V A I O 85
 
 
 
 
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「どっちの――?」
 
「・・・・・・え?」
雪が思わず溢した言葉にエリカとジュエルが怪訝そうな顔をする。雪は慌ててパタパタッ、と手を振った。
「あ、いや、私、親が離婚したんで――」
「あぁ、そう。」
ジュエルが普通に流した。・・・まぁ、離婚なんて今の地球にとっては2人に1人以上が経験しているが。
「で、どっち・・・?」
俺は雪の言葉に少し笑う。
「――――・・・好秋以外に誰がいる――?」
 
皓が、そんな公の場に出てくるわけがないだろう?
結菜以外の人間に興味すら湧かなかった、皓が。
「・・・そう、だね。ごめん。」
「いや別に謝らなくていい。」
「でも――・・・そっか、お父さん、そんなとこでも悠と関わりあったんだ。」
くす、と雪が嬉しそうに笑った。実は俺は全く最初乗り気じゃなかった。あれが俺と好秋の初めての出会いだったのだ。最初はそんな世間様一般に顔が知られるような仕事は何があっても拒否したいと思っていたのに。
 
そう、総理大臣が好秋でさえなければ―――――
 
 
   ◆   ◆
 
「――という仕事なんだが、引き受けてくれるか?」
その男・・・湯木藤志は、『どうせこいつ受けねぇだろーな』という瞳を俺に向けながらそう言った。
「嫌です。」
そして俺はその期待に抗わずそう答える。湯木は大げさにはぁと溜息をついた。
「あーわかった。お前は確かにそういう奴だ。まだ知り合って1年ぐらいだけどな、流石の俺もわかってきた。・・・けどな、今回のだけは受けてもらわなきゃ困るんだ。」
「何故。」
湯木は手に持っていた書類を机の上にバァンと叩き付けた。棚の上のデジタル時計の画面が一瞬揺らぐ。
「―――――総理大臣様が出るんだ!」
俺は腕を組んでソファの背もたれに大きくもたれた。『また』、上の命令か。この湯木という男は、何にせよそればかりを口にする。自分じゃ何も出来ないというのか?馬鹿にも程がある。
俺は、全ての人間を敵に回してもあいつを生き返らせるつもりでいるのに。
「・・・で?」
「で、じゃないだろぉ!?わかってんのか、総理大臣様だぞ、そ・う・り・だ・い・じ・ん!!!この地球をまとめておられる方だぞ!?」
「貴方が―――――そんなにも総理大臣崇拝だとは知りませんでしたよ。」
「嫌味な奴だな・・・崇拝してなかろうが、しょうがないんだ。」
湯木は完璧に怒っているようで、口調がかなり冷たくなっていた。しかし、そんなことで俺の心が動くはずもない。俺も冷たい瞳で見つめ返した。
「その総理大臣様とやらが、直々に申し込みに来てくださるんなら考えますけどね。」
「―――――っ!?そんな暇があるわけないだろう!?考えてくれよ相手を・・・」
そう、断るための言い訳に俺はそう言ったんだ。断るためだけに。
「頼む・・・この通り・・・」
湯木が必死になって頭を下げていた。
「ほら、アメリカ地区からはあの有名モデルのエリカまで来るぞ?」
俺は無言だった。目を閉じて下を見る。・・・・・・眠い・・・。
「中国地区からは、カリスマ王妃の・・・」
「もう、いい。」
話を遮る。
「何があっても出る気はありません。」
湯木は、此の世の終わりかという顔をした。おそらく湯木の頭の中には、上からグチグチグチグチ言われる自分が想像されていたんだろう。
が。
 
「――僕が直々に頼んでも?」
くすり、と世界が動いた気がした。そしてドアが静かに開く。
「いきなり開けるな――」
湯木がそう言いかけて、いきなり口を噤んだ。
「な、な、な、な、な、な、!?」
湯木のこの動揺ぶり―――――・・・まさか?
「なな何で貴方がこここにおられなさりましたのですかっ!?」
日本語、間違ってる。・・・と突っ込みを入れそうになった自分を制しつつ、俺は入ってきた男をひたと見据えた。
 
―――――・・・似てないか?
誰、って――・・・・・・
 
俺と?
 
 
その男の方が俺よりもかなり年上らしく、実際の比較が難しかった。・・・けれど、きっと俺は年を取ったらこうなるんじゃないだろうか――
そのときはそう思った。今となっては、『俺は年を取ってもそうならない』が。
 
「貴方は――この地球の――」
「そうだよ、総理大臣職を務めるものだ。」
にこ、と笑ったその男は――笑顔の中にも隙を少しも見せないで――俺に向かって頭を下げた。俺も少し会釈する。
「君とは、会いたい会いたいと思っていたんだ。今日、偶然本部ビルに用事があってきたんだけど、君が来てるって聞いてね・・・寄ってみたんだよ。」
「・・・・・・・・・。」
「っと、自己紹介がまだだったね。僕は、茶道好秋といいます。よろしく。」
無防備に手を差し出す好秋。俺は少し躊躇いながらも、一応この星のトップだし、と、握手を受けた。
「・・・鷹多悠です。」
 
握られた手。
俺は、どうしても好秋の瞳から目が離せなかった。
似てる―――――・・・絶対に、似てる―――――・・・
 
誰?
 
――俺?
 
確かに、この人は俺に似ている。
けれどこの瞳は―――――俺じゃない・・・俺じゃないけど・・・
 
知ってる―――――?
 
 
 
好秋は、俺の手を離さなかった。俺も、好秋の手を握ったままだった。
「君、少し外してくれるかな?」
湯木に向かってにっこりと微笑む好秋。湯木はしゅぴっと立ち上がり、緊張した声で大きく返事をすると、大きな音を立ててドアを閉めた。ドアノブがはずれそうになるぐらい軋んでいる。
「鷹多悠君。」
俺の名前を、値踏みするようにしっかりと一字一字発音した。
「・・・はい。」
 
「――雪は―――――死んだんだって?」
 
笑顔が好秋の顔から消えていた。何時の間にか握られた手も離されていた。
 
"ユキ"。明らかに、湯木のことじゃない。明らかに、明らかに、明らかに、
あいつの、ことだ。
どうしてこの男がそれを聞いて来るのかなんてどうでもよかった。ただ俺は、迷わず答えた。
「死んでません。」
 
死ぬという定義が、確実なものとなったのは、この鏡暦という新しい暦が始まったのとほぼ同じだった。平行世界――パラレルワールドの存在の証明と同時に、死というものまで定義された。つまり、死後の世界がどんなものかが証明されたのだ。――そう、死後の世界など存在しないと。死んだ瞬間にヒトは、その時のカタチを全て失うと。死んだら、全てが終わりだと。
そしてそれは・・・同時に、『死』んだヒトが二度と生き返らないことまで定義した―――――。
それを行うことは不可能であり、禁忌。ヒトが生物の枠を超えることは、必ず此の世の自然の摂理に逆らうことになるから。この世の中には、科学で証明されないことなどあってはならないというのが・・・常識として定着した。
 
だから、俺は頑なに言った。
雪は、死んでない。
 
 
「僕が誰だかわかるか?」
「・・・総理大臣様。」
少し皮肉っぽかったのかもしれない。好秋は俺の言葉を聞いて苦笑した。
「まあ、間違いではないけどね。・・・『茶道』という姓を聞いて、反応しないのかな?」
 
"茶道"―――――
引っ掛かるものがないわけがなかった。しかし俺にはそれが何だか思い出せなかった。
 
「・・・僕の見込み違い?」
「・・・・・・」
好秋は冷めた瞳を俺に向けた。そして静かに俺の手をとりもう一度しっかりと、存在を確かめるように握り締める。
「次会う時までに、答えを思い出しておいで。そうしなかったら、君の大事な『隔離施設』をぶち壊してやるから。」
びくんっ、と大きく俺の身体が揺れる。俺は思わず立ち上がった。
「そんなことをしたらたとえ貴方でも―――――」
「僕にとっても大事なものがそこにきっとあるんだろう?何を『隔離』するための施設なんだ?そして君は、彼女の何を見ているんだ?」
俺はゴクリと唾を飲み込む。
さっきは流してしまった事実が俺の胸を蝕んだ。どうしてこいつは『雪のことを知っている』?何を知っている?
 
「この仕事、引き受けるんだね。そうしないと、もう二度と僕には会えないから。僕に会えなかったら、どうなるか――わかっているだろう?」
半ば強制、か。俺は苦笑した。俺がどれだけ雪のことが大事かわかっているんだな・・・。
この男が誰なのかはよくわからないが、・・・確実に『総理大臣様』の器だ。
 
「わかりました。」
俺は頷いた。好秋は俺の手を静かに離すと、ドアの方に歩いていく。
「・・・・・・君とは、・・・まぁ、何だかこの後も何かある気がするけどね――・・・」
「え?」
「いや、何でもないんだ。・・・じゃあ、『また』。」
 
にこっと笑った好秋。似てないようで、似てる。
誰に?
 
誰って―――――・・・・・・・・・
 
 
パタン。
ドアの閉まる音と同時に蘇る記憶の欠片。
 
 
<はーくんっ、はーくん!>
<何だ?>
<あのね、凄い事に気が付いたのっ!私・・・そうよ、親が離婚してたのよ!!!>
<?>
<だからね・・・はーくんと一緒にいたとき、私は水無月雪じゃなかったの・・・『茶道雪』だったのよっ!>
 
 
 
<だからね・・・はーくんと一緒にいたとき、私は水無月雪じゃなかったの・・・『茶道雪』だったのよっ!>

 
 
 
 
そう・・・か・・・。そういう、ことか・・・。
どうして一瞬でも忘れたりしたんだろうな?
 
俺はひとり、もう一度ソファに座る。
 
「ふぅ・・・」
さっき『茶道好秋』に握られた手を額に当て、目を閉じた。
 
貴方の娘さんは死んでませんよ、総理大臣様。
 
 
   ◆   ◆
 
 
「って本当にそうなの!?」
エリカの声で俺は我に返った。
「はい。」
雪がにこにこしながら頷く。俺が好秋のことを思い出してる間にどうやら2人は好秋の話で盛り上がっていたらしい。
「でも離婚しちゃったんで、籍の上では違う人が父親なんですけど。」
少し哀しそうに雪は微笑むが、エリカは軽く笑いとばした。
「そんなの関係ないわ!貴方にとっては2人とも父親、それでいいじゃない。」
エリカはにっと雪に笑いかける。雪もエリカにつられて笑った。
「そうですね――。」
 
 
 
コメント:
2005.04.17.UP☆★☆
久々、過去話♪好秋君おひさー。(ぇ)
今度昔書いた外伝でもアップロードしたくなったよ。

 
 
86話へ。
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