V A I O 86
 
 
 
 
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「にしても、何か運命感じちゃうなぁー・・・カレの娘とこんなとこで偶然にも出会えるなんて・・・」
ほぅ、とエリカは溜息をつく。それを見てジュエルがぼそっと付け足した。
「偶然?――そんなの、私は前々から知ってたわ・・・」
「な、ジュエル・・・まさか、また視たの!?」
エリカはぱっとジュエルを見つめた。ジュエルは普通に頷く。
「だって、貴方があの時あまりにもその『サドウヨシアキ』さんについてぺらぺら喋るものだから。」
かくーっとエリカは項垂れた。
「あれだけ、私の未来は視るなって言ってるのに!私は『決められた』運命なんて真っ平ごめんだわ!この世の中は偶然だけで成り立っているのよ――1つ変わっただけで全てが変わる・・・。どれだけ低い確率か、って考えてときめく方が素敵だわ。」
そして、ばっとジュエルに向き直る。
「だからね?もう一度はやらないでよ?」
「わかってるわ。そうじゃなかったら、こうしてこの人たちのを視てなんかいないわよ。」
ジュエルは肩から落ちてきたストールを剥ぎ取り机の上に置いた。
「だからね・・・?私の邪魔をしないでくれない?」
「えっ?」
「私は、ハルカとユキの未来を視たいの、知りたいの。エリカとは夜通し喋るでしょう?この人たちは、とりあえず目的地もあるらしいし。まぁ泊まりたかったら泊まってても構わないし。部屋はたくさんあるから。・・・日本語も教えて欲しいんだけど、急ぐならそこまでは引き止めないつもりでもいるわ。――でも、その選択すら私が視る前だったら無効なわけ。だから、とりあえず私はこの2人のを視るから――。」
「そうならそうって言ってよ!私だって鬼じゃないんだから、ちゃんと静かにするわ。」
エリカはにこっと頷くと、側の椅子に座った。
「それにしてもハルカっていい志してるわね。『未来』がわかるなんて嫌じゃない?」
エリカの言葉にジュエルはぎっと睨みつけた。しかし、俺と雪は顔を見合わせるだけ。
だって――なぁ?そんな、他人から言われた『未来』を簡単に信じられるぐらいなら、最初から何もせずに暮らしてる。自分の力で何かをしようなんて――思わないだろう?
「って、その顔はもしかして信じてない?」
今度のエリカの言葉には、ジュエルは無表情で俺たちをみただけだった。俺はエリカに曖昧に頷く。
「あら、そうなの?」
エリカは少し瞳を丸くした後―――――、笑った。
「貴方たち、後悔するわよ?」

後悔?
そんなもの、するほどの価値があるのか?

その時の俺の感情を、後からどれだけ後悔したかわからない。―――――まだ、このときなら逃げ出せたのに・・・俺だけならともかく、雪まで巻き込んで・・・


終わりが来ることをあんなに恐れていたのに、どうして自ら終わりを招いてしまったのだろう。



「大丈夫だ。それ相応の覚悟はしている。」
「嘘吐きね。」
くす、とエリカが笑った。
「まぁ、ハルカがいいならいいけど。私は忠告したわよ?」
その言葉に、雪が俺の服の裾を引っ張った。
「雪、どうした?」
「悠・・・なんだか、私不安に・・・」
少しだけ、本当に少しだけ・・・雪に、イラついた。さっさと此処から見える景色見て、行かなきゃいけないだろう?何を言っているんだ?
「大丈夫だから。」
まるで、昔の俺のように―――――冷たく言ってのけた。

空気が――凍りついた。

「・・・・・・はる・・・か・・・?」
「あ・・・すまん。」
「やめ、ごめん・・・言わないから―――――。お願い・・・」
雪は、泣きこそしなかったものの、俺の裾を離さなかった。黒いスーツの裾が雪の手の中に手繰り寄せられてゆく。
「私、悠がいないと駄目なの・・・・・・ごめん・・・」
「・・・・・・大丈夫だから。」
いつもの、俺のように。いつもの、雪に対する口調で。

「ありがと・・・。」
雪が小さく笑った。・・・俺、は――何をやってるんだ?一体、何が目的で今ここを歩いていると思ってるんだ?
俺は、何を見失った?
「・・・すまん。・・・・・・でも、・・・とにかく、俺の後ろにいればいいから・・・」
何をしても、お前を守るから。俺の後ろで、そうやって服の裾をずっと・・・ずっとずっと・・・引っ張ってくれ――。
「――で?私は、視てもいいんでしょう?」
ジュエルが業を煮やしたように言った。俺と雪のやり取りや、エリカの言葉なんて実際ジュエルには関係ないのだから。
「・・・はい。―――――いいよな?」
俺は雪をじっと見つめた。雪はコクン、と頷く。
気付くべきだった。気付くべきだった。それなのに、気付かなかった。
すぐ近くで、エリカがとてつもなく冷ややかな瞳で俺たちを見つめていたことに。



ぽ  た  ん
水の落ちる音など聞こえないはずの室内で、確実にそういう音がした。
俺は辺りを見渡したかったが、ジュエルに「動いても視えるんだけど、動かない方が私が楽だから、動かないで。」と言われ、動けないでいた。雪はまだ俺の服の裾を掴んでいる。
あの嫌な感じの風をまた肌で感じる。悪寒すらする。俺の中をまさぐられているみたいに。俺の何か大切なものを直視されているみたいに。―――――これが、未来を視られる感覚・・・なのか・・・?

ふっと、空気が戻った。さっきまでの普通の"高級ホテルの匂い"に戻る。まるで異世界にでもいるような、変な違和感もなくなった。
「ハルカ・・・・・・」
ぽそりと呟く声は、ジュエル。俺はジュエルの瞳をひたと見据えた。
「どう・・・だったんですか?」
ジュエルは冷や汗を掻いていた。顔色も随分悪くなったように見えた。


「どうだったんですか?」
もう一度繰り返した。ジュエルは俺の瞳を見ようとしない。
「どうだったんですか?」
もう一度。
やっと、ジュエルは俺の瞳を見た。しかし、その瞳は明らかに俺の顔を直視していなかった。
「気分よく――・・・普通の生活を覘けるかと思ったのに・・・」
ジュエルは途切れ途切れに小さな声で続けるが、周りが静かだから普通に全ての言葉が聞こえてくる。
「貴方、一体何して生きてるの?」
「―――――?」
「誰かに恨みでも買っているの?」

恨み?恨みなら、死ぬほど買っている。しかし、それは俺だけじゃなくて、・・・・・・日本地区に住む住人、全てだがな――。
「・・・買ってます。」
「ああ――だからなの―――――?」
ジュエルの瞳から涙が零れ落ちた。
「どうだったんですか?」
4度目。
「どうだったんですか?」
5度目。
確かに雪のことよりも心は落ち着いているが――・・・だが、俺に何かがあったら・・・雪は、どうやってこのアメリカ地区で生きていく?よっぽどうまく手配しないと日本から迎えがくることもない――。雪を1人残して、俺はどうにかなるのか?
「―――――ハルカ・・・貴方近い内に―――――・・・



                        死ぬわ・・・―――――」


―――――は。

「ユキは、1人で生きていくことになる―――――。」

ぎゅう、と裾を持つ手がさらに強まった。

―――――はは。
何、本当に俺が死ぬって?そして、雪は1人で生きていけるんだって?
「それは、ない。」
俺が雪を遺して死ぬなんて。雪が、俺を置いて生きていけるだなんて。
俺は、俺たちは、朽ち果てても生まれ変わってもそれでもずっと一緒にいるんだから―――――。
「まあ、こんなもんか。」
俺は、軽く笑って立ち上がった。俺に引っ張られる形で雪も立ち上がる。
「『アリガトウゴザイマシタ。コノゴ恩ハ一生忘レマセン。』」
明らかにやる気なく喋る。まぁ、たかだか占いだとしても、やっぱり"運勢最悪"とか聞いていい気はしない。しかも、「透視」とかふざけたことを抜かすような奴だから、さらに腹が立つ。
死ぬかもしれない。それはわかっている。けれど、どうして雪が1人で生きていかなきゃいけないんだ!?

「日本語も、教えましょうか――?」
俺はさも嫌そうに言った。
「いいわ・・・。貴方の残り少ない人生をこれ以上減らすわけにはいかないもの。早く、外を見てごらんなさい。すぐに見つかるから。そして自分たちのやりたいことをやりなさい―――――。」
ジュエルは本当に心の底から憐れんだような声を出した。
五月蝿い。五月蝿い五月蝿い五月蝿い。
「ま、憐れむのなら勝手にどうぞ。」
俺はそれだけ言って、窓の方へ歩いた。その俺に、エリカが後ろから言葉を投げかける。
「ジュエルが『死ぬ』と視た人のうち、まだ生きてる人はいないわ。」


あの2人がいる部屋から外に出ると、急に空気が重く感じた。ひんやりとした夜の気温が、俺の肌を包み込む。もう、3月も終わりだというのに、夜になるとまだ冷え込む――。
「悠・・・」
雪が、心配そうに声をかけてきた。
「何だ?」
俺はわざと『全く話し掛けてきた理由がわからない』といった口ぶりで応える。・・・途端、雪が俺に抱きついてきた。
「ごめん・・・ごめんっ・・・悠が死ぬなんて、聞いただけでも哀しくて――・・・」
きゅう、と抱き締められる。―――――なのに、俺は雪を抱きしめ返すことが出来なかった。
「大丈夫だから。」

「また言った!」
雪はばっと体を離して俺に向かって怒鳴った。
「?」
俺は怪訝そうな顔で雪を見る。
「今日、2回目だよ悠――・・・そうやって、突き放した『大丈夫』を言うのはっ・・・」
雪の茶色のロングヘアがさらりと動く。雪は明らかに怒っていた。
「何?私に心配かけないように、とかするの?」
俺の両肩をガッと掴む。
「やめてよ!私は、悠の隣にいるんだよ?私にだけは、弱みも見せてよ。私は、いつだって悠を気にかけていたい。私の知らないところで悠が危険な目に合うことだけはもう嫌なんだよ!」
ふと、あのとき――政府ビルからの帰り道、いきなりヨシヒサ・・・そう、仲藤真也に遭ったときを思い出した。あのとき、雪は俺を探しに外に出てきていて・・・そして、まぁ結果攫われてしまったが。・・・だが、雪がもしそこにいなかったら、俺は色んな意味で致命傷を負っていたことは間違いないだろう。
・・・だけどな?
俺は雪にわざと聞こえるように溜息をついた。
「雪、お前なー・・・」
どうして、気付かないんだ?
「俺の唯一の弱みが何か気付いてないのか?」
「なに・・・」
雪は俺の言わんとしていることがよくわかっていないようだった。俺は、小さく笑って――・・・そして、漸く雪を抱き締め返すことが出来た。
「お前の存在だ―――――。俺は、お前さえ元気で笑って隣にいてくれれば、幸せなんだ。」

窓の外を見た。窓の外、一面の夜景のど真ん中に緑色のぼうっとした巨大な建物がある。このホテルよりも随分高そうだ。
「あー・・・そこ、だなー・・・」
「と思う・・・。顕著・・・」
ここまで簡単に見つかってしまったことに、俺と雪は半分笑った後、――頷きあった。
 
 
 
コメント:
2005.04.24.UP☆★☆
アップしたつもりでした・・・(オイ)
さて、何だか陰りが見え始めたところで。

 
 
87話へ。
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