?最近はメイク&ファッションアドバイザーとしての仕事のほうが多いけど。流石に年でね。」
「いくつだ?」
「あら、レディーに年を聞くのは失礼よ。」
エリカはそう言ってにこりと笑った。しかし――確か一緒に仕事をした4年前ぐらいに既に28とかだった気がするから・・・
「で、2人で何の仕事をしたの?」
少しイラついた口調でジュエルがもう一度聞いた。エリカは笑顔を崩さぬまま答える。
「えっと、マスメディアの企画に出たの。あれ――・・・『VAIO』についての認識がまだ甘かった時期だったから、それを伝えるプログラムを作ろうって言って、各地区の著名人が集まったの。アメリカ地区代表は私とその当時のこの地区の領主が行ったわ。」
そう。それで、日本地区では代表者として俺と――
「あぁ、権力持ちって・・・・・・あいつか。」
「思い出した!?カレ、一目見て気に入ったんだけどちっとも私に靡かなかったから。」
エリカがわくわくした瞳で見つめてくる。
――だが、あいつは・・・
「あいつがどうなったかは、ニュースかでやっただろう?」
「・・・それは知ってるけど・・・・・・どうして死んだのかって聞きたかったの・・・」
エリカの語尾が段々弱くなる。俺が流石にフォローを入れたほうがいいかと口を開きかけたとき、ふいに服の裾が引っ張られた。
「『あいつ』って・・・?」
 
「あぁ・・・・・・お前の、父親だよ――・・・」
『え―――――?』
エリカと雪の声がハモッた。
 
 
 
コメント:
2005.03.26.UP☆★☆
おっと、また予定日より1日遅れ〜(><)
エリカさん登場〜。悠との微妙な過去が!

 
 
85話へ。
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